朝。
空は青く晴れ渡っていて、小鳥が朝の到来を知らせるように囀っている。
清々しい程の良い天気。
しかし、俺は全くと言っていい程に気分が晴れなかった。
「....学校行きたくねぇな。」
ポツリと部屋のベッドに腰掛けながら言葉を漏らす。
外に、人の目に触れるのが少し気が進まないのだ。
そりゃあの時は要が助けてくれたからよかったが、あの時アイツが居なかったら今頃俺は多分貞操を完膚なきまでにあの二人に散らされていたわけで。
昨日の今日で切り替えるのはやはり少し難しい。
「お前なぁ.....。」
そんな俺を見て、呆れた顔をする要。
彼は俺の勉強机に座っている。
何故か今日は珍しく起こしに来たのだ。
普段は幼馴染とはいえ、お前を起こしに行くとか面倒くさすぎるとか言っていたのにだ。
それだけ気を遣ってくれているということだろうか。
「だってしょうがなくね?よくよく考えれば大体のTS娘って女になる前がどんな奴か分からないんだよな....だから昨日みたいな奴もいるわけで。そう考えるとさ、学校にも居るよね。TSした奴。」
「あぁ、居るな。」
「今はTSした人、怖い。」
自意識過剰かもしれないが、情けないことに少し怖い。
つまりは、女の身体という最強の武器を持ったホモがまだ他にもいるかもしれない。
いや、そんなことはないのかもしれないがやっぱりどうしてもあんなことがあった後だから怖いのだ。
「...じゃあ、俺も怖いのかよ。」
俺の言葉を聞くと、彼は表情を少し曇らせる。
少し、主語がデカすぎたか。
TSした奴が怖いのは、ソイツが女になる前にどんな奴か知らないからだ。
それはつまり.....。
「いや、お前は怖くないよ。そもそもお前、幼馴染だから女になる前はどんな奴か知っているし。なにより.....俺の事助けてくれたじゃんか。」
あの時、要が居なければこうして話せていなかったかもしれない。
だからこそ、お前には本当に感謝しているんだ。
いや、昨日ならまだしも今日も彼にお礼を言うのは少し照れくさいけど。
だがまぁ、そんな顔をさせたのならちゃんと言うべきなんだろうな。
「昨日も言ったが、お前が幼馴染で本当に良かった。...ていうか、多分今TSしてる人類の中で唯一怖くなくて信頼できるの、ガキの頃から知ってるお前くらいだぞ。」
また主語がデカくなってしまった。
だが、これは本当のことだ。
そうすると、要は俺の顔を見た後に笑う。
「そうか....まぁ、それなら別に良い。というかそうだよな、確かにそうだな。それにしても人類規模とか信頼が重いわ....ふふ.....。」
「なにニコニコしてんだ.....。」
なんか嬉しそうに笑う。
でも、確かに俺ももし幼馴染である要に信頼できるのはお前くらいだと言われれば確かに嬉しくないと言えばうそになるだろう。
まぁ、だからこそそんなアイツの表情を見ると余計に照れくさくなって目を逸らす。
「でも、それなら困ったな....。あっ、そうだ。今日は学校休むか?俺も付き合うぜ。」
なんてことはないように言う要。
どうにももし俺が休めば俺に付き合ってくれるつもりのようだ。
なんていうかそれは悪い。
でも、学校に行きたくないのも事実。
出来れば今日は大人しくベッドに一日中寝ていたい気分だった。
「良いのかよ、学校の人気者が俺なんかの為に学校休んで。欠席とか付くぞ?」
俺がそう言うと、彼は愚問だと言わんばかりに鼻で笑う。
「ハッ、俺がそんなにいい子ちゃんに見えるかよ?それに、どうせ学校に行ったところで面倒なだけだ。それに加えて気分転換役のお前が居ないと俺はもしかすればストレスに耐えかねて暴れまわってしまうかもしれない。」
「それは....恐ろしいな。」
コイツ、男からすげぇ告白されるもんな。
女が好きだと言うのに、難儀な物だ。
俺も、異性から一杯告白されたい....あっ、マジで今はTS娘は勘弁してください。
以前のように対象として見れないではなく、以前のあのTSホモ相手に勃ったことへの心の傷がまだ癒えてないから。
目の前のコイツが女の身体相手なら興奮してもおかしくないと言ってくれているから大分救われているが、それもなければ俺はきっととち狂っていただろう。
そう考えると、元は男なのに男に詰め寄られるのも身の毛のよだつことなのかもしれない。
傷つくと人の傷が理解できると言うのは本当のようだ。
俺もコイツにもっと優しくしようと思った。
「なっ!?言い訳なんか後でどうとでもつくし、今からその地味なパジャマから着替えてどっか遊びに行こうぜ!!」
そう言って勉強机の前から立ち上がると、俺の隣に腰掛ける。
なんだコイツ...近くね?
