「はぁっ!はぁっ!・・・っ~!勝っ・・・た!」
ゴールを切り、反射的に上げた左手を下して、膝に手をつきながら息を整える。同時にハイになっていた気分が落ち着き、代わりに心底からじんわりと実感が湧いてきた。勝ったんだ、GIを。皐月賞を!
汗を拭い、もう一度左手を天に突き上げると、滝のように歓声が降り注いだ。しばらく手を振って答えていると、その顔に少しの悔しさといっぱいの祝福の笑顔を浮かべて、スぺちゃんが駆け寄ってくる。
「うぅ~!負けたよぉ!セイちゃん、すっごく強かったぁ!」
「へへ、ありがと。スぺちゃんも強かったよ」
「でも、絶対ダービーでは負けないよ!私、日本一のウマ娘だけは譲りたくないから!」
スぺちゃんが差し出した右手を握り、握手して返した。おめでとう、と改めて言ったスぺちゃんは、先に地下バ道の方に戻っていった。この大一番で自分を負かした相手を心から祝福できる彼女を、流石だな、と思う。あるいは、目標をすでにダービーに移しているからこその切り替えだろうか。どちらにせよ、そんな清々しい彼女だからこそ、人々を魅せるのだろう。
「・・・スカイさん、おめでとう」
「ありがとう、キング。最後はひやっとさせられたよ。狙いすまされた、いいスパートだったね」
スぺちゃんと入れ替わりで声をかけてくれたキングに、素直に思ったことを返す。キングはどこか浮かない顔で、そしてどこか思いつめたようにこちらを見つめたまま次の言葉を発さない。
「・・・?キング、どうしたの?」
「・・・いえ。何でもないわ。私も今回は勝つつもりだったけど、一歩届かなかったわね。でも、ダービーでは。・・・必ず、私が勝つわ」
「・・・うん。次も、負けない。私はキングみたいに華々しくもないし、スぺちゃんみたいに主人公みたいなかっこよさはないけど。私だって三冠ウマ娘になりたいんだ」
そういうと、キングは少し硬い表情を崩して、わずかに笑いながら言う。
「何言ってるの。私たちの世代で三冠ウマ娘の夢に挑める資格を手にしたのは、貴女たった一人なのよ。だから、誇りなさい。そうして、誇り高き皐月賞ウマ娘として、ダービーに出てきてちょうだい。でないと、追いかけがいがないというものだわ!」
「・・・わかったよ。ダービーでも、全力で迎え撃って見せる」
「さあ、貴女を待っている人がいるでしょう?行って、報告してらっしゃいな。・・・『最速』の名を、手にしたことを、貴女自身から、ね」
そう言って、胸の下で腕を組んだまま歩き出すキングは、引き上げていく他の子たちに続いて控室に戻っていく。その背中を少しの間見送って、キングに言われた通りにトレーナーさんの元に走り出す。私の勝利を、誰よりも信じて待ってくれていたであろうトレーナーさんに報告するために。
「トレーナーさん!」
私を待ってくれていたトレーナーさんは、駆け寄る私を笑顔で迎え入れた。
「お疲れ様。最高のレースだったよ。おめでとう、スカイ」
「ありがとう、トレーナーさん。皐月賞、取ってきたよ」
軽く会話を交わす私たちを、すぐに待機していた記者の人々が取り囲む。これまでにない人数と勢いに、少し圧倒されながらも、次々と投げかけられる質問に対応していく。さすがの私も、GIを勝ったとなれば質問攻めにされることくらいはわかっていたので、事前に考えていたことをベースにコメントしていった。
「ウマ娘エイト記者の横山です!セイウンスカイさん、皐月賞優勝おめでとうございます!」
「あ、横山さん。ありがとうございます」
他の記者をかき分けて、声をかけてきたのは以前から目をかけてくれている横山記者だ。前回の弥生賞の記事でもそうだが、かなり私を贔屓にしてくれているようで、何気に皐月賞の事前記事でも私を推すような文章を書いてくれていたのを見かけている。
「素晴らしい逃げ切り勝ちでした!ずばり、今回の勝因は何でしょうか?」
「勝因・・・。そうですね、バ場状態、枠、レース展開など、全てがうまくかみ合った上で、思い描いた通りの走りができたことです」
「なるほど、その通りの完璧な走りだったと思います!では、トレーナーの保田さんにもお伺いしたいのですが」
「はい?私ですか?」
横山記者がトレーナーさんに話を振ると、トレーナーさんは虚を突かれたようで、驚いた表情で反応した。周りの記者たちも、私への質問もそこそこにトレーナーさんの方に質問をする横山記者に少し怪訝な表情をしているようだった。
