視界が霞んで、足がもつれそうになった。
自分のペースで走れなかったから、ここまで体力、もたなかったんだ。
「おにい……さま…………」
全身全霊を振り絞っても、みんな同じで横並び。
このまま坂に入ったら、ふんばれる人が前に行く。
(ライスは……踏ん張る足なんて……もう…………)
坂を上りきれるかどうかも、分からない。
途中で転んで、無様に坂を滑り落ちてしまうかもしれない。
ううん、きっとそうに違いない。
「頑張れーー!! ライスーーーー!」
お兄さまの声援が聞こえた気がしたけど、これもきっと、ライスの勝手な妄想。
一番弱って見えるライスを、優しいお兄さまが応援してくれる。そんな甘えた願い。
「さぁ各ウマ娘同時に坂路に入った……っと、どうしたことだライスシャワー! ペースダウン!! マヤノトップガンの対先行策にスタミナを使い切ったかー!?」
踏ん張れない。足が持ち上がらない。
坂は得意なはずなのに、誰よりも遅いペースでしか上がれない。
「おにい、さま……おに……さま…………」
涙がぽろぽろ溢れてきて、どうしようもなくて。
勝てないって思って、ごめんなさいって思って、何もかもが暗くなりそうな、そんな時。
「走りなさい! ライスシャワー!!」
「!?」
すごく大きな声で、私を叱る声がした。
その声を出した人はとっても怒ってて、でもそれ以上に悲しそうだった。
顔を上げたら、私の前を走る4人がいて。
声を出した人は、私から一番遠いところで一番前を走ってた。
「キング……さん?」
呼んでも返事は返ってこない。振り返るようなこともしない。
当然だ。今はそもそもレース中だし、私の声はとっても小さい。
(でも、走れって……どういうこと?)
どうしてキングさんがそんなことを言うんだろう。
ライバルが減って、キングさんが有利になるのに、どうして……?
「……あ」
そんなの、当たり前だった。
私たちの誰一人として、それは絶対にやっちゃいけないことだった。
(誰か一人でも勝つことを諦めたら、それは、私たちを否定することになる……!)
みんなが出来ないって言うことを、出来るにしてきたのが、チームアラウンド。
それを叶えてくれたのが、お兄さま。
そんなお兄さまの最後のレースで、誰かが勝負を諦めたりなんかしたら。
勝てっこないって、不可能だって、言ったりなんかしたら。
(そんなの、絶対、許せない!!)
ブレブレだった視界がハッキリとしてくる。
振り絞りきって何もなくなっていたはずの体に、もう一度走れるだけの力が湧いてくる。
「勝ち負けじゃない……お兄さまのために」
坂を踏む足が、とてもよく馴染む。
ここは私の得意なところだって、ダメダメだったライスを奮い立たせてくれる。
「ライスは……負けない!!」
もう一度、私の心に蒼い炎を灯せ!!
「ライスシャワー! 息を吹き返したーーーー!! 伸びる! 伸びる! 減速必至の上り坂でぐんぐん加速していくーーーー!! 漆黒のステイヤー! 長距離と坂はやはり彼女のモノかー!!」
みんなの背中が近づく。
みんな必死になってるって分かる。
でも、みんな。
(それでいいって、言ってくれてる!!)
坂道を、駆け上がる!!
「はやーい! 速い、速いぞライスシャワー! 最下位から一気にトップに躍り出て坂道を走破だ! 大外キングヘイローも脚色は衰えない! 踏ん張りきれるかライスシャワー! 後続も誰一人として勝負を諦めてなどいないぞ!!」
ライスは……負けない!!
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「キングさん……! ありがとう!」
「!?」
「ライス……勝つよ!!」
競り合いながらの、最後の加速。
追い抜き際にちらりと見えたキングさんの表情は。
「……もう、しょうがないわね」
なんて言ってそうな、とっても優しい笑顔でした。
「ライスシャワー今一着でゴォォール!! 最後の最後で奇跡を起こした一番人気ライスシャワー! 漆黒の祝福は、この最後の大レースでも見事その役目を果たしましたーーーー!!」
大歓声が、私を迎えてくれた。
ゴール板を越えた先で、べしゃっと一度コケちゃったけど、みんなに引き上げてもらった。
「ラ・イ・ス! ラ・イ・ス!」
祝福の雨を受けながら、観客席を見つめたら。
「……おめでとう、ライス」
一番大好きな人の、祝福の笑顔が輝いて見えました。
※ ※ ※
都内某所。保育園。
「――こうして、優しい猫さんは、みんなと一緒に幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「わぁぁぁ! よかったー!」
今日はライスシャワーの作った絵本の読み聞かせ会に、俺も一緒に参加していた。
彼女の書いた絵本は彼女自身の知名度もあり飛ぶように売れ、その小さな体に抱えていた思い、願いが込められた優しい物語の数々に、多くの人々の反響を呼んでいた。
「やっぱり本家本元が読むとそこに込められた気持ちもより伝わりやすくなるな」
多忙な中で不定期に行われるライスの読み聞かせ会は、近所の子供たちに毎回大好評を博しており、次はいつだと子供たちにせっつかれるところまでがセットになっている。
「あうっ、えっと、次は……」
「すぐして! 来週して!」
「明日がいい! 明日もやってー!」
「えぅぅ、お、お兄さま~……!」
助けを求められたので彼女の元へと行き、ひっつき虫みたいになってる子どもたちを一人ずつ丁寧にはがしていく。
