要の家の前。
待つこと数分。
中々、アイツは顔を出さない。
以前のアイツなら俺以上の速さで支度を終えて既に家の前で待っているだろうに、どうしたのだろうか。
...いや、そもそも女性になったということは男の時以上にメイクとかなんか色々、支度の手間が増えるだろうし、遅くなるのは至極当然なのか?
....アイツがメイクとかやってる様、想像できないな.....。
そう思いながらも、携帯に目を落したその瞬間。
ガチャリと扉が開く音と共に、アイツが顔を出す。
「わ、悪い...待たせたな....。」
顔だけ出して、どこか目を泳がせている彼。
しかし、顔を出すだけで出ようとはしない。
それにしてもメイク上手いんだな。
そこは意外だった。
「...何してんの?お前。はよこっち来いよ。こちとらさっきまで結構待たされてたんだからな。」
「は、はぁ!?なんでもないしっ!!」
そう言いながら、彼女は扉から姿を現す。
その姿を目に収めて、時が止まったかのような気がした。
腰のくびれを際立たせるようなコルセットに、清純な印象を与えるような白いブラウス。
それはナチュラルなメイクと相まって、目が惹きつけられた。
....え?誰この子。
正直、目の前に居るのがアイツだということが信じられない。
なんていうか...ほら、想定していたのはもっとこうボーイッシュな感じの服装かなって思うじゃん。
実際俺の中ではアイツに対してそういうイメージしか持っていなかったし。
しかし、今回のこれはそのイメージを見事に裏切っていた。
正直、言葉が出ない。
多分、これ要じゃない普通の女の子だったら普通にホイホイついて行ってホイホイフラれていたな。
フラれちゃうのかよ....。
「な、なにジッと見てんだ。..や、やっぱ変だったか....?」
不安げな表情でそう聞いてくる要。
変どころか普通に可愛いわ。
でもさぁ....これは中々にまずい気がするぞ。
さっきだったらほら、胸が当たって反応したのだってこの前目の前のコイツが言っていた『TS娘は身体はれっきとした女だから反応してもセーフ!』っていう理論に当てはまるから良いが、これに至っては普通に可愛いって感じたもん。
反応したとかそういう下半身の話じゃなくなってるもん。
お前、親友なんだろ。
目の前で女として見られて煩わしそうにしているコイツの姿を見ていただろ?
それなのに、俺までそうなったらコイツはどうなる?
これは、気の迷いだ。
ほら朝遅くまで起きてたし、最近は姉ちゃんに性癖バレたりTSホモに絡まれたりと色々あったからな!
思い出せ、目の前のコイツは親友....確実にそんな風に見れなくなることがあったじゃないか....!
『おい、これコーヒー豆じゃね?』
『...お前それうさぎのうんこじゃん。』
『うえっ!マジでぇ!!?きったね!!!』
よし!これだ!!
目の前の奴は小さいころコーヒー豆と思って兎のうんこ握りしめた奴だぞ!!
そういう対象に見れるかぁ!?
....正直昔の話だし、ただ間違っただけだから別に見れない理由にはならないわ.....。
「い、いや別に変じゃないし.....うん、似合ってるよ。」
「な、なんだよ言い淀んで...い、言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよっ!」
褒めるのが照れくさくて目を逸らしてしまう。
それが彼の気に障ったのか詰め寄ってくる。
い、言いたいこと言えって言ったって....。
彼の顔をちらりと見る。
...この様子では言わねば話が更に拗れそうだ。
こういう時のコイツは正直前から面倒だったからなぁ...。
「ほ、ほら...イメージと違うっていうか、その...普通に可愛いって思ったから、あの....コメントしづらいっていうか....。」
もうコメントしているような物やんけ。
内心を吐露してしまった。
可愛いとか言われて、目の前のコイツはどう思っているのだろうか?
不安になって要の顔を見る。
「へ、へぇ可愛い...か。ふーん...やっぱ童貞には効くんだなぁこの服。」
「ん?どういうことだ?」
彼は俯いたかと思えば、こちらをニヤニヤとした笑みを浮かべて見てくる。
服?
