ハルウララに春が来た(完結)   作:月兎耳のべる

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き、キラキラな恋……どこ? ここ……?


第三話 114戦目のキセキ

 あの雨の日の翌日。ウララは寝込んでしまった。

 

 医者の見立ては風邪。そして私はその判断に大きく頷いていた。

 夏の夜とは言え、体が冷え切るまで雨の中を走り回っていたのだ。当然の帰結だと言えた。

 2~3日眠れば治るだろうとの事で、ほっと胸を撫で下ろしながらも同室の私が看病をしているのだが……まあ見舞い客の多い事多い事。

 トレーナーを始めとして同級生、先輩、後輩、分け隔てなく訪れ、どこから伝わったのか地元商店街からもお見舞い品が大量に届く。これでもかと届く。

 美しい花々や果物、人参やぬいぐるみなどと言った品々はウララのベッドだけでなく私のベッドまで侵食し、最早足の踏み場もなくなりそうであった。

 

 彼女がどれだけ皆に愛されているのかがよく分かる、分かるが、その愛も物量でこられると流石に困る。

 哀れにも波状見舞いで体力を使い果たし、ぐっすりと眠ったウララを前に、私はせっせと見舞い品の分別作業を進めていたのだった。

 

「……お休み中にすまない。ウララの容態はどうかな?」

 

 また来たか……と、今日数十回目になるノックに応答すれば、現れたのはルドルフ会長。小さくも美しい一輪の花を手に持った彼女を静かに部屋に招き入れると、私は花と土産に囲まれたウララを指し示す。

 会長は苦笑と安堵のない交ぜになった顔をすると、自分から花瓶に花を生けてくれた。

 

「皆に好かれているね」

「当然ですよルドルフ会長。ウララさんは私達にとっての大切な春ですもの、彼女が好かれなかったら誰が好かれるのやら」

「ふふ……その意見には全く持って同意するよ。……あぁしかし、ここ数日は本当に気が気でなかったよ。風邪だと聞いていても実際に見ないとどうにもね」

「私も同じ気分でしたよ。でも大丈夫です、保険医さんは2~3日でよくなるって言ってましたから」

「それなら良かった。……ウララ、早く元気になっておくれよ」

 

 ウララの頭を優しい手つきで撫でる会長。それは子に愛情を注ぐ親のよう。

 日も暮れる頃の見舞いとはいえ、薄っすらと汗ばんだ様子を見るに、仕事を切り上げて来てくれたのだろう。

 

 そして部屋には規則正しい寝息の音だけが響くようになった。

 

 私から声をかける事はない。

 会長も私に声をかける素振りを見せない。

 

 元より長居するつもりはないのか、私と話すつもりはないのかは分からない。

 ただ一つ言えることがあるとすれば……会長が沈黙を続ける事は、事を知る私にとっては()()()のように思えた。

 

「――私はこの辺りでお暇させていただこう。お邪魔したねキングヘイロー、それでは」

「聞かないんですか?」

「……」

「ウララさんに何があったか聞かないんですか?」

 

 気付けば思わず口を出していた。

 恐らくはこの件について知っているからこそ。

 そして気付いていて伝えなかったからこそ私は聞いていた。

 

 勿論……紐解けば、この件のどこにも悪人が居ないのは知っている。

 

 ルドルフ会長は真っ直ぐに恋をしていただけ。

 ウララは遅れて恋をして、逢瀬を見て勝手に心を痛めただけ。

 私はウララの恋を知っていながらも静観していただけ。

 

 故にウララの涙に義憤にかられる私の激情は、見当違いで筋違いも(はなは)だしい。

 でも、だからといって、自分の感情を抑える事なんて出来ようがなかった。

 

 ――――私は、どうしようもなく怒っている。

 

「あの日。ウララさんは夜遅くに部屋に戻ってきました。それもずぶ濡れになって」

「……」

「聞けばトレーナーさんに会いに行ったそうなんです。行って、そして会う直前になって……やめた」

「それは……」

「その理由は、ウララがあるものを見てショックを受けたからです。それが何かお気付きですかルドルフ会長」

「……」

 

 私はベッドに座り込んだままで。

 会長は立ち上がったままで。

 まるでお互いの立場が逆転したかのような印象を私に抱かせた。

 

「私が……トレーナーと会っていた所だろう」

「具体的にはルドルフ会長とトレーナーさんがキスしていた所です」

「う……っ」

「ウララさんは、目撃して戻って、部屋で泣いていました。トレーナーさんが好きだ。でもルドルフ会長も好きだって、だけどルドルフ会長がトレーナーにキスするのは嫌だって。取っちゃ嫌だって……初めての恋に翻弄されて、困惑してました」

 

 耳をぺたんと畳んで尻尾をしょげさせるその様子は、普段の会長からは考えられない姿だった。

 やはり完璧に見えて彼女も普通のウマ娘なのだと、どうしようもなく思った。

 

「実は、私も前に見ています。お二人がトレーナー室でイチャついていた様子を」

「……」

「両手で顔を覆われても困ります。そうしたいのはむしろこちらの方ですよ……別に、するなとは言いませんがもうちょっと気を遣って下さいませんか?」

「面目ない……」

 