「保田トレーナーのお母様は『天マ』ことトウショウボーイ、そしてお父様はその専属トレーナーという名伯楽ですよね?」
「ええ、そうですが」
トレーナーさんの言葉に、記者達がざわざわとし始める。年季の入った一人の記者が、あの保田の倅か、とつぶやいた。皆、トレーナーさんの出自に驚いているようだ。私は以前に聞いていたから知っているが、世間にはあまり知られていないようで、それぞれの反応をしている。
「今回のセイウンスカイさんの皐月賞制覇で、親子制覇を達成したことになりますね。加えてトレーナーになって初めての担当ウマ娘がクラシック制覇ということで、保田トレーナーにとっても偉業達成となりましたが、今の気持ちをお聞かせ願えますか?」
「いえ、別に親と同じレースを勝ったからと言ってどうこうというのはないですね。私の母とスカイは関係ないですし」
「あ、そうですか・・・」
記者たちはそれを聞いて、若干残念そうな顔をした。きっともっと記事にしやすいような発言が欲しかったんだろうなということがわかる。ちょっとくらいリップサービスしてもいいんじゃないの、と思いトレーナーさんの顔を見るが、記者たちの反応とは裏腹にばつの悪そうなところもなく、相変わらず飄々とした態度でいる。そういった大物っぽさは両親譲りなのだろうか。いつかは会ってみたいな、とふと思う。
「そうですね。そもそも私のセイウンスカイを母程度のウマ娘に留めるつもりはないです。彼女はもっと上に行けるウマ娘ですから」
「・・・うぇえ!?トレーナーさん!?」
「おお!凄い自信ですね!ではお母様が届かなかったダービー制覇の夢も?」
「当然狙っていきます」
突然の宣言に、一度はテンションを下げた記者たちがわっと沸くと共に、私もどきどきとする。そのまま再び記者たちからの質問攻めにあい、そこからは時間も押していることで駆け足で物事が進んだ。授賞式にウイニングライブを行い、気が付けば一日が終わり、くたくたで帰路についていたのだった。
「スカイ、インタビューの時はごめんね。驚かせたよね」
帰路、トレーナーさんの運転する車の中で、うつらうつらと半分寝落ちしそうになりそうな私にトレーナーさんが言った。
「ん~・・・?あ~、そうだね・・・。もぉ~、急にどうしたの~?セイちゃん、びっくりしちゃいましたよ?」
「いや、君の晴れの舞台に、僕の家族の名前を出して水を差すのに少しむっとしてね」
「え?そうだったの?」
助手席の背もたれに預けていた上半身を思わず起こして、トレーナーさんを見る。私はてっきり、いつも通り飄々と言ってのけたのかと思っていたのに、内心では思うところがあったなんて。意外だった。
「そうさ。確かに両親は皐月賞を勝ったけど、そんなの関係ないからね。君が頑張った結果なんだよ。・・・君にプレッシャーを与えてしまったら、申し訳ないんだけどね」
「ううん、大丈夫。お母さんを越えるっていうのは、ちょっとびっくりしたけど」
「ずっと思ってたよ。メイクデビューの後にも約束したしね」
ああ、そんなこともあったな、と思う。あの時も、レースの帰りに二人で話していたんだったな。まだ高々数か月前のことだが、なんだかずっと前のことのようにも思える。あの時点で、こうして自分がGIウマ娘になるなんて、夢の一つに過ぎなかったから。
「・・・ダービー、絶対勝たなきゃね。ダービートレーナーの称号、トレーナーさんにプレゼントしてあげるよ」
「ありがとう。僕も君をダービーウマ娘にして見せるよ」
私、トレーナーさんの夢を一つ、叶えられたかな。でも、まだまだ思いに答えたい。私をここまで引っ張り上げてくれた、トレーナーさんに、最高のプレゼントを。
それからほどなく、疲れから眠りに落ちてしまった私は、トレセン学園に帰り着いてから食事をとり、お風呂なども早めに済ませると、早々と床に就いた。もちろん肉体的な疲れもあったし、初のGIの舞台で、思った以上に精神的に疲労していたところもある。そのまま泥のように眠り、ふと目が覚める。時計を確認してみれば、時刻は深夜二時。
「うわ・・・変な時間に起きちゃったな・・・」
もう一度寝つこうにも、今度はどうにも目が冴えてきて、完全に起きてしまった。どうしたものかと思っていると、ふとトレーナーさんにもらったタブレットが目に入る。おもむろに手に取り、何となくいじってみる。便利なもので、インターネットで調べれば大抵のウマ娘の情報や、レース映像なども出てくる。ここはひとつ、日本ダービーの映像でも見て、ダービーまでの短い期間でできることは尽くすことにしようではないか。
