~管理人室にて~
「明後日の日曜日に、みなさん、音無家に来て下さい」
五代君はもちろん、四谷さん、一の瀬さん、二階堂君、そして朱美さんが一同に会し、響子さんの言葉に耳を傾けている。
「どうしたのよ~管理人さん。急に怖い顔しちゃって」
朱美さんが不思議そうに聞く。
「そうですよ。せっかくの日曜なのに・・・」
二階堂君も不満気だ。
それもそのはず、この二人は事情を知らないのだ。
「実は・・・・」
五代君が事情を説明した。
「・・・・・・・という理由で、みんなが集まって今後のことを決めようっていう訳なんです」
「で・・・結局決めたのかい?管理人さん」
一の瀬さんが何気なく聞く。
「ええ・・・・明後日、しっかりとお話しますわ」と響子さん。
「まぁ~そういうことで。乾杯しましょうかね?」
四谷さんが、ここぞとばかりに火蓋を切る!
「そうね~よ~し!お店休んじゃお!!」
朱美さんも同調する。
「今晩はさぁ~、一刻館の新しい門出に、パァ~っと行こうよ!」
そして一の瀬さんも・・・
結局、いつも通りに夜が更けていった・・・
~そして問題の日曜日・・・音無家にて~
音無家の居間には、主だった面々が揃っていた。一刻館のいつものメンバーと音無家、物凄い顔ぶれである。
「今日はね・・・一刻館と、この家をどうするかっていうことを決めようと思ってね・・・」
音無老人が口を開く。
さっきまで臥せっていたのだが、大事な話し合いがあるからということで無理を押してその場に居合わせたのだ。
「その前に・・・」
何と口を開いたのは一の瀬さんだった。そして突然、土下座をした。
「音無さん・・・この度は、うちのバカ息子が大変ご迷惑をお掛けして・・・申し訳ありません」
よく見ると、一の瀬さんの横で、旦那さんも土下座をしていた。
「申し訳ありません・・・」
賢太郎君は、複雑な表情でそれを見ていた。
郁子ちゃんと賢太郎君の事情を知らなかった朱美さんや二階堂君は何がなんだか・・・という感じで驚いていたが、
五代君たちに耳打ちされて事態が飲み込めたようだ。
「一の瀬さん・・・」
郁子ちゃんのお母さんが口を開く。
「どうぞ、お顔をお上げ下さい。私も主人も、二人のことに賛成して幸せを望んでいるのですから・・・ですからもう・・・」
「いいえ!本当に・・・本当に・・・」
一の瀬さんは頑なに顔を伏せたままでいる。
その目からは、うっすらと涙が浮かんでいた。
郁子ちゃんが土下座を続ける二人の近くに寄り、声を掛けた。
「おばさん・・・いえ、お義母さん。顔を上げて下さい・・・お義父さんも・・・」
「・・・・・!?」
郁子ちゃんの「お義母さん」「お義父さん」という言葉にハッとした。
「郁子ちゃん・・・こんなロクでもないあたし達を・・・父母と呼んでくれるのかい?」
「もちろんですよ!私の新しい両親・・・親が倍に増えるのよ!とっても嬉しいことだわ。だからもう、泣かないで・・・」
いつのも陽気な一の瀬さんからは想像も出来ない姿であった。
その目からは、大粒の涙がポロポロと流れていた。
「ありがとう・・・・ありがとう、郁子ちゃん」
誰が最初だったのだろう・・・・それは分からないが、拍手が起こっていた。
その場にいた全員が、賢太郎君と郁子ちゃん・・・そして、お互いの家族のことを祝福していた。
「さてと・・・そろそろ本題に入らせてもらうよ・・・」
音無老人が再び口を開いた。
「響子さん・・・どうするね・・・前も言ったけど、響子さんに全て任せるつもりなんじゃが・・・」
「ええ・・・・分かってますわ。お義父さま・・・」
響子さんは俯き、ゆっくりと目を閉じた。
