ライスさんと並んで四つ葉のクローバーを探し始めて数分。黙々と探し続けるのも何なので、ライスさんにも質問をしてみることにした。
「ライスさん、少し聞きたいことがあるんですけど」
「なあに?」
ライスさんにこれまでのウララとのいきさつを話し、レースに向かう思いを知りたいのだと伝える。正直言って、ライスさんがどのような心境で走るのか、非常に興味があるところだった。なぜなら、彼女はかつて勝つことを望まれない戦いに挑み、悪役と呼ばれながらも勝利をつかみ取った、恐るべき信念の持ち主であるから。勝利を望まれないレースを、彼女はどうして走ることができたのだろう。
「なんでライスさんは、また走ろうと決断できたんですか?多分私なら、もう走りたくないって思っちゃうというか・・・」
「ライスも、走りたくないって、思ったよ」
そういうライスさんの顔は、優しくて、そしていつものおどおどとした様子は鳴りを潜めた、強い意志を感じさせる顔だった。
「菊花賞の時は、ブルボンさんの三冠を阻止して、天皇賞ではマックイーンさんの三連覇を阻止して、みんなをがっかりさせたの。誰もライスのことなんて必要としてないんだって思った。でもね、そうじゃなかったの」
有名な話だ。ブルボンさんの三冠達成を阻んだ菊花賞、マックイーンさんの三連覇を阻んだ天皇賞春。大記録をことごとく阻んだ彼女を、世間は黒い刺客と呼んだのだ。
「ライスが走らなければ、ブルボンさんは三冠ウマ娘になって、もっとたくさんの人が喜んだのかもしれない。マックイーンさんは天皇賞春を三連覇して、皆祝福したのかもしれない。でも、私が新しく紡いだ幸せだってあったんだよ」
「新しく紡いだ幸せ?」
「うん。まず幸せになってくれたのは、お兄様・・・私のトレーナーさん。二人に勝った時には、泣いて喜んでくれた。それから、一緒に走ってくれた皆。ブルボンさんも、マックイーンさんも、他の皆も、私を凄いって褒めてくれた。そうしたらね、いつの間にか・・・誰も敵わないって言われてた二人に勝った奇跡を成し遂げたライスは凄いねって、皆が言ってくれるようになったの」
彼女の言う通り、何者も寄せ付けない絶対的な逃げを打つブルボンさんも、天賦のスタミナを誇るマックイーンさんも、まさに無敵という評価を受けていた。それを真っ向から打ち破ったライスさんの走りは、彼女の帽子に飾られる青い薔薇が象徴とするように、奇跡。でも、フロックが生み出した偶然という名の奇跡なんかじゃない。ライスさんの執念が手繰り寄せた、必然の奇跡だ。
「だからね、ライスは走るの。ライスが勝って、他の人が背負ってた思いを断ち切ってしまうのも、ライスが負けて、ライスが背負ってたみんなからの思いを断ち切ってしまうのも、怖いけど、でも、その思いの糸をもう一度紡ぎ直して、背負うことができるのは、ライスだけだから」
彼女の強さは、勝っても、負けても、その後についてくる重責を背負う覚悟があるからなんだ。そう知った今この時から、普段の自信なさげで気弱なライスさんの印象は、一切合切変わった。気弱なものか、これ以上なく、気丈じゃないか。
「おや、何の話をしているのですか。所謂、『深い話』をしていると推測します」
少し離れていたところで四つ葉を探していたブルボンさんがやってくる。ライスさんが私にレースに向かう気持ちを教えてくれていたことを説明すると、ブルボンさんは、ほう、と言って無表情ながら興味深そうに右手を顎に当て、言った。
「話は分かりました。では、私からスカイさんに『オペレーション・先人の教え』を実行します」
そういったブルボンさんが何かを言ってくれるのを待っていたのだが、待てど暮らせどブルボンさんは何も言わない。これは、私に質問をしろということなのだろうか。
「え、え~と・・・。ブルボンさんは、菊花賞に無敗の二冠ウマ娘として出走しましたよね?」
「はい。その通りです」
知っての通り、ブルボンさんは二冠ウマ娘だ。しかし、ただの二冠ウマ娘ではない。無敗で二冠を成し遂げ、菊花賞に歩を進めた、無敗の二冠ウマ娘。あのトウカイテイオーも無敗の二冠ウマ娘だが、こちらは怪我でその夢が断たれた。ブルボンさんは、あの皇帝シンボリルドルフ以来の、無敗三冠ウマ娘の偉業を達成する目前まで来ていたのだ。しかしその結果は。
「・・・ライスさんに、負けて、何を感じましたか」
