ナユタが芽生寮に侵入している頃。
人目に付きにくい格好をしたプッチは、薄暗い路地裏にて、シケイの記憶を抜き取っていた。
調べているのはもちろん、スタンドの矢を持ち去った謎の人物についてだ。
「……まぁ。期待はしていなかったが……」
シケイから抜き取ったディスクを覗き見るも、大した情報はない。
ディスクを元に戻し、『今起きたことをすべて忘れる』という命令を植え付けた。
ゆらゆらと揺れるように歩きながら大通りへ戻る男の背中を見送る。
辺りから人の気配が消えたことを確認したプッチは、頭の中で今までの情報をまとめだした。
(……確たる証拠はまだ見つかっていない。だが確信できる。
スタンドの矢を持ち去ったのは、十中八九『スタンド使い』だ……)
一般人とスタンド使い。
まともにやり合えばスタンド使いが勝つのは明白だ。
だが唯一、他を圧する強力なスタンド使いでも恐れるものがある。
それが『
(故に、スタンド使いはスタンド使いである事を隠す。私も正体をなるべく隠しているのはそのためだ)
目を開き、月光がほのかに降り注ぐ路地を再び歩き始めた。
私の正体は他の抗亜クランの幹部に知られ始めている。今のところ、刀一本で戦う東雲派よりも、ダーティープレイ上等のフラットの方が恐ろしい。
そして何より、最も危険な件のスタンド使いも、依然として正体が掴めていない。
この街で起きたスタンド使いによって起きた、もしくは疑惑のある事件は……。
①萬像の破壊。……これは私だ。
②サンホー工業でのフラット、シケイの大量殺人。……件のスタンド使い、仮称『A』がやった物とする。
③美術館の警備員室にあった監視記録の破壊。……おそらくAがやった物だ。
④めぐみ通りでの大量殺人。……あのネズミがやった。Aが関与している可能性もある。
他に私が察知できていない細々とした事件はあるかもしれない。
だが、今までの傾向を見るに、スタンド使いは大きな事件を起こす傾向にある。
「地道な調査よりも、相手が何かを待つ方が確実、か」
件のスタンド使い、Aにも何か思惑があって動いているように見える。
ならば絶対、この先、何かアクションを起こすはず。その時に正体を突き止め、追い詰める。
タイムリミットは……私が何らかの要因で命を落とすまで、だ。
最悪なことに、リミットまではそう長くない。ぐずぐずしていると、私の首へ死神の鎌が振り下ろされるだろう。
覚悟だ。この混沌極まる亜総義市を生ききるには、命を賭して事を成し遂げる覚悟が必要だ。
芯から湧く天国への渇望の熱を覚悟に製錬するため、深く息を吸い込み。
吐き切る前に、面倒な相手が路地の出口に立っているのに気が付いた。
「この間は世話になったな」
薄暗い路地には似つかわしくない、純白のブレザーに似た制服。背中には菊の模様が入った橙色の竹刀袋を背負っている。
裏路地の出口、プッチの行く先を阻むように立っていたのは―――東雲派の頭領『
「何の用だ」
ホワイトスネイクを顕現させ、警戒を最大限に引き上げながらそう言う。
壬生菊千代は大通りの街灯を逆光に、表情を伺わせないように顔を俯けた。
「そう警戒するな。今日は話をしに来ただけだ。
東雲派の誰も、私がここに居ることは知らない」
暗闇に光る、壬生菊千代の瞳。
目いっぱいに開かれた瞳孔から放たれる視線は、まるで心の奥底をじっと見透かされているようだ。心地が悪い。
「一つ聞きたいことがある。一つだけだ。」
彼女が背中に手を回し、背後に背負った竹刀袋の口を開く。
中にある刀の柄を右手で握り、いつでも振り抜くことができるようにしながら言った。
「―――
―――――――――――――――――――――――――――――
時を同じくして、芽生寮。
堅牢な電子扉を突破したナユタは、当初の目的通りにヒトカリを済ませつつ、寮の奥へと進んでいた。
秋の通路と称されるこの通りは、赤と黄が混じった紅葉の美しい色が壁一面に広がっていた。両側に等間隔に並ぶ、生徒が住む寮室の扉は紅葉になじむ大人しい色合いの木で出来ており、叩くとコツッ!と中身の詰まった音が返ってくる。
一歩間違えれば汚らしい印象を抱かせそうな色合いの装飾だ。この通路の装飾を行った者の技量と、亜総義がどれだけの金をつぎ込んだのかがありありと伺える。
尤も、ナユタの面々にとって壁の色がどうだこうだというのはどーでもいい事であった。
「最初はどうかと思ったが……順調だな」
クマは銃をホルスターに収め、そう呟いた。
