卑しか女杯さわやかカップ(G2)   作:夏目八尋

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IFルート5:キングヘイローEND

 

 

 

 声が、聞こえた気がした。

 

 聞き間違いようがない。大好きなあの人が、自分を応援する声が聞こえた。

 

 

 

 

「……!!」

 

 瞬間、前しか見えていなかった視界が突如として開けた。

 中山の最終直線。ゴール前の最終難関、心を挫く心臓破りの坂。

 

 そこに挑む横並びのライバルたち。

 全員気持ちが急いているのか、前を見て、顔を上げて、ゴールを睨んでいる。

 

(……違う)

 

 ここで勝ちたいならば、やるべきことはそうじゃない。

 広がった視界とひどく冷静な思考が、私が取るべき最適解を叩き出す。

 

 

 

 姿勢を低くし、坂に足先を穿つように踏み込んで、蹴り上げる力を込める。