セイウンスカイに関する強めの幻覚   作:秋乃落葉

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旧縁、奇縁、絶縁。

「歓迎ッ!よく来てくれたな!」

 

 トレセン学園の理事長室に威勢のいい声が響く。声の主は、このトレセン学園理事長、秋川やよいその人である。理事長室には、彼女の他に二人のウマ娘と一人のトレーナーが集まっている。

 

「どうも。久しぶりね、やよい。・・・私としては、未だにこっちの名前は慣れないんだけど」

「大分と経つのだから、慣れたまえよ」

 

 理事長は呵々と笑う。二人の会話に形式ばったところはなく、親しさを感じるやり取りをする。

 

「まあ貴女は引退してから、ほとんど会ってなかったものね。その頃はまだ理事長なんて立場でもなかったし。というか、私としてはあの『天マ』が引退と同時に電撃結婚して、子供までこさえてたっていうのがおったまげーって感じだったわよ?」

「いや、今なお現役の『スーパーカー』のがびっくりよ」

「まったまたそんなこと言って。貴女だってその気になればまだまだ走れるでしょうに。・・・ねえ、現役時代に実現しなかった対戦、してみない?」

「勝てるわけないでしょ!?引退して何年経ってると思ってるのよ!?」

 

マルゼンスキーの誘いを、『天マ』は一蹴した。三人は、古い友人である。思出話が始まれば話題は尽きないが、今日彼女がトレセン学園にやってきたのは、そのためではない。

 

「さて、本題だけど。悪かったわね、やよい。うちの息子を中途半端な時期に拾ってもらって。ノリくんからもお礼言っときなさいよ~?」

「いや、ははは・・・。ありがとうございます、本当に」

 

 母親がママ友と話し込み始めた時の子供のように大人しくしていたのは、セイウンスカイのトレーナー、保田典弘である。何を隠そう、というより彼自身が語ったように、この『天マ』と呼ばれるウマ娘こそが、彼の母親だ。

 

「礼は不要だ。私も君の息子だからこのトレセン学園に迎えたわけではない。彼自身のポテンシャルを正当に評価しただけのこと!実際に結果も出してくれている以上、私としてはいうことなしだ!」

 

 理事長の言う通り、彼は新人トレーナーとしては十分すぎるほどの結果を残している。普通の新人トレーナーなんてものは、一勝を上げるのも難しいところだが、保田はセイウンスカイと既に二勝を上げ、クラシック出走も見えているところだ。相当優秀な部類と言ってもいい。

 

「そういえばさっきノリくんの担当してるセイウンスカイちゃんに会ったわよ~。私の顔までは知らなかったみたいだけどね」

「へぇ、偶然だね。どう?いい子でしょ?」

「悪くないわね。聡明そうな子だし、競争相手のことを把握して、賢く走ればもっと上を目指せると思うわ。ただ、同期の子たちも相当な粒ぞろいだから大変よぉ?」

「勝たせるよ。僕が責任を持って仕上げて見せるさ」

 

 でかい口叩いちゃって、と『天マ』は息子の頭を小さく小突いた。その様子をみて、マルゼンスキーは微笑ましそうに笑っている。

 

「羨ましいわね。幸せそうで」

「家庭はいいわよ~?マルゼンも走ってばっかいるから行き遅れるのよ」

「うぐッ・・・!あんたはまだ走ってる時にトレーナーを捕まえてるでしょうが・・・!」

 

 二人のやり取りに苦笑いする保田に、ニコニコと見守る理事長。

 

「・・・で、どうだ。本当にレースの世界に戻ってくるつもりはないか?もし君が講師としてやるつもりがあるならば、我がトレセン学園はすぐにでも迎え入れるつもりだ!」

「何よ、私まで引き込もうっていうの?悪いけど、後進の育成みたいなのは旦那と息子に任せることにしてんのよ」

「む、そうか・・・。君のライバルの方は話を受けてくれたのでな」

「ライバル?『緑の刺客』の方かしら」

「いや、『流星の貴公子』の方だ」

「・・・冗談でしょ?」

 

流星の貴公子。天マと称された彼女と幾度も対決し、時代を彩った名ウマ娘の二つ名だ。その名を聞いて、懐かしさと一抹の物悲しさを覚えるのは、彼女がターフを去って年月が経った故ばかりではあるまい。

 

「だってあの子は・・・テンポイントはもう走れないじゃないの」

 

流星の貴公子こと、テンポイントがターフを去ったのは、海外遠征という大目標を目前としたレース中の故障が故だった。大観衆が見守る前での骨折、転倒での負傷は日本中のウマ娘ファンを震撼させ、大ニュースになるほどだった。その後43日間の昏睡からの奇跡的な復活と、長期間に亘るリハビリを経て、日常生活を送れるほどに回復したものの、ウマ娘としての競争能力は永遠に失われてしまった。

 

「どうやって引っ張り出してきたのかは、やよいのことだからさておくとしても、よく引き受けてくれたわね。まあ技術指南役とかなら十二分に務まるでしょうけど・・・」

「いや、講師としてではないぞ。トレーナーとして、だよ」

「はぁ!?」

 

