前方からはフラットの兵隊3人と幹部であるシオン。後方からはスタンド使いが1人。
一本道であり、撤退するにはどちらか一方を越えなければならない―――。
歯噛みするクマ。
典型的な待ち伏せからの挟み撃ち――罠に嵌められたのだ。実に単純だが効果的で、抜け出す方法が思いつかない。
じりじりと前方と後方から距離を詰められる。
どんな選択をするか、そう悩んでいる時間はなさそうだ。
「ど、どうするのある!?」
「…………ッ!」
クマが背後に振り返り、スタンド使いの構える木製の扉に発砲した。
鉛玉がバスッ!と木に突き刺さるものの、貫通する様子はない。穴からこちらを覗く目出し帽の男、その目に焦りは感じられなかった。
(フラットが芽生寮に出入りしている噂はあったのに、迂闊に奥へと進みすぎた……! この罠に掛かったのは俺のミスだ。どうする、どうする……!)
拳銃を握る手から汗がにじみ出るのを止められない。動揺で思考が上手く纏まらない。
――その瞬間、手の止血を終えたザッパが勢いよく立ち上がった。
「こうなった以上、仕方ねえ! クマ、こっちの3人は俺と虎太郎に任せな!」
そのまま、フラットの兵隊3人とシオン達の前へと移動し、両拳を構えた。
吃驚した表情を浮かべた虎太郎だったが、すぐに棍を下段に構え、3人の兵隊を見据える。
「……ああ」
ザッパの空元気な声で幾分落ち着きを取り戻したクマ。
短く返事を返し、スタンド使いに銃を構えた。
背後は虎太郎とザッパに託す。
こっちは残りのメンバーであるポルノ、キラキラ、メディコ、アンテナを引き連れ、スタンド使いを相手しなければいけない。
「ど、どーすんの!? チェーンソーでやっちゃう?!」
少し焦った様子のキラキラが、手に持つピンクのチェーンソーのエンジンを吹かしながらそう言った。
「いや、ガスを投げろ!」
「え、あ、うん! オッケー!!」
拳銃の弾を受け止めるほどゴツイ木の扉に拳1つ分の穴をぶち抜ける怪物だ。おまけにザッパの拳も受け止めてる。近づいて攻撃するのは得策とは言えない。
ピンッ!と金属製の円筒からピンが抜かれ、スタンド使いの構える扉を放物線を描いて上から超えるように放り投げられた。
普段なら地面に着地してから1秒も経たぬうちに、特製の催涙ガスが噴出されるはずが―――。
――――バガァン!!
空中で見えない何かに受け止められ、そのまま壁へと叩きつけられた催涙ガス弾。
規格外の腕力によって叩きつけられたそれは、コンクリート製の壁の中へ30cm以上埋め込まれ、ガスの噴出口をピッタリと塞いでいた。口が防がれているので、もちろん、催涙ガスは一片たりとも漏れ出ない。
「うっそ!! そんなのアリ!?」
「マジか……ッ!」
再び発砲するも、分厚い扉を貫通できる気配はない。
扉を利用してあんな御大層な盾を用意するくらいだ。力は強いが、防御力はそう高くないのかもしれない。
奴とこちらの距離は残り4m弱。
同じスタンド使いであるプッチなら、既に攻撃してきてもおかしくない距離だ。やはり慎重に距離を詰め、一撃でこちらを葬る気なのか?
「ポルノ、バリケードを張ってくれ。ないよりマシだ」
「ん」
白いベルトを振り回し、両側の壁にある壁掛けの燭台型ランプにベルトを引っ掛け、通路に幾重ものベルトのバリケードを作り出す。
が、そのバリケードを蜘蛛の糸でも引きちぎるみたいに、一瞬で断ち切るスタンド使い。もちろん、見えない何かの力によってだ。
その様子を観察しながら、クマは拳銃の引き金を引きつつ、考える。
(……やはりあの盾から姿を出さない、か)
身近なスタンド使い……プッチで考える。
奴ならば『自分は部屋の中に隠れ、盾を持ったスタンド使いを猛牛のように突っ込ませる』なんて事をやりそうだ。あんなゴツくて重い扉がもし突進してきたら、ザッパはともかく、普通は止められないからな。
強行突破を行わない。こちらを早く追い詰めれば追い詰めるほど、奴らが有利になるのは分かり切っているのに。
しない理由はスタンドの性能差か? 他に罠を張っているのか?
