最後の坂に入った。
アタシの前には、やっぱりあの娘が居た。
「バクシンバクシンッ! バックシーーーーン!!」
「坂に入っても変わらない! ほんのわずかな差ではありますが、サクラバクシンオー先頭です! 自分より前に誰かが立つことを驀進王は許さないっっ!!」
「……!!」
悔しい。
悔しい悔しい!
とっても悔しい!!
作戦成功したつもりが、それを利用されてリードされちゃってるなんて!
(この勝負は、この勝負だけは、絶対負けられないのに!!)
誰よりも真っ直ぐに、トレーナーちゃんにアタックし続けてきた。
そして今日のレースに勝ちさえすれば、アタシの思いは必ず通じるってとこまで来た。
今日のレースの主役は、間違いなくアタシのはずだった!!
(……なのに!!)
最終直線。
心臓破りの坂を一番最初に上り始めたのは、アタシじゃなくてバクシンオーちゃんだった。
坂が得意なライスちゃんは中盤で消耗させられた。
キングちゃんは大外に回る分のロスがある。
ウララちゃんにとって今日の早いレース展開は間違いなく負担だったはず。
だから、この坂でアタシがトップになれさえすれば、勝てるはずだった。
(なんで、なんでなんでなんでなんで!!)
泣きそうになる。
作戦はほぼ完ぺきだったからこそ、たったひとつの誤算に全部持っていかれるなんて許せない!
(でも、一番許せないのは……みんなの気持ちを勝手に下に見てた、マヤ自身だ!!)
自分が一番、トレーナーちゃんのことが好きだと思ってた。
この思いさえあれば、絶対に負けないと思っていた。
でも、それだけじゃ足りなかった。
(思いの強さも、そこにかけた情熱も、みんなマヤと同じか、それ以上にあった)
だからここまで食い下がって、追いついてきて、今マヤの前にいたりする。
悔しい。
悔しい悔しい!
今以上の自分になれない自分が、悔しい!!
逃げ切れない、差し切れない、何が変幻自在の脚質だ。
勝てなきゃ意味なんてないのに。
この勝負に負けちゃったら、マヤには何も、残らないのに!!
(……………………違う!!)
今考えるべきはそんなことじゃない。
まだ終わってないのに、勝負のあとのことなんて考えてる場合じゃない!!
「……負けるな、負けるなアタシ」
萎えそうな気持ちに喝を入れる。
「マヤちんは、一番にキラキラしてるウマ娘。トレーナーちゃんと一緒に磨き上げた、見る人すべてを魅了する、さいっこうにキラキラしてる、大人のレディを目指す……まだまだ伸び盛りの、ウマ娘だぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
成長しろ、覚醒しろ、今この瞬間にもっと、もっと速くなれ!!
そうして前に進むアタシだからこそ、あの人は魅了されてくれるんだから!!
「やはり来ましたね、マヤノさん!」
「ううん、マヤは来たんじゃないよ。ここからも~っと先へ、行くんだよ!!」
行くって決めた、その時に。
「―――――えっ!!」
あの人の呼び声が、聞こえた気がした。
(この坂の向こうで、トレーナーちゃんが待ってくれてる!?)
だったらもう、止まってなんていられない。
「マヤちん、ていく、おーーーーーーっふ!!!」
大地を蹴って、飛び上がる。
「んマヤノトップガン!! マヤノトップガンです! 坂をカタパルトにして大加速!! サクラバクシンオーを今追い抜いて、一番に坂を駆け上がりました!! 小さい体のいったいどこにそんなスタミナがあるんだーーー!?」
坂を上ったらゴールが見えた。
あの向こう側でトレーナーちゃんが待っている。
アタシのたったひとつの着陸基地が、そこにある!
「おおおおおお! バクシンッ! バクシンッ! バァクシンッ!!」
「トレーナーちゃんは! 誰にも! 渡さない!!」
だって。だってだって!
「アタシが一番! トレーナーちゃんのことが! 大好きだからぁーーーーーー!!」
誰よりも早く、一番にこの想いを届ける。
「マヤノトップガン! 今一着でゴーーーーールッ!! チームアラウンド解散記念を制したのは、すべての伝説の中でもっとも強い伝説は! マヤノトップガンでした!!」
「トレーナー……ちゃーーーーーーーーん!!」
「おおっと、マヤノトップガン。ゴール板を抜けてすぐ、コースから観客席の方へと駆けていく。彼女の向かう先には……ああ! トレーナーです、彼女のトレーナーが立っています!」
マヤ、勝ったよ!!