 理事長の言葉に、彼女は思わず椅子から立ち上がった。

 

「ウマ娘がトレーナーなんて、聞いたことないわよ!?」

「だがウマ娘がトレーナーになってはならないという決まりはなかろう?」

 

 確かにそうだけど、と歯切れ悪く言い、マルゼンスキーに視線を移す。

 

「・・・どれくらいの人がこの話を知ってるのよ?」

「理事長と理事長秘書のたづな、私。今日貴女と息子さんが知って、残りは極少数ってとこね」

「世間に知れたら、凄い騒ぎになるわよ。あのテンポイントがトレーナーのウマ娘が走ってます、なんて。一勝でも上げた日にはお祭り騒ぎでしょうね」

「・・・どうでしょうね。テンポイントが担当について一か月ちょっと経ってるけど、ね」

 

 マルゼンスキーのほうもまた歯切れ悪く、何か言いよどむように話す。それにつっこみがはいる前に、変わって理事長が補足するように言葉を引き継いだ。

 

「ひと月ほど前、テンポイントに担当としてついてもらったウマ娘の名は、ハルウララという」

「ハルウララ?でもその子ってもっと前から走ってたでしょ?」

 

ハルウララがデビューしたのは、ここ最近のことではない。以前からトレーナーもついていた。にもかかわらず、一月前にトレーナーがついたというのはどういうことなのか?

 

「失踪したんだよ、ハルウララのトレーナーは。退職届だけ置いて」

 

 保田が珍しく苛立ち交じりの声で母に伝えた。彼も詳しい話を知るわけではない。しかし知る範囲だけで、彼が不機嫌になるに十分な要素をそろえていた。

 

「ハルウララを見捨てていったも同然だよ。トレーナーのすることじゃない」

「む・・・。保田トレーナーの言うこともわからないではないが、失踪した彼の心境も無視すべきではないからな・・・」

「しかし、現にハルウララは傷ついたのですよ!」

「典弘、やめなさい。一番責任を感じているのはやよいだって、あんたもわかってるでしょ」

 

 勢いあまって、半分立ち上がりかけていた保田は、少し冷静になって椅子に座り直し、申し訳ございませんと理事長に謝罪した。理事長も、ばつの悪そうな顔で頷く。その顔を見て、保田も感情的に言葉を発したことを後悔した。本当は、ウマ娘のことも、トレーナーのことも、理事長が一番心を尽くして考えていることを知っているから。

 

「はぁ・・・。で、その補填のためにテンポイントを呼び寄せたってわけなの?」

「いや、それは違う。彼女にトレセン学園で教鞭をとってもらおうと思ったのはもっと前からだ。・・・君の息子がトレセン学園に来たので、私も少々昔に思いを巡らせてな。初めは彼女も否定的だった。今の私に教えられることはない、と言っていたよ。だが私が、今のトレセン学園を見学するだけでも構わないから、一度来てくれと招いたんだ。それが丁度、彼のトレーナーが失踪した時分だった。そして見学を終えたテンポイントは、何があったか、ハルウララのトレーナーになることを望んだ。・・・何故か、彼女と同室のキングヘイローを伴ってな」

 

 理事長はいつもの豪胆な口調とは違い、静かに語った。

 

「二人して、頭を下げられたよ。彼女たちの間で、どんなやり取りがあったかは聞いてはいない。が、あのキングヘイローのことだ。テンポイントのことも知っていただろうし、ハルウララとも深く関わってくれていたのだろう。聡くて、優しい子だからな」

「キングがテンポイントを口説き落としたってところなのかしら。なかなかやるわねぇ」

 

 マルゼンスキーの合いの手に、そうだな、と言って、少し笑う理事長。そのままマルゼンスキーは、『天マ』に視線を向けた。視線を受けた彼女は、一つ小さくため息をつく。

 

「別に咎めるつもりはなかったのよ。やよいが破天荒なことをするのは今に始まったことじゃないし、テンポイント自身も何か感じるところがあったんだろうからね。私はただ、テンポイントが競争の世界に戻ってきたことに驚いただけ。立場は違うとはいえ、ね」

 

 そういって彼女は椅子から立ち上がる。

 

「もう帰っちゃうの?もっとゆっくりしていけばいいのに」

「息子の元気な顔も見れたし、今日は帰るわ。思わぬ土産話も聞けたことだしね」

 

 彼女に続いて、マルゼンスキーと保田も立ち上がり、見送りに行こうと、二人は先に理事長室を出た。

 

「やよい、今日はありがとね。息子のこと、お願いするわ」

「うむ。・・・また来てくれたまえよ。何なら、本当に講師になってくれるのを待っているぞ!『天マ』、トウショウボーイよ!」

 

 その理事長の言葉に、少し笑って、『天マ』ことトウショウボーイは部屋を出ようと振り向き、後ろ手に手を振って返す。

 