 力なく項垂れる会長を横目に、私はちらりとウララを見る。

 相変わらず彼女は穏やかな寝息を立てていて起きる様子はない。

 

 ウララ。貴方のための弾劾裁判を本人抜きでやるのを、許して欲しい。

 

「本当にすまない。少し浮かれすぎていた」

「……」

「トレーナーは違ったようだが、目撃された事に私は気付いていた。あの時はそれが誰かまでは分からなかったが……まさか本当にウララだったとは」

「……ウララがトレーナーさんに恋をしていた事は分かっていましたか?」

「当然だ。私も同じ人に恋をしている身だ、仕草や表情で全てが分かる……しかし、私はウララを甘く見ていた」

「甘く見ていた?」

「……ウララの恋は、同じ恋でもまだ浅瀬だと。まだ自覚すらしていないのだと、そう勝手に思っていた」

 

 それは、私と全く同じ分析だった。

 そうだ、私は、私達はウララに勝手なイメージを持っていた。

 誰にでも笑顔を見せ、誰にでも全力で無償の愛を振る舞う、天使だ……と勝手なイメージを抱いていた。

 

「だけど違った。彼女の恋は、私と同じ本気のソレだ。扉の隙間から見えたよ、ウララの目に浮かんだ、深い絶望の色を」 

 

 ウララは決して天使なんかじゃない。

 この娘はどこにでもいるウマ娘だ。

 

 (けな)されれば怒るし、悲しいことがあれば泣く。

 悔しければ憤るし、えこ贔屓だってする。

 そして――恋にすら落ちる事もある。

 

「私は、ルドルフ会長らのチームを尊敬していました。互いを尊重しあう理想的なチームで、かくありたいと願っていましたし、身勝手ですがウララをそのまま幸せに導いて欲しい……そう願っていました」

「それは……光栄な事だね」

「ですが今はそうは思っていません。貴方のチームは、『恋』というたった一つの感情に翻弄されてしまう……凡百のチームと同じです」

「……」

「恋をするな、とは言いません。個人の感情に蓋をたてるなんて土台無理な事です。ですけどこの場所(トレセン学園)は恋を叶える場所ではない筈です。違いますか?」

「……そうだな」

「ルドルフ会長もウララさんと同じで、きっと段々と心を惹かれていったのは分かります。分かりますよ……でも、それが、よりにもよってどうしてこんな事になってしまったんですか」

「……」

「なんで同じ相手を好きになってしまったんですか……どうして……!」

 

 ウララの周り全てが、ウララの幸せを叶える歯車になって欲しかった。

 今まで与えてくれたのと同じかそれ以上の幸せが、ずっと彼女に舞い込んで欲しかった。

 なのにそうはなってくれなかった。

 

 会長も、ウララもなるべくして同じ人に恋をしてしまった。

 

「会長……実際の所、貴方とトレーナーは付き合っているんですか?」

「……まだ、返事は貰っていない。私が一方的に慕情を押し付けているだけだ」

「そうですか……では、会長さんはトレーナーさんを諦めるつもりは?」

「そんなの、そんな事ありえない。キミには分からないだろう、私がどれだけ彼を想っているか……!」

「そうでしょうね。だけどその恋敵がウララさんだとしてもですか?」

「……っ、そうだ」

「そうですか……いえ。でしたら私から何も言う事はありません。私はウララさんを応援するまでです」

「……君は恨んでいるのか?」

「恨む? えぇ。えぇ。恨んでいますとも。ウララを泣かせる恋に。ウララを戸惑わせる会長さんに。そしてウララに何もしてあげられなかった私に」

「……」

 

 ちらりと時計を見れば、会長は察してくれたようだ。

 自発的に身支度をして扉の前へと進んでくれた。

 

「この事は誰にも言いません。言っても……ウララさんは得しないですから」

「すまない、感謝する」

「感謝も謝罪もどちらもいりません。その代わりに、きちんとウララと話し合ってください」

「元よりそのつもりだよ。キング、ありがとう」

 

 二度目の感謝に、私は返事をすることはなかった。

 

 

 § § §

 

 

 

「キングちゃん、一緒にトレーニングしよっ!」

「……え?」

 

 夜風に涼しさ混じる10月頭。

 風邪から復帰したウララに話しかけられたのは、そんな一言であった。

 

「え、えぇいいわよウララさん。でもどういう事かしら?」

「どういう事って?」

「……いえ、何でもないの。やりましょう」

 

 別にトレーニングをするのは構わない。

 けれど打って変わった彼女の熱の入りようは、あの時を思うと逆に不安だった。

 休み明けという事で簡素なトレーニングを言い渡されたウララに、付いていく形で私達はランニングを初めていた。

 

「ねぇねぇキングちゃん。ありがとうね」

「……」

「あの時キングちゃんと話してなかったら……わたし、ぜったい『こい』に気付けなかった」

「……そんな事ないわよ。ウララさんは自然に気がついていたわ、私が言わなくても」

「だとしても、わたしはキングちゃんに気付かせてもらって本当に良かった~って思ってるんだよっ」

 

