セイウンスカイに関する強めの幻覚   作:秋乃落葉

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メイクデビュー。

 年が明けてすぐの中山レース場。そのシーズンから客入り自体はそう多くはないが、私たちにとってはGIの舞台にも等しい晴れ舞台だ。何せ、今日は私とトレーナーさんとのメイクデビュー、その日なのだから。

 本来は去年の十月にデビューするはずだったのが、慎重に慎重を重ねて、二か月半ほど遅れてのレースとなった。焦る気持ちがないと言えば、噓になる。同期たちを見渡してみれば、既に一線で活躍している子たちばかり。その筆頭は、グラスちゃんだろう。早めにデビューした彼女は、デビュー戦から三連勝を飾り、ジュニア級最強決定戦ともいえる、朝日杯FSへ歩を進めた。とはいえ、スペちゃんも、エルも遅めのデビューとなり、キングも年末のホープフルステークスを選んだことで激突はならず、結果ライバル不在と言わんばかりに人気を集めたグラスちゃんは、その期待を重圧ともせずに、レコードタイのタイムというおまけ付きで朝日杯FSを勝って見せた。

 一方の後発組、スぺちゃんとエルも、デビュー戦を勝ち上がり、キングもホープフルステークスで惜しくも二着、とその実力を示す結果となった。さて、私もその勢いに乗ることができるのか。ふと自分の手に目を落とせば、緊張と不安から震えが止まらない。

 

「スカイ、大丈夫?緊張してる?」

「・・・うん。ちょっとだけだよ」

 

 震える手をぎゅっと握りしめ、落ち着きを取り戻すように努める。なかなか胸のざわつきが治まらない。

 

「大丈夫だよ。万全に万全を期して、この時期にメイクデビューを設定したんだ。今の君なら十二分に戦えるよ」

「わかってる。仕上がりもいいし、調子も悪くない。トレーナーさんのことも信じてる」

 

 事実、トレーナーさんとのトレーニングを始めて、私は大きく成長した。あの選抜レースの頃とは基礎体力も数段上がり、技術も身に着けた。自身を客観視してみて、今回のレースは勝ちに行けるレースに違いはない。しかし、そんな論理的な思考とは別のところ。つまるところ、感情が納得の邪魔をする。

 

「・・・あー、やっぱだめだ。緊張するよ。何とかならないものですかね~?」

「う~ん、そうだなぁ。じゃあ、こんなのはどう?」

 

 トレーナーさんはそういうと、その右手を私の頭において、なでなでと撫でる。突然のことに、ひゃ、と素っ頓狂な声を発し、耳と尻尾がピンと張る。

 

「よしよし、スカイが頑張ってきたのは僕が一番知ってるからね。君が自分を信じられなくても、僕が君を信じてるのを忘れないで」

「もぉ~。トレーナーさん、私子供じゃないんだからさ~」

 

 ごめんごめん、と笑いながら、トレーナーさんは依然私の頭を撫でまわしている。そうこうしているうちに、場内アナウンスから、私が出走するレースの案内が流れてきた。いよいよその時間が近付いてきている。

 

「じゃあ、行ってくる。ありがと、トレーナーさん」

「ああ、リラックスして行ってきて。見守ってるよ」

 

 出走前のパドックに向かうべく、走り出しながら、後ろ手にぱたぱたと手を振る。あえてトレーナーさんの方は見なかった。いや、何とも気恥ずかしくなって、見られなかったのだった。

 

 

 

 

 

『中山レース場第六競走、クラシック級メイクデビューのパドック入場です』

 

 レース前のパドック。事前に決まった枠番通りに、観客の前に出て、顔見せをしていく。私の枠番はというと、十六人立てとなったこのレースの大外枠、十六番。だが決して悪い番号ではない。メイクデビューという、周り全てがレースを初めて経験する状況、スタート直後の駆け引きに巻き込まれずに、前に出ていくことができる。

 

『──八枠十六番。セイウンスカイ、五番人気です』

 

 ようやく名を呼ばれ、他の子たちのように前に出て、観客に一礼をする。観客たちは、私を五番人気に選んだ。それは、直前のトレーニングの調子や、実績、さらに文字通りの人気からつけられていくのだが、つまりはどれだけ勝利を望まれているか、というパラメータと言ってもいい。だが関係ない。人気なんていらない。ほしいのは、勝利。

 

 

 

 

 

 

 パドックが終わり、本バ場入場へ。入場してから、足元を確かめるように軽く走っていく。今回の条件は、芝右回りの1600m、芝は少し荒れて稍重。直線が短い中山で、上りの時計が遅くなりそうなバ場だ。逃げを狙う私には、なかなかの好条件。

