#トゥルルルル・・・#
「もしもし、おばさま?私、郁子よ」
「あら、郁子ちゃん、こんばんは。どうしたの?あぁ、賢太郎君かしら?」
響子さんはちょっと冷やかそうとして珍しく少しだけ意地悪に聞いてみるが・・・
「いえ、今日は響子おばさまにお話があるの・・・」
「私に?」
そして郁子ちゃんは、明日のお昼に相談に伺うと言って電話を切った。
しばらくして、五代君が帰宅した。
「お帰りなさい、あなた」
響子さんが出迎えるがいつもの明るさが無い。
「ただいま。どうしたの?浮かない顔して・・」と五代君。
「ええ、実は・・・」
響子さんは五代君に事情を説明した。
「ん・・・・きっと郁子ちゃんの相談って賢太郎とのことじゃないかな?あいつ最近、帰りが遅いだろ?」
「私もそう思うのだけれど・・・何か気になるのよ」
「考え過ぎだよ、響子。よし!賢太郎が帰ってくるのを待って、聞いてみるよ」
「ええ・・・けど、いいの?最近2時とか3時くらいまで帰って来ないわよ、賢太郎君」
「えええ?そんなに?何をやってるんだろうな?賢太郎のヤツ」
「私には、学校が忙しくて帰りが遅くなるって・・・」と響子さんも少し心配顔。
「へぇ~とにかく、今夜じゃなくて明日朝にでも聞いてみるよ、早速。うん。ところで全然話は変わるんだけどさ・・・もうすぐ春香も4歳だな・・・」
「ええ。すくすくと育ってくれて・・・無邪気で元気一杯で・・本当に嬉しいわ」
「ああ、誕生日は盛大にしっかり祝わないとな~・・・・響子」
「えっ?」
「春香も、そろそろ弟か妹が欲しいんじゃないかな・・・と思ってさ」
五代君は照れながら言った・・・。
「やだ、あなたったら」
響子さんも少し照れてしまったが、何だか嬉しそうだ。
「やっぱり一人っ子だと寂しいよね」
「・・うん、それはそうよね。私も昔、兄弟か姉妹が欲しかったし」
ここぞとばかり、五代君。いつもらしからぬ強気の姿勢で主張する。
「四歳か五歳ぐらいの年の離れた兄弟って、理想的だと思うんだけど、どうかな」
「え、ええ。それくらいだと春香も下の子を相手出来るし、確かにいいわね」
朱美さんの妊娠騒動で、子作りへの熱意を再燃する五代君夫婦であった。
もうすぐ結婚5周年だが夫婦の営みは新婚当時とほとんど変わらないペースで避妊などせずに日々順調にこなしている二人。だが今の所は春香ちゃんは一粒種のままだ。
五代君からお互いにもう一人子供が欲しいと願って営む夜の必要性を説かれてドキドキとときめいてしまう響子さん。
「でもあたしもその・・もう32だけど間に合うかしら?」
「何言ってるんだい、響子!君は歳なんか取らないから大丈夫!」
「!!・・(かぁぁ)・・!!」
真顔で真面目に愛妻へのお惚気を当の本人に断言する五代君に対して響子さんは顔を思わず真っ赤に染めて俯いてしまった。
実際にとても30代どころか25くらいにしか見えない若々しくて綺麗な響子さん・・・。
五代君の溺愛振りも初めて結ばれて恋人同士になった頃や新婚の時代と全く変わらない。
元々が容姿端麗な美貌の響子さんだがいつまでも若々しい美しさを保っていられるのは愛する夫に日々可愛がられているからこそ・・・綺麗なままでいたい恋する乙女としての気構えが常に有るからなのは明白だ。
今宵の夫婦二人の営みはいつもよりも一段と激しくなりそうだ。
今夜は五代君から響子さんの服を脱がしていくが黙ってされるがままに裸に剥かれて従いながら・・愛する夫に思う存分に可愛がられることを期待して・・
また今晩も簡単には寝かせてはもらえないわねと内心で・・とても嬉しそうに呟いてしまう響子さんであったし、間単に寝かせるつもりなど全く無い五代君であった。
その結果は・・物凄く可愛がられた響子さんはもちろん大満足、そして愛しい妻の美麗な肢体を堪能しまくることが出来た五代君にとっても大いに満足した夜であった。
極度なヤキモチ妬きの響子さんは裏返せば夫の五代君一筋の健気な女性である。
初めて結ばれて以来、他の女性など全く目もくれずに響子さんを愛して可愛がってくれている五代君のことを四六時中(春香ちゃんの世話をする以外)考えて尽くすことで幸せ一杯なのである。
・
・
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~一方の賢太郎君~