 学園を出て住宅街を走り抜ける。まだ日の高い内から走ると、主婦や道行く人から声援を浴びる。

 ウララはいつものように大きく手を振って応えるけれど、前と違って練習への気が乱れる様子は見当たらない。

 

「ルドルフさんともお話したんだよっ、ルドルフさんもトレーナーさんに『こい』してるって教えてくれたの!」

「そう」

「でもね、だからってきらいにはならなかったんだ。だから良かった~って思ってるんだ! わたしはやっぱりルドルフさんのことも好き!」

「……」

「あっ、でもねでもねっ! ちくちく~ってした感じはやっぱりあるかも? ルドルフさんがトレーナーと二人でお話してると……きゅ~ってする。でも最近はそれもうれしいな~ってわたし思うんだっ」

「嬉しい?」

「うんっ! ルドルフさんと同じ気持ちになれたからっ! ルドルフさんもね。他の人がトレーナーのそばにいると、きゅ~ってするんだって!」

 

 併走する彼女の桃色の尻尾が、風に乗ってよくたなびく。

 住宅街を抜けた私達の足取りは川べりの土手を進もうとしていた。

 日光が水面で反射し、私達にギラギラとした光を投げかけてくる。

 川のせせらぎと足音と息遣いだけが響くこの場所で、ウララは口を開いた。

 

「あのね……わたし、やっぱりトレーナーが好き」

 

 一瞬、春めいた風が、私達の間を通っていった気がした。

 

「キングちゃんもすきだし、ルドルフさんもすき。他のみんなも好き。でもねでもねっ、キングちゃんの言う通りトレーナーは特別好きなの!」

 

「トレーナーのとなりにいたい」

 

「トレーナーに好きって言ってもらいたい」

 

「トレーナーに、えっと……き、キスしたい!」

 

「ルドルフさんが『こい』してても、あきらめきれない。わたしがトレーナーの『一番』になりたいっ!」

 

 ウララの目は私に注がれる事なく、常に道の先を見据えていた。

 

 彼女の中でどれだけの葛藤があったのかは分からない。

 分からないが、彼女は自らの幸せを勝ち取るために、自分で選んだ道を進もうとしている。

 今この時こそが祝福すべき門出の時だ。

 私は思わず自分の手を強く握りしめていた。

 

「決めたのね、ウララさん」

「うん! わたし……ぜったいにトレーナーの『こい人』になるの!」

「素敵な目標だと思うわ。そして貴方が決めた道なら否定しない。むしろ応援させて頂戴」

「ほんとっ!? 応援してくれるのキングちゃん?! ありがと~~~!!」

「べ、別にっ、これは私の自己満足よ! だから気にする必要なんてないわよ! ……でもねウララさん、貴方の道のりが厳しいのは分かってるかしら?」

 

 どうして? と首を傾げるウララに、私は思わずまくしたてていた。

 

「いい事ウララさん、貴方はルドルフ会長と競い合う事になるのよ? トレーナーさんの恋人になるレースがあるとしたら、今の貴方は大きく出遅れてるの!」

「……そうなの?」

「そうよ! この際言っておくけど、今のウララさんに足りないのは学力やステイタスや実力、あとスタイルとか……もう、諸々よ! どんな手を使ってでも射止めるつもりでないとすぐに取られちゃう……そんな状態なのよ!」

「ふっ……ふっふっふっふ~」

「な、なによウララさん。その不敵な笑みは」

「だいじょーぶだよキングちゃんっ、わたしには"ひさく"がありますっ!」

「……秘策ぅ?」

 

 一体全体どんな秘策なのだろうか。

 よもやまた誰ぞから吹き込まれたろくでもない案ではなかろうか。

 ここで『既成事実』なんて言葉が飛び出した日にはもう、この子の頭を引っ叩いている自信がある。

 少し疑わしい目で見る私にウララが告げたのは、ソレと同じくらいとんでもない内容だった。

 

「わたしねっ、『有馬記念』で勝つの!」

 

 その予想を遥かに超えた一言に、私は思考を飛ばしかけた。

 

「あのねあのねっ、考えたの! どうしたらトレーナーがふりむいてくれるかなって……! でもねわたしに出来ることって、あんまりないなーと思ったの」

「……あ、貴方……ウララさん」

「キングちゃんのいう通りなんだ。わたしね、頭もあんまりよくないし、ルドルフさんみたいにキレイでもないから」

「ウララさん……それがどう言う事か分かってるの……?」

「でもねでもねっ……わたしに出来る、トレーナーが一番よろこんでくれる事って言ったら、これしかないと思ったのっ!」

「ウララさん! 貴方の適正じゃ……それに有馬記念まであと二ヶ月しか……!」

「――約束したのっ!!!」

 

 叫んだと思えば、ウララは私の前で立ち止まり。

 目元を雫で一杯にしながら睨みつけてきていた。

 

「約束したの……ルドルフさんに、有馬記念で一着を取るって! ルドルフさんよりも速くなってみせるって!」

「それで、それでねっ! 一着を取ったら……トレーナーにこくはくするのっ! わたしの『こいびと』になってくださいって!」

「本気で勝てるつもりなのかって言われた、話にならないぞって言われたよ! 初めて、ルドルフさんい冷たい目でおこられた! でもやってみなきゃ分からないもん! わたし、がんばるっ! がんばって、ぜったいにこくはくするもんっ!」

