ただ、一心不乱に前に進めと、私の心が叫んでいます。
それこそが絶対で、それこそが勝利に必要な要素なのだと、そう言っています。
ですが、本当にそれだけで勝てるのでしょうか?
「バクシンバクシンバクシンッ! バックシーン!!」
目の前には急こう配の坂。
直前に下りがあった分、余計に駆け上がるのがしんどそうな道です。
本当にこの道を、ただ真っ直ぐに走るだけで、私は勝てるのでしょうか?
「……ライスは」
何かが足りないと思っているその矢先、右側から聞こえてきたのはライスさんの声でした。
「ライスは、負けない……! ライスは、お兄さまと一緒に……未来を掴むんだ!!」
「!?」
ああ、なるほど。
私に足りないのは、彼に対する思いでしたか。
この坂をただ上るだけなら、私には造作もないことでしょう。
ですがこの坂を上り、かつ、ライバルの誰一人として私の前を走らせない。となると、話が違ってきます。
最後の勝利を掴むためには強い渇望、願いが必要なのだとあの人も言っていました。
だからこそ、すべてにおいて模範的な走りを見せるという私は、勝利に対する理想的なモチベーションを有する優等生らしい優等生だったわけですしね。
(そういえば、さっき私はマヤノさんの作戦に対して足を溜める選択をしましたね)
あれも今考えれば不思議な話です。
彼女のことなんて気にしないで、一心不乱にバクシンしていたらよかった気もします。
少なくともいつも通りの私ならそうしていたに違いありません。
もちろん、そんなことをしていたら終始ハイペースだったこのレース、今まさに力を失い、坂をヘロヘロになりながらバクシンすることになっていたのですが。
ではこうなることを予想していたのかと言われたら、違うような気がします。
(あの時は確か……そう、マヤノさんの作戦に乗ってしまうと負けてしまうから、と考えていましたね)
負け。
負けとは何でしょう?
私にとっての負けとは、模範的な委員長としての姿を示せなかったときが負けです。
つまり、誰よりも強いことを示せなければ負けというわけです。
(では、そうなりたくないから私は行動を変えた?)
これも何かしっくりきません。
重要な、とても大切な何かが欠けている気がします。
(やはり、ここは彼について考えるのが答えへの近道でしょう)
このレースに勝つことで得られる栄誉。
それはこの先もずっと、あのトレーナーさんと一緒にバクシンし続けられることにほかなりません。
私にすべての距離のレースで勝利する道を拓いてくれたあの人となら、トゥインクルシリーズで定められたすべての距離を越え、全世界あらゆるコースでバクシンすることが出来るに違いありません。
(だから私はここにいて、だから私は勝とうとしている)
ですがどうやらマヤノさんを始めライスさん、キングさんは同じ道を行くということにそれ以上の何かを感じている様子です。
ウララさんは私に近いのかなと思ったりもしますが、それはまだ私が彼女について、他の仲間たちほど月日を過ごしていないが故の見落としがあるやもしれません。
(そんな彼女たちの特別と、私の持つ特別は、比べるとどちらが大きいのでしょう?)
夢以上の何かがある分、みなさんの方が大きいのでしょうか?
だから私はこんなところで思い悩んで、今まさに追い抜かれようとしているのでしょうか。
「……ライスシャワーだ! ライスシャワーやはり坂に強い! スタミナ切れが心配だが、それをモノともしない力走で坂を駆け上っていく!!」
ほら、ご覧なさい学級委員長。
あれが夢と思いを背負ったウマ娘の、美しい走姿です。
あれこそ模範的、ウマ娘が目指すべき素晴らしい所作だとは思いませんか。
(そう。ここで勝つために必要なのは、思いです)
私に足りないもの。
その答えが見つからなければ私はここで、負けます。
負けてしまってはあの人とはもう、一緒に走ること叶いません。
それはとても残念で、考えるだけでもしょげてしまいそうです。
ああでも、私にはここで答えに至れるほどの閃きは――
「頑張れ、バクシンオー!!!」
「―――ちょわわっ!?」
その時、確かに耳に捉えました。
あの人が、私に勝てと言っているのを。
そしてますます不思議なことに、さっきまで散々思い悩んでいたあれやこれやが、今は綺麗になくなってしまったのです。
彼は言いました。
このレースでも模範的な委員長でありたいならば、バクシンして勝て、と。
確かにそう言ったのが聞こえました。
「ならば! 私はその声援に応えなければなりません!!」
「!?」
ライスさん、マヤノさん、ウララさん、キングさん。申し訳ありません。
このレース、私が勝ちます!!
「ばぁぁぁぁくしんっ! バクシンバクシンバクシンバクシンバクッシンッシーンッッ!!」
「でったぁぁぁぁぁ! サクラバクシンオー驚異の末脚! 前に出ようとしたライスシャワーをかわし、単独トップで坂を駆け上がるーーーー!!」
これがバクシンである以上、ここが坂か平地かなどということに意味はありません。
ただ、今よりもっと多くの距離を走って、あらゆる場所でバクシンは委員長であることを証明するのみです!