音無老人は響子さんの考えを待っている。しかし、響子さんは目を閉じ俯いたままでいる。
「管理人さん・・・?」
「響子さん?」
その場にいるメンバー全員が響子さんの一挙手一投足に目を凝らしている。
響子さんはゆっくりと目を開いた。
「お義父さま・・・せっかくの申し入れですけど・・・・ここの家も一刻館も、やはり頂くわけにはいきません」
「・・・・・そうか・・・」
音無老人は、残念そうに頷いた。
「お義父さま・・・・ここの家には、音無響子としての思い出がぎっしり詰まっているんです。私と・・・惣一郎さんとの思い出が・・・」
「けど・・・あたしは今は裕作さんの夫です。五代響子なんです。それに・・娘の春香が・・ちゃんと物心ついた時に・・・」
「その時、一刻館にいて欲しいんです。一刻館と、一刻館のみんなが一番最初の思い出になって欲しいんです」
「だったら・・・・・・一刻館くらいはもらっておくれよ・・・」
音無老人は、“せめて一刻館だけでも”と思った。
「・・・・・・・・・・」
五代君はそのやりとりを黙って聞いていた。
『響子にまかせるよ』
そう言ったからだ。最後まで、響子さんの考えを尊重しようと思っていた。
「いいえ・・・そういう訳にはいきませんわ。今までだって、十分ご迷惑をお掛けしてきたんです。それなのに、私たちが頂くわけにはいきませんわ」
「それに・・・・郁子ちゃんと賢太郎君のこともありますし・・・」
響子さんは、賢太郎君と郁子ちゃんのことを引き合いに出して、話を続けた。
「賢太郎君と郁子ちゃんの新居の問題も大変ですし・・・ここの家を新居にしてはどうでしょうか?賢太郎君、まだ学生ですし・・・」
「私は、音無の家は賢太郎君たちに・・・一刻館はこれまで通り、私が“管理人として”見守っていきます・・・これが、私の考え抜いた結論です」
響子さんはそう言うと、音無老人の言葉を待った。
「ま・・・待ってよ!管理人さん。ここの家をもらうって・・・・どういうこと??」
賢太郎君が横から話し掛けてきた。
「そうよ!おばさま。私たちは私たちで何とか・・・」
郁子ちゃんも、言葉を添える。
「何言ってるんだい!あんた達!やい賢太郎!郁子ちゃんを養ってあげられる立場かい?大人しく音無さんと管理人さんの好意に甘えなよ~」
一の瀬さんだ。
「か・・・母ちゃん・・・」
「そうだろ!お前がしっかり就職して、郁子ちゃんも音無さん達も安心出来るようになったら、また考えな!」
「とにかく今は、甘えちまいな!でないと、母ちゃんは心配で、ロクに酒も飲めないよ」
(それを言うなら、“ロクに飯ものどを通らない”でしょ~)
と五代君は思った。
「・・・・さてと・・・話は決まったかな?」
それまで黙ってやりとりを聞いていた音無老人が、静かに口を開いた。
「郁子や・・・お前と一の瀬くんは、ここに住むようにしなさい。じきに、我々も関西に引っ越すから・・・それから、響子さん」
「はい」
「響子さんの気持ちはよく分かったよ・・・五代君も幸せじゃな・・・ほっほっほ。これからも、一刻館と郁子のこと、宜しく頼むよ」
「ええ・・・」
ということで・・・ようやく四谷さんが口を開く。
「さてと・・・むず、かしいお話は終わりましたな~」
続いて、朱美さんも。
「そうね~・・・はぁ~~肩こっちゃったわ~」
最後には二階堂君まで・・・
「何ですか~?やっと終わったんですか?な~んだ、結局は今までどおりなんですね。管理人さんも、勿体振っちゃって、結局は僕の予想通りでしたよ~」
(相変わらず、ずけずけと・・・)
と五代君は思ったが、黙っていた。 が・・・・!?