 

「だってトレーナーが言ってくれたんだもん! 『頑張ればウララでも一着が取れる』って!」

 

 今にも零れそうな涙を必死にこらえながら、彼女は叫ぶ。

 耳を怒らせ、両手をこれでもかと握りしめた姿はあまりにも可愛らしいものだ。

 だけどその覚悟がどれだけのものかも、同時に教えてくれた。

 

「これからもーとっくんするの! あと2か月しかないけど、いつも以上に頑張るのっ!」

「……」

「トレーナーが信じてくれたんだもん、だったら……わたしも、トレーナーを信じるっ! 信じてぜったいに勝ってみせるんだっ!」

 

 それは聞けば聞くほど荒唐無稽な御伽噺だ。

 最高峰の実力者がこぞって集まる有馬記念に、ようやくOP(オープニング)レースで一着取れたウマが挑む? 

 しかも距離も適性も全く違うウマ娘が? そんなの挑む前から結果が分かりきっている。

 トレーナーさんも本気で獲れるとは思っていないだろう。

 

 だけど……だけど気持ちは同じなのだろう。

 私もトレーナーさんも、ウララのその気持ちを無駄にしたくなくて。

 ウララが初めて選んだ道を応援したかったのだろう。

 

 ……あぁなんて愚かな私。

 止めるべきなのだろう。否定すべきなのだろう。

 だと言うのに私は、気がつけば頷いてしまっていた!

 

「……負けたわウララさん。そこまで言うんだったら、このキングが! 練習に付き合ってあげるわ!」

「ほんとっ!? ほんとにほんとっ!?」

「えぇ、一応言っておくけどビシバシ厳しくしていくわよ! レースも、私生活も! 一日たりとも音を上げてる暇はないと思いなさいよ!」

「~~~~~っ、う、うんっ!!」

「ではウララさん、地獄のトレーニング開始よ!」

「ウララ~~~~~っ! がんば~~~るぞ~~~~っ!!」

 

 川のせせらぎに紛れて、涼し気な風が頬を撫でる。

 アキアカネが奔放に飛び回る姿を見て、私は夏の終わりを悟る。

 

 

 秋がやって来ようとしていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 それからウララの猛トレーニングが始まった。

 

 目標である有馬記念は長距離の芝、2500mだ。

 それはウララが得意としている短距離のダートとは全くかけ離れた、未知の領域。

 今までに挑んで来たOP戦で勝負勘を付けてきたとは言え、ウララにとって無理難題な試みには違いなかった。

 

「ウララさん、その程度で息を切らしてどうするのよ! 第四カーブに差し掛かる前に試合放棄するつもり!?」

「はひ……はひぃ……!」

「本番は坂もあるのよ! へばってる暇があったら足を動かしなさい!」

「う、うぅぅぅ~~~、がんばるぅぅ~~~~っ!」

 

 有馬記念の参加条件はレース実績のみならず、ファン投票による選出もある。

 沢山の人を愛し、沢山の人から愛されたウララは、幸いな事に参加可能な得票数を得る事は出来た。が、一番の問題点は肝心のレースまで後二か月を切っている事だ。

 彼女が目標とする一着を取得するのは、その短期間では至難の業だ。

 必然的に、ウララのトレーニングはより一層厳しい物になっていた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ! ……~~~~~~っ、ご、ゴ~~ルッ! と、トレーナー、タイムは?!」

「……うん! 前より格段に伸びている……いいペースだと思う。だけどそろそろ――」

「分かったトレーナーっ! もう一周行ってくるね~っ!」

「あっ、ウララ! ……凄いやる気だ。自分も何とか勝たせてあげないと」

 

 ウララは見違えるように努力するようになった。

 輝くような笑顔はどこか不敵なモノに変わり、ぽわっとした浮ついた雰囲気は消えて、代わりに目前のレースに全力を注ぐ、競走バ特有のギラギラした感じが見て取れるようになった。

 

「ウララさん! 一流のウマ娘なら自分で髪を結んでこそよ! 見ててあげるからやってごらんなさい!」

「おーっ! えーっと……えーっと……えーっと? あれ? あれれれ……?」

「……(手を出したいけど滅茶苦茶我慢している)」

 

 また訓練はレースのみならず私自ら手掛ける一流ウマ娘トレーニングも含む。

 一流の身だしなみ、一流の話術、一流の心遣い。

 あのトレーナーがウララに少しでも振り向いてくれるように、普段の生活面から矯正をした。

 事細やかな指摘はかなり窮屈な筈。だけど彼女は嫌な顔一つせずに従い、失敗こそ多いが徐々に技術を自分の物にしていった。

 今では寝坊はなくなり、間違えて私のベッドに入り込むなんて事もなくなっていた。

 

「キングちゃんおはよ~~っ! 先に行ってるね!」

「ふぇっ………あっ、ウララさん! お待ちなさい私も行くから!」

 

 実際、私の目から見ても彼女は寝る間も惜しんで頑張っていたと思う。

 

 朝は早くから起きて、はひはひと走り込み。

 昼はうんうんと唸りながらレースのノウハウを叩きこみ。

 夜は日が更けるまでみっちりレーニングをして死んだように眠る。

 

 幸いな事があるとすれば、それは彼女に長距離競走バとしての素質があった事。

 小柄な体は激しいトレーニングに呼応するかのように日々成長しており、苦手としていた芝でのラップタイムは日々更新。不安視していたスタミナ面も、走り込みや階段往復によるトレーニングで伸びていった。だけど――

 

(これでもまだ、全然足りない――……!)