なんのことだろうか?
疑問符を浮かべている俺に対して彼は勝ち誇るように言葉を口にした。
「オイオイ、大丈夫かよ。しっかりと服を見てみろ...何か気づかないか?」
「服って....これは!?」
要に促されるので服をよく見てみる。
すると、さっきは着ていた本人にばかり気が向いていたので気づかなかったがこの服自体もどこか既視感があった。
腰部がコルセット状になっているスカートに白いブラウス。
これはもしや....。
「まさかこれって...童貞を殺す服!?」
「正解。いやー、まさかあのTS娘なんか興味ありましぇーんwとか言ってたお前が俺を見てポッーとのぼせ上ってるとか本当凄いよなぁ、コレ。やーい童貞~、引っかかったぁ~!」
ニヤニヤと笑いながらこちらの表情を覗き見てくる。
クソッ、コイツそういうことか....。
どうにも俺を揶揄う為に着てやがったのか....。
つくづく性悪な奴だ....。
「はぁっ~~?別にのぼせ上ってませんしぃ?もっとこうボーイッシュな恰好で来るかと思ったから面喰っただけだから。」
認めてしまうのはなんか悔しいので意地を張る。
ただ、正直可愛いとまで言ってしまったからなんの意味もないと思うんだが。
童貞の部分には触れない。
事実であると言うことは幼馴染のコイツなら知っているからだ。
「あぁ。それなら普段はボーイッシュな服着てるぜ。ただほら、女になったからには女じゃないと着れない服とか着てみたいじゃん。せっかくの外に出る機会なんだから着ようかなーって。」
さっきの物まねの時のような感じか。
その気持ちはわかる気がする。
俺だって女になったら男の時に到底出来ないような....そう、可愛い服を一度経験として着てみるってことくらいは考えるだろう。
それで揶揄われるのは業腹だが。
「そういうことか....はぁ、それで映画館行くのか?今から。」
揶揄われたことによる疲れから溜息を吐くも、要にこれからどうするか聞く。
すると、彼は首を横に振る。
「いや....お腹減ったし、ご飯食べに行きたいなーって。」
飯か....。
今、何が食べたいか....。
コイツとならいつも...。
「ラーメンとかは?」
俺がそう提案する。
すると、要はどこか言い難そうな仕草をしながら口を開く。
「ラーメンは...その...服汚れるし....。」
要は今白いブラウスを着ている。
確かにラーメンは跳ねたりなどして、汚れが付く可能性が高い。
それならどうするか....。
ん?いや待てよ...。
朝からコイツは女じゃないと出来ないだろうことをずっとしていた。
それなら、食事もそういうチョイスにするべきじゃないか?
「...それなら、すっげぇおしゃれなカフェにでも行くか?」
俺がそう言うと、要は意外そうに目を丸くする。
「急にどうした?..いや、俺は別に構わないけど、お前はアレだろ....。」
なんだ?雰囲気にそぐわないだろってか?
やかましいわ。
自覚はしているんだからそこには触れないのがマナーだろ!
元男ならその....分かるだろ!!
「別に?ただ女じゃないと出来ないこと、やるんだろ?それなら男の時は入りづらいような店で食うのもまた一興だろ。」
まぁ別に男でも普通にそういう店に居る人は居るのだろうが、それでも俺達はそういう店は何処か入りづらくて敬遠していたのだ。
であれば、片方が女になった今だからこそ入れるのではないか?
「...それもそうだな。じゃ、そうするか。で、今からそんな店の心当たりはあるのか?」
要も笑顔で同意すると、俺にそう尋ねる。
やれやれ...分かっていないな。
俺達は今までそんなところを敬遠してきた。
ということはつまり!
