セイウンスカイに関する強めの幻覚   作:秋乃落葉

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一回休み、お出かけ。

 夏が過ぎ去り、秋が深まる時節。私はトレーニングにトレーニングを重ね、メイクデビューに向けて着実に力をつけていった。何が功を奏したか、私の実力は自分で驚くほど順調に成長している。デビューを目の前にして、モチベーションも高まってきた。絶対に勝ち上がるために、トレーニングにも一層力が入る。

 

「・・・っ!?」

 

快調に飛ばしていくその時。足元ががくん、と違和感を覚える。驚いてすぐに足元に目を向けると、気がつかなかったバ場のくぼみに足をとられ、思いきり足を捻ってしまっている。頭がそれを認識すると同時に、足首に鋭い痛みが走り、そのままなすすべなく転んでしまう。

 

「っ~~!いったぁっ・・・」

 

幸い強く体を打ち付けることもなく、上手く転がって、そこでの大事はなかったが、捻った足がずきずきと痛む。周りでトレーニングしていたウマ娘たちが駆け寄ってきてくれ、さらに遠くからトレーナーさんも走ってくる。

 

「スカイっ!大丈夫!?」

「トレーナーさん、大丈夫だって~・・・。ちょっと、転んだだけだから・・・っ!」

「無理して起き上がっちゃダメだって!とにかく、保健室いこう!」

 

トレーナーさんは一瞬だけ迷ったように躊躇いを見せたあと、ごめん、と言って私の背中と膝の裏に腕を回し、ぐいっと私を持ち上げる。ちょっと待って、というまもなく体がふわりと宙に浮いた。

 

「ちょっとぉ~・・・!トレーナーさん、お姫様抱っこは恥ずかしいってぇ~・・・」

「ごめん!ちょっと我慢して!このほうが速いから!」

 

 周りの子たちがざわざわとしているのも相まって、人生で初めてされるお姫様抱っこに、顔がかあっと熱くなる。あまりの恥ずかしさに、運ばれている間ずっと、足の痛みも忘れて両手で顔を隠していた。そのまま保健室まで運び込まれ、ベッドに寝かされ、トレーナーさんが氷を持ってきてくれた。

 

「ありがとね~、トレーナーさん。もう大丈夫だよ」

「いやいや、応急処置だけはするけど、この後一応病院で診てもらうよ?」

「大丈夫だって~。痛みも今だけだよ。・・・週末までには、治るって」

 

 そう、週末までには、治さなくてはならない。なぜなら、週末にはメイクデビューが控えているのだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ。

 

「ダメだよ。もし何かあったらどうするの。怪我を甘く見て悪化させたら、走れなくなるかもしれないんだよ?」

「・・・わかった。診てもらう」

 

 反論したい気持ちをぐっと抑えて、トレーナーさんの言葉に従う。もしメイクデビューに出られなくなったら、と思うと気持ちは焦るが、無理を押して出走したとして、その後が続かなければ意味がない。今の大目標はクラシックなのだから、怪我で長期離脱になるのが一番恐ろしい。

 

 そんなわけでトレーナーさんと共に病院にやってきた。ちょっと大げさに思うくらい念入りに患部の検査をし、お医者さんに処置をしてもらう。そして重要なのが診察の結果だが。

 

「骨や関節に大きな怪我は見当たりませんでした。捻挫ですね」

 

 ひとまず一安心だった。骨に異常があれば、少なくとも皐月賞かダービーには間に合わなかっただろうから。

 

「先生、怪我の程度はどうなんでしょうか?」

「一週間ほど様子を見て、違和感が残らなければトレーニングを再開してもいいでしょう。ですが、今週末のレースは、大事をとって回避したほうが良いでしょうな」

 

 想像していたことではあるが、それなりにショックだった。仕上がり自体もなかなか悪くなかったし、目標も定まったことでモチベーションも高くなってきて、最初の一戦にかける思いは大きかった。それゆえに、ここでの足踏みが非常に歯痒い。

 帰り道、トレーナーさんの運転でトレセン学園に帰る車中。少しばかり空気が重い。いや、重くしているのは私だ。怪我をしてしまったことでデビューの計画が狂い、申し訳なくて終始無言で助手席に座っているから。