 

 彼女の伸び率は目標には全く届いていない。

 そして有馬記念に挑むウマ娘達は、ウララの背伸びでも遥かに届かない位置に居た。

 

 『世紀末覇王』テイエムオペラオー。

 『ミス・パーフェクト』ダイワスカーレット。

 『不死鳥』グラスワンダー。

 『日本の総大将』スペシャルウィーク。

 『トリックスター』セイウンスカイ。

 『シャドーロールの怪物』ナリタブライアン。

 

 そして――『皇帝』シンボリルドルフ。

 

 誰も彼もが名の通ったGIウマ娘で、私でも勝ちきれない超のつく一流達だ。

 ただでさえ全員が強いのに、目下のライバル『皇帝』は、参加者の中で頭一つ抜けた実力を持っている。

 

 ウララもとっくにその事に気が付いているのだろう。

 レースの日が近付けば近づくほど彼女から口数と笑顔が減り、逆に膝や腕に貼られる絆創膏の数は増えていく。

 風の強い日も。降りしきる雨の日も。例えどんな理由だろうとウララはトレーニングを求め、ターフの上を走った。走り続けた。

 流石の私も、そしてルドルフ会長も度重なるウララのオーバーワークに口を挟んだけど、その度にウララは「いやだ!」「このままじゃ勝てない!」「もっと練習させて!」と駄々を捏ね、トレーナーが(なだ)(いさ)めるまで休む事はなかった。

 

「ようやく、ウララに競争心が出てきたことを喜ぶべきなのかな」

「……」

「レースに対して真剣になってくれるのは嬉しい。だけど思う所もある――彼女を一変させてしまうまで入れ込ませてしまっていいのかなって」

「……トレーナー」

「正直()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、けど、どんな結果になろうと、どんな展開になろうと、レースを全力で楽しむ姿に惹かれてスカウトしたんだ。彼女がもっと楽んでくれたら……彼女がもっと輝いてくれたらって思って。なのにこれじゃ――」

「それ以上はやめるんだトレーナー。これはウララが自分で選んだ道で、ウララが初めて勝ち取りたいと願ったレースだ」

「……」

「ウララは微塵も諦めていない、ただ誰よりも早くゴールしたい、キミのために一着を取りたいと願って、骨を折っている。その気持ちを、覚悟を汚すことは誰にも許されない」

「ルドルフ……」

「私達、いや、トレーナーが出来る事はウララを信じて支えてあげる事。そうじゃないかな?」

「……そうだね。ウララは俺に一着をプレゼントしてくれるって言ってくれたんだ。だったら最後まで一緒にいてあげるのがトレーナーの役目か。ありがとうルドルフ」

「当然のことを言ったまでさ。そして、言うまでもないが――私もキミのために一着を取るつもりだ」

「……こんなにも幸せな事があって良いのかって思うよ」

「両手に華だね。全く、君は果報者だよ」

 

 私も、トレーナーも、ライバルであるルドルフ会長も。

 着実に歩みを進める彼女を全力でサポートしていった。

 そして周りのサポートの分だけウララは苦しみながらも、全力で応えていった。

 

 ――ハルウララは折れない、めげない。諦めない。

 ――だから、みんなが応援していく。

 

「ウララちゃん最近すっごく頑張り屋さんだね。無理しないでね!」

「ウララちゃーん! これ差し入れね! 練習すっごく頑張ってるからね、リキつけてって!」

「ウララウララ~、中山の直線のコツ教えてあげるよ~。中山のプロ直伝だよ~」

「ウ・ラ・ラ先輩~FIGHTっ! FIGHTっ!」「ウララ、これ去年の有馬の時の動画……良かったら見てね」

「ウララさん、こちら商店街の皆さんから差し入れですっ……あと5箱くらいあります。ふふ。相変わらず凄く好かれているんですね」

 

 彼女の頑張りは認知され、クラスでも学園の中でも、そして商店街の中でも彼女をサポートしようとする動きが見られた。

 ウララはぴかぴかの笑顔でその応援を喜び、そしてより一層の努力を費やしていく。

 あの雨の日に自覚した、嘘偽りない気持ちを。

 はっきりとした『こい』心を伝えるがために、彼女は必死に戦っていた。

 

 

 そして――有馬記念まで残り一週間を切った晴れの日。

 私はまたウララに声をかけられた。

 

 

「キングちゃん……レースしよっ、わたしが絶対に勝つからね!」

 