ライスさんに交わされての二着。史上二人目の無敗三冠の夢は、トウカイテイオーに続いて消えたのだった。その結果に、淀に詰め掛けていたファンたちは大きな落胆を受けたのは間違いないのだが、最も辛かったのは、他の誰でもないブルボンさん自身だろう。非常にセンシティブな話だが、この機会に、聞かずにはいられなかったのだ。
「あの菊花賞で感じたことは、自らの鍛錬不足です。元より長距離に耐えうるスタミナを持ち合わせていなかった私は、トレーナーとの坂路トレーニングを通して、その距離不安を克服することを目指しました。本番ではシミュレーション上、勝てると確信した仕上がりになったのですが、ライスの走りの前に敗れました。3000mを走り切るスタミナが足りなかったこと、想定が甘かったこと、それぞれ私の鍛錬が足りなかった故の敗北です」
「その・・・、ブルボンさんにとって、ライスさんは三冠を阻んだ宿敵ですよね?複雑な感情を抱いたことはありませんか?」
「否定します。そのような感情はありません」
サイボーグともいわれるブルボンさんに限って、そんなことはないか、と思いつつ、次の質問を考える。しかし、この時はブルボンさんから次の言葉が出た。
「私はむしろ、ライスに感謝しているのです。私はかつて、常に理想のラップタイムでレースを走り切れば、何者にも負けることはない。故に私の走りに他者が介在する余地はないと思っていました。・・・しかし、それは私の間違いでした。自らの傲慢故にライスの激走に気が付かず、敗北したのです」
「そんな、傲慢だなんて」
「いえ、スカイさん。確かに傲慢だったのです。レースは一人で走るものではない。そんなことにも気が付いていなかったのですから」
ブルボンさんは自らの走りをそう振り返った。
「ライスに交わされたその時から、私は初めてレースに明確な意思を持ちました。『ライスに勝ちたい』という意思です。だから、私にとってのライスは、恩人で、ヒーローで、無二の友人なのです」
「ブルボンさんっ!は、恥ずかしいよぉ~・・・!」
自分を負かした相手をそこまで想うだなんて、私にできるだろうか。同期の皆に負けた時、私は何を感じるのだろう。選抜レースの時のように、劣等感しか感じられなかったら、どうしたら。
「・・・私、ブルボンさんみたいに人から何かを感じる自信、ないです」
「できますよ。貴女の周りには、たくさんの友人がいるではありませんか」
確かに、私の周りにはキングやスぺちゃんたちがいる。でも、その高い壁が私を苦しめるのではないか。
「セイちゃん。走るのは、怖くないよ・・・?皆強くて、勝てないときもあるかもしれないけど、その時は負けても、次は絶対に勝つんだってトレーニングしたらいいんだよ」
ライスさんみたいに、努力できるだろうか?ブルボンさんのように、敗北から何かを得られるのだろうか?まだそんな自信はないけれど。
「・・・ライバルがいるって、素敵なことですね」
ライスさんとブルボンさんが、お互いに高めあっているように、私も皆とそうなれたら、いいのかなと思う。
「う~らら~♪皆見て見て~!じゃ~ん!」
さっきまでかなり熱中して地面を探っていたウララが、満面の笑みで駆けよってくる。その手には。
「わ・・・!ウララちゃん、凄い!四つ葉のクローバーが四つも・・・!」
「ほんと凄いね~・・・。この短時間でそんなに見つけてくるなんて・・・」
「はい。ウララさん、素晴らしい才能です」
えへへ、と笑うウララは、四枚の四つ葉のクローバー全てをライスさんに差し出した。受け取ったライスさんも、宝物を触るように恐る恐る手に乗せ、眺めている。
「えへへ・・・。ありがとう、ウララちゃん!実は四つ葉のクローバーのしおりを作ろうと思ってたの。四枚あるから・・・、皆の分、作ったらもらってくれる?」
「え~!?くれるの!?ほしいほしい!」
「ライスさんがいいなら、私もほしいです」
「しおりですか、いいですね。是非頂きたいです」
ライスさんの提案に皆賛同し、後日受け取ることを約束して、ライスさん、ブルボンさんと別れた。さて、次は見失わないよう並んで歩こう、と思った矢先、既に元気に駆けていくウララを追いかけることになったのだった。
しばらく走り、今度は無事にウララを捕まえることができた。また一人で走り出さないように手をつなぎ、二人並んでゆっくり歩く。先ほどの話から、ふと気になったことを彼女に聞いてみた。