「というわけで・・・」
「始めますか・・・」
「そうね~」
一刻館じゃないのに、始まってしまいそうだ・・・
「めで!たいですな~~いや~~賢太郎君も郁子ちゃんも、そういうことでしたか賢太郎君と郁子ちゃんが!む~ぎば~たけ~♪」
四谷さんは最初からエンジン全開の様子。
「まったくもう~。先を越されるとはな~。隅に置けないな~!このこの~~」
二階堂君も、珍しく上機嫌で宴会に積極的だ。
「やれやれ・・・お前も大したもんだね~。五代君よりも遥かに早業で凄いわ」
朱美さんがからかう。
「な・・な・・何ですか!僕よりって!!僕だってもう、立派な父親なんですから!」
五代君の必死の反抗も、この人たち相手だと空しい・・・
「あらら・・・・やっぱりこうなってしまったわね・・・」
響子さんは、ある程度予想はしていたものの、早くもこうなってしまうとは思ってなかったようだ。
しかし・・・
「あら・・?一の瀬さんは、控えめですわね・・・いつも通り、楽しくなされては?」
「何言ってるんだい・・・管理人さん。わたしゃ・・・これからの賢太郎が心配でね・・・」
「大丈夫ですよ・・・」
そう言って、一の瀬さんにお酌しに来た人がいた。郁子ちゃんの母親である。
「これはこれは!音無さん。 本当にこの度はうちのバカ息子が・・・」
一の瀬さんは、再び頭を下げた。
「本当にもういいんですよ。郁子が選んだ道です。そして、郁子が選んだ人です。賢太郎君のことは、郁子からも響子ちゃんからも色々聞いてますから」
「とても立派な青年じゃありませんか。私は、安心してお嫁に出せますわ」
「いえいえ・・・本当に・・・これからも、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが・・・賢太郎のこと、宜しくお願いします」
「いえいえ・・・・こちらこそ・・・ささ!どうぞお飲みになってください。いつも通りにしましょう」
郁子ちゃんの母親にそう言われ、ようやく一の瀬さんも本来の調子(?)を取り戻しつつあった。
が、流石いつもよりは遠慮しているようだ。
四谷さんや朱美さんは、丸っきりいつも通りだが・・・
その日は、夜遅くまで宴会が続いた。
賢太郎君と郁子ちゃんの新しい人生の出発。
音無家の、関西への移転に伴う一刻館の問題の決着。
それに、あと数ヶ月で産まれる朱美さんとマスターの子どもの前祝い。
思いつくままに祝い事を出し、そして飲んで騒いで祝っていた。
数時間後・・・
「ふぅ~・・・」
五代君は、トイレに行った帰りに縁側で夜風に当たっていた。
「あなた・・・」
「ん?ああ、響子か。 春香・・・さすがに寝ちゃったな」
夜遅いこともあり、春香ちゃんは音無老人の部屋ですやすやと眠っていた。
「ったく・・・ホント、あの連中は相変わらずだな~。やっぱり、連れて来なかった方が良かったかもな~・・・」
五代君は、みんなを連れてこようと言ったことを、少し後悔しているようだった。
「いいえ・・・・」
しかし、響子さんはすぐに否定した。
そして五代君の隣に座り、頭を五代君の肩に寄り掛からせた・・・
「こうやって、みんなを連れてきて“一の瀬さんの普段の姿”と、“賢太郎君の育った環境”を見て頂きたかったの・・・」
「その方が、お義姉さまやお義父さまも安心されると思ったのよ・・・一見無茶苦茶でも、本当はとても心の温かい人たちなんだって分かって下さると思うわ」
「そうかな~・・・ちょっと心配だけど。でも、響子のその考え、とてもいいと思うよ。成功したんじゃないかな~」
「ええ・・・」
そこへ・・・
「な~~~にやってのよ!響子ちゃん。こっちで一緒に飲みましょうよ」
郁子ちゃんの母親が、ほとんど泥酔状態でやってきた。余程気持ち良く飲んでいるようだ。
「ねっ。成功でしょ?」
響子さんは五代君に耳打ちした。
「お・ば・さ・ま~~」
郁子ちゃんも相当酔っているようだ。
「ほらほら・・・郁子ちゃん・・・んもう・・・こんなに酔っちゃって」
賢太郎君が介抱している。さすがに一の瀬さんの息子!一刻館で揉まれただけあって、酒には強いようだ。
「んもう~。郁子ちゃんもお義母さんも・・・母ちゃんとか四谷さん達のペースに乗せられたら、体持たないよ~」
「はぁ~・・・・やれやれ・・・」
五代君も響子さんも、はぁ~っと溜め息を吐いた。
一刻館であっても音無の家であっても、いつものメンバーは、いつもと変わらぬ光景を作り上げているのでした・・・
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~それから2年後の冬~
春香ちゃんも、今度の春で小学生になろうとしていた。
「行ってきま~す!」
小さな体で大きなランドセルを背負った春香ちゃんが、勢い良く一刻館の玄関を飛び出した。
「こらこら・・春香。小学生ごっこは止めなさいって言ったでしょう?もうすぐちゃんと一年生になるんですから。我慢なさい」
春香ちゃんの傍らには響子さんがいた。
「響子!行ってきます。ほら、春香。ランドセルを置いておいで。保育園に行く時間だぞ」
五代君は毎朝、春香ちゃんと手を繋いで保育園に通っているようだ。
「いってらっしゃ~い」
一刻館の玄関先では、変わらぬ光景がずっと続いているのでした・・・
(時計坂通信 完)