「知らないな!!今から調べるぞ!!」
「はぁ...だろうと思ったよ。俺も調べるわ。」
俺がスマホで『おしゃれ カフェ』と検索し始めると呆れたように要もスマホを取り出す。
そうして未だ食事の宛てもないが、俺達は一歩歩き出したのだった。
◇
おしゃれな内装の店内。
これまたオシャレな服装の今を時めく女性達が友人などを連れて楽しそうに話している。
そして、目の前にはメニューを必死に見ている要の姿。
対照的に俺は居心地の悪さに肩を縮めていた。
「おっ、これとか旨そうじゃね?...どうした?元気ないけど。」
「い、いや...なんていうんだろ。ほら...自分で言って悪いけど、やっぱつれぇわ....。俺、場違いじゃないかな....。」
どうやら俺はおしゃれカフェが内包する固有結界的雰囲気を舐めていたらしい。
もうね、そこら中キラキラしてるんすわ。
洗練されているっていうか....俺のような人間が居て良い場所ではないって痛感するんだよなぁ。
そんな俺を呆れた目線で見つめる要。
「今更何言ってんだよ...それに、俺が居るんだから別に場違いじゃねぇだろ。ほらっ、俺って可愛いからな?イヤー辛いなーっ。」
上機嫌だなお前。
どうも、俺の言葉を聞いて調子乗っているらしい。
別段間違いじゃないのが質が悪いな。
まぁ、でも女?連れかどうかはこういう場においては重要だ。
少なくとも、目の前のコイツが居るからここに居ても好奇の目線を向けられることはないだろう。
...自分の事ではあるが、おしゃれな店への偏見がヤバいな。
「それで?その旨そうなのは....すげぇなこのパンケーキ。クリームとかモリモリじゃん。えっ、女の人って毎回こんな量食べてるの?運動部顔負けのカロリーなんだけど....。」
「馬鹿かお前、複数人で分けるに決まってるだろ。お前、甘いものはいけるだろ?」
呆れた様子を見せた後に、彼は俺にそう確認する。
俺はそんな彼の言葉に頷いた。
昔から姉ちゃんにスイーツなどに付き合わされている為、いつの間にか甘い物は好みになっていた。
だから甘い物自体は大丈夫だ。
「それじゃいっか...。飲み物は?」
「アイスコーヒーで良いだろ。」
「分かった。すいませーん。」
彼はメニューを閉じると、厨房の方へと戻ろうとしているウェイトレスに声を掛けた。
すると、彼女はこちらに歩み寄ると笑顔を向けた。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーと、このふわふわホイップのホノルルバニラアイスバナナパンケーキ一つと、アイスコーヒー一つにアイスカフェラテ一つで。」
どうやらシェアするつもりらしい。
まぁあの量を一人で食べるのは俺も無理だし妥当だろう。
それにしてもボリュームに比例して結構長い名前である。
ホノルル要素ってどこなんだろう?
そう疑問に思っていると、ウェイトレスがにこやかにメニューを開いてある部分を指し示す。
「今ならこちらのカップル割引を適用すれば、パンケーキが半額になりますが如何なさいますか?」
カップル割か....。
なんで案内されたんだろう....あっ、一応形としては男女だからか。
指示されたメニューに目をやると、結構普通に頼むよりお得だな。
いやぁ~、でもなぁ....。
財布的には助かるが、要がどう思うか....。
ここはまぁ断るか.....。
「あ~、い....」
「そ..それじゃ、それでお願いします。」
「えっ!?」
言葉を濁しながらも断ろうとした矢先に、要がさらっとカップル割を注文していた。
正直面喰う。
だってお前、学校でも恋愛云々とか面倒くさいって感じだったじゃん。
これだってそれの最たる例だし、普通にそれ頼んじゃったら....。
店員は笑顔で注文を繰り返すとオーダーを伝えにその場を去る。
すると、要は俺に目線を向けた。
「な、なんだよ...そんなバカ面しやがって。」
「い、いや別に....良いのか?」
要がそれを是とするとは意外だった。
てっきり断ると思っていたから。