「すみません・・・突然なんですけど、今日だけ早目にあがらせてもらえませんか?」
居酒屋の店長にお願いしている。
バイト三昧で、“あのこと”を相談する時間すらないからだ。
「いいよ、一の瀬君。君にはいつも無理を言って働いてもらってるから。それに今日は給料日前で、お客さんも少ないだろうし。その用事ってのに専念しなよ」
「あ、ありがとうございます。急なのに・・・本当にありがとうざいます!」
なんていい店長さんなんだろう。
「その用事っての、早い方がいいならいっそのこと休みでもいいんだよ」
「え?・・・・でも、9時までは働かせて下さい」
そう言うと、賢太郎君はいつものように着替えて、バイトを始めた。
~音無家~
「郁子・・・」
「あ、おじいちゃん、どうしたの?」
「響子さんは、なんて言ってたんだい?さっき、電話していただろう?」
「え?見てたの?おじいちゃん。・・・うん、明日、話を聞いてくれることになったわ」
「そうだろう、そうだろう・・・なぁ郁子」
「なぁに?おじいちゃん」
「明日、響子さんに会ったら・・・・近いうちに私を訪ねるようにお願いしておいてもらえるかね?話があるから・・・と」
「話?おじいちゃん・・・もしかして??」
「・・・・・」
黙ったまま頷く音無老人。こちらも大切な話があるようだ。
~再び一刻館~
「ただいま~」
賢太郎君が帰って来た。
いつもよりも遥かに早い帰宅に、出迎えがない・・・
と思ったが。
「お帰りなさい、賢太郎君。今日は随分と早かったのね~」
「あ、ただいま、管理人さん」
「あの・・・」「あの・・・」
賢太郎君と響子さんが同時に言った。
「何かしら?賢太郎君」
「あの・・・五代のお兄ちゃん、いますか?」
「ええ、主人も賢太郎君に話があるみたいなの・・・ちょっと呼んで来るわね」
「いえ。あの、着替えてから行きます。管理人さんにも一緒に聞いて欲しいんです」
「私も?」
賢太郎君は頷くと、五号室へ着替えに行った。
数分後・・・
#コンコン#
「はい?どうぞ、賢太郎君」
「こんばんは・・・」
響子さんがお茶を入れ、3人+春香ちゃんはコタツに入った。
「あの・・・」
賢太郎君が重い口を開く・・・。
しばしの沈黙。
「賢太郎君?」
響子さんが口を開く。
「最近、何をしているの?毎日、帰りも遅いし・・・私は、大学のことに詳しくないから分からないけど、本当に学校の用事なの?」
「・・・・・」
「賢太郎?」
五代君も、追うように質問する。
「話って、そのことなのか?」
「・・・・・」
賢太郎君はなかなか話を切り出せない。
「今日・・・郁子ちゃんから電話があったわ、相談があるって。賢太郎君、郁子ちゃんと上手くいってるの?」と響子さん。
「あの・・・・」
賢太郎君も決心が着いたようだ。
「オレ・・・今、お金が必要なんだ」
「お金?」「お金?」
響子さんと五代君が、意外だっていう表情をし、顔を見合わせた。
「お金って、いくらなの?賢太郎君」
「・・・・・・10万くらい・・・」
「じゅ・・・10万??」と五代君は驚く。
「そんなに?」と響子さんも同様に驚いている。
賢太郎君は、黙って頷く。
「どうして?そんなに・・・何か買いたい物でもあるのか?賢太郎?」
「ううん・・・モノじゃなくて・・・手術費・・・郁子ちゃんの」
「郁子ちゃんの?何で・・・?」
五代君は不思議そうだ。
しかし響子さんは、意味を理解したのか、呆けている。
「赤ちゃん・・・できたんだって・・・郁子ちゃん」
「・・・・・・」「・・・・・・」
響子さんと五代君の二人は何も言えない。
賢太郎君は、恥を忍んで話し続けた。
「一ヶ月前くらいに知らされた・・・変だなって思ってお医者さんに診てもらったんだって。だから間違いないって・・・」
「オレ・・・まだ学生だし、全然お金ないから毎日毎日バイトしていて。子供をおろす手術って、10万くらいかかるらしくて・・・それで・・・」
五代君は、話の内容についていけていない。ただ、呆然としている。
こういう時は女性のほうがしっかりしているものだ。
実際、響子さんは聞いた一瞬だけ呆けていたものの、今はしっかり話を聞いてあげているようだ。
「郁子ちゃんには、何て言ったの?」
