ハイシン者:碇○○ ~碇シンジが碇レイだったり配信者してたら円環がめっちゃぐちゃりました~ 作:高城拓
『シンクロ率66パーセント……安定しました』
『このままインダクションモードでの精密狙撃訓練を開始します。いいわね、レイさん』
「はい、お願いします」
レイが楽器をまた弾くようになってすぐ、レイのシンクロ率は安定するようになっていった。
まだ本調子とはいかないようだが、それでもかなり高い数値を叩き出しているし、何より少し前のように乱高下するということがない。
一からやり直さなきゃ。
リツコに説教され、ミサトに気遣われたレイはエヴァとの付き合い方を改めた。
以前は振り回すように、安物のシンセサイザーのように扱っていたが、今は繊細なグランドピアノのように丁寧に扱うように心がけていた。
そうすると、エヴァには心のようなものがあるということがわかってきた。
そもそも「人造人間」というぐらいだし、さもありなん、である。
『シンクロ率』や『プラグ深度』という言葉が存在するのもうなずける。
リツコに聞いたところによれば、レイの初号機とのシンクロ率は調子の良いときで300パーセント以上、調子が悪いと40~80パーセントの間を乱高下するが、プラグ深度は調子が良くてもかなり浅いところにあったそうだ。
それでレイは、シンクロ率は初号機との肉体的・表層的な結びつき、プラグ深度は心理的な結びつきと捉えることにした。
レイは、他者との関わりは本質的に恐ろしいもの、と捉えている。
だから普段は前髪を伸ばして他者の視線を遮っているし、だから本音はあまり口にしない。
だが、音楽との付き合いはそうであってはならない。
ただ楽譜なりに演奏するだけなら、ある程度練習すれば誰でもできるようになる。
人の心を震わせる音を出すには、楽器を己の手足以上に扱い、楽譜に込められた作曲者の思想──ことによれば魂そのもの──と真摯に向き合う必要がある。
父に捨てられたことで他人との付き合いを恐れるようになったレイは、音楽活動と動画配信を通じてそれを学んだ。
レイの音楽の才能を愛してくれた、里親である長野の「先生」の教育もその思想の根源の一つとなった。
他人との関わりは怖いままでいい。
ただ、魂を込めて何かを表現すれば、他者はそれを通じて君を愛してくれるだろう。
あるいは憎まれるかも知れないが。
あのころのレイは「先生」の言葉に導かれ、のちに配信者:AYAとなった。
ではここでは?
他者に認められることを知ってしまった、初号機パイロット:碇レイだ。
ならばやることは配信者時代と変わらない。
為すべきことを為すべきように為すだけ?
いいや、それでは全然物足りない。
もっと称賛を得たい。
もっと認知されたい。
もっと自分を認めたい。
もっと。
もっと。
もっともっともっともっともっと!!
対使徒迎撃の任にあたるネルフの構成員としては、大いに間違った考え方だろう。
だが対使徒迎撃の任を無理やり任された少年兵としての心情としてなら?
正しいとは言えないが、間違っているとも言えないだろう。
そもそもレイはまだ14歳だ。
自分自身こそが世界の中心であるべきだと考えていても、全くなんら異常ではない。
◆◇アヤナミ:トロワ◇◆
『はいお疲れ様。上がっていいわよ』
「おつかれさまでぇす!」
訓練の終了を告げる赤木リツコの声に、レイは上機嫌で返答した。
うまくいった、と思っている。
シンクロ率を任意の数値に設定し、プラグ深度は少しずつ深くしていく。
その訓練をレイは自分に課していた。
シミュレーターではプラグ深度の正確な計測は不可能だが、それでもおおよそこうであろう、というところまで『潜れた』感触があった。
彼女が目指しているのは、すぐれたジャズ演者が見せるような、エヴァとのアドリブでの協調だ。
同一ではないがゆえに心を一つにし、しかし完全に同じとならないからこそ可能な即興の演奏。
もしエヴァが心を持つ機械であるなら、それは可能だと考えていた。
赤木リツコにはすでに伝えており、賛同も得ている。
ただ、葛城ミサトはレイがエヴァに乗ることを、少し喜ばなくなってきたようだった。
プラグスーツを脱いで着替えたレイが指揮所に出頭すると、赤木リツコと葛城ミサトが待っていた。
リツコが言うには、明日は早めに来てほしいとのことだった。
「零号機の再起動実験、ですか。エヴァって他にもあったんですね」
「そうよ。零号機はエヴァシリーズの全規模試作機、兼、各種実験及び装備開発のためのテストベッド。初号機は実用一号機と言ったところね。零号機は実験中に暴走を起こして、凍結されていたの」
「それに乗らせてもらえるんですか?」
弾むような声を出したレイに対し、葛城ミサトは苦笑を返し、リツコは表情を消した。
「違うわ。零号機が暴走した場合、周囲の被害を最小限に抑える監視任務よ」
「じゃあ、パイロットは誰なん……で……まさか?」
言ってからレイも気がついた。
リツコはますます表情を曇らせる。
レイを見つめるその瞳は、様々な感情でどす黒く濁っていた。
「アヤナミシリーズ。第1の子供たちにして、エヴァンゲリオンに乗るために作られた、デザインド・チルドレン。あなたがここに来た日、大怪我をしていたあの子よ」
◇
次の日。
レイは初号機に搭乗し、ざわつく心を鎮めようとしていた。
シンクロ率は40パーセント。
プラグ深度は30前後。
初号機を暴走させず、初号機の暴走に巻き込まれない、と思われる数値設定だ。
エヴァに感情移入しすぎてはいけない。
LCLを通じて投影される光景は、第3新東京市の大深度地下に設けられた、エヴァンゲリオンハンガーを映し出している。
拘束ブリッジの向こう側、黄色い零号機の前では、アヤナミが計測機器のチェックを行っている。
アヤナミシリーズ。
自らに、いや、おそらくは母に似せて作られた子供。
だれが、なんのために?
