芽生寮をナユタが襲撃した、その翌日。
傾いた陽が長い影法師を伸ばし、空が寿色に染まる時頃。
一部の者が机に広げたスナック菓子を中心に、ナユタの面々が顔を突き合わせていた。
キラキラが余りメジャーでない菓子を手に掴み、ぽいと口の中に放り込む。
「……ん! これ初めて買ったけど、結構行けるじゃん! クマも食べる?」
「今はいい。……それより、話し始めていいか?」
彼女は口の中に菓子を放り込み、口を閉じたまま、手でどうぞと促す。
それを見て、クマはザッパの方を軽く一瞥してから、言葉を発し始めた。
「とりあえずだが、当初の目的であるジンザイの確保には成功した。ポルノ、調教の様子はどうだ?」
彼から声を掛けられたポルノは、口を尖らせ、不満げな表情をする。
「クマから3日以内に仕上げろって言われた。私の方が上司なのに……鬼畜。ブラック。変態」
「……最後のは関係ないだろ。それで、様子は?」
「今のところ順調。問題ナシ」
ハルウリ……特にジンザイの育成に関しては、クマよりもポルノの方が長けている。
調教は普段、クマが行っているが……今回は色々と用事が重なったため、彼女に任せたのだ。実の話、彼女に任せた方がクマがやるより早いから……という理由もある。
ともかく、ハルウリの再開の目途が立った。これでナユタの資金面は何とかなる。
それよりも大きな問題は……。
「芽生寮に居たスタンド使いについて、話し合いたい」
キラキラやメディコ、ザッパやアンテナの菓子をつまむ手が止まる。
張り詰めた空気が流れるが、それを気にすることなく、クマが言葉を紡ぐ。
「正直、今回のヒトカリはかなりヤバかった。ザッパが後ろのスタンド使いに気付かなければ、そのままお陀仏だった可能性もある」
「た~またま、シオンの話を聞いてなかったから気づいたんだけどな。ま、運も実力のうちって奴?」
ザッパが負傷した手の甲を撫でながらそう言った。
それを見たクマは一瞬目を伏せた後、話し続ける。
「俺達がザッパ以外無傷で脱出できたのも、かなり運が良かったからだ。だが次もそう上手く行くとは限らない」
「じゃあどうすんだよ? 二度と出会わないようにってのも無理な話だろ。フラットと一緒に居たんだぜ?」
虎太郎の言葉は最もである。
スタンド使いが他の抗亜クランと一緒に居た以上、次も何処かでヒトカリしている時にである可能性が高い。
「それに関してだが、もっと悪い情報がある」
突然、黙りこくっていたプッチが顔を上げ、言葉を発した。
何事かと、全員が彼の方に視線を向ける。
「お前達がヒトカリをしている間、私の所へ壬生菊千代が来た。そして『あるスタンド使いを知っているか?』と訪ねて来たのだ」
「……えっと、それはつまり……どういうことなんですか?」
メディコの怯えたような声色の問いに、プッチは顔を向けることもなく答えた。
「つい最近までスタンドの事を知らなかった人間が、特定のスタンド使いを探そうなどとは考えない。
ならば……『東雲派にもスタンド使いがいて、そいつを探している』。そう考えるのが妥当だ」
誰かの息を呑む音だけが、静かに響いた。
超常の力を操る人間が味方に居るならともかく、敵に回った時のことなど、余り考えたくはない。その脅威を知っているならより強くそう思うだろう。
プッチの言葉を腕を組みながら脳内で反芻させるザッパ。
目を開き、彼の方に視線を向けてから言葉を発した。
「……プッチ。お前はその『あるスタンド使い』に、心当たりがあったりするのか?」
「―――――ないな」
あっけなく答えたプッチの言葉の真偽は不明だ。それを見分ける目をザッパは持っていない。
だが彼の事を信じ、それ以上は問い詰めないことにした。
クマがプッチの言葉を聞き終わり、腕を組む。