 ピンと張ったウマ耳。

 意気揚々と揺れるウマ尻尾。

 各所につけた絆創膏は数知れず。

 とっておきの勝負服をこれでもかと汚し。

 全身から大粒の汗を流し、満面かつ不敵な笑顔で宣戦布告してきた彼女に、私は二つ返事で頷いた。

 

「レース条件は勿論?」

「ターフ! 2500m!」

「当然よね。ウララさんの二か月の集大成。しっかり見届けさせて貰うわ」

 

 隣合ってコースに並んだウララから、熱気のような何かが発せられている気がした。

 彼女の体温? 汗? いや、違う。これは重圧だ。彼女の貪欲な勝ちへの欲望がそうさせているのだ。

 

「キングちゃん。今度は手を抜かないでね」

「……! 言うようになったじゃない。勿論全力でお相手するわウララさん。でも覚悟はいいの?」

「……うん」

「参戦しない私に勝てないなら有馬記念で一着なんて夢もまた夢。それを理解しておきなさい」

「うん……! 絶対に勝つよ! だってトレーナーに一着プレゼントするんだもん!」

「よろしい。なら……行くわよ!」

 

 そして私は合図代わりのコインを取り出し、指に(つが)える。

 

 

 ――ピィンッ。

 

 

 甲高い金属音と共にコインは宙高く回転し――直後、私達は二陣の風となった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 有馬記念当日は、皆の期待に答えるかのような快晴だった。

 青い大空に広がる巨大な入道雲は、まるで今日が真夏であるかのような錯覚を与えてくれる。

 

 中山の競馬場は溢れんばかりの観客でぎゅうぎゅう詰めで、私もまた客の波に揉まれながらもパドックの様子を伺っていた。

 

「スペシャルウィーク~~~~!!! 今日も期待してるぞ~~~~!!!!!」

「セイウンスカイ必勝~~!!! 頑張ってくれよ~~!!!」

「きゃあぁぁぁシンボリルドルフ会長~~~ッ!!!! 今日も勝ってくださ~~~い!!!」

「見せてくれよナリタブライアン! 今日も怪物の真骨頂期待してるからなー!!!」

 

 客の興奮も既に最高潮に達しようとしていた。

 年内最後の大きなレースイベントだと言うのもあるが、何よりも強豪揃いのウマ娘達が一同に介するレース。誰が勝つのか分からない事から多数のメディアも、そして世間もまたこのレースに熱い視線を注いでいた。

 

 並み居るライバル達の様子は、私の目から見ても最高のコンディションに見えた。

 

 テイエムオペラオーからは余裕と、それを裏付ける重圧が感じ取れる。

 ダイワスカーレットの強い眼差しには確かな勝気が宿っている。

 グラスワンダーからは落ち着いた物腰と裏腹に、静かなる熱が立ち上っている

 スペシャルウィークは今にも走り出したそうな、ワクワク感を表情に浮かばせている。

 セイウンスカイの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気は、この土壇場では逆に恐れを抱かせる。

 ナリタブライアンは獰猛な笑みを隠そうともしていない。全員蹴散らそうとする意気込みを与えてくる。

 シンボリルドルフのいつもと変わらぬ冷静な顔。しかし一目見ただけで七冠ウマ娘としての譲れぬ矜持を感じる事が出来た。

 

 そして、あっという間にパドックに最後の一人。

 春満開ウマ娘『ハルウララ』が壇上に上がった。

 

「ウララ~~~~~~!!!」「ハルウララ頑張れ~~~~!!!」

「期待してるからな~~~!!!!!」「応援してるわよ~~~~ッ!!!!!!」

「みんな声出せぇっ、がんばれがんばれウ・ラ・ラ~~~~~!!!」

 

 わっ、と一部の観客席が一斉に盛り上がる。

 様々な横断幕やポスターを掲げたファン達が惜しみない声援を送る中、ウララはみんなに大きく手を振った。

 

 時間にしてしまえばたった二分も満たないレース。

 ただそれだけのために二か月間、ひと際小さなその体をイジメぬき、並み居るライバル相手に(しのぎ)を削ろうとしている。

 

 恐らくは潰れてしまいそうになる重圧の中、それでもウララは満面の笑顔を見せていた。

 小さな体を目いっぱいに広げて、自分はこれから勝ってみせるぞと、ファンの皆に見せつけていた。

 

『16番人気はハルウララ。多数のファンに愛されて、ここ有馬記念に参戦です』

『一時期は連敗続きのようでしたが、ここ最近の活躍は目覚ましい限りですね。重賞レースで勝利も遂げています』

『気になるのは脚質ですね。短距離・ダートを得意とする彼女が、長距離・芝でどこまで戦えるのか』

『いずれにせよ頑張って欲しいですね。健闘を期待しています』

 

 私は……応援も忘れてウララをじっと見つめていた。

 

 遠くに見るウララの様子はいつもと変わらない。

 けれども、私には彼女の心情が良く分かっていた。

 

 彼女の内面は不安と悲しみでいっぱいだ。

 レース前夜、眠る事も出来ず、静かに涙を流していた彼女を、私だけが知っている。

 その理由が痛い程分かるからこそ、私もまた同じ気持ちになっていた。

 

 ――ウララには私が一番期待をかけている。

 