 

「トレーナーさん、今日はごめんね。怪我しちゃって、さ」

「いや、仕方ないよ。どれだけ気を付けててもするものだから」

 

 トレーナーさんはそう言ってくれるけど、その実、彼を失望させてしまったのではないかと勘繰ってしまい、勝手に落ち込んでしまう。また無言のまま車に揺られ、外を眺める。私の気持ちはこんなに沈んでいるというのに、空は秋澄む青空に白い雲がふわふわとマイペースに流れていく。こっちの心中も知らずに、と思うのはなぜだろう。

 

「・・・来年の今頃はさ。私たちの世代の菊花賞だよね」

「そうだね」

 

 なんとなく、思ったことを口に出した。スズカさんと、必ず挑戦すると誓った菊花賞。それは、最も強いウマ娘が勝つといわれる、伝統のクラシック最終戦。誤魔化しのきかない3000mという距離の壁と、三冠路線を戦い抜いたウマ娘、クラシック級の夏を超えて急成長を果たした夏の上りウマ娘の双方が激突するレベルの高さからそういわれるのだろう。

 

「菊花賞を逃げ切るってのはさ、難しいんだろうね。長距離レースってだけでも実力が問われるのに、さらに逃げ切りなんて、できるウマ娘はいるのかな?」

 

 言いかけた言葉を飲み込んで、違う疑問にすり替えた。本当は、私は勝てるのかな、なんて聞こうとしたんだ。でも、まだそれを聞くのは怖くて、とっさに違うことを口にしていた。

 

「菊花賞逃げ切りか。僕の記憶が正しければ、だいぶ昔には何人かいたはずではあるけど、最近はいないんじゃないかな」

「・・・そうだよね~。やっぱ、難しいよね」

 

 菊花賞を逃げ切るのは難しい。それは単純な逃げの難しさとは別のところに理由がある。菊花賞が最も強い馬が勝つ競争たる所以。当然ながら淀の坂を二度越え、3000mの長丁場を走りきるスタミナが要求される。が、それ以上に、初めて経験する3000mという距離への対応力が必要だ。全てのウマ娘は、これ以前に3000mという長距離を走ることはない。初めての条件、しかもクラシック最終戦という大舞台で、逃げて自らレースメイクをする困難さは想像に難くない。だけど、私は。

 

「スカイなら、勝てるよ」

「・・・なんで考えてること、わかるかな~。トレーナーさん、もしかして超能力者?」

「いや、君のトレーナーだよ」

 

 何それ、と言って笑う。それで気持ちが少しほぐれて、いろいろなことを話しながらトレセン学園に帰った。当然、私とトレーナーさんのメイクデビューは先になってしまったけれど、今はそれでいいと、なぜだか思えた。

 

 

 

 

 

 日曜日。練習中の捻挫も癒え、再びメイクデビューのためにトレーニングを再開した翌週の日曜日だ。今日は、トレーナーさんを伴ってトレセン学園の近くのとあるピクニックスポットにやってきていた。というのも、ここまでトレーニングばかりだったから、たまには一緒にどこかに出かけようとトレーナーさんが言ってくれたのだ。お出かけ先は私が決めていいと言われたので、いろいろ悩んだ末、ここに決めた。なぜここなのかというと。

 

「ほら、ここだよ。結構いいとこでしょ~」

「おお、こんなところに湖なんてあったんだ。いい景色の場所だね」

 

 目的はこの湖。今日は、トレーナーさんと二人で淡水釣りにやってきたのだ。釣りは元々趣味だったのだが、トレセン学園に来てからは全くと言っていいほどしていなかった。そんな余裕がなかったのだ。しかし今、こうしてトレーナーさんが時間をとってくれたことで、久しぶりの釣りに出かけたいと思ったのだった。

 

「トレーナーさんは、釣りってしたことある?」

「それがないんだよね。今日が初体験なんだよ」

「へぇ~そっかそっかぁ!じゃあ今日は私がトレーナーさんのトレーナーだね~?」

「お!教えてくれるの?じゃあスカイトレーナーに教わるとしようかな」

 