子どもたちの中にはどさくさ紛れにただライスにくっつきたいだけなおませなボーイズ&ガールズもいるから油断ならない。
「おっちゃんだけずーるーいー!」
「おじちゃんジャマー!」
「うぐっ」
子ども目線で見れば仕方のない言葉にザクザクやられつつも、ライスを救い出す。
ただ、俺がおじさん呼びされるのにはもうひとつ理由があり――
「お兄ちゃんどいて! ライスちゃんにタッチできない!!」
「あ、あの人は、ライスのお兄さま、だから」
「じゃあ、おじちゃん!」
「うん……それなら、いいよ」
そんな、ライスからのちょっとした独占欲めいたものも要因となっている。
「今日もありがとうございます。この時間だけは、私たちも楽させてもらってます」
「いえいえ、こちらこそ活動の場をお借り出来てありがとうございます」
もう何度か通ったおかげで顔見知りになった保育士さんと挨拶をかわし、今日はもう退場することにした。
人気者のライスはまだいてくれとせがまれていたが、またねとライスがちゃんと口にしたことで、しぶしぶだが解放される。
「ふぅ……」
「お疲れ様、ライス。今日も大変だったな」
「んーん。ライス、今日もとっても楽しかったよ」
解散記念レースに勝った翌年、ライスは絵本作家デビューを果たした。
それから季節が巡るごとに少しずつ活動の幅を広げて、今日に至る。
世間ではURAファイナルズの出走馬がもう間もなく決まるということで、どんなウマ娘たちが蹄跡を刻むのかと、俺も楽しみにしていた。
「……ねぇ、お兄さま」
「なんだ?」
家への帰り道、改まって声を掛けてきたライスは、どこか不安そうにしていた。
「お兄さまは、ライスといて、楽しい?」
「何をいまさら」
本当に、何をいまさら、という話題だった。
「だって、絵本作りなんて、お兄さまからしたらつまらないかもしれなくて……ライスは相変わらずダメダメなこともいっぱいあって、お兄さまには迷惑ばっかりかけちゃってるから」
「俺はとっても充実してるよ。絵本作りも面白い。出版社との交渉も楽しいしな」
今の俺の役割は、フリーで活動するライスを補佐する編集者兼プロデューサー。
彼女が楽しく絵本作家を続けられるよう尽力する日々は、思ったよりも忙しかった。
「今だって、今度はどんなお話を書いてくれるのかって、ワクワクしてるよ」
「本当? えへへ……だったらライス、嬉しいな」
俺の言葉のひとつひとつで一喜一憂してくれるライス。
トレーナーになった時からずっと一途にお兄さまと慕ってくれている彼女に、俺はもっと色々尽くしたいと思う。
本音を言うと、もう少し進んだ関係になりたいと思っているのだが。
「なぁ、ライス。俺にはもっと、わがまま言っていいんだぞ?」
「ふぇぇ……わがままなんて、そんな」
「そもそも、だ。俺はライスのわがままが聞きたくて、今ここにいるようなもんだからな」
みんなに祝福されるウマ娘になりたい。
そんな夢を語った彼女に、特大の希望を叩きつけてやりたいと、そう願ったのが始まり。
「だから、いまさら何をわがまま言われたところで、問題はない」
「あぅ、そっか。そっかぁ……」
改めてわがままを言えと言われて、ライスは納得はしたがどうしようかと悩んでいて。
さすがにこっちも無茶振りしたかと反省していた頃に、返事があった。
「あのね、お兄さま。ライス、ちょっとやってみたいことがあるの」
「お、なんだ。どんとこいだ」
「えっと、えっとね。ちょっとお耳を貸してね」
言われるがままに、ライスの方へと耳を寄せれば。
次の瞬間。
「あのね、ライス……あなたのことが、大好きです」
「!?」
突然の告白。
そして、気のせいかもしれないが、何かが触れたような感触があって。
「えへへ、ライス。悪戯しちゃった……♪」
ライスはすぐに俺から離れると、ぴょんぴょんと跳ねるように先に行ってしまう。
「おにーさまー!」
そして少し離れたところで振り返り、こっちに元気よく手を振り始めた。
「…………」
自分は誰かを不幸にしてばかりの、ダメダメなウマ娘だと言っていた少女。
今や誰もが祝福のウマ娘だと呼んではばからない、そんな素敵なウマ娘に成長した彼女は。
「おにーさまー!」
今日も、ありがたいことに俺の一番近いところで、笑ってくれている。
「あっ!」
「ん? ああ……」
何かを見つけたライスに釣られて俺も目を向ければ、そこは教会。
キラキラと瞳を光らせる彼女の目に映っているのはきっと、人々に祝福されながらバージンロードを進む、新郎新婦の姿だ。
「おめでとうー!」
「おめでとうー!」
式が終わり、車に乗って新たな門出といったところだろうか。
盛り上げどころ、幸せに続く道を歩む二人に向かって、それは投げられる。
「お幸せにー!!」
黒染めのライスシャワー。
人々を幸せにする祝福のおまじない。
「……いいなぁ」
「…………」
きっと無意識だろう、ライスはそう呟きを零すと、ちらりとこちらを見て、また照れて目を逸らす。
そんな彼女に笑みを向けながら、俺はそっと、手にしたカバンに意識を向けた。
(……そろそろ、いいよな?)
カバンの中に隠して久しい、小さな箱。
それを彼女の前で開いてみせる日は、きっとそう遠くない。
幻の「みんな一緒」ルート
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開放して!
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そんなものはない