 彼女の頑張りを近場で見ていたからこそ。

 彼女の独白を直に受け止めたからこそ。

 彼女が一着を取って、トレーナーに告白するのを、

 恐らくは本人の次くらい強く望んでいる。

 

 ――けど、それと同じくらい私が一番不安視している。

 

 正直言えばこのレースを見るのが怖い。

 この場に居るのが、耐えられない。

 耳を伏せて、目を瞑って、大声を上げてしまいたい。

 今すぐ大嵐が来て、このレースをめちゃくちゃにして欲しい。

 私の内面はそんな気持ちでいっぱいだった。

 

 

 華やかなファンファーレの音が、レース場一杯に広がる。

 残酷な事に、運命の刻は訪れてしまう。

 

『年末の中山で争われる夢のグランプリ・有馬記念! 貴方の夢、私の夢は叶うのか?』

 

 私は、ウララの親友だと自負している。

 天然純粋甘えん坊な彼女が大好きで大好きで。

 ついつい甘くなってしまうし、贔屓目に見てしまう事も多々ある。

 そんな私でも……彼女がこのレースで勝つのは、難しいと思わざるを得なかった。

 

 だって……だって、そうでしょう?

 

 

「私とのレースで、あんなに引き離されて負けていたのに……どうやったらこのレースで勝てるって言うのよ……!」

 

 

 始まる前からもう、私は涙を(こら)えるのに必死だった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました――さぁ、ゲートが開いた! 各ウマ娘、そろってキレイなスタートを切りました!』

『皆さん集中していましたね、好レースが期待できそうです』

 

 季節外れの春風がターフを駆け抜ける。

 吹けば飛びそうな優しい風は、鮮やかな強風達に煽られてたじたじだ。

 やはり誰もが強敵揃い。びゅんびゅんと先行く風に揉まれて、春風は一気に最後尾へ。

 第一コーナーに差し掛かる前に、前方集団から手を伸ばしても届かない位置にウララは押し出されてしまった。

 

『1コーナーからそして2コーナーへ向かっていきます。セイウンスカイ快調に飛ばしてゆきます。2バ身離れてダイワスカーレットとテイエムオペラ―が後に続きます。先頭がやや早いのか、少しだけ間延びした展開です』

『16番ハルウララ、バ群に揉まれて最後方からのレースとなりましたね、大丈夫でしょうか?』

 

 冬風で冷えきった手すりをぎゅっと握る。

 余り宜しくないレース展開。だが挽回のチャンスはまだある。

 集団に揉まれて予想外の位置になってしまったが、ウララは慌てて差し位置をキープし直す。

 しかしそれだけでもペース的に苦しいのか、先ほどまでの不敵な笑顔は既に消えていた。

 

『順位を振り返ってゆきます。先頭は依然セイウンスカイ、2バ身リード。続きました6番ダイワスカーレット、ハナ差で4番テイエムオペラオー。ここまでが先頭集団――――9番スペシャルウィークここに居た。2番ナリタブライアン、先頭集団を睨んでいる。その外並んでシンボリルドルフ、1バ身差で、ハルウララ。ペースを上げてきました』

 

 レースはまだ1200mを通過してようやく折り返しと行った所。

 先頭集団と後方集団に開きが出てくる中で、ウララとルドルフ会長の二人の間も徐々に離れて来ている。

 このままペースを維持できないと仕掛けることも出来ない。ウララは一体どうするつもりなのだろうか……? 

 

『第2コーナーを抜け、向こう正面に入りました。順位に大きな変動はありませんが……っと、ここでシンボリルドルフ上がって来ました』

『少し掛かっているのではないでしょうか?』

『彼女の脚質には合っていますね』

 

 ルドルフに取り残されたウララのスピードが、みるみる落ちていく。

 まるで誰かに引っ張られているかのように後方集団の更に後ろに。

 気持ちが萎えてしまったのだろうか。疲労がピークなのだろうか。

 スクリーンに一瞬映った彼女の表情は、まるで両親と(はぐ)れてしまったかのような心細そうな顔で。私は強く胸が締め付けられる思いをした。

 

 あれよあれよと最後尾まで下がってしまった彼女を見て、私はもう、願わざるを得なかった。

 

 ――よく頑張ったわよウララ。これ以上はもう無理よ。

 ――貴方の頑張りを否定する人なんて、誰も居ない。

 ――クラスメイトも、商店街の人も、ファンも、ルドルフ会長も、トレーナーも。絶対に。絶対に!

 ――だからもう、お願いだから無理はしないで……!

 

『残り1000mを通過。第3コーナーに差し掛かり、もう間もなく直線へと差し掛かります』

『そろそろ仕掛けてくるウマ娘も出てくるでしょう。現在集団は膠着(こうちゃく)状態。全員が全員の動向を見守っています……おっと! 最後尾16番ハルウララ上がってきたぞ!』

 

 それでも……それでもウララは諦めない。

 歯を大きく食いしばり、桃色の尻尾をたなびかせ。

 長く苦しいターフをぐんぐんと、力強く追い上げてゆく。

 

『ハルウララ、後方からラビッドビルダーを抜く! 続けてジャラジャラ、ギガントグレンデルを大外から差していく!』

『すさまじい追い上げです! 強豪ウマ娘達をごぼう抜き! これはひょっとして大番狂わせがあるのか!?』

 

 小さな小さな楕円の世界で、春が急速に芽吹いていく感覚があった。

 ゴールの先にある幸せを求めて、ウララが懸命に戦っている。

 

 勝ち目なんて無いに等しいのに。

 誰だって諦めてしまうような大きな壁なのに!