「ま、考えておくわよ。・・・また来るわ、ノーザンテースト」

 

 

 

 

 

 

 夕方。結局一日中トレセン学園をウララと二人で巡り、様々なウマ娘と話をして過ごした。当初意図していた形とは違うが、彼女と一日を過ごしたことで色々な考えに触れ、少しだけ気持ちも軽くなった気がしている。改めて、この子は凄いな、と思った。自分一人では、これだけ多くの人に話を聞きに行くなんて、絶対に出来っこなかったから。

 

「ウララ、今日はありがとね~」

「楽しかったねセイちゃん!また皆と遊びに行こうね!」

「ええ~?・・・そうだね、また、行こうか」

 

 夕焼けに照らされるトレセン学園をウララと歩いていくと、行く手から誰かが歩いてくるのが見えるが、逆光でその顔がよく見えない。

 

「あっ!トレーナーだ~!」

 

 しかしウララには、それが誰だかわかったようで、ぴょんぴょんと跳ねながら、ぶんぶんと手を振ってその人を呼び寄せた。ウララのトレーナーさんか。初めて会うなぁ、などと考えながらその人の顔が見えるまで注視する。やがてその顔が見えてくると、心臓がドキッと強く高鳴り、早鐘を打つのがわかる。それは、その容姿故。ウマ娘というのは、一般的に容姿端麗な子が多いというけど、そのウマ娘と比較しても群を抜いて綺麗と言えるような、整った顔立ち。それを隠すように、大きめの帽子を目深に被っているが、それすら彼女を引き立てているように感じる。

 

「ウララ。と、君はセイウンスカイ、だったな。初めましてになるね」

「あ・・・」

 

 近くに寄られて、帽子のつばに隠されていた目で顔を見つめられると、自分の顔が火照るのを感じる。その顔もさることながら、彼女の美しい髪にも目を囚われる。腰ほどまで伸びた明るい茶髪は、夕暮れの西日に照らされて、金色に光り輝いている。前髪に入った、ウマ娘で言うところの白い流星は、非常に均整がとれている。

 

「・・・?どうした?僕の顔に、何かついているか?」

「い、いえ。すみません。セイウンスカイです。貴女が、ウララのトレーナーさん・・・?」

「そうだよー!ね、トレーナー!」

「・・・ああ、よろしく」

 

 その嫋やかな右手が差し出される。一瞬の間をおいて、私も手を伸ばし、握手をする。

 

「・・・これからもウララと、仲良くしてほしい」

「?・・・はい、それはもちろん・・・?」

「ありがとう。頼む。・・・では、ウララ。明日からまたトレーニングだ。夜更かしは、しないようにな」

「うん!じゃーねートレーナー!」

 

 軽くウララの頭をなでて、ウララのトレーナーさんは歩いていく。その後ろ姿はまた綺麗で、風にさらわれる髪がキラキラと光って、それだけで絵になっている。

 

「・・・ウララのトレーナーさん、すっごい美人さんじゃん。あんな人がいるのに、なんで知らなかったんだろ」

「えへへ~!すごいでしょ~!」

 

 あんな人を見かけていれば、忘れる方が難しい。これまで偶々見かけたことがなかっただけだろうか?それとも、つい最近トレセン学園に来たのか?

 

「ウララのトレーナーさんって、ずっとあの人だった?」

「うん!そうだよ!」

 

 となれば、つい最近来たというのはおかしい。去年からいたということにはなるだろうが、選抜レースを見に来ていたならば、私が知らないはずはないだろうと思う。かなり後期まで選抜レースに出ていたから、トレーナーの顔も飽きるほど見た。当然そこで見た記憶はない。

 

「トレーナーさんと会ったのっていつ?選抜レースだった?」

「うーんとね!・・・あれ?・・・あれ~?いつだっけ・・・。忘れちゃったかなぁ?」

「え~?何それ~?」

 

 頭を抱えて考え込んでいるウララ。流石のウララと言えども、トレーナーさんと出会った時のことを忘れるだろうか?

 

「むむ・・・。また明日までに思い出しとくね!」

「ああ、うん・・・」

 

 まあ、ウララのことだし、そういうこともあるのかもしれない。トレセン学園関係者も数多く存在するのだから、巡り合わせが悪かっただけかもしれないし。あまり深く考えるのは辞めることにしよう。

 

「じゃ~、時間も時間だし。そろそろ解散しよっか?」

「うん!じゃあセイちゃん、やよいしょう?頑張ってね!」

「あはは、ありがと~」

 

 ウララに手を振って別れ、夕食前に一度自室に向かう。なんだか、久しぶりにあわただしい週末を過ごしたが、おかげで気持ちは大分と上向いた。弥生賞でのスぺちゃん、キングとの対決、必ず勝つとは言えないけれど、皐月賞への優先出走権は確保して見せる。そう、改めて覚悟をし直したのだった。




当然ながら、理事長=ノーザンテースト説は公式が正式に認めているわけではないですが、この作品では採用していきますので悪しからず。
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