そう思って奴の顔を見ると、不思議そうに首を傾げる。
....気のせいだろうか?
いやでもベッドだし....っておい。
例え見た目が女だとしてもコイツは男だ。
なら、男同士がベッドに座っていても何ら変な意味なんかないはず。
「いや、行くよ...学校。お前に迷惑かける程、精神的に参ってるわけじゃないから。」
ベッドから逃げるように立ち上がると、彼にそう言う。
俺の都合で彼女の成績に影響を与えるわけにはいかないし、第一コイツの両親にどやされそうだ。
それはつまり、俺の親にもどやされると言うことになる。
それに、親には昨日のことは話していない。
それもそうだろう、息子はTSしたホモに貞操狙われて幼馴染が居なかったら食われてましたよとか情けなくて言えねぇよ。
そこら辺は要も気を遣ってくれたのか、誰にも言っていないと思う。
よくできた幼馴染である。
まぁなにはともあれしっかりと学校に行くに越したことはないんだ。
俺が行く意志を見せると、要はぶーたれたような顔をする。
「えぇ~、イイじゃん休もうぜぇ。俺も学校面倒だしさぁ~。」
「お前、さては俺を口実に学校をサボろうとしただけだな?」
そう言うと、彼は目を逸らす。
やはりか....、要にとっても学校に行けば告白など面倒な事が待っている。
それから逃げる為に傷ついた俺の付き添いという大義名分が欲しかったと言う事だな!
逃げるな!逃げちゃダメだ!
せめて逃げるなら親友を口実に使おうとするな!
俺がジト目で見ると、困ったような顔で後頭部に手をやりつつも溜息を吐く。
「分かったよ...行く!行くよもう....。変な所でマジメなんだなお前。」
「あぁ、当たり前だ。俺は優等生だからな!」
「....ハッ!それなら優等生サマはさっさと準備してくれますか?...いくら様子見る為に俺が1時間前から来てるからって、流石に悠長にしてたら遅刻するぞ。」
俺が胸を張ると、彼女はそれを見て鼻で笑った。
コイツ.....!
だが、確かにコイツの言っていることは間違いではない。
確かに結構良い時間だ。
このままタラタラしてたら間に合わないかもしれない。
「分かってるよ!」
俺はそう言って慌ただしく準備を始める。
朝ごはんを食う程の余裕はない。
顔をばしゃばしゃと洗うと、歯磨きをする。
そして部屋にまで上がって、服に手を掛けた段階であることに気づいた。
「....なに?」
「ん?何がだ。」
「いや、着替えるんで部屋出て欲しいんですけど。」
俺が言うと、不思議そうな顔をする要。
いや、俺がしたいくらいなんですけど...。
「何言ってんだ?俺とお前は幼馴染で親友なんだろ?」
「そうだな。」
「なら、問題ないだろ?それともなんだ....?俺を女の子として意識してるから恥ずかしいのか?」
揶揄うようにニヤリと笑う要。
ちょっとドキリとしてしまったが、まぁ問題ない。
「いや、お前今まで偶に起こしに来ても部屋で勝手に冷蔵庫の中漁ったりで部屋に居なかったじゃん。だからなんでかなって思っただけだ。」
「...は?別に?なんとなく居ただけですけど?それ以外に理由なんかないんですけど!」
「え、あ...うん。そうか....。」
なんか急に凄い早口になった。
なんか鬼気迫る物あるな。
あまり深堀りするべきではないかもしれない。
それに、気になった理由も彼女の言う通りなのかもしれない。
しかし、だとすれば俺にとっては由々しき事態だ。
そう考えながらも、制服に着替えていく。
教科書の入っている鞄を手に持つと階段を降りていく。
その後を続く要。
そして二人で玄関を開けて、外へと出る。
すると、不意に要はニヤリと笑う。
「あっ、そう言えばまだ昨日のこと引き摺っているんだっけ?...それなら俺がまた手でも繋いでやろうか?」
「いらねぇ....。」
どうやら茶化されているらしい。
普段なら小粋な返事を返すところではあるが、中々タイムリーなトラウマだ。
その話題の茶化しには答えないぞという意思表示も兼ねて塩対応する。
「おいおい、冷たいなぁ。照れんなよ『親友』相手なんだからさぁ?」
「ちょっ、お前....それは流石に近ぇ!!あと当たってんだよ!!!!」
すると、彼は俺の横にまで行くと肩を組んでくる。
不意に密着する身体。
服越しに感じる身体の熱と感触。
元は男とか度外視すると、健康的な肉体美に程よく均整の取れた身体。
多分年中やる気ないだけだが、顔が良いせいでなんか物憂げな雰囲気を漂わせている。
連日告白されるのも頷ける。
つまりはガワは美少女その物と言っても良い。
これで親友じゃなかったら俺も即座に告白してフラれているまである。
こんな見た目なのに肩なんか組まれたら反応しない訳ないだろ!