「ウララは、ライバルっている?」
「らいばる?って何?」
「あー、そうだねぇ・・・。負けたくない相手というか、絶対勝ちたい相手?」
「えー!だれだろ・・・」
ウララはあまりそういうことを意識しないのか、うーんとうなりながら悩んでいるようだ。まあ、闘争心が高いようなタイプでもないから、そんなものだろうか。
「うむむ、わかんない・・・。セイちゃんはらいばるって誰なの?」
「あー・・・。私もそういわれると困るんだけどね~・・・」
身近な存在で言えば、選抜レースでも戦ったスぺちゃんなどだろうか。キングとはそういった場で戦ったことはないし、グラスちゃんやエルはライバルというにはあまりにも先に行かれすぎている。そう思うと、私もライバルというのはいないのか。いや、きっとこれから見つけていくものなのだろう。
「難しいね。勝手に名乗っていいものかもわかんないし」
「う~ん・・・むずかし、わふ!?」
「きゃっ!?」
話しながら歩いていたところ、曲がり角から出てきた人の胸に、よそ見をしていたウララが突っ込んでいった。幸いというべきか、その女性、ウマ娘の胸が豊満であったが故にクッションになり、胸に埋もれたウララはそのままそのウマ娘に抱き留められた。
「あ~びっくりした・・・。ごめんなさいね。大丈夫?」
「うん、ごめんなさい、ぶつかっちゃった・・・」
「すみません、私手をつないでたのに気が付かなくて」
気にしないで、と笑って言ってくれるそのウマ娘は、これまでトレセン学園では見たことがない顔だった。少なくとも私よりも年上で身長は高く、綺麗な茶髪のボブカット。それに何より気になったのは、その雰囲気。対面しているだけで強いと感じさせる何かがある、不思議な人だった。これほどの人がトレセン学園にいれば、名前を知らないはずがないのだが。
「あの、失礼ですが先輩でしょうか」
「あらやだ、先輩だなんてもう!引退してもうだいぶ経つんだから~!今日は子供に会いに来たのよ!」
「えっ・・・!?」
「誰かのお母さん!?」
思わず驚きの声が漏れる。まさか母親だとは思わなかった。見た目はトレセンの高等部と言われても疑わないような若さであるし、その雰囲気は、現役でもトップクラスのウマ娘が醸し出すようなそれだ。この人の子供とは、いったい誰なのだろう。
「ねえねえ!お姉さんにもらいばるっていた!?」
驚きと疑問から次の言葉が出てこなかった私に代わって、ウララが質問をした。本当にウララは物怖じしない子だな、と思う。ウララがそれを感じているのかどうかはわからないが、この人は只者ではない。
「ライバル?いたいた!大層な二つ名持ってる子がいてね~。何回も戦ったわ~」
「へぇ~!凄いね!」
「うふふ、ありがと!あなた達、お名前は何て言うの?」
「私はハルウララだよ!」
「あ、私はセイウンスカイです」
名前を聞いたその人は、ぴくりと耳を反応させた後、名前を復唱している。
「ハルウララちゃんね!確かたくさんレースに出てる子よね?」
「そうだよ!知ってるの!?」
「知ってるわよ~!で、貴女がセイウンスカイちゃん。なるほどなるほど・・・」
なぜか私をじろじろと見ている。その反応に何事かと身構えるが、何度か頷いた後。
「弥生賞でスペシャルウィークって子と、キングヘイローって子と走るのよね。しっかり二人と走った感触をつかんでおくといいわ。きっと本番で役に立つから!」
「え?それはどういう・・・」
「おっと、ごめんなさい。人を待たせてるのよね。そろそろ時間だから行かなきゃなの~!」
そういってその人は小走りでどこかに去っていく。短い時間の邂逅であったが、何とも強い印象を残した出会いだった。一体何者だったのだろう。
そのウマ娘はセイウンスカイと別れた後、三女神像の前で、旧友と待ち合わせていた。
「ごめんごめん!マルゼン、待った?」
「いや、大丈夫よ。時間的にはピッタシじゃない?じゃ、行きましょうか。理事長も待ってるわよ」
もうすぐ宝塚記念ですね。
今年は上位人気を牝馬が占めましたが果たしてどうなるやら。
クロノジェネシス連覇か、大阪杯で怪物っぷりを見せたレイパパレかといった様相ですが、私は個人的に好きなカレンブーケドールとキセキに期待したいですね。