俺が彼を見ると、彼は視線を逸らす。
「別に....安くなるならそれで良いだろ。この後映画もあるんだし。なんだお前、意識してんの?」
「い、いや別に意識なんかしてないけど....まぁ、お前が良いなら良いか。俺からしても財布的に助かるしな。」
安くなるのなら俺にもメリットがある。
それに、女になって女じゃないと出来ないことを模索するくらいだ。
要もそう言う恩恵を受けるのはやぶさかではないのだろう。
ここで下手にグダグダ言うとまたしたり顔のコイツに揶揄われてしまう。
ここは、あまり深く考えないようにしよう。
普段と違うコイツと形だけとはいえ恋人扱いというのもなんか変な感じだけどな。
まぁ親友相手だから猶更か。
◇
「どれ着てけば良いんだよ....。」
部屋の中。
以前とは内容物が全く変わってしまった衣装ケースを見て、頭を抱える。
手に取るのは二つ。
一つはボーイッシュな雰囲気、そしてもう一人は可愛い感じの...そう言うなれば“童貞を殺す服”に当たる物。
その二つの内にどれを着るのか迷っていた。
...いや、それは少し間違いか。
どれを着るべきかは分かっている。
だが、勇気を出せずに居るのだ。
「おい、どうしたんだよ...ここでしくじった分を取り返すって決めただろ....!」
思い返すのはアイツと別れる前。
もっと距離を縮められたのに恥ずかしさから今一歩踏み出せなかったあの時。
それを挽回する機会をこんなすぐに得ることが出来たのだ。
ここでボーイッシュな方を選んだら、いつもと同じだ。
アイツに俺を意識させるためには.....ここは雰囲気を変える必要がある。
分かっている...分かっているのだが、それでもいざ袖を通すとなると.....。
「...これ、本当に似合うのか?」
いまいち自信が持てない。
店員は似合うと言っていたが、ああいうのは物売る立場の人間の言葉であり、完全に当てにするには信頼性に劣る。
そして身内の...母親の言葉もいまいち俺には信じ切ることが出来なかった。
第一、元男の俺がこんな女の子らしい清純な服を着て、似合うとは到底思えなかった。
加えて、アイツは男の時の俺を知っている。
滑稽には写らないだろうか.....?
そういう意味での逃げもあって童貞を殺す服を着たのだ。
いざ、反応が芳しくない場合にネタ目的であると誤魔化す為に。
我ながら女々しい物だ。
外を見ればアイツが手持ち無沙汰な様子で待っている。
流石にこれ以上は時間はかけられないか....。
もう、こうなったらやけだ。
いつもと同じで何も反応されないくらいなら、不格好であっても話のタネになれば良い!!
女の子らしい方の服に裾を通して、玄関へと向かう。
そしてドアに手を掛けた辺りで、やはり少し躊躇ってしまう。
だが、これ以上待たすのは流石に申し訳ない。
だから俺は.....。
「わ、悪い...待たせたな....。」
俺がそう言うと、アイツは顔を上げる。
そしてドア越しに顔だけ覗かせる俺を見て不思議な物を見るような目で見てくる。
「...何してんの?お前。はよこっち来いよ。こちとらさっきまで結構待たされてたんだからな。」
「は、はぁ!?なんでもないしっ!!」
簡単に言ってくれるものだ。
まったく....どれだけこっちが考えているかも知らずに手軽に言いやがって....。
まだ躊躇いの気持ちはある。
だが、ここで一歩踏み出さなきゃ何も始まらない。
俺は、扉を開けて外に出た。
すると、アイツが目に見えてポカーンとしたような呆気にとられたような表情をした。
やっぱり...似合わなかったか?
その反応に、胸の内が不安でいっぱいになる。
「な、なにジッと見てんだ。..や、やっぱ変だったか....?」
俺が聞くと、ゆっくりと口を開いた。
「い、いや別に変じゃないし.....うん、似合ってるよ。」
似合ってる。
アイツはそう言った。
だが、言葉を濁しているようにも聞こえる。
目を逸らしても居るし、何か腹に一物抱えているということは簡単に分かった。
やめろよ。
お前は、俺の親友なんだろ?