「……フラット、東雲派、ナユタにそれぞれスタンド使いがいる、か。一周回って平等になったのか?」
「スタンドにも性能差がある。完全な平等とは言い難い」
「そうか……」
平等。
スタンド使いはよっぽどおかしな能力でない限り、非スタンド使いがどれだけ強くとも、大抵は一方的に始末する事が出来る。呂布は別ケースだ。
そして、ナユタは少数精鋭の形を取っている抗亜クランである。
スタンド使いに最も有効な人海戦術も使えず、超常の力が相手では、一方的にやられてしまう。
故に、全ての抗亜クランにスタンド使いが在籍するこの状況は、数の少ないナユタにとって非常に不味いものであった。
「お世辞にも、今のホワイトスネイクは他のスタンドより圧倒的に強い……とは言えない。だがスタンド使いを倒さなければ、この先この街で生きていくのは不可能。
だから、私と敵スタンド使いが戦う際、少しでもこちらが有利になるように――――
――――今から、私のホワイトスネイクの『
目を見開くクマ。
彼は既に、プッチの操るホワイトスネイクの能力を知っている。だが誰かに広めた事はないし、広めないと約束もした。破った場合、どんな事が起こるのかは目に見えていたからだ。
一番知られたくないと言っていた事を、ナユタの全員に話すとは、どういう心つもりだろうか。
クマは静観を決め込むことにした。
「スタンド能力ぅ? なんだよそれ?」
虎太郎が眉をひそめながらそう言った。
ちょうどいいと、プッチは手元に空のディスクを生み出す。非スタンド使いにもディスクは見えるようで、全員が食い入るようにそれを見つめていた。
「質問があるなら答えよう。私のスタンド能力―――スタンドがそれぞれ持つ固有の能力は、大きく分けて2種類。
『相手の記憶とスタンドを抜き取る能力』と、『ディスクに書き込んだ命令を相手に従わせる能力』だ」
手の中のディスクをホワイトスネイクに持たせ、虎太郎の額に無理やりぶち込んだ。
瞬間、ずぶずぶと頭の中に抵抗もなく入り込んでいくディスク。
「うお……な、なにひゅんだぷっひ!!」
舌ったらず、実に喋りにくそうにプッチへの怒りを伝える虎太郎。
だが傍目からは全く怒っているようには見えない。舌ったらずな喋り方もそうだが、それ以前に。
虎太郎の顔が、これでもかと言うほど、人間の限界と言ってもいいレベルの笑顔を浮かべていたからだ。
「うわ。ちょっと怖いを通り越して気持ち悪いよ、虎太郎」
「そんなに楽しそうな表情をされても、こっちは笑えないのである……」
「おれがじふんでやってんひゃねーーーーー!!!」
怒る虎太郎を横目に、ザッパが尋ねる。
「あれいつまで続くんだ?」
「特に時間指定しなければ、死ぬまでだ。ディスクを抜けば治る」
「おー、こわ」
暴れ始める前に、虎太郎から差し込んだディスクを抜き取る。
すると直ぐに、彼の顔は笑顔から怒りの表情へと変貌した。
何か吠えまくる虎太郎をガン無視し、プッチは解説を続ける。
「今実践したのが、相手に命令を従わせる方だ。
そしてもう一つの、記憶を抜き取る能力。これは決まれば絶対に相手を倒せる、必殺の一撃だ」
「絶対に倒せるんですか?」
「すぐに死にはしないが、行動不能にはなる。そのまま記憶ディスクを戻さなければ衰弱死だ」
誰かが思った。
まるでゲームに出てくるチートキャラみたいな性能してないか……?と。
聞いただけでは、一体何がどうなったら不利な状況になるのか?というぐらい強い能力だ。
「だが、当たらなければ意味がない。今のホワイトスネイクにはスピードが足りないのだ」
そんな問いに答えるように、プッチが言葉を補足する。
全員が今聞いた能力を理解して受け止めようと、脳内で反芻する中。
ポルノが何かに気付いたように、ハッと顔を上げた。
「その命令の能力は、なんでもできるの?」