 それでもウララは、ターフの上で孤独に戦っているんだと考えたら――私は自然と声をあげていた!

 

 

「行きなさいハルウララッ! 行けぇ―――ッ!!!」

 

 

『間もなく最終コーナー! 先陣を切ったのは……シンボリルドルフ!』

『この直線で勝負が決まるぞ! ハルウララ、登ってきています! 登ってきています!』

 

 全身が熱い。先程まで冷たく感じた手すりでも冷やしきれない。

 体を乗り出し、喉が枯れるまで私は叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!

 一流なんて程遠い? 恥も外聞もない姿? 知ったことか、知るもんか!

 目の前で親友が戦っている――それを応援しないで、何が親友か!

 

『食い下がるセイウンスカイ、グラスワンダー。そしてハルウララの怒涛の追い上げは終わらない、終わらないぞ! 先頭集団まで残す所4馬身、3馬身……追いついた!』

『先頭は依然としてシンボリルドルフ! シンボリルドルフ抜け出していく! 後続集団追いきれない! その中でハルウララ! ハルウララはまだ諦めていない!』

『ゴールまで残り200! まだ勝負はわかりませんよ!』

 

 決めたんでしょう、ルドルフ会長に勝つって!

 決めたんでしょう、一着になるって!

 決めたんでしょう、トレーナーに告白するって!

 

「だったらもう少しだけ頑張ってよ、ウララぁ――――ッ!」

 

『グラスワンダー、スペシャルウィーク同時に上がってきた!』

『テイエムオペラオーとダイワスカーレット、スパートをかける!』

『セイウンスカイ最後の追い込み! ナリタブライアン猛追!』

『全員が全員もつれ込んだ、これは非常に熱い接戦! 中山のゴールに華を添えるのは誰になるのか――!?』

 

「上がってッ、上がってッ、上がってッ、上がってッ! 上がれぇ――ッ!」

 

 ゴールまであと数十秒! 会場が更に熱を帯びる!

 歓声が質量となって選手の背中を押し上げ、全員のスピードがぐんと上がる!

 差しつ差されつ、順位が変わる!

 観客と選手ら全員の熱狂が動きとなって現れ、会場が揺れる――そして! そして……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場全体から広がる大きな拍手と歓声の波。

 16人のウマ娘の中でたった1人の勝者を決めるレース。

 そんな今年の有馬記念で勝ち抜いたのは――

 

『――シンボリルドルフ! 素晴らしい走りでした! 『皇帝』の異名に恥じぬ凄まじい強さ! 今年最強の名はまさしく彼女だと言えたでしょう!』

 

 ウィナーズサークル。

 16人の参加者の中、たった1人だけが立ち入れるその場所で勝利をアピールするのは、やはりシンボリルドルフだった。

 勝って尚涼し気な顔は流石7冠ウマ娘としか言いようがなく。観客たち全員が惜しみない拍手と歓声で彼女を祝福した。

 

 そんな耳を揺るがす歓声の中、私は一人の声を拾っていた。

 

 

「うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁ────────ッ!!!!」

 

 

 ハルウララは泣いていた。

 

 髪の毛は汗でくしゃくしゃで。

 

 頭に巻いたハチマキも解けかかった状態で。

 

 大口を開け、天を見上げ。

 

 瞳から大粒の涙をぼろぼろと零し。

 

 ただただ、大声を上げて啼いていた。

 

 ()めども汲めども尽きぬ涙と、心の底からの慟哭は、私の心を酷く揺さぶった。

 

 

 ハルウララ――最終順位は12位。

 後半の追い込み凄まじくも先頭バ群の厚い壁を抜けず、スタミナ切れで失速。

 大番狂わせをすることは、叶わなかった。

 

 

『ハルウララの後半の追い込みは凄まじい物でした』

『結果がどうあれ、苦手距離でここまで奮闘した事を我々は称賛するべきでしょう』 

 

 実況の言葉に合わせてウララにもまた拍手が送られる。

 しかしウララはそれでも泣き止む事はなかった。

 

 それはそうだろう。

 だってウララは無くしてしまったのだ。

 大好きな人に、気持ちを伝える機会を。

 

 ――この声はいわば、一つの恋の終わりの音なのだから。

 

 

「っく、ひっ、ひっぐ……わ、あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ん゛~~~~ッ!!! あ゛あ゛、あ゛……あ゛あぁ゛ぁ~~~~ッ!!!」

 

 

 入道雲が見下ろす快晴の中。熱気だけが残るターフの上で、ウララはずっと泣き続け。

 滲む視界の中、私もそれをどこまでも、どこまでも見つめ続けるのだった。

 

 

 

 




次の話で終わりです。(展開考え中)
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