だったら、ちゃんと思ったことは言え...言ってくれよ....。
じゃないと....。
「な、なんだよ言い淀んで...い、言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよっ!」
俺は声を挙げていた。
俺は変わった。
前だったら親友からの内面評価はまだしも、外見に対する評価なんか気にしなかったはずだ。
それは、多分...俺の中ではもう親友ではない物にアイツの存在が昇華しているから。
すると、目の前のそいつは照れくさそうに頬を掻きながらも言葉を口にする。
「ほ、ほら...イメージと違うっていうか、その...普通に可愛いって思ったから、あの....コメントしづらいっていうか....。」
可愛い....。
....え?今普通に可愛いって言った?
い、いやぁまさかね...まさかアイツが.....。
色々会ってTS娘に対して恐怖心を持っているようなコイツが....いや、でも俺は別的な事言ってたし。
...てことは本当に言ったの?
コイツが自分の意思で、自分の口から?
心中の中のモヤモヤとした不安や恐れが晴れて行くのを感じる。
単純に嬉しい。
嬉しかった。
ていうか、これってつまりちゃんと俺が狙っている通りに進歩しているってことじゃん!!
「へ、へぇ可愛い...か。」
つい、口から言葉が漏れる。
そして、笑みが浮かんでいた。
や、やば....抑えられない。
浮かれそうになるも、そこを堪える。
せっかくアイツが可愛いと言ってくれたのだ。
ならば、この段階で更に踏み込まないと.....!
どこが可愛いとか?いや、それを聞くのはなんか違う.....。
お前もカッコいいぞとか?
そもそもアイツの服装、いつものよそ行きだからそれこそ変だろうが!!
やべぇ...こんな時にどんな会話したら良いんだろう.....わかんない。
アイツと目が合う。
その瞬間、心が跳ねて頬が熱くなるような感覚。
それを隠すために俯き、そしてよく分からないままに口が動いた。
「ふーん...やっぱ童貞には効くんだなぁこの服。」
やってしまった。
それは一番の悪手だろ。
俺の言葉を聞くと、彼は首を傾げる。
「ん?どういうことだ?」
聞き返されてしまった。
だが、ここで訂正するべきなのはわかっている。
でも、出した言葉は飲み込めない。
それに、そんなさっきみたいな雰囲気のままで居るなんて...今の俺にはまだ、無理だ。
「オイオイ、大丈夫かよ。しっかりと服を見てみろ...何か気づかないか?」
「服って....これは!?まさかこれって...童貞を殺す服!?」
言われてしまった。
自分から振った話題だからもう、引っ込めることは出来ない。
でも、それなのに少し安心していた自分が居た。
本当に情けない。
元男なんだろお前、もっと...素直に、真っ直ぐ言えよ。
「正解。いやー、まさかあのTS娘なんか興味ありましぇーんwとか言ってたお前が俺を見てポッーとのぼせ上ってるとか本当凄いよなぁ、コレ。やーい童貞~、引っかかったぁ~!」
俺は、逃げた。
似合わない為に用意していた言い訳に....いつも通りの親友としての振る舞いに。
距離を詰めて、意識させるって...あの時アイツがTSにも欲情してしまったって言ってた時に決めただろ。
お前、一体何がしたいの?
俺は...中途半端だ。
男の時ほど真っ直ぐに積極的に行けるわけでもないのに、女の子ほど可憐に振る舞えもしない。
もっと先の関係を望んでいる癖に、踏み出してもすぐに足踏み、酷ければ後戻りをする。
本当に中途半端な、女もどき。
こんな自分が....本当に嫌になる。
そんな中、アイツが普段と印象が違ったから驚いただけだと弁解している。
だから、俺はまた嘘を吐く。
いつも着ている方を選ばなかったのは、お前に意識して欲しかったから。
極論、可愛いとかそういう感じの言葉を言われたかった。
そう言えば目の前のアイツも何かしら違う反応すると分かっているにも関わらず、前言っていたせっかく女になったからには出来ることを探したいという言い訳に逃げる。
分かっている、なんでこんなに言えないのか。
怖いんだ。
俺は怖くないと彼は言ってくれた。
でも、それでも....いきなり親友と思ってくれた相手に想いを寄せられていると分かって、アイツはどんな反応をするのだろう。
受け入れてくれたら一番うれしいし、断られても仕方がないと思う。
でも一番嫌なのは....。
思い起こすのはあの時、ホモどもに絡まれていた時のアイツの顔。
あんな顔を俺に向けてくるんじゃないか。
そう考えると怖い。
アイツに限って親友にそんな顔を向けるとは思えない、思いたくない。
だが今日見た通り、結構なトラウマになっている以上、もうそんな思いはさせたくない。
「そういうことか....はぁ、それで映画館行くのか?今から。」
どこか疲れた様子でそう言ってくる彼。
そうだ、まだ終わっていない。
目の前の彼とのお出かけはまだ始まったばかりである。
まずは彼に集中しないと。
俺の自己嫌悪や恐れなんて、後で良いだろ。
少なくとも、楽しかったとは思ってほしいんだから。
「いや....お腹減ったし、ご飯食べに行きたいなーって。」
正直な気持ちを言葉に伝える。
時刻は昼だ。
そ...そのっ、デートであればそう言うことだって前段階にはするんだろう?