「ん、これ、スズカさんが出た時のダービーかな」
動画サイトでダービーと検索すれば、映像がたくさん出てくる。その中から、気になっていたスズカさんが出走したダービーを選んで再生。
『今年もレースの祭典、日本ダービーの季節がやってきました。数千人のウマ娘達の中から、この舞台に選ばれたのはたった十八人の優駿。第64回日本ダービーの出走ウマ娘はご覧の通りです』
アナウンサーの実況と共に、出走表が写される。そこにはもちろん知った名前、四枠八番にスズカさんの名前があった。他にも知っている名前がちらほら。マチカネフクキタル、メジロブライト・・・。そのまま最後まで目を通して、気が付く。
「・・・八枠十八番、サニーブライアン・・・。確か、スズカさんが出走した年のダービーウマ娘は二冠の逃げウマ・・・」
そう、皐月賞のレースを見た時には気が付かなかったが、今、すぐに分かった。スズカさんに逃げを勧めたその人、それはこのサニーブライアンというウマ娘だったのだ。まさか、知らずに参考にしていたウマ娘が、スズカさんの憧れた人だったなんて。
『──大歓声が東京レース場を包む中、今日本ダービーのファンファーレです!』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ファンファーレが鳴り渡り、観客たちの声援にも中てられたのか、周りのウマ娘達はかなりエキサイトしている奴が多い。特にあの、なんだか縁起のよさそうな名前の奴は準備運動が行き過ぎて、第四コーナーの方まで走っていってしまっているようだ。おいおい、と思うが、まあ敢えて周りをなだめてやる必要もない。その中で一人、気になるウマ娘がいる。
「よう。あんた、サイレンススズカだろ?」
「う、うん・・・。そうよ。貴女は、サニーブライアンさんね・・・」
サイレンススズカは、明らかに落ち着かない様子で、そわそわと体を動かしている。
「おう、そうだよ。聞いたところじゃ、あんたも逃げを打つ走りをするらしいな。今日も逃げるのか?」
「逃げ・・・?いえ、前は、自分のペースで走ったら結果的にそうなっちゃっただけで・・・。今日は、わからないわ」
「はぁ?なんだそれ」
煮え切らない態度の返答に、素直にそういって返した。
「自分のペースで走って逃げになるなら、逃げりゃいいだろ」
「そうはいかないでしょ・・・?レースには展開ってものがあるんだし」
「ああ?だから自分から展開を作ってくんだろうが。あんた、確か四番人気だろ?そんくらいの気概で行けよ。あたしなんか皐月賞がフロックだと思われて七番人気だぜ?」
そんなこと言われても、と言って困ったような表情をするサイレンススズカは、また同時に不安そうであった。何を迷っているんだ、こいつは、と思うが、これ以上言及する必要も、時間もない。
「ま、あんたが逃げなくても、あたしは逃げるから。あんたもせいぜい頑張れよ」
「あ・・・うん。あ、ありがとう・・・」
おどおどしたところを見せるサイレンススズカは、しかし促されてすぐにゲートに入っていった。他のウマ娘もゲートに入っていく。それを見守るあたしは、ゲートインは最後。すなわち、大外、八枠十八番を引き当てていた。つくづく、自分の豪運に感謝だ。誰にも邪魔されない、この大外枠。皐月の時と同じ、絶好の枠だ。皐月賞を勝ったにも拘わらず、あたしの人気は低い。だが、欲しいのは人気なんかじゃねえんだ。欲しいのは、一着、ただそれだけなんだよ。
他の全てのウマ娘がゲートインしたのを見計らって、満を持してゲートインする。
『本日一番人気を背負います、メジロブライト。かつて、同じくメジロ家でダービー制覇を目されたメジロライアンは、レコードで駆けのぼるアイネスフウジンの後ろで涙を吞みました。今、その妹が姉を越えようとしています!第64回日本ダービー、今スタートです!』
ガタン、とゲートが開き、一斉に飛び出す。イレこんでいたやつが多かったこともあり、若干ばらけたスタートになった。それを横目で見ながら、一人一気に速度をつけ、先頭を目指して駆けあがっていく。
「さあ、先行争い!行った行った行った行ったっ!皐月賞ウマ娘、サニーブライアンが内に食い込んで早くも先頭!そしてそのインコース、サイレンススズカは抑えた!その横に──と──。さらにマチカネフクキタル、こういったところが前に行っています!」