しかもこれ...腕に胸当たってるしね!
クソッ、あのホモ女たちのせいでこんなことで反応するなんて....。
俺自身は以前変わらずTS娘を対象に見るつもりはないが、それでも体は奴らのせいでTS娘に...それどころか幼馴染の親友相手ですら少し反応するようになってしまっている。
TS娘は身体はれっきとした女だ。
だから今俺を揶揄おうとしている横の幼馴染曰く反応してもなんらおかしくはない。
でも親友相手でも反応するようになるのはよろしくない。
コイツは、学校で男どもに告白されまくる日々に嫌気が差していた。
それに、女好きと来ている。
であれば、親友である俺も反応しているとなれば要はいよいよ周りに気を許せなくなってしまう。
それは可哀想だ。
普段辟易して、疲れた様子の要を見てると余計自分はそうなってはいけないと思う。
だからこそ、こんな気持ちで居ちゃダメだ。
大丈夫、俺はまだ取り返しのつく地点だ。
昔の、コイツが男だった時の事を思い出すんだ!
....駄目だ!
男の時から透かした態度ばっか取りやがって!
鼻くそほじってたとかそういう所思い出して減退させようとしているのに、出来ないだろうが!!
なんなら自分のおねしょとかの失敗が頭を過るわ!!
「なんだよその顔...ぷっ、くくっ....あー、おもしろ。これで一日学校で頑張れるわ、あんがとさん。」
「そうかよ....俺は朝からくたくただ....。」
俺の隣で快活に笑う要。
しかしその笑顔は俺の活力を犠牲にしている物だと思うと、俺は忌々しさを覚える。
まぁ、この前や朝の時みたいに暗い様子で居られるよりも数段マシなのは事実であるが。
俺から離れると、俺の前を歩く要。
その表情を伺い知ることは出来ない。
きっとしたり顔か愉快そうに笑っているんだろう。
◇
学校になんとか間に合った者の、その間にかなり精神的に疲弊した俺は一日ぐったりとした様子で授業を聞いたりしていた。
反面、要は楽しそうだ。
人の生気を犠牲にして送る学校生活は楽しいか...?
そして、昼休み。
今日もまたアイツ相手に玉砕にしに誰か来るんだろうなぁ考えながらも、頭を抱える。
それもそのはず、俺は昼食を何一つ持ち得ていない。
今日はそもそも両親の出勤も早く、弁当はない。
そしてそれに加えてギリギリ滑り込みなので学食を買えなかったのだ。
一時限目と二時限目の間時間に見に行ったところ、全て売り切れていた。
残っていたのはコーヒー券しかない始末。
昼食難民は水分で腹でも膨らましてろってか?
やかましいわ。
そしてパンの販売も混雑するはずだ。
今日は本当についていない。
元ホモに絡まれて運気でも吸われたのだろうか?
溜息を吐いていると、不意に俺の前に誰か立つ。
顔を上げると、それは要だ。
「なんだ、飯がないのか?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて楽しそうに言ってくる要。
この野郎.....!