いや、ネットで見たような情報とかだからよく知らないけど。
すると、アイツは考え込みながら口を開く。
「ラーメンとかは?」
あぁ、まぁコイツならそう言うよな。
コイツラーメン好きだし、いつも俺とお前だったらラーメン食いに行くもんな。
本当にコイツは食べたくて言ってるんだろうし、叶えてやりたくはある。
だが、却下したい。
ラーメン屋ではいつもと同じだし、せっかくこんな格好しているのだ。
いつも通りの二人の休日であってもらっては困るのだ。
新鮮さが特別感に繋がる....って書いてあったし。
出来れば、小洒落た雰囲気の店が良い。
...目の前のコイツはそういう店苦手だろうがな。
「ラーメンは...その...服汚れるし....。」
俺がそう言うと、彼は俺の服を見て急に納得したような表情をした後に再度考え込む。
アイツだけに考えさせるわけにはいかない。
俺も考えよう。
余りにもオシャレな...そうカフェとかは目の前のコイツが拒否反応を起こすだろう。
前にも『ハンッ!来たばっかのパンケーキ食わずに狂ったみたいにSNSに挙げる為に液晶と向き合ってる連中ばっかで、ほとんど店内ゲーセンと変わらねぇじゃねぇか!それなのにシャレオツ感出してるのが気に喰わねぇ!!飯は来た時が一番うまいんじゃい!!』と俺が男の時にカフェを横切った際に吐き捨てていた。
だからこそ、カフェではなくパスタ専門店とか一応飯屋をチョイスするのが良いだろう。
スイーツを売りにしている店は女性の比率が多いだろうからNG。
それこそアイツが難色を示すタイプの人種が多いだろう。
ならこの辺でそういう店は....。
「...それなら、すっげぇおしゃれなカフェにでも行くか?」
耳を疑った。
今、目の前のこいつがカフェに行くと?
しかも稚拙な表現ではあるが、すっげぇおしゃれなカフェに?
「急にどうした?..いや、俺は別に構わないけど、お前はアレだろ....。」
俺としては好都合だ。
でも、それはお前にとってはあまり良くないんじゃないだろうか?