「基本的にはな。普通の人間に出来る範囲なら何でもだが、例えば、『10m垂直にジャンプしろ』というのは踏み込む力で足を砕いてしまうから無理だ」
「ん……すごい。
その能力を使えば、完璧な
「…………は?」
唐突なポルノの言葉に、プッチが思わず目を見開く。
だがプッチの動揺など知ったことではないと、彼女は言葉を紡ぎ続けた。
「どんな清楚な子にでもエロエロな行動を取らせることができる。どんなに枯れた老人でも■■できる薬にもなる。脳の特定の一部を刺激すればいっぱい興奮できる。
……これはすごい。ハルウリに革命がおきる。今すぐつくって」
「ちょっと待て。貴様……私のスタンド能力の話を聞いて、すぐに思いついたのがそれなのか?」
「うん」
信じられないと言った様子のプッチが、思わず額を手で抑えた。
それを見て、ナユタの面々がこらえきれないと言った様子で笑い始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
会議の終了から数時間が立った頃。
ポルノにそういう命令を書き込んだディスクを何度もせがまれたが、プッチは断固拒否。
彼女を無理矢理追い返し、椅子の上で座っていたところ、彼の元へクマが近づいてきた。
「驚いた。まさか、あれだけ隠していたスタンド能力を自分から話すとは」
「ああ……クソ、ナユタ以外の人間に広めない様に釘を刺すのを忘れた。……最後のあれのせいだ」
「ポルノは昔からああいう奴だ、仕方ない。……俺の方から、口外しないよう全員に伝えておこう」
2人は目も合わせず、会話を続ける。
「どうして、今このタイミングで言ったんだ?」
「……この先、スタンド使いとの戦闘は避けられない。だから少しでも勝率を上げるため、咄嗟に連携ができるようにと、教えたのだ」
「…………」
少し黙るクマ。
納得がいかない表情と声色で、言葉を発する。
「それだけで、あんなに隠していたスタンド能力を話すとは思えない。……別に答える気がないなら、答えなくてもいいが、一つ聞いていいか」
「何だ」
「………お前、本当に壬生菊千代の言っていた『
プッチはクマの方を向かず、ぶっきらぼうに。
「ない」
とだけ言い放った。
クマは目をつむり、立ち上がる。
そのまま何も発することなく、階段を上り、自分の部屋へと入って行った。
彼が部屋に入るのを見届けた後、プッチは深めの息を吐く。
そして、壬生菊千代の言葉を頭の中で思い返した。
『
ああ。もちろん知っている。
それは――私のことだからだ。
彼女には「知らない」と答えたが、果たしてそれがどれだけ信用されたものか。
時を加速させるスタンド使いを探す人物……。
いったい誰なのか見当もつかない。あの時私と戦っていたうちの誰かか? それとも全く別の人間なのか?
だが。
あの時の状況を見て『時を加速させている』という事を理解できる―――。
そんな事は、一度『時間』という概念を操るスタンドに出会ったことがなければ、思いつかないだろう。
もしくはその人物こそが、時間を操るスタンドを持っているかだ。
時に関係するスタンドは運命と密接に関わっているからか、非常に強力なスタンドが多い。
そんなスタンド使いを探し回るスタンド使いもまた、恐ろしく強いのだろう。
プッチには分かる。
東雲派にいるスタンド使いは―――間違いなく今の私より強い、と。
これがもし空条承太郎クラスのスタンド使いだったなら、今の私では、出会った瞬間に終わりだ。
せめて逃げる確率が1%でも上がるように、ナユタの面々と連携するため能力を伝えたが、あの様子では何処までしっかりと伝わった物か。
未知のスタンド使いの正体に思いをはせながら、もたれかかった椅子の背中に体重を預け、そのまま夢の世界へと落ちて行ってしまうのだった。
よく考えなくてもホワイトスネイクの性能やっぱおかしい