チラリと背後を伺い見る。
ザッパと虎太郎が戦っている向こう側で、シオンがじっと、こちらの様子を観察していた。
(そもそもシオンは何故観察している? 何故手を貸さない?)
奴は女とはいえフラットのNo.2。荒事にも多少は強いはずだ。戦いに加わらない道理がない。
「――――そうか」
下がらせていたアンテナに近づき、耳打ちする。
「アンテナ、この付近の監視カメラを探ってくれ。隠しカメラも、ボイスレコーダーでもいい、記録媒体全てだ」
「わ……分かったのである!」
……考えれば単純な事だ。
基本的に来るもの拒まずのスタンスを取るナユタでさえ、スタンド使いのプッチが加入する際にはかなりの確執があった。今もある。
そして用心深いムラサキが、スタンド使いなんて一歩間違えれば爆弾より危険な存在を簡単にフラットに加えるわけがない。いくら利用価値があると言ってもだ。
今俺たちナユタは罠にハメられている。
だがこれは決して、ナユタVSフラットではない。ナユタVSフラットVS謎のスタンド使いの三すくみなのだ。
(そう考えれば、あの馬鹿みたいにデカい木の扉を持って慎重に動いているのにも説明がつく。
……なるべくスタンドの詳細を知られたくないんだな。ナユタにも、フラットにも。)
プッチも、『スタンド能力を出来る限り人に教えたくない』と言っていた。それはスタンド使いとしての生命線であり切り札であるから、と。
だから木の扉で全身を丸ごと隠し、スタンドの詳細を『この場に居る誰にも』気取られないように、慎重に近づいてきているのだ。
アンテナが焦った様子で腕に付けたディスプレイから目を離し、クマに小声で話しかける。
「く、クマ。この辺りの監視カメラは全て壊されていて、隠しカメラなんて物は1つもないのである……」
「…………そうか。よし、アンテナ。少し、話を合わせてくれ」
本当に記録媒体が1つでもあれば良かったが、無ければしょうがない。
銃をホルスターにしまい、アンテナの肩を掴んで、スタンド使いによく見えるようにぐいっと前に突き出した。
ピタリと、じわじわと動いていた木の扉が止まる。
穴の向こうから鈍く光る瞳がこちらを見つめているのを確認し、クマは声を出した。
「名前が分からないからこう呼ばせてもらう……スタンド使い。一つ取引がしたい。」
「…………」
反応はナシ。予測はしていた。
クマは言葉を続ける。
「このアンテナという少女は凄腕のハッカーだ。そしてこの芽生寮には多くの隠しカメラが取り付けられている。……亜総義の上流階級民の、
今彼女にこの辺りの隠しカメラをハッキングさせ、直近数時間分の映像を全て入手させた」
暗に話を合わせろという意味を込めて、アンテナの肩を叩く。
アンテナは一瞬舌を詰まらせたものの、聡明な頭脳と豊富な知識を使って軽快に嘘を紡ぎ続けた。
「ええっと……う、む! こ、この辺りの隠しカメラは極秘の回線経由で、亜総義のサーバーに保存された映像が送られているのである! 私の手に掛かればそのサーバーから映像を抜き出すなんて、朝飯前なのだ!」
再び彼女の肩を叩く。これ以上は変なボロが出そうだ。暗に口を閉じろと伝える。
クマは毅然とした表情を作り、スタンド使いの方を見た。
「お前が寮室に隠れていた時、そして今この廊下にいる瞬間……どちらも映っているだろう。
そして……お前がそれ以上、一歩でも進むなら。
―――今、お前の姿が映った映像を
ピクッ!と、扉の向こうにいるスタンド使いの目が揺れたのが見えた。
奴が今最もやられたくない行為は、スタンドの詳細と……それを扱う自分の情報がバレる事だ。
それを逆手に取り、『今ここで俺たちを逃がさないなら、お前の一番嫌がる事をするぞ』と脅したのだ。
だがこんな即興で思いついた策は当然、確実性のある合理的な物じゃない。
ガガッピピ!と無線機の繋がる音がした。
その直後、扉の向こう――スタンド使いが持っているであろう無線機から、冷淡な女性の声が聞こえる。
『その隠しカメラの件、全部ブラフよ。早く始末しなさい』
シオンの声だった。俺たちの会話を全て聞いていた上で、口を出してきたのだろう。
そして、彼女が喋っている事は当然―――真実である。
(亜総義の上流の奴らは隠しカメラなんて仕掛けない。奴らは気に入った女子生徒なんか、家出だと適当な理由をつけていつでも誘拐できるからだ。隠しカメラを仕掛ける必要なんてさらさらない)
……しかしその実、今この状況において、本当に隠しカメラがあるかはどうでもいいのだ。
問題は、クマが放った一言によって、スタンド使いの心に『本当に隠しカメラが存在するんじゃないか?』と杭が刺さったことである。
フラットの奴らは自分を密かに監視するため、隠しカメラをわざと隠しているんじゃないか?