確かに、他の施設よりはシケイの質が高い。だがそれは、仕山医院や美術館のようなドが3つ付くほどの修羅場に比べれば楽な物であった。
初参加のアンテナも特段問題なく動けている。
このまま何事もなく、ヒトカリが終わればこの上ないが……。
「こんばんは」
鈴が鳴るような声が響いた。
それと同時に、廊下の曲がり角から、むせ返るような花の匂いと共に姿を現す、紫色の髪をなびかせる豊満の肢体を持った女性。
「――ッ!」
ナユタが一気に警戒の姿勢を取る。
彼らの前に現れた女性は、敵対抗亜クランの幹部――フラットのシオンだったからだ。
「へへへ……」
「ヒヒ……」
彼女の背後から、フラットの下っ端――ピエロのメイクをし、フードを被った男が3人、にやけながら姿を現した。
「……この寮をフラットが取り仕切っているという噂は本当だったか」
前々から芽生寮にフラットが出入りしているという情報はあった。まさか、幹部のシオンが直々に出入りしているとは思わなかったが……。
シオンの肢体に鼻を伸ばす虎太郎。キラキラが彼の脇腹を肘で突き、無理矢理正気に戻す。
「ってッ! ……おうコラ、ちょっと綺麗でおっぱいデカくて年上のいい匂いがするお姉様だからって、手加減すると思ったら大間違いだぞ!」
「あら、ありがとう」
「……ほんとバカ……」
敵と相対しているのにいまいち雰囲気が締まらない。それは虎太郎が唐突に下心を露呈させたからか、はたまた相手を油断させることに長けたシオンの妙技からか。
注意深いクマですらその緩んだ空気に呑まれ、警戒を怠ってしまった瞬間。
ナユタのすぐ背後にある寮室の扉が1つ。
音もなく、静かに開いた。
サングラス越しに、シオンの口角がほんの少し上がったのを見逃さなかったザッパ。
「――――後ろだァッ!!」
咄嗟に背後に振り返り、開きかけた扉ごと相手をぶちのめそうと、拳を振りかぶる。
堅い木の扉を破壊することは出来ないが、殴った衝撃で扉を閉じ、相手を部屋の中に押し戻すことは出来る。
そして拳が扉に触れる―――その直前。
――――――――バキャァッ!!
突然扉から破壊音が響き、拳一つ分の穴が空く。
そしてナユタで随一の腕力を持つザッパの拳が、空中で
「ッ!」
ナユタの面々は即座に理解した。
今まで生きて学んできた常識では通用しない、超常的な光景――スタンド使いがそこにいる! と。
ザッパの拳の骨がメリメリと悲鳴を上げる。
咄嗟に扉を思い切り蹴り飛ばし、拳を掴む何かを無理矢理振り払った。
扉から距離を取ったザッパにメディコが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「クソ、なんて力だ……もう少し遅かったら、拳がパンケーキみたいになってたぜ」
その言葉は決して冗談ではないのだろう。
無理にひっぺはがしたからか、手の甲の皮と肉が少々えぐれ、そこから栓を切ったように血がドバッと流れだしていた。
謎のスタンド使いは、扉を蝶番ごと壁から外し、盾のように構える。
拳一つ分の穴からこちらの様子を伺っているようだ。チラチラと見える目出し帽の人間……頭の位置の高さから、かろうじて男であろうことは分かる。
咄嗟にシオンの方に銃を構えたクマは、冷や汗を流していた。
(最悪の状況だ……!
前方にはシオンとフラットの兵隊3人、後方にはスタンド使い……逃げ場がない! しかも、俺の油断でザッパが負傷してしまった……!!)
「さてと、全員始末しなさい。……あそこのヘッドフォンをした女の子だけは残しておくように。芽生寮の電子ロックを解除できるなんて、色々と面白い事に使えそうだもの」
シオンはアンテナの方を指さした後、数歩後ずさった。代わりにフラットの兵隊3人が前に出る。
彼女は此度の戦闘に加わる気がないらしい。不幸中の幸い、という奴か。
フラットの兵隊3人とシオン、それか扉を盾代わりに構えたスタンド使い。
一直線の通路ゆえ前と後ろにしか進めない。
両側には寮室の扉があり、鍵はかかっているが、ぶち破ることは出来るだろう。だが外への窓は人が通れるほど大きいとは限らないし、向こうも逃げ道がそれくらいしかないことぐらい分かっている。対策はされているだろう。
死神に心臓を撫でまわされている感覚がする。
頭を回し、状況を脱さないと、ナユタは確実に全滅する。
トリガーに手汗にじむ指を掛け、絶体絶命の状況の中、生き残るための闘いが始まった。
あけましておめでとうございます。
遅れてすみません。