だがいくらウザイ表情を浮かべていたとしても、俺が飯にあぶれた原因は自分自身にある。
お腹も減ってイライラしているからこそ、余計に当たるべきではないだろう。
自分を抑えると、彼の問いに答える。
「あぁ。態々聞かなくても知っているだろ?」
俺の朝までの様子を知っているのにも関わらずこの物言い。
性格の悪さが滲み出ていると思う。
ご飯にありつけない可哀想な少年を見て何で笑えるのか理解に苦しむね。
そう思っていると、俺の前に何かそこそこの重量の物を置く。
見ればそれは武骨な包みに包まれた物。
コイツの弁当だった。
そう言えばコイツは早起きして珍しく俺の家に迎えに来たのでそりゃ飯だって持っているはずである。
「えーと、なんですかねこれ?せめて一目弁当の姿だけでも拝ませてやろうってことですか?」
なんて冷酷な奴なんだ....。
俺が彼の冷血さに引いていると、彼が呆れたように溜息を吐く。
「お前、俺のことなんだと思っているわけ?俺は昨日のこともあるし、幼馴染が飢えで苦しむのが忍びないと思って弁当を分けてやろうとしていると言うのに....。」
「はぁ!?マジで!!?」
どうした急に、今日は優しいな。
それともそれだけ機嫌が良いということだろうか?
「あぁ。まぁ少しでも腹に入れば俺は動けるしぃ?お前に半分くらい恵んでやんよ。ほら、もっとありがたがれよ俺の気が変わらないようにな。」
胸を張って自慢げにそう言ってくる要。
しかし彼の言う通りだ。
まさか飯が、しかもタダで食べることが出来るのだ!!
しかも半分、それなりの量だぞ!?
そんなの媚びない訳がないだろう!
「いや本当マジでお前が幼馴染でよかった。いつも本当有難うな!!」
「まだ足りないなァ?」
弁当をまた自分の方に引き戻しながらもしたり顔をする。
まだ足りないか....ならば!
「ホント男の時から思ってたけどお前ってイケメンだよな。よっ、日本一!」
「....食べたくないのかお前?」
俺が言うと、要は微妙な顔をしながらそう聞いてくる。
なんだ...雲行きが怪しくなってきた.....。
まずいぞ....このままじゃタダ飯を逃してしまう....!
どうする....どうする....?
「お前が最初から女だったら好きになってたよ....う、うん!そんくらい感銘を受けたね!!」
ま、まずかったか....?
駄目だな、朝からTS娘がどうとか考えていたせいでこんな言い方になってしまった....。
女だったらとかそういう女扱いされることをコイツは嫌っていたはずだ。
や、やってしまったか....?地雷踏んだか....?
恐る恐る要の顔色を窺う。
すると、要は目を逸らしながらも弁当を置くと広げだす。
「...まぁ、気持ちは伝わったから食っていいぞ。」
「そ、...そうか!じゃあ頂くかな!」
どうやら彼女は納得してくれたらしい。
よかった....。
どうやら彼の機嫌を損ねるようなことにはならなかったようだと安堵していると、弁当が彼によって開かれる。
弁当の中身は、結構うまそうだ。
コイツの母親は料理上手いからな。
俺の前の席を借りて向かい合う形に座る要。
だが、食べる前にあることに気づく。
「...なぁ、そう言えば箸一本しかないよな?割り箸買ってくるからちょっと待ってもらっていいか?」
流石に要の母親も息子が誰かと弁当を分け合うなんてことは想定していなかったのだろう。
なので、割りばしを買おうと立ち上がろうとすると腕を掴まれる。
「おいおい、今は売店が混雑しているだろ?今行ったら割りばし買うだけでかなり待つことになるぞ。」
確かにこの時間はずっと混む。
だが、それでも俺は今腹が減っているんだ。
「じゃあ、なんだ...?お前は、俺に目の前に旨そうな飯があるのに黙って指くわえて見てろって言うつもりなのかよ!」
「旨そう....、いや!そうじゃなくて、先にお前食べて良いぞ。」
彼はそう言うと、俺に箸を渡してくる。
「いや、流石にお前の弁当なのに俺が先に食べるなんて悪いよ。それに一つの箸とか嫌じゃね?」
俺が言うと、面倒そうな顔をする要。
「気にするなよ。それにな、別にお前と俺は昔から家の付き合いとかあって一つの鍋つついたりした時もあったろ?だったらお前はどうかは知らないけど、俺はその程度のこと気にしないよ。」
「そっ、そっかぁ....。なら、遠慮なく....。」
こちらに箸を渡して譲らない様子の要に押し切られて箸を持つ。
そして、弁当の中身を口の中に運び続ける。
旨い...旨いな。
「うめぇな、これ。なぁお前の母ちゃんに頼んで毎日俺の為に作らせてよ。」
「お、おいしいか?本当に....?」
なんだ?
お前はそうとは思わないのだろうか?
かぁっ~!これを美味しいと思えないなんて一体普段どんな旨い物を食べているのか逆に気になるのわ!
...いや、逆にこれ以上にうまい飯を作ることが出来るっていうのか?