だがナユタが助かりたい一心に、ブラフを言っているんじゃないか?
その戸惑いを発生させることこそ、クマの目的だったのだ。
(だが、これは博打―――しかもかなり分の悪い、非合理的な物だ。相手がフラットを信じて攻撃してきたら、俺たちは全滅だ。
ここまで来たら……祈るしかない。相手が俺の脅しにビビるような小心者である事を)
クマは心の中でどこに居るかもわからない、神様に手を合わせた。
そして、扉の向こうの男が動きを固めたまま、10秒ほど経過した瞬間。
―――ドドドドドドドドドド!!
木製の分厚い扉に、突然、マシンガンでも放ったような音と共に大量の穴が空き始めた。1つ1つの穴は人差し指の太さ程度の大きさである。
『何かの攻撃か!?』と焦ったクマだったが、その大量に空いた穴が、何かの文字を型取っていることに気づく。
「『DELETE』と『EVIDENCE』……消去、証拠か」
消去に、証拠。これは条件だ。
ナユタを逃がす代わりに、アンテナが持つ映像を消去し―――その消した証拠を出せと言っているのだ。
「アンテナ、すまん」
「なぬっ!? な、なにを―――」
ブチッと、アンテナの腕に付いていた機械を無理矢理外す。
抗議の表情を浮かべる彼女をメディコに押し付け、クマは口を開いた。
「これが映像の入っている装置だ。これ以外に映像が入っているものはない。そして、これを逃げる際にここへ置いていく。処理はそっちでしてくれ」
当然、クマは適当を言っているだけだ。この機械の中に映像は1バイトたりとも入っていない。
ただ相手が出した条件を満たすように、必死でブラフをかましているだけである。
扉の向こうのスタンド使いはクマの手にある機械を見て、二度瞬きし。
―――盾代わりにしていた木の扉を、真っ二つに折った。
「なッ!?」
「クマ、危ない!!」
真っ二つに折った扉をクマに投げつけるスタンド使い。
咄嗟にチェーンソーを構えたキラキラが彼の前に躍り出て、分厚い木片を受け止め、引き裂いた。
「キラキラ、大丈夫か!?」
「うん、そんなに速くなかったから大丈夫」
彼女のことを気遣いながらも、クマはバッと前に視線を向ける。
スタンド使いの姿はどこにもない。恐らく、今の木片を目くらましにし、どこかの寮室へ一瞬で入ったのだろう。
だがどの部屋に入ったのかを知る気はない。約束通り、何も入っていない機械を地面に置く。
クマは背後に振り返り、フラットの兵隊相手に戦い続けるザッパと虎太郎に声を張り上げた。
「ザッパ、道が開けた!! 撤退するぞ!!」
「ん、おう! お~らよっと!!」
ザッパがピエロのメイクをした男を壁に叩きつけ、すぐさま振り返り、走り始めた。
それに続くように虎太郎も走り始め、ナユタ全員で、来た道を全力で戻っていく。
「…………」
そんな彼らの背中を、シオンは追いかけることもなく、じっと静かに見つめていた。
――――結果的には、ナユタはザッパが手の甲を負傷した以外、損害もなく芽生寮を後にした。
だが一手間違えれば、危険な状況であったことに変わりはない。
クマはスタンド使いが敵に回った時の厄介さと恐ろしさを、深く身に刻むのだった。
ちょっと強引な展開になってしまったかも……
プッチさんがいないとスタンド使い相手は強すぎる