ハイシン者:碇○○ ~碇シンジが碇レイだったり配信者してたら円環がめっちゃぐちゃりました~   作:高城拓

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ハイシン者:碇レイ 第一話:シト襲来

長いまつげも、整った面立ちも、その長い前髪で隠していた。

他人の視線が怖いのだ。

 

本音は常に隠していた。

他人に嫌われるのが怖いのだ。

 

勉強も運動も頑張ったが、悪目立ちすることは徹底的に避けた。

いじめられることは避けたかった。

 

彼女の名前は碇レイ。

彼女がなぜそうなったかは明白だ。

生まれてすぐに母を喪い、数年前には仕事一辺倒の父にすら捨てられたからだ。

彼女は明確に、「この世界」の主人公ではなかった。

 

だが、預けられた「先生」の家の離れへ戻ると、彼女は「彼女の世界」の主人公へと戻る。

 

彼女は世界と戦わねばならない。

宿題をさっと済ませ、夕食を平らげ、風呂から上がってエンジン始動。

髪を梳り、化粧水とファンデーション、ナチュラルメイクで暖機運転。

衣装を着込み、PCとカメラとオーディオミキサーを立ち上げればFCSが起動する。

マイクをつけたチェロは履帯。

中古のP-45電子ピアノは連装機銃。

母から授かった恵体は重厚な車体。

透明感に溢れた歌声は戦車砲だ。

ヘッドセット代わりのSE215とSM58をミキサーに接続。

配信ソフトを立ち上げて、彼女の戦闘は開始する。

 

「こんばんわ。AYAです。

AYA symphony chanelへようこそ。

皆さん元気にしていましたか?

今日は一週間ぶりのライブ配信です。

えっと、いつもどおりにね、ライブ演奏とトークをしていきます。

ラングレーさん、Danke schön。ふふっ。髪のセットが乱れてるって? 

いつもよく見てくれてるね。ありがとう。

ガーゴイルさん、いきなり虹スパは大人げないですよ。次したらもう読みませんからね。

今日の格好はね、雑誌で見たモデルの子の格好をそのまま真似しました。

sakuraさんすごいね!そう、nyannyanの山田あんなちゃんのコーディネート!よくわかったね!

ちょっと立ってみましょうか。

えへへ。ちょっと恥ずかしい……

ゴンドウさん、無言で赤スパ積むのちょっと怖いですよ。

みんなで楽しくチャットしましょ?

でも、ふふっ。ありがとうございます。

 

さて、今日の一曲目はバッハの、無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 『プレリュード』。

僕のお気に入りです。

では、聞いてくださいね」

 

配信者名は、なんとなく覚えていた、駆逐艦の名前から採った。

偽の名を騙り、戦装束(ドレス)と恵体に身を固め、チェロと電子ピアノで武装した彼女は、全くこの世で無敵の存在だった。

悪意も敵意も敬意も好意も、その歌声と音楽で一切合財蹂躙する、無敵の重戦車。

それが配信者、AYAだった。

 

こうしてその日も、彼女は世界と戦った。

人類の半分と彼女の母を奪ったセカンドインパクトから14年。

彼女は満たされつつあった。

 

◆◇使徒、襲来◇◆

 

2015年、夏。

碇レイは父ゲンドウに呼び出され、長野を離れ旧箱根の第3新東京市に来ていた。

なぜ自分を捨てた父の命令に従ったのか、自分でもよくわからない。

ただ「こちらに来い」とそっけなく書かれた手紙を見た時、胸が踊るような感触を覚えたのは、事実であった。

 

彼女の眼前には、巨大ななにかの頭部がある。

汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、初号機。

その頭上、管制室と思しき巨大な窓の中に、父ゲンドウはいた。

彼はレイに、それに乗って使徒と戦えという。

 

「イヤだよそんなの! 何をいまさら! 父さんは僕がいらないんじゃなかったの!?」

「……必要だから呼んだまでだ。本当なら呼びたくはなかった」

「なんで僕なの……」

「……他の人間には無理だからだ」

 