 体を温めて、ゲートの手前まで向かう。ゲートインまで思い思いに最後の調整をする各ウマ娘を眺める。上位人気の子たちは、初戦で背負ったその人気に、かなりやる気満々といった様子で、半ばイレこんでいるような感じ。対する私は、先ほどまでの緊張が嘘のように肩の力が抜けて、走る気力が満ち満ちている。

 

『中山レース場第六競走、メイクデビューのゲートインが近付いてまいりました。遅咲きの若駒たちが争うクラシック級メイクデビュー、間もなく発走です』

 

 いよいよ出走直前。各々がゲートへと入っていく。私も続いてゲートに向かい、その直前で少し立ち止まり、目を瞑って、一瞬の精神統一。このゲートに入れば、一マイル先、勝者はただ一人。

 

「・・・先頭で駆け抜けるのは、私。見ててね、トレーナーさん」

 

 ゲートに入る。全員がゲートに入って、一瞬レース場が静かになり、そのスタートを皆が見守っている。

 

『十六人のフルゲートになりました、メイクデビュー戦。・・・今スタートしました!』

 

 ゲートが開き、勢いよく前に出る。自分の出はまずまず。すぐに内に入りながら、横目で右を見る。スタートのいい子が何人か、その勢いのままで前を思いきり逃げていく。さて、どうするか。当初の予定ならハナを切って逃げるつもり。しかし、ここは。

 

『まずは先頭争い、勢いよく出た──がハナを切って後続を引き連れる形になりました。続いて二番手争いは──と──が並んで行っています。その外に一バ身差で四番手、セイウンスカイ』

 

 無理にはいかない。先頭を切って逃げた子も、それに続いた子たちも、さっそくかかり気味になっている。無理に先頭を奪いに行けば、むきになった先頭集団の熾烈な消耗戦になる。そうなれば喜ぶのは、後ろで控えている差しウマ娘だ。今は待つ。そう急ぐことはない。

 

『──第二コーナーを回ってきて、レースは先行するバ群と、そこから三、四バ身開いて追走する後方のバ群に分かれての縦長の展開となりました。先頭を行っていた──、少しペースを緩めて二番手との差が詰まります。変わって上がっていきますのはセイウンスカイです』

 

 待てば海路の日和あり、かな。ハイペースで、というか、かかって飛ばしていた先頭のウマ娘が冷静さを取り戻して少し位置を下げると、追走して二番手争いをしていた二人も慌ててペースを落とす。これ幸いと、少しだけ足を使って、外から前を交わして先頭を奪う。

 ダメだなぁ。一度レースの主導権を握ったなら、離しちゃダメなんだ。

 

『──向こう正面を過ぎて、各ウマ娘が第三コーナーへと差し掛かっていきます。だんだんと前後のバ群の差が縮まってきました。さあ先頭はセイウンスカイに代わって、今600のハロンボードを通過!二番手は──が前を伺っていますが、その外からすぅっと──も上がっていきます!』

 

 第四コーナーを曲がりながら左右を確認。内には半バ身ほど後ろに逃げたウマ娘がすでにバテ気味の様子で、何とか食い下がっている。外からは早めに私を捕まえに行こうとする子が差を詰めてきている。さあ、ここからが大詰めだ。

 

『──残り400mを切って第四コーナーをカーブ!各ウマ娘が直線に向いていきます!先頭で直線に入ってきたのは十六番のセイウンスカイ!内からもう一度盛り返せるか、──!後方からはどうでしょうか、九番の──が伸びてきています!』

 

 直線まで余していた足を爆発させ、一気にスロットルを上げて加速する。一歩ごとに後ろが離れていくのがわかる。並ぶものはおらず、自分だけが、ぐんぐんと前へ、前へと進んでいく感覚。もう振り返らずともわかる。これが、勝つって感覚なんだ。

 

『──先頭は完全に抜けたセイウンスカイだ!坂を登りきって後100少々!二番手争いは大接戦だ!──が二番手、──が懸命に追ってきているが、先頭はもう変わらない!セイウンスカイは四バ身、五バ身のリード!』

 

 誰も寄せ付けないままに、ゴール板に飛び込む。そこでようやく振り返ってみれば、二番手はずっと後ろだった。

 

『──セイウンスカイが先頭でゴールイン!人気は高くありませんでしたが、蓋を開けてみれば、セイウンスカイが六バ身差の圧勝!上位人気はバ群に沈む結果となりました!』

 

「っし!やった・・・!」

 

