プッチ in 亜総義市   作:男漢

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#35 ベリーハード 芽生寮2

 

 

 ―――日が落ち、空が紫色に染まる頃。

 さらさらと肌を撫でるような霧雨のせいか、人通りは少ない。

 

 そんな、只人なら避けるような空模様の中。

 芽生寮付近の裏路地にて、ナユタが各々の道具の準備をしている。

 

 前回芽生寮に来た時、物理的に破壊するのが難しい電子ロックの扉に撤退を余儀なくされた。

 だが今回はそういうシステムに詳しい人物……アンテナがいる。

 

 クマは、専用に新しくこしらえたヒトカリ衣装に身を包むアンテナの肩を叩いた。

 

「アンテナ、今回は頼んだぞ」

「わはははは! 泥船に乗ったつもりでドンと任せるのである!」

「……それだと沈むが……」

 

 彼女の衣装は一言で表すなら、サイバーチックだ。

 テカテカと光る緑色を基調としたへそ出しファッション。目を保護するためのゴーグル、腕部にタッチパネル式のハードウェアをつけ、ローラーシューズを履いている。

 小柄な彼女のイメージに相応しい身軽な動きをすることが出来るだろう。

 

 

 弾の満ちた弾倉がカチャリと軽い音を鳴らして銃に籠められる。

 その音を合図に、ザッパが後ろのメンバーの方に振り返って言った。

 

「よし、行くか」

 

 芽生寮の入り口付近の窓を開け、中に忍び込む。

 警備員の姿はない。監視カメラも入り口に幾つかあるだけで、そこさえ気を付ければ中に入り込むのはそう難しくないのだ。

 

 杜撰な管理体制……。しかし、今までこの寮がヒトカリの被害に遭ったことはない。

 その理由は単純明快、ナユタも撤退を余儀なくされた電子ロックの扉である。

 

 

 途中、トイレに来ていた警備員1人と遭遇するアクシデントはあったものの、無事に件の扉まで辿り着く。

 

「アンテナ」

「む……そこまで難しいロックでもないであるな。ここをちょちょいと……」

 

 アンテナが腕部のタッチパネル式のハードウェアと扉の電子ロック錠を繋ぐ。

 傍目から見れば、何をどうやったのか全く分からない。だが彼女はトトッと指で腕の機械を何度か操作するだけで、扉を開けた。

 

「ん、開いたのである」

「すっげ……マジモンのハッカーかよ」

 

 全員で、開いた扉の先を覗き見る。

 天井に等間隔に並んだ白のシャンデリア、その光を浴びて浅紅の絨毯がキラキラと輝いていた。

 左右にシンプルな装飾の施された扉が奥の方までいくつも連なっていて、余計な装飾品もないのに、品のある雰囲気が漂っている。

 

「大したもんだ。これならだいたいどこでもフリーパスだな」

「……な、なんだか嫌な予感しませんかぁ……? 何がどうって、具体的には言えないんですけど……」

 

 ザッパの声に被せるように、メディコが言った。

 扉の向こうを見る限り、警備員であるシケイの姿は見えない。特別な監視カメラも警備ロボも見当たらない。

 

「けど何も居なくない? ちょっとガス投げてみる?」

「……いや、下手に刺激するのは良くないな。だがすぐに撤退できるよう、退避ルートだけは常に確保して進む」

 

 クマの言葉のそれはつまり、普段よりも慎重に進もうという意味である。

 今目の前にあるのは宝物庫への道なのか、それとも化け物がぽっかりと開いた口の中へ進む道なのか。だがどちらにせよ、何もせず撤退という文字はナユタにはない。

 

 周囲に気を張り巡らせながら、彼らは電子ロック扉の先へ進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っあ! んっ、ぅ…………」

 

 芽生寮の最奥、寮長室。

 そこでは2人の女性が情事に励んでいた。

 1人はこの部屋の主である寮長。寮長という割には若々しい見た目をしており、陰で色々と努力をしていることが伺える。

 そしてもう1人は、妖艶な雰囲気を放つ紫色の髪の女性。寮長も常人よりは確実に上と言える美貌を持っているが、彼女のそれは寮長を遥かに超えている。道ですれ違えば、男女問わず多くの人が振り返ってしまうだろう。

 

 

 

「――チッ」

 

 寮長室、黒革張りの長椅子で情事に励む2人。

 それを鬱陶し気に見ている青年が1人、部屋の中に居た。

 

「出て行ってもいいですか? 僕、この部屋に居る意味がないと思うんですけど」

「あらそう? 別に見ていてくれてもいいのよ、私はともかく彼女は喜んでるようだし」

「……そういう問題じゃねえんだよこのアマ……」

 

 寮長の体が大きく跳ねたかと思うと、そのままぐったりと、糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった。

 紫髪の女性はハンカチで濡れそぼった手を拭いつつ、別の椅子の上に座り込み、足を組む。

 

 

「もう、悪かったわよ。彼女はここの寮長。裏切らないようにしているとはいえ、偶には相手してあげないと……わかるでしょう?」

 