第一コーナーに向かう初めの攻防。競りかけてくる奴はいない。サイレンススズカも二、三番手で抑えている。皐月賞からさらに400m距離が伸びて、さらに直線が長い東京レース場。どいつもこいつも自分から消耗していく走りはしたくないんだろう。それならそれで構わない。こっちは好きに逃げさせてもらうだけだ。
『──そしてメジロは、ブライトは後方!メジロブライトは皐月賞と同じく後方に位置取ってレースを進めていきます!一コーナーから二コーナーに入って、大方の予想通り、先頭をサニーブライアンが引っ張ってペースを落としています。サイレンススズカも控えました』
ここらで一度後ろの様子を見る。サイレンススズカは落ち着きはしているようで、折り合いをつけてこちらを追走してくる。先行集団は四人ほどで、その後ろに大きなバ群が形成されている。その後方から、メジロブライトが追走しているようだ。
『メジロブライトは後方から三番手!さあここから、メジロブライトは果たしてどんなレースを見せるか!先頭はサニーブライアン変わらず、二番手に──が上がりました。その後ろ、おっと、サイレンススズカが少しかかり気味か?』
向こう正面の半分ほどまで過ぎて、仕掛けどころを探り始めたのが焦りになったか、先行追走で来ているサイレンススズカがかかったような様子を見せた。まだ早いぜ、なんたって、東京の直線は520もあるんだから、ゆっくりいこうや。
『──中段に──と──がいて、メジロブライトが外をついて位置を上げてきました!その後ろに──。間もなく第三コーナーに入ります。そんなに速くありません!ペースはそんなに速くはありません!先頭からシンガリまでは約十バ身と詰まった展開になりました!これは、決め手勝負と言った形になるのでしょうか!』
第三コーナーをゆっくり回っていって、ここらから後ろの動きがどんどんあわただしくなっていく。
『第四コーナーに流れていく!先頭はサニーブライアン、ちょっとスパートが入った──、──も行った!ブライトも行く!メジロブライトは、現在中段まで上がってきています!』
第四コーナーの中盤に入り、二番手に来ているウマ娘が先頭を狙って、あわよくば交わしにかかろうとしてくる。じゃあ、こっちもラストスパートの準備といくか。ぐいっとコーナーで加速をつけると、二番手にもう一度差をつけて前に行く。そのまま第四コーナーを曲がり切り、直線を向いて、真っ向からの力比べと洒落込もうじゃないか。
『──さあ、第四コーナーをカーブして、間もなく直線コース!やはりメジロブライトは外に出した!──がその前!さあ直線コースに入った!先頭は依然としてサニーブライアン!』
「さあ!どっからでも飛んで来い!全部潰してやる!」
ここまで余した余力を全て使って、一気にトップスピードに到達。ぐいぐいと後ろを引っ張って逃げ続ける。どうした?後ろは伸びてこないのか?
『──が追走!そして、外からマチカネフクキタル!その間に苦しい位置、サイレンススズカ!大外メジロブライト!──も飛んできているが!』
残り300を切っても、後ろが来ない。ああ、そうか。後ろが伸びてこないんじゃない。
『先頭は、残り200!坂を上がって、サニーブライアン先頭!サニーブライアン先頭だ!外から、──、間を割って──も来た!しかし残り100!』
あたしが、速すぎるんだ。
『サニーブライアンだ!サニーブライアンだ!これはもうっ!フロックでも!何でもない!二冠達成ッ!!』
「よっしゃぁッ!見たかッ!!」
すかさず、右手を空に突き上げる。その手には、勝利の、そして二冠の二本指。
『これはもうフロックでも何でもない!サニーブライアン堂々と二冠達成です!勝ちタイムは2分25秒9!上がり三ハロンは35秒1!この上りでは、後ろのウマ娘は届かない!内をついたサニーブライアンの逃げ足は全く衰えることはなし!外からメジロブライトも来ている、──も、マチカネフクキタルも来ていますが、しかし勝ったのはサニーブライアン!』
──サ・ニ・ー!サ・ニ・ー!サ・ニ・ー!
場内いっぱいに、サニーコールが響き渡る。もう一度、天高く左手を突き上げて、割れんばかりの歓声と拍手の雨を受ける。ああ、これは、最高だな。ウマ娘の頂点に立つ。この気持ちは、本当に、最高だ。
サニーのダービー、三宅アナの実況が最高なんですよね。
とにかく三宅アナの実況は名実況ぞろいなので、また競馬実況をしてほしいものです。