「今はまだ、何も言えないって・・・そのかわり、ちゃんと責任を取るからって。そう言ったんだ」
「具体的に、子どもを堕ろすお金を貯めるためにバイトをいっぱいしているって言ったの?」
「ううん。ただ、待っててって・・・」
どうやら、郁子ちゃんは賢太郎君が必死にバイトしてお金を貯めていることを知らないようだ。
「賢太郎君?」
「なぁに、管理人さん」
「あのね、ちゃんと郁子ちゃんにも言わないとダメだと思うのよ。賢太郎君は、必死にバイトしているかも知れないけど、郁子ちゃんは産みたいって言うかも知れないでしょう?」
「え・・・・」
“産みたい”・・・その言葉に賢太郎君は動揺した。
そういうことを全然考えていなかったのだ。
「女ってね・・・好きな相手となら・・心から大好きな人と結ばれて出来た子供は、どうしても産みたいって思うものなのよ」
「例え、相手が学生さんだったとしてもね。それに郁子ちゃんも、もう大人なんだから、それくらいのことはしっかり考えられるのよ」
「賢太郎君が考えている以上に、郁子ちゃんはしっかり者よ。自分ひとりの考えで動くのは良くないわ、ちゃんと話し合わないと」
響子さんは、女性の立場から、女心を懇々と説いた。
賢太郎君も、ひとりよがりでいたと感じたのだった。
「響子・・・」
傍らで聞いていた五代君が口を開いた。
「賢太郎と、二人にしてくれないか?男同士で話がしたいんだ」
「え?ええ、それじゃ、惣一郎さんの散歩に行ってくるわ。くれぐれも、春香を起こさないで下さいね」
そう言うと、響子さんは散歩の準備を始めた。
出掛ける前に、響子さんはもう一度賢太郎君に言った。
「郁子ちゃんのこと、大切にね」
そう言って、出掛けていった。
「さて・・・」
五代君は再び口を開く。
「賢太郎?お前、郁子ちゃんと結婚する気はあるのか?」
「えっ?何だよ、いきなり」
「結婚する気はあるのか、って聞いてるんだよ。お前、責任って、人としてとても大切な物だって分かってるんだろうな?」
「分かってるよ!だから俺は、バイトして・・・」
賢太郎君は、少々声が荒くなった。それを五代君が宥める。
「シぃ~~春香が起きちゃうだろう。お前、責任を取らなきゃって考えて、せっせとバイトを始めたのはいいことだと思う」
「けどな、そのお金、本当に子どもをおろすのに使うのか?俺はな・・・そのお金で指輪でも買ってやった方が良いんじゃないかって思うんだ」
「指輪・・・?」
「ああ。郁子ちゃんが、一番何を望んでいるのか、考えたことあるか?そりゃ、妊娠したって聞いて動揺しただろうな」
「責任を取らなきゃって思って、必死に考えてそういう結論になったんだろうさ。けど、そのとき、郁子ちゃんにとって一番良い方法を考えたか?」
「胸に手を当てて考えてみろよ。自分の事じゃないのか?その時に一番に考えていたのは」
五代君の追及に、言葉が出ない。言われてみれば確かにそうだ。
郁子ちゃんの気持ちを考えずに、世間体だとか、いわゆる正しい結論を求めていたんだと思った。
「俺は、郁子ちゃんのことを思ってせっせと貯めたそのお金で、婚約指輪を買ってやったほうがいいと思う」
「大切なのは、心だぞ。安物しか買えないかもしれないけど、今のお前の精一杯じゃないか。絶対、伝わると思うよ」
五代君は、五代君なりに人としての心の大切さを説いた。
「お兄ちゃん・・・郁子ちゃん、産みたいって思っているかな?」
「さぁな・・・それは郁子ちゃんとお前の関係次第だな。ただ、聞かないといけないだろうな、ちゃんと」
「それに、今まで何してたのかとか、自分はどういう風に思っていたのかとか、ちゃんと話さないとな」
「うん・・・・明日、管理人さんが郁子ちゃんに会うみたいだから、一緒に行ってみるよ」
そう言うと、五号室へと戻って行った。
そして、測ったかのように、響子さんも戻ってきた。
「賢太郎君、どうでした?あなた」
「うん・・・大丈夫だよ、あの二人なら」
「ええ・・・そうですわね」
こうして、賢太郎君の告白は幕を閉じました。
郁子ちゃんの妊娠騒動の中、音無老人は病に臥せっていた。
「明日、響子さんに会ったら・・・・近いうちに私を訪ねるようにお願いしておいてもらえるかね?話があるから・・・と」
音無老人は一体何を話そうとしているのか・・・?