ゲンドウの声には苦渋が滲んでいた。

レイを捨てて3年。

その間にレイはゲンドウの妻ユイを凌ぐ程の美人になっていた。

できることならこの娘を戦火に晒したくはなかった。

できることなら手厚い庇護を与え、手元に置いておきたかった。

 

何を馬鹿なことを、とゲンドウは自嘲する。

彼女をゼーレと己の目的のために利用することを選んだのは己自身ではないか。

彼女をエヴァンゲリオン初号機に乗せることを選んだのは己自身ではないか。

彼女を捨ててネルフ本部に引きこもったのは、年々ユイに似ていくレイを見たくなかったからではないか。

彼はレイを、それに乗せなくてはならない。

 

「嫌だよそんなの……見たことも聞いたこともないのに、僕になんかできっこないよ!」

 

巨大なハンガーの内部に、レイの絶叫が木霊する。

あたり前のことだった。

碇レイは女子中学生である。

まかり間違っても大型特殊自動車免許を持った、戦自の機甲科隊員ではない。

 

「冬月、アヤナミを使う。死んでいるわけではない」

 

ゲンドウの吐き捨てるような言葉によって引き出されてきたのは、黒い全身スーツを着込み、大怪我を負った少女。

その顔はレイによく似ていた。

レイに?

いや、遠い過去に身罷った、レイの母にだ。

レイは母の写真を見たことはなかったが、大人びたメイクをした時に、母の顔はこうであろうという確信を抱いていた。

目の前の少女は、その時の自分にそっくりだった。

 

レイの父親への憧憬は、その瞬間に捨てられた。

あの男は母によく似た少女を囲っている。

あの男は母によく似た少女を使い捨てようとしている。

反吐が出そうな思いだった。

だが所詮、娘にとって父は父だ。それも、彼女を一度捨てた。

そのような男の意思に従うのは全く不愉快だが、目の前の現実を認めるわけにはいかなかった。

 

「わかったよ! 僕が乗ります!」

 

ゲンドウの口元がひどく醜く歪んだのを見たものは、いなかった。

 

 

地上に射出されたエヴァ初号機。

そのエントリープラグに満たされたLCLの中で、レイは使徒と対面した。

緊張はしている。

だが、それは不快なものではなかった。

 

まるで、楽器店で新しい楽器を試すすがめつしているときのよう。

あるいは。

 

「配信の前みたい」

 

ボソリとつぶやいて、レイは意識した。

 

そうか、エヴァも道具にすぎない。

道具に血を通わせるのは、技術と意思、特にイメージだ。

まぁ道具にしては生々しいけれど。

 

『レイさん、今は歩くことだけを考えなさい』

 

赤木リツコと言ったか。

冷淡な目でレイを見つめた、白衣を着た年増女。

リツコがクソ親父に好意を抱いているのは明白だった。

そうでなければ、あんな目で僕を見るものか。

 

レイはそのように判断した。

 

すう、と呼吸するかのようにLCLを吸い込んで、エヴァの感触を確かめる。

エヴァがその巨体を身震いさせた。

使い慣れたチェロのようにはいかないけれど、手に馴染みそうだった。

 

「いい子ね。まずは何ができるのか、見せて頂戴」

 

つ、と一歩踏み出す。

 

『おお!』

『歩いた!』

 

歩いた、じゃないんだよ。

レイは大いに苦笑した。

今の一歩はネルフとかいう組織の者たちにとっては偉大なる一歩だが、レイにとっては小さな一歩でしかない。

 

もう一度深呼吸。

レイは運動が苦手ではない。むしろ得意な方だった。

長野にいた頃は、剣道部や柔道部に助っ人として呼ばれもしていた。

肺活量とスタミナを鍛えるための、ランニングとボクササイズは欠かせない。

全てはAYAであるために。

世界を蹂躙するために。

 

やや猫背だったエヴァが、すっと背を伸ばした。

ネルフ本部のスタッフたちは、その姿に瞠目する。

さらにエヴァは、バンバンと両の拳を打ち合わせ、首をゴキゴキと音を鳴らせて回した。

 

「っし! 碇レイ、エヴァンゲリオン初号機! 行きます!」

 

汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、初号機。

その実戦デビューは、あまりに華やかなものだった。

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