親友の母親の料理の腕の底が知れなくて恐ろしいぜ....。
「おう。旨いよ。」
「そ、そっか...じゃあ毎日持ってこないとな。」
「いや、冗談だよ....ていうかそれも冗談か?分かりにくいなそれ。」
一瞬彼の言葉を聞いて驚いたものの、笑顔を浮かべていたので冗談で言ったのだと理解した。
それに毎日親友とはいえ他人の母親に飯作ってもらうとか悪いしな。
「あっ、お前それは取りすぎだろ。半分って意味知ってるか?」
「...口に運ぶ前に言ってくれよ。」
色々要と話しながら飯を食べていく。
腹いっぱいというわけではないが、何も入っていないのと比べると全然コンディションが違う。
本当に、コイツには感謝だな。
「ごちそうさま。旨かったよ、分けてくれてありがとうな。」
手を合わせてお辞儀をすると、箸を要に返す。
すると、要はその箸を受け取りながら笑顔を俺に向けた。
「そうか、良かったよ。」
そう言って彼も弁当を口に運ぼうとするも、口に運ぶ前に手が止まる。
「どうした?」
「..い、いやなんでもない!いただきます....。」
どこか慌てた様子で答えると、そのまま手を合わせてご飯を口に運び出す。
一体どうしたというのか?
まぁ、なんにせよ腹は満たした。
まだまだ昼休みが終わるまでに時間がある。
やることが特にあるわけでもないし、コイツが食い終わるのを待っておくか。
そう思って背もたれに体重を預けていると、不意に目の前の要が目を細めて箸を止める。
なんだ....?
そんな彼を不審に思っていると、肩を後ろから叩かれた。
振り返るとそこには一人の女子生徒。
どっかで見覚えがあるな....誰だっけ?
「真好君、委員会の件で話しがあるんだけど....」
「..あぁっ!委員会か。は、はい...良いですけど、な..なんすか?」
どうやら委員会の人だったらしい。
集まった時に見たことがあったから、頭に残ってたんだな。
名前は憶えていないのだが見た目が良いので目に付いたということもある。
いや、それにしても色んな意味で緊張するな。
俺はこの子が純女の子かTS娘か知らない。
TS娘の場合は昨日のこともあって警戒してしまうが、純女の子であるなら別の意味で緊張してしまう。
俺は純女の子が好きだからな、意識してしまうのだ。
ちょっとどもってしまったな...変に思われなかっただろうか?
今は彼女がどういう人間か分からない。
ということは現状、俺にとってはどちらでもあり得るということ。
つまりはシュレーディンガーの性別と言うわけだ。
印象を良くしといて越したことはないし、もし純女の子で仲良くなれたらと思うとやはりそこは期待してしまう。
そんな俺の心の機微は露知らず、その女子は笑顔で話しを続ける。
「ほらっ、今年の文化祭について実行委員会で初めて全学年で放課後集まるらしいよ。なんでも、これから文化祭実行委員として良い文化祭を作り上げていこう!的な感じでさ。なんか先輩が場所とってるんだって。」
「えっ、お店?まだ文化祭について何も決まってないのにそこまでやるなんて気が早いですね....。」
それともそれだけやる気があるのだろうか?
いや、逆にそういう会を開くことで連携が強くなって仲良くなれる的な論理かもしれない。
だとしたら少し苦手な考え方だな。
あまり多くの人が集まってワチャワチャやるのは得意ではない。
いや、嫌いではないんだけどね。
「だよね~。それでさ、同じ学年の文化祭実行委員会集めようって話になってさ。何か用事があるなら良いんだけど、ないなら今後の親睦を深めるって意味でも参加しない?」
なるほど....そういうことか。
いや、俺自身さっきまで苦手な空気感っぽいし参加止めようかなって思ったけど....他学年も集まるんだよな。
つまりは、純女の子に遭う可能性も高くなるわけだ。
そうなれば、上手く交流出来れば仲良くなれるかも....。
逆も然りではあるけれど、賭けてみる価値はあるか....?
「そ...そういうことなら...俺.....」
「悪いけどコイツは、放課後俺と用があるから無理だ。」
急に話に割り込んだかと思えば、いきなりそんなことを言い出す要。
何勝手に質問に答えているんだ....しかも俺が行くと言おうと思った瞬間に!
