「――……それは本当ですか、主殿」
白髪に染まった老人が、信じられない物を見たかのように目を見開いていた。この国の頂点に位置する人物が座る執務室にいることは理解していながらも、その老人の感情は塞き止める事が出来ない。抑えなければならないのは理解していたが、しかし。鍛練を積んだ彼ですら、その感情を押し殺すのは至難の技だった。
強く握った拳が震え、どこか朧気でふんわりとした、幻想にいるような、そんな非現実感にとらわれる。
しかし、そんな老人を無視し、この国の主――金色の髪を靡かせる少女は、溢れんばかりのエネルギーを溌剌とさせる。それは決して比喩ではなく、少女の体は薄い金色で包まれているようにすら見えた。
「この私が嘘をついたことがあったかしら!!」
「ありま、せん……ですが、これは……いえ、
「信じられないのは分かるわ!!だって私は――『絶対』だもの!!」
手を横に広げ、顔に満面の笑みを浮かべる。幼気な少女と呼ぶべき彼の主は、しかし。それに反し、圧倒的な『力』を爛々と煌めかせていた。
突然少女から沸き上がる『それ』は、堰の切れた濁流の如く。しかし気高く静謐に。爆発的なエネルギーは、どこまでもどこまでも深く深く、奥底まで見えることは決してない。
戦事に長けた老人ですら、沸き上がる本能的な恐怖を感じるそれは、まさに少女が正しくこの国での『絶対者』であり――そしてだからこそ、老人は信じる事ができなかった。
否、信じたくなかった。
「……ですが……信じ、られません。主殿が――後十年の命とは、決して」
そう。それだけは信じられない。この、どのようなことがあっても決して揺らぐことなく、深淵とすら形容出来るほどの己の『主』が。死ぬ等とは。
そもそも、この国が成り立っているのは絶対者として君臨する彼女のお陰だ。確か、老人が習った限り八千年は生き続ける彼女が、まるで神の如く上に存在し続けたから。
――いや、訂正しよう。彼女は神である。
子も成さず、恋もしない。食も必須ではなく、息もしない。成長しないし、退化もしない。最早人などいつ越えたのかすら理解することはない、生物としてすらあり得ない『神』。それが老人の所属する国家の柱であった。
永劫という言葉すら霞んでしまうほどの彼女があればこそ、雑多入り交じり憎悪渦巻く多民族国家であるこの国は成り立つのだ。
それが無くなれば――その先は。
「――けど事実なの!どうしようもないの!!迫る現実は止めようもないわ!!でもね!安心していいわ!!私は『絶対』よ!!貴方達の主で、リーダー!そこはブレないんだから!!」
「それでも、主殿は……死ぬと仰るのですか」
「ええ!ええ!!そうよ!そうよ!!勿論意図してではないわよ!そこは勘違いしないでほしいわね!!これは――逃れられない『運命』なの!!」
『運命』。彼女が最も使う言葉にして、彼女を形作る大きな一要因であることは、二十年ほどを共にした老人ですら理解していた。
それほどまでに彼女は『運命』を神聖視していたのだ。
「……主殿を死に至らせる程の、『誰か』がいると言うのですか?」
「面白い事を言うわね!!その問いの答えは、イエスよ!知ってるでしょう?!
私と同じ立場の――七人を!!世界は広いわ!!それ以外にも二人、『ここ』に迫る者はいるわね!!この九人なら、一人ならまだしも二人は苦戦!!三人だとこの私ですら怪しいわよ!!」
「それは知っております。ですが、その内一人は同盟者。動けぬ者がさらに一人、影も形も無いものが一人、そして放浪者が一人――ありえなくはないですが、関係性も考えると三人集まり、主殿打倒の為に協力することは難しいでしょう。お聞きしたいのですが、それが理由では……」
「ないとは言わないわ!!でもね!でもね!!詮無きことよ!!後十年!!十年『しか』かしら?!――いいえ違うわ!月とスッポンよりも!空と大地よりも!!
――十年『も』!後十年も、私は生きられるの!!」
輝かしい主だった。老人にとって、幼い頃から変わらぬ主は、裏切ることを考える事など許さないほどに輝かしい。
老人は、ふっと息を吐く。
「……分かりました、このトウボク。その言葉を受け入れることを誓います。
……して、これを知った私に、主殿は何を命じるのですか?」
「話が速いわ!!それは貴方の美点で利点よ!!誇りなさい!!――それで、『何が言いたいのか』?!簡単よ!どこまでも分かりやすくて、単純よ!!
いいかしら?!傾注しなさい!!聞きなさい!!耳をかっぽじって!心を無にして!!」
そして、彼女は声高々と宣言する。それは万物への宣戦布告。世界への挑戦。
どこか予期していたのか、鼓膜へと伝わる音の信号に、老人はどこか深い納得をしていた。
「――世界、取るわよ!!!」