確かに、目の前の親友にモーションを掛けるためにも今までとは違う店に行くのは望むところだ。
だがそれで玲人が楽しめないんじゃ何も意味がないだろう。
俺が尋ねると、一瞬複雑な表情をするも燦然とこちらに笑顔を向けてくる。
「別に?ただ女じゃないと出来ないこと、やるんだろ?それなら男の時は入りづらいような店で食うのもまた一興だろ。」
俺の言い訳を....彼は真面目に受け取って考えてくれた。
そして俺の為に本来は苦手であろう場所に自分から行こうとしてくれている。
本当は、コイツにも楽しんで欲しいのでちゃんとそれでいいのかと聞き返した方が良いだろう。
でも、俺の為にそうしてくれることが嬉しくて。
つい、もっと浸っていたくなった。
俺の為に折れて、店に一緒に居るコイツが自分勝手にも見たくなったのだ。
「...それもそうだな。じゃ、そうするか。で、今からそんな店の心当たりはあるのか?」
了承し、彼に聞いてみる。
すると、奴が妙に自信満々な表情をする。
こういう顔をするときは、開き直ろうとしている時だ。
「知らないな!!今から調べるぞ!!」
勢いよく言う事でもないだろうと呆れる。
だけど、コイツのおかげでさっきまで胸の中で蟠っていた暗い気持ちはもうなかった。
こういう馬鹿さ加減に救われている自分が居る。
そう言う所が....。
そう思いながらも、スマホで付近のカフェを調べ始めた。
◇
「い、いや...なんていうんだろ。ほら...自分で言って悪いけど、やっぱつれぇわ....。俺、場違いじゃないかな....。」
洗練された内装の店内。
メニューを見る俺とは対照的に、どこか肩身が狭そうな玲人。
この店自体は彼が見つけ出したものだ。
なんでも口コミで評価が高かったからと。
「今更何言ってんだよ...それに、俺が居るんだから別に場違いじゃねぇだろ。ほらっ、俺って可愛いからな?イヤー辛いなーっ。」
元気のない玲人を元気づけられればといつもの調子で冗談を言うと、彼も仄かに元気を取り戻したのか笑みを少し浮かべる。
奴は俺が見せようとしてたメニューの方へと目を向ける。
そして、目を丸くした。
「それで?その旨そうなのは....すげぇなこのパンケーキ。クリームとかモリモリじゃん。えっ、女の人って毎回こんな量食べてるの?運動部顔負けのカロリーなんだけど....。」
呆れたことに、コイツはこれ一つは一人が食べるものだと思ったらしい。
そんなわけないだろ。
そこら辺はお姉ちゃんに教わらなかったのだろうか?
「馬鹿かお前、複数人で分けるに決まってるだろ。お前、甘いものはいけるだろ?」
呆れながらも、彼の疑問に答えると玲人に甘い物が食べられるかどうか聞く。
正直、彼が甘い物が別段苦手ではないことは知っている。
彼の姉である美玲さんが買ってきたシュークリームを一緒に食べていることなども聞いていたからだ。
ただ、一応確認のつもりで聞いたのだ。
すると彼は頷いた。
よかった....甘い物が食えないと、この店で食べられるものが少なくなってしまう。
となれば、目の前のコイツは間違いなく退屈するし、楽しくないだろう。
そこで、お互い何を飲むか決めた後に、店員さんを呼ぶ。
可愛らしい女性がこちらに笑顔でこちらに注文を聞く。
...一応奴の顔を見る。
別段変化はない。
まぁ、それがどうしたと言う話なのだが。
「えーと、このふわふわホイップのホノルルバニラアイスバナナパンケーキ一つと、アイスコーヒー一つにアイスカフェラテ一つで。」
店員に注文をする。
ちらりとアイツの顔を見ると、何やら考え込んでいた。
何を考えているのやら....。
そう呆れていると、不意に店員さんがメニューを捲り始めてある頁を指さす。
それを見て、息を飲む。
当然だ。
そこは俺が見なかった振りした場所だったからだ。
「今ならこちらのカップル割引を適用すれば、パンケーキが半額になりますが如何なさいますか?」
カップル割。
恋人同士の客が受けられる割引のことだ。
正直、これを奴に提案するか玲人が店の雰囲気に委縮している間も考えていたのだ。
確かに、これは劇薬だ。
奴と俺との間の距離を変えるにはこれ以上ないだろう。
だけど、ほら....自分から提案は...なんというかしづらいというか。
また、自分が嫌になるが...正直まだその段階にないっていうかいきなりガツガツ来たらアイツ引いちゃうんじゃないかなとか色々頭が過ったのだ。
そのせいで結局話に出すことはなかった。
しかし、これは滅多にないチャンスと言える。
状況的には店員さんにこちらの方がお得だよと進められている。
言うなれば自分から言っていない分、まだあからさまではないのである。
言い訳が付く。
しょうがないなぁ...店員さんから見たら俺達なんか恋人に見えたらしいし~、それにお得なのは事実だしぃ~って感じでそれとない感じでアイツにも意識させることが出来るはず!