 そんなわけで、トレーナーさんと趣味にやってきた相乗効果でテンションが上がっている。上機嫌で持ってきた釣り具を取り出し、パパッと準備すると、トレーナーさんに手渡す。その勢いで少しトレーナーさんをからかってみようと悪知恵が働いた。

 

「ん~・・・。保田くん・・・。違うなぁ、典弘くん・・・。ノリくん!今日は私がトレーナーだから、トレーナーさんって呼ぶのはおかしいよね~?今日はノリくんって呼ぼうかな?」

 

 この前のお姫様抱っこのお返しというわけではないが、トレーナーさんの照れるところを見てみようと、ちらりと横目でその顔を見る。だがトレーナーさんはいつもと変わらない顔で、いいよ、とさらりといった。

 

「じゃあ、トレーニングよろしくお願いします。スカイトレーナー!」

「あ・・・、う、うん。よろしく・・・、ト・・・の、ノリくん・・・?」

 

 大失敗だった。これではこちらの方が恥ずかしいじゃないか。頬が赤らむのを感じる。とっさに顔を背け、自分の釣竿を用意するふりをして、顔を元に戻してからトレーナーさんに向き合う。

 

「それじゃ、まずはロッドの持ち方からだけど──」

 

釣竿の持ち方から投げ方など、一通りの手順を説明し、実際にやってみせる。トレーナーさんは筋がよくて、すぐに一人でこなして見せた。

 

「お~、ノリくん上手いね~。本当に初めて?」

「スカイトレーナーが丁寧に教えてくれるからだよ」

 

 あっという間に手がかからなくなったので、私の方も釣竿を用意し、トレーナーさんと並んで釣りを始める。仕掛けを湖面に投げ入れて、静かに待つ。

 

「スカイは昔から釣りが好きなの?」

「ん、そうだね~。なんか、魚が食いつくのを待ってる時間って落ち着くんだよね~」

 

 思えば、昔から内省的だった。あれこれ考えこんでは、ネガティブな思考に落ち込んでしまう癖のある私が、唯一解放されて楽しんでいたのが釣りだった。自然の中で一人、釣り糸を垂らしてその時を待ち続けるのが落ち着いて、楽しかった。だから、こうして誰かと一緒に来たのは初めてだ。そのまましばらく、他愛もない話をしながら、ゆったりと時間を過ごす。

 

「・・・ん?あれ、これかかったんじゃないか?」

「お、じゃあリールを巻いていって~」

 

ようやくトレーナーさんの方に初めてのヒット。リールを巻いて手繰り寄せていくと、だんだんと魚影が近づいてくる。悪戦苦闘しながらもなんとかひきつけ、釣り上げたのは、大きめのブラックバスだ。

 

「おお~!ノリくん、凄いじゃん!結構なサイズのバスだよ~!」

「本当?初めてでこれは凄いの?」

「うん、凄い凄い!さっすがノリくんだよ~」

 

人生初めての釣果に、トレーナーさんも喜んでいた。誰かと釣りに来るって、いいな、と思った。そのあとは私の方にも魚がかかり始め、結局二人で夕方頃まで過ごしてしまった。

 

「いや~今日は楽しかったね~。今日はお出掛けに付き合ってくれてありがとね。・・・トレーナーさん」

「あれ、ノリくんっていうの、止めちゃうの?僕は結構気に入ってたんだけど」

「うぇっ!?い、いや~、やっぱトレーナーさんはトレーナーさんだしね~?また釣りに来たらノリくんって呼ぼうかな~?」

 

 残念だなぁ、といって笑っているトレーナーさんを見て、わざとやっているのかとその顔を覗き込む。彼は不思議そうな顔で私を見返した。もう、とため息をついて帰り道を歩いていく。からかうつもりが、すっかりからかわれてしまってばかりだ。でも。

 

 ありがとう、ノリくん。楽しかったよ。と心の中で彼に伝えて、二人、帰路を歩いた。

 




いい加減レースが書きたい欲求があふれ出てるので、次回メイクデビューです。

皆様は好きな新馬戦はあるでしょうか。
私は月並みですが、ディープインパクトの新馬戦が好きですね。競馬を覚えたての頃に初めて見て、感動した思い出がありますね。
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