 微笑でそう言う女性。

 彼女の名前は『シオン』。ナユタと同じ抗亜クランの1つ、『フラット』のNo.2である。

 

「…………」

 

 相対する、シオンより少し明るめの紫髪を生やし、腹が出ているセーターを着た青年。

 彼の名は『ヴィネガー・ドッピオ』。ドッピオと呼ばれることが多い。

 

 

 ドッピオは眉間にしわを寄せつつ、シオンに向かって悪態を吐く。

 

「そういう気分じゃない時に、こういう臭いを嗅がされるほど不快な事はないでしょう」

「あら、これぐらいは慣れてもらわないと困るわ。貴方にああいう事をやってもらう機会もあるかもしれないし」

「っ――…………」

 

 こめかみに浮かぶ血管を、そっと手で覆うドッピオ。

 内心では『ふざけた事抜かしてんじゃァねぇぞこの糞アマッ』と叫んでいるが、そんな風に怒りを何度も何度も吐露しては話が進まない。

 息を深めに吸って吐くことで怒りを排出し、シオンの方を向く。

 

「それで……ここが例の養殖場ですか」

「酷い言い方。……選別場、と言った方が正しいかしら?」

 

 シオンが微笑を保ったままそう言った。

 

 

 

 ――芽生寮。

 寮長がシオンに手籠めにされていたことから分かるように、ここの実質的な支配権はフラットにある。

 

 アソウギ桜女学院の生徒が住むこの寮は、麗しい見た目の持ち主が多い。

 この学院に通う生徒の親は上流階級が多く、悲しいことに、上流階級の者には美男美女が多い。

 

 フラットは、ここの生徒を自身のハルウリのジンザイに用いている。

 特に見た目が良い者やハルウリに適正がある者を選別し、誘拐しているのだ。

 例え生徒がいなくなっても、ここの長である寮長が味方である限り、いくらでもやりようがある。

 

 無論こんな方法、普通は通用しない。この狂った街、亜総義市だから通用する方法とも言える。

 

 

 

「亜総義市で一番稼げるのはこのハルウリ。だからどこの抗亜クランもジンザイ確保には必死なのよ」

「…………」

 

 ドッピオは少しだけ顔を背け、何かを考えていたが、すぐに視線を戻した。

 

「そこでムラサキからの通達。――この間、ナユタのジンザイが全滅したらしくてね。この芽生寮にナユタがジンザイ確保に来るから、それを撃退してスタンドの力を証明しろ――だって」

「どうして、そのナユタがここに来るって分かるんですか」

「だって、昨日来てたもの。それにハルウリの収入が0の向こう側は、何としても良質なジンザイを手っ取り早く確保したいはず。この寮を狙う理由は充分」

 

 心の中で、シオンの言葉を反芻するドッピオ。

 確かに彼女の語った事には一本筋が通っているように思える。

 

 収入が0と言うのは組織として動く以上、絶対に避けなければいけない事態。

 何にでも通用する話だが、人を一から教育するには時間も費用も掛かる。ならば最初から素質のある者を調達するというのは極めて自然な話だ。

 

 と、そんな所まで考えた瞬間。

 

 

 寮長室の扉が、バンッ!と勢いよく開かれた。

 

「シオンさん! ナユタの奴らが侵入(はい)ってきました!」

「噂をすれば何とやら……ね」

 

 そう言うと、シオンはバサリと机の上に何かを置き、愛用の武器である鞭を携えて部屋の外へ出た。

 ドッピオも立ち上がり、机に置かれた物を拾い上げる。

 

 それは強盗犯が使うような、チープな黒い目出し帽だった。

 顔を隠してもいいという向こう側の配慮なのだろうが、あまりのダサさに思わず顔をしかめるドッピオ。

 

 

 

「――とうるるるるるん! とうるるるるるるん!」

 

 突然、コール音が響いた。ボスからの電話だ。

 周囲を見渡し……寮長が使う、事務机の上に置いてあった万年筆を耳に当てる。

 

「もしもし、ドッピオです」

『ドッピオよ。今は正体がバレるのも、フラットという組織から離れるのもまずい……。その目出し帽を被り、ある程度、ナユタという奴らの相手をしてやるのだ』

「……いやでも、これは流石に……」

『ドッピオ。今は耐え忍ぶ時、いずれ掴む帝王の座のため、今は我慢しろ……』

 

 ボスにそう言われると、何も言い返せない。

 本気で嫌そうな顔をしながら、その目出し帽を被った。鼻の部分が開いてないため若干呼吸しづらい。

 

『帝王の座を、もう一度掴むのだ。そのためなら……』

「ええ、分かってますボス。今度は誰かに邪魔されることのない、完璧な物を」

『………………ああ』

 

 かぼそい声でボスがそう答えると、電話は切れた。

 今の今までボスがドッピオの前に姿を現したことはない。それどころか、以前よりも更に姿を現すことを避ける……怯えているような気がする。

 

 だがその程度でボスへの忠誠は揺るがない。

 ボスが動けないと言うのなら、忠実な部下である自分が動くだけだ。

 

 彼から借り受けたスタンド――『キングクリムゾン』の両腕を顕現させつつ、例のナユタの下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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