...ていうかこれ勧めるってことは店員さんには俺達が恋人に見えたのかな....。
だ、だとしたら...そのっ....少し恥ずかしいというか...照れくさい?
なんにせよ、そのことを嬉しいと思う自分が居た。
というか、アイツはこれ勧められてどんな反応してるんだろ。
それが純粋に気になった俺はアイツの顔を見る。
すると玲人は俺の顔とメニューを交互に見て、滅茶苦茶考えていた。
俺と同じような気持ちで居てくれた嬉しいのだが.....。
そう思った瞬間、奴は口を開く。
「あ~、い....」
あっ、違う。
コイツこれ断ろうとしてる。
おいおい....いや、マジでないわ。
なんでだよ、お得なんだから頼めば良いだろ!
まさか、俺とそういう感じで見られるの...嫌なの?
...いや、まぁなんとなく俺の顔とか見てたし、俺に気を遣ったのだろう、うん。
だけど、ここでコイツに発言を許してしまえばせっかくのチャンスが水の泡。
ここは絶対に逃せない!
俺は奴の言葉に被せるように口を開いた。
「そ..それじゃ、それでお願いします。」
「えっ!?」
俺が言うと、アイツは驚いた表情をしていた。
そして店員が注文を繰り返して、その場を去るまでもポカンと呆気に取られている。
なんか...ちょっとイラっとした。
「な、なんだよ...そんなバカ面しやがって。」
ジト目で彼を見ると、彼もしどろもどろになりながらも口を開く。
「い、いや別に....良いのか?」
...どうやら俺の予想通り、俺になんか気を遣っていたみたいだ。
何を気を遣う必要があるのか。
...俺が女を好きと言っている事とか、色恋系を面倒と公言していることだろうか?
まったくコイツは....自分は幼馴染のお前と他のTS娘は違うとか言っておきながら、その幼馴染にとっても自分が特別だと微塵も思っていないようである。
別に女が好きとか言っているのも、面倒な告白を断る為の方便だし、興味のない相手との色恋なんて面倒なだけという意味なのに、額面通りに受け取りやがって....。
...いや、分かってる。
流石にこれを分かってくれというのは理不尽が過ぎる。
言葉にしていない思いは伝わるわけがないのだから。
でも、逆に言えばここでそう言うつもりだって言葉に出したらどうなるんだろう。
もしかしたらすぐにでも変われるのかな...。
...やっぱり、無理だ。
言い出せない。
少なくともこんな突然来た機会でパッと言えるほどに、俺には勇気がない。
「別に....安くなるならそれで良いだろ。この後映画もあるんだし。なんだお前、意識してんの?」
俺はまた彼から視線を逸らして言い訳に逃げた。
せめてとばかりに意識しているのか問う。
今の俺にはこのくらいしか出来なかった。
「い、いや別に意識なんかしてないけど....まぁ、お前が良いなら良いか。俺からしても財布的に助かるしな。」
彼はそう言って笑う。
...もしかして、コイツ照れて...る?
確証はないが、なんとなく今までコイツと話した経験上、そう見えた。
本当にそうだと嬉しいけど。
まぁ、なんにせよ彼に感謝されたのは良しとしておこう。
自分のヘタレ具合にはほとほと嫌になるが。
次は映画館。
俺が彼に映画館を進めたのは、距離を縮める為にとある映画を見る為だ。
所謂恋愛映画。
それを安いとかそういう理由付けてでもカップルシートを買う。
カップルシートはお互いの距離が近いし、それが暗い中でなら意識するのは必然。
自ずと俺を更に意識するようになるんじゃないか。
今度こそ、逃げずにちゃんとカップルシートで映画を見てみせる...!
そう心に決めると、注文の品が来るまで玲人と話すのだった。
今の所は楽しそうである。
こういうお店に来て、どうなるかと思ったけどそこは安心した。
僕はね、TS娘が頑張って服決めて褒められるけど、つい照れから普段の茶化したテンションで対応してしまって後悔するシチュが好きです。
ヘタレなTS娘は可愛いですね....(ボ)