 静かにガッツポーズを作り、喜びをかみしめる。私にとっては、得意距離より少し短いマイルで、スタートからかかったウマ娘がペースを乱していく厄介な展開。しかし結果としては、ここまでトレーナーさんと鍛えてきたスピードを生かして正面から他のウマ娘達をねじ伏せる形の強い勝利。

 勝利の余韻に浸りつつ、ウイニングライブを済ませ、小走りでトレーナーさんの元に戻る。トレーナーさんは、満面の笑みで私を迎えてくれた。思わず私も、笑みがこぼれる。

 

「スカイ!いい走りだったよ!序盤で控えたのはいい判断だったね!」

「いや~、たまたま上手く戦略がハマったってやつですよぉ~」

「いやいや、やっぱり君は頭がいいね。えらいぞ~」

 

 トレーナーさんがまた私の頭をなでる。レース前と同じで、恥ずかしくて、くすぐったかったけれど、きちんと受け止めた。

 

「・・・ありがと、トレーナーさん」

「こちらこそ。よく頑張ったね」

 

 二人で勝利の嬉しさを分かち合う。でも、まだまだだ。まだ、メイクデビューを勝っただけ。私たちが目指す舞台はこんなものじゃない。もっと大きなタイトルを、君に届ける。そのための一歩を、今踏み出したのだから。

 

 

 

 

 

 中山レース場から帰る道すがら、トレーナーさんに、以前から気になっていたことを一つ、聞いてみた。

 

「そういえばさ、トレーナーさんのお父さんも、トレーナーだったんだよね?」

「うん、そうだよ。もう引退しちゃったんだけどね」

 

 正直、トレーナーさんのことを不思議に思う時がある。トレーナーさんにとって、私は初めての担当ウマ娘。それにしてはトレーニングのノウハウがある気がしていた。トレーナーになるために勉強しているのだから、もちろんある程度は知識はあるはずだけど、実際に担当を持って、育てていくのは、なかなか初めからうまくいくことではないんじゃないかと思う。でも、トレーナーさんはいつも的確にアドバイスしてくれるし、細かな気遣いをしてくれる。ウマ娘との付き合い方に慣れているのだ。

 

「へぇ~?じゃあお父さんから色々教えてもらったり?結構担当ウマ娘と距離が近いのもお父さん譲りだったりするのかな~?」

 

 少し冗談を交えて聞いてみる。親子二代でトレーナー、というのも珍しいような話ではないけれど、単純に気になった。

 

「う~ん、距離近いのかな?あんまり気にしてなかったな。確かに親父は、現役時代に担当してたウマ娘と結婚してはいるけど」

「え?それってつまり・・・」

「僕の母親だね」

「そうだったんだね~。ちなみにさ、お母さんの名前はなんていうの?トレーナーさんのお母さんだし、有名だったりするんじゃないの~?」

「ああ、まあ現役だったのもかなり昔の話だからね。知らないかもしれないけど」

 

 そう前置きしてトレーナーさんが教えてくれた名前は、私が衝撃を受けるのに余りある名前だった。

 

「・・・超ビッグネームじゃん」

「あ、知ってた?」

「知ってたも何も、あの『天マ』でしょ!?」

 

 彼の母親として出てきたのは、かつて『天マ』という二つ名でターフに君臨していた、超一流のウマ娘だった。当時ライバルだった二人のウマ娘と合わせて、三人で一時代を築いたといわれるほどである。

 

「そうかぁ~・・・。トレーナーさんのお母さんがまさか、ねぇ・・・」

「今度母さんにあったら、担当が名前知ってたって言っとくよ」

「いやぁ、誰でも知ってるって・・・」

 

 天然なのか、トレーナーさんの言動に半ば呆れながら、しかしその力量に関しては納得がいった気がする。母は超一流ウマ娘、父はその担当トレーナー。なるほど、凄いわけだ。

 

「そっか・・・。私、そんな凄い人に担当してもらってたんだね。なんか、プレッシャーだな~」

「大丈夫。君を母さんを超えるウマ娘にして見せるから」

「え~それは・・・」

 

 無理でしょ、と言葉が出そうになるが、やめた。これからスペちゃんたちと戦って、最も速くて、強いウマ娘になろうと志を掲げた私が、そんなことをいうわけにはいかないと思ったのだ。それに、トレーナーさんとなら、それも不可能なんかじゃないと、思ったから。

 

「・・・楽しみにしてる。私も、頑張るよ」




セイウンスカイのシナリオ、いいですね・・・。

キングとスカイの関係がまたエモい。
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