「ライスは、負けない!!」
「いいえ、勝つのは委員長たるこの、私です!!!」
全速全開! 私と彼のバクシンロードはまだまだ、続きます!!
そうです。思いなら、私にだってあるのです。
「あの人の隣に立つのは、それをなすのは、この私をおいてほかにないの、ですからっ!!」
迷いなく、ゴール板の前を駆け抜ける。
そう、勝ったのは――当然に!
「……勝ったのはサクラバクシンオー! やはり誰にも前を走らせない! 絶対王者の貫禄をここでも示したサクラバクシンオーが、解散記念レースを制しましたぁぁぁ!!」
模範的で完ぺきな委員長たるこの私、サクラバクシンオーです!
「……勝ちましたよ、トレーナーさん!!」
当然、見ていてくれましたね。トレーナーさん!
ここから先もずっと一緒に、私たちの可能性を広げていきましょう!!
※ ※ ※
夏。日本ではないどこか。
「さぁ、来ましたよ! トレーナーさん!!」
「ああ、ついにきたな!」
俺とサクラバクシンオーは、例の解散記念レースのあと、さっそく世界に羽ばたき各地のレースで数多のウマ娘たちと競い始めた。
そこには当然勝ったり負けたりのドラマがあり、短い距離から長い距離、曲がりくねったコースから真っ直ぐなコースまで、数えきれないほどのレースがあった。
「あらゆる距離で委員長たる規範を示す、その最終局面とも言えるレースです!」
「間違いなく。ここが世界、最長だ!」
俺たちが立っているこの場所は、一面の緑広がるモンゴルの大平原。
ここで行われるレースこそ“世界で最も長い距離を複数のウマ娘が走るレース”と名高い、モンゴルダービー。
「その長さにして1000km、650マイルの大レース」
「それを私が、駆け抜けます!」
本来ならば大人数のウマ娘がチームを組んで、40キロごとに走者を変えて走るリレー形式のレースだが、ここにいる俺のチームは俺とバクシンオーの二人だけ。
「休憩は入れる。だがほぼ5~6日ぶっ通しで走ることになるが、いけるか?」
「ふっふっふ、問題ありません! それを想定してのトレーニングも続けて来たじゃありませんか!」
その話を仲間たちにした時、さすがにバカじゃないのと呆れられもした。
だが、誰一人としてそれが出来ないなんて言わなかった。
「みなさんもタイミングが合えば応援に来て下さるということです。ここはぜひとも、私が世界最高の委員長であるというところをお見せせねばなりませんね!」
「大丈夫、お前ならやれるさ」
俺も、彼女も、完走出来ておめでとう! で、終わるつもりはない。
目指すのは優勝。たった一人でレースを駆け抜け、すべてを越えて勝利する。
それを目指して今日まで調整に調整を重ねてきた。
「いつも通りと言えばそうなのですが、これがまったく、負ける気がしていません」
ちょわっ、とポーズを取りながらコースを睨む彼女からは、満ち満ちた気力が見える。
そんな背中を頼もしく思っていたら、振り返ったバクシンオーから珍しい言葉を聞いた。
「……それもこれも、あなたがいつもそばにいてくれるからだと、私は思います」
「バクシンオー?」
「改めてここで伝えさせてください。いつも私と一緒にいてくれて、ありがとうございます」
「よせよせ。照れるから」
本当に照れ臭くって鼻を掻いた俺に、海外でも咲き乱れるバクシンの桜が言う。
「あなたがそばにいる限り、私は常に勝ち続けます! 模範的な委員長として、世界に誇る委員長として、あなたの愛を一身に受けるウマ娘として!」
遠くで、レースの始まりが近いことを示す楽器の音がする。
「ウマ娘の可能性はどこまでも広がっているのだと、証明しに参りましょう!」
「……ああ。誰でもないお前が、それを証明してくれ。サクラバクシンオー!」
「はい!」
俺の言葉に、バクシンオーがニッコリと歯を見せて笑う。
無邪気な王者は今日も全力全開。新たなバクシンロードを突き進もうとしている。
「あ、そうですそうです。トレーナーさん」
「なんだ?」
「………………愛してます。きっと、誰よりも強く」
「!?!?」
不意打ち。
少し照れながら手を振り、スタートラインへと向かうバクシンオーを見送る。
「……かなわないなぁ」
きっとこれからも、どこまでも彼女の行く道に付き添うことになるだろう。
俺はそれを、誇らしいと思った。
「さぁ、今日も明日も明後日も、どこまでもバクシンしますよ! バクシンシーン!!」
スタートの合図と共に彼女が駆け出す。
俺の愛バは、今日も絶好調だった。
幻の「みんな一緒」ルート
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開放して!
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そんなものはない