「今、マヤノトップガンがトレーナーに飛びかかり! ああーっと!! 私の口からは申し上げられません!! ですが、勝利のランディングキッスは彼女の十八番だとここで実況に代わりまして申し上げたいと思います!!」
誰が見ていようがもう関係ない。
勝ったのはアタシで、だから、トレーナーちゃんは――
「ね。これからはずーっと、マヤのこと見ててね?」
※ ※ ※
秋、とある地方のトレセン学園。
「うんうん! そうそう! ほら、足をそこでしっかり上げて!」
「はい! あ……!」
「どう? 楽になったでしょ? その方がきっともーっとキラキラ走れるよ!」
「はい! ありがとうございます! マヤノ先生!!」
解散記念レースのあと、マヤノトップガンはレースを引退、正式にトレセン学園のトレーナー資格を取得後、各地方のトレセン学園を渡り歩いての指導員となった。
そして俺は、そんな彼女を補佐する彼女専属のサポーターとなる。
「マヤノ先生! 私にも指導お願いします!!」
「いいよー! えっとー、キミは……差しが得意なら、コーナーを練習しよっか」
「ええ!? 私まだ何も言ってないのにどうして分かるんですか!?」
「見れば分かるよー! それじゃあ教えるから一緒に来てね!」
「わわっ! 待ってー! マヤノ先生ー!!」
鋭い直感と、並外れた観察眼は指導員として非常に優秀で、ウマ娘として同じ視点が持てるのもあり、その指導は的確、最適、効果てきめんと言った様子だった。
ここ数年で地方のレベルが跳ね上がり、中央がますます盛り上がっているという話を聞くが、間違いなく彼女の功績だろうと俺も鼻高々である。
「すいません、練習メニューで相談が……」
「ああ、どれどれ」
俺もマヤに負けないよう、彼女の教えを活かせるメニューをウマ娘たちに提案し、彼女専属のサポーターとしての役割を果たしていこう。
「彼女からの指示はフォームの改善だったか? なら、スタミナが切れてきても崩れないように姿勢維持する練習を多めに……」
「あああああーーーーーーー!!!」
と、指導中に響く大声に、俺はまたかと声の主の方を見た。
「ちょっと! 近すぎるのは、ダメーーーー!!」
声の主は大急ぎで俺と指導を受けに来たウマ娘の間に割り込んで、その小さい体でむんっと胸を張った。
「いい? この人はマヤのダーリンなんだから、近づきすぎちゃめっ! だからね!」
「え、あ、はい」
いきなりの指摘にキョトンとしたウマ娘さんには申し訳ないが、こちらが俺の愛バです。
「ダーリンも! 熱心な指導はいいけど、ちゃんと節度を守るように!」
「はいはい」
「マヤから目を離したらダメなんだからね!」
「それはもちろんだ」
「! そ、そう? えへへ、分かればいいよ。それじゃまた行ってきます! ちゅっ」
「行ってらっしゃい」
投げキスしてから元気に駆け出したマヤを見送ると、半ば放心状態のウマ娘さんから指摘される。
「ホントに、伝説のウマ娘とそれを支えた伝説のトレーナーさん、なんですよね? 私には、ただのバカップルにしか見えません」
「これでも指導は完ぺき、各地で大好評の二人だぞ」
「そう、ですよね。実際、とてもためになるお話を聞かせていただいてます」
解散記念レースで起こった珍事はしっかりとカメラに抑えられており、翌日のニュースを大いに騒がせた。
だがそれも年が経てば風化して、今や伝説もURAファイナルズの話題に塗り替えられている。
「私も、頑張れば中央に行って、伝説になれますか?」
「……ふむ」
久しぶりに、気骨のある目と問いかけを得て、俺も真剣に彼女を見る。
「中央は厳しい。才能と、努力と、そして運を味方につけた者にしか勝利の女神は微笑まない」
「……やっぱり」
少女の顔が曇る。彼女はどうやら自分に自信がないらしい。
ならばと、俺はハッキリと告げることにした。
「だが、不可能を可能にした伝説は、確かに存在する」
「!?」
俺の目は、併走トレーニングでウマ娘たちを指導する、一番大事な人を見つめる。
小柄な体に無限のタフネス、そして変幻自在の脚質を持った、不可能を可能にした伝説のウマ娘を。
今もなお成長し、俺のことを魅了して止まない最高のレディを。
「彼女を、そして俺を、信じて指導を受けてみるといい。判断するのはその後でも遅くない」
「……はい!」
「うん、いい顔だ」
「あっ……」
元気な返事ににっこりとほほ笑むと、ウマ娘さんの頬がポッと赤みを増した。
あ、これはマズい。
「ああああ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
さっき以上に大きな声で、そして全速力で駆けてくる俺のパートナー。
「ダーリンの! バカーーーーーー!!」
「ちょっと待ってくれこれはちがグハァァァァァッ!!!」
弾丸と呼ばれた少女の体当たりは、ものの見事に俺を軽く宙に浮かせた。
「ふー、ふー」
「あいたたた。誤解、誤解だって」
「フーンだ!」
独占欲の強いこの子は、俺の弁明に対してぷりぷりと怒ってはいるものの、内心では真実をとっくに見抜いている。
だからこれは、儀式のようなものだ。
「どうしたら許してくれるんだ?」
「許して欲しかったら、マヤが一番だって、みんなの前で証明してっ!」
「……分かった」
どう証明するべきかは、彼女が示している。
目を閉じ、顎を突き出しこちらを見上げるその姿勢がすべての答えだ。
「せ、先生たち……ほぁっ」
そうして俺は、これまで何度だって繰り返してきた儀式を行なう。
骨の髄まで彼女に夢中だってことを、今日もまた、みんなの前で証明した。
「へへんっ、これでわかったでしょ? この人は、マヤちんの、だよ!」
そう言って俺にぎゅっと抱き着いているマヤは、誰よりもキラキラに輝いていた。