「おい、どういうことだ。そんな用、俺は知らないぞ。」
「ラーメン。」
「あ?」
俺が聞き返すと、要はジト目で続ける。
「奢ってくれるって言ったよな、この前。俺は今日、放課後食べたい。連れてけ。」
「えっ、ちょっ...今日?マジで?今度じゃダメ?」
確かにそんな約束はしていたし、半額券はまだ財布の中にある。
それ、でも今日じゃなきゃダメぇ?
俺はこの目の前に転がっているチャンスを掴みたいんですがそれは...。
俺が聞くと、彼は顔を伏せる。
「そうか...お前は親友で幼馴染の俺なんかよりそっちを優先するんだな....、弁当を半分やるまで俺はお前にやったというのに、お前は俺に対して何も思いやしないってことか...悲しいもんだな、一方通行っていうのはさ....。」
「だぁぁあ!もう分かったよ!それ別に必須なわけじゃないんですよね?悪いけど、俺参加できない。いや、でも今度また似たようなことがあったら是非誘ってほしいっていうか...」
「うん、分かった!じゃあ委員長にそう伝えとくね。」
元気にその子は頷くと、その場を後にする。
チャンスを...逃してしまった。
ま、まぁ?次会ったら誘ってって言ったし?
まだチャンスはあるわけで....あるよね?
今回誘っても来なかったからそういう親睦会的なのは誘わないとかないよな?
....誘われたとしても既に他の人たちで仲良くなってそう。
うわぁ~、居づら。
今更ながら断ったことに後悔しつつも、俺は要に見やる。
「お前なぁ....。」
思わずため息を吐く。
すると、悪びれることなく彼は答える。
「だって今日ラーメン奢って欲しかったもん。それにお前出会い求めて行くつもりだったんだろうが、どうせ純女の子となんて上手く話せないんだから何も変わんねぇよ。精々あの時のアレは大丈夫だったかな?とかウジウジ悩むのがオチだ。」
「確かにそうかもしれないな。でもそれ本人の前で普通言う?」
コミュ力話題にするの、やめてもらっていいっすか?
悪戯に俺を傷つけて楽しいかよお前よぉ!?
楽しそうだなぁ!!!
俺が忌々し気に見ていると、彼は口を開く。
「そもそも、お前なんで委員会なんてやってんの?それも文化祭の。」
「....委員会やってれば心象が良いじゃん。先生の。」
俺が答えると、呆れたように溜息を吐いた。
な、なんだよ....心象は大事なんだぞ!
もしおさまりが付かなくなったら、真面目っぽくしてたら指定校推薦で大学行けるかもしれないんだぞ!
それに志望書に委員会で頑張ってきました的なこと書けるしな!
「それならやらないといけない時やってれば良いじゃん。そこまで文化祭、成功させようとか思ってないんだろ?」
「うん、なんならちょっと面倒臭いわ。」
「クソじゃん。」
うるせぇ!
部活とかに所属してないからいまいちモチベーション上がらないんだよ!
他校の女子とか来賓しても話しかける勇気もないからな!!!
なんだろうな....俺ってなんてしょうもない....。
なんだか悲しくなっていると、要はフッと笑う。
なんだよ...俺の様子がそんなにもおかしいのかよぉ.....。
「それなら良いじゃん。とにかく、今日はラーメン食いに行くぞ。良いな?」
「分かったよ....、そうだ俺が半額券とお金あげるってのは......」
「...俺は、お前が俺の為に財布を出す瞬間が見たいな。」
「分かったよ!行くよ!!行きますよ!!!」
ジト目で見つめられるので、諦めて要の要求に答えることにした。
まぁ、どうせ馴染めなかったかもしれないしね。
それなら幼馴染と飯食った方が楽しいだろ....後悔は少ししているけどな!
なんとかこれで良いんだと自分に言い聞かせていると、彼女がトイレと言って席を立つ。
なんだか足取りが軽い。
そんなにも俺にラーメン奢ってもらえるのが嬉しいのか.....。
「なんて食い意地の張ってる奴....。」
もしかすれば俺に半分分けたことで放課後に結構腹が減ることを予見しているのかもしれない。
まぁそう言う意味では俺のせいである。
それに弁当を分けてくれたり、迎えに来てくれたりと結局今日も色々してもらったのだ。
そのくらいの返礼はするべきだろう。
純女の子との出会いはまた今度。
今日は目の前の幼馴染様に借りを返すとしよう。
大胆に、それでいてジワジワと距離を縮めて行く幼馴染くんちゃん。
カッコイイと言われてちょっと曇るの可愛いね❤
コイツいつもディフェンスしてんな。