次の日の昼下がり・・・
郁子ちゃんは約束通り、一刻館へやって来た。
「こんにちは、おばさま」
「いらっしゃい、郁子ちゃん」
響子さんは、昨夜の賢太郎君の話を聞いていることもあって、ちょっと意識してしまう。
「郁子ちゃん、学校は?」
「へへへ~、出張願出しちゃた。バレたら、教頭先生に大目玉なのっ」
そう言うと、ちょっと照れながら笑った。
そんな郁子ちゃんを見て、響子さんはほっとした。
やっぱり郁子ちゃんは郁子ちゃんなんだと・・・
しかし、管理人室に入り、本題を話そうとしたとき、郁子ちゃんの顔は急激に曇っていった。
「あのね、おばさま。私ね・・・」
流石に話づらそうだ。
それもそのはず、ふしだらだと言われても仕方のないことなのだから。
しかし郁子ちゃんは、昨夜の賢太郎君のように、勇気を振り絞った。
「私ね、赤ちゃん、出来ちゃったの・・・」
「・・・・・・・・」
「賢太郎君との・・・赤ちゃん・・なの」
「聞いたわ、賢太郎君に。昨日の夜にね」
「えっ?」
「昨日の夜にね・・・賢太郎君、私と主人にそのことを言ったのよ。とても勇気がいることだと思うわ。けどね、賢太郎君はあなたのこと、真剣に想っているのよ」
「うん・・・けどね、妊娠してることを言った後、一回も会ってくれないの。たまに電話では話しているんだけど・・・会ってくれないの」
そう言うと、少し涙声になってきた。
「郁子ちゃん・・・賢太郎君のこと、本気で好きなの?」
響子さんは突然核心をついてきた。
「あなたは、賢太郎君とずっと一緒にいたいって思っているの?」
郁子ちゃんは、黙ってうなずいた。
それは、声に出して“好き”だの“愛している”だの言う以上に心の篭った頷きだった。
「賢ちゃん、どうしてるんだろう・・・会いたい・・・会って、話がしたい・・・賢ちゃん、何してるか知ってる?おばさま」
「え?いいえ、分からないわ・・・」
嘘をつくのが苦手な響子さんには、少々苦しい。
郁子ちゃんの気持ちが痛いくらい分かる響子さんは、黙っているのが辛かった。
しかし、そこへ・・・
#ガチャッ#
賢太郎君が入って来た。
「こんにちは、管理人さん。それに、郁子ちゃん・・・」
「賢ちゃん・・・随分久し振りね」
そう言うと、もう何年も会ってなかったかのような、懐かしがる表情を浮かべた。少しも涙も・・・
「ゴメンね、今まで全然会う機会を作れなくって。実はね・・・」
そう言うと、賢太郎君はポケットから小箱を取り出した。
そして、それを黙って郁子ちゃんの前に差し出した。
「これは?・・・開けていいの?」
賢太郎君は黙って頷く。
中に入っていたのは・・・指輪だった。
お世辞にも、高価だとは言えないような代物だが、それには賢太郎君の今の精一杯が詰まっているようだった。
「郁子ちゃん・・・僕と・・・」
郁子ちゃんの目には、大粒の涙が浮かんでいた。
ちょっと動くだけでもこぼれ落ちそうなその涙は、ほほを伝って、そして一滴落ちた。
「賢ちゃん・・・」
「郁子ちゃん・・・」
響子さんはその光景を、潤みながら見ていた。
そして静かに立ち上がり、管理人室を後にし、惣一郎さんの散歩へと出て行った。
一時間後・・・
「管理人さん、色々ありがとう」と賢太郎君は頭を下げる。
響子さんも散歩から帰って来ていて、賢太郎君と郁子ちゃんも、落ち着いてきたようだ。
「おばさま、お世話になりました。ありがとう」
「いいえ、いいのよ。けど、一の瀬さんには言わなくていいの?」
「う・・・うん。そのうちに・・・」
一の瀬さんは、どんな反応するだろう?
「そうだ、おばさま。おじいちゃんが、お話があるんだって。今度、都合が良い時に家に来て欲しいって言ってたわ」
「お義父様が?何かしら・・・」
どんな話なのか、気になって仕方のない気持ちだったが、取り敢えず、二人を見送ることにした。
時計坂を下っていく二人を見て、響子さんはとても懐かしい気持ちを思い出した。
今では言葉にするのも恥ずかしいような、そんな言葉・・・そういう気持ち・・・
そして同時に、二人がもう立派な大人になったのだと、あの頃の小さかった二人を思い出していた。
「さてと・・・」
響子さんにはもうひとつやらねばならないことがあった。
音無老人を訪ねることである。
(それにしても・・・どうしたのかしら)
そう思いながら、音無家へ電話をし、今からすぐに伺うことを告げた。
以下、次回