気持ち悪い。
◇
更に次の日。
レイはネルフ本部のエヴァンゲリオンハンガー入場ゲートで、アヤナミと出会った。
向こうも気づいたようだが、特に言葉をかわすこともなくゲートを潜る。
軽く1kmはあろうかというエスカレーターに、少しばかりの距離をおいて乗る。
嫌悪感はある。
だが、興味を持たないほどではない。
なにより、昨日の零号機再起動実験に成功したため、今後は共同作戦を取るかも知れない。
となれば、一緒に行動することがあるのかも。
であるならば、多少は言葉をかわしておいたほうが、邪魔をされずに済むかも知れない。
初号機と自分の、大事な大事なセッションを。
そのように考えたレイは、意を決して口を開く。
「アヤナミ、だっけ」
レイの言葉に、アヤナミはゆっくりと振り向いた。
すでにプラグスーツを着込んでいる。
「僕は碇レイ……久しぶり、だね。その……よろしく」
アヤナミはこっくりとうなずいた。
「あの……名前は?」
「……アヤナミシリーズ、ナンバートロワ。よろしく」
つまり、3番めのアヤナミである。
では他にもたくさんいるということだろうか?
リツコの言葉を信じるなら、この娘を信じるなら、そういうことになる。
「零号機が凍結された暴走事故で、大怪我を負ったって聞いたけど。もう大丈夫?」
アヤナミは無感情にすら思える声音で返答した。
「平気」
レイはいささかムッとした。
この娘には他者との意思疎通を行う気があるのか、と。
しかしレイも他者のことは強く言えない。
他者との意思疎通を、根本では恐れている。
しかしこのささくれてしまった気持ちを落ち着かせるには、言葉を投げかけ続けるしかなかった。
人によってはそれを、八つ当たりと呼ぶ。
「アヤナミは怖くないの? また暴走して大怪我をするかも」
「任務だから、平気」
無機質な声で、アヤナミ。
「使徒にやられて、死んじゃうかも」
「任務だから、平気」
無機質な声。
「どうしてあのクソ親父の言うことを聞くの」
「任務だから」
無機質な、アヤナミ。
「どうしてエヴァに乗るの」
「任務、だから」
気持ち悪い。
その日二人は、それ以上言葉をかわさず、そのまま別れた。
◇
Laaaaa...
Laaaaa...
それは歌いながら空を飛んでやってきた。
「監視対象物は小田原防衛線に侵入」
「未確認飛行物体の分析を完了」
「パターン青、使徒と確認」
「戦自第1戦車大隊及び第1特科隊が移動を開始。箱根外輪山第3ポイントまで進出予定」
「海上自衛隊第5護衛隊及び第11護衛隊、
「日本政府より出動要請」
「わかってるっちゅーの!」
ネルフ本部地下本営、戦闘指揮所のスクリーンに映し出されたのは、巨大な青いクリスタルのようなものだった。
「やはり第6の使徒だな」
指揮所最上段の指揮官席に、リフトを通じてやってくる二人の男。
ネルフ指揮官・碇ゲンドウと、その副官である冬月コウゾウだ。
ゲンドウはずれたメガネを直しながら、苦渋に満ちた声で発令する。
「ああ。初号機を出撃させる」
◇
その結果は散々なものであり、ゲンドウとミサトは自分の判断を責めることになる。
碇レイはエヴァを通じて与えられたダメージにより、意識不明の重体。
エヴァ初号機は第6使徒の荷電粒子砲攻撃により、外部装甲を全て融解させられる大損害を被った。
第3新東京市も、第一区画ごと初号機を緊急退避させたことにより、ジャッキシステム並びに地盤固定システム、迎撃兵装ビル等々に多大な損害が発生した。
第6の使徒は第3新東京市中心、ネルフ本部直上より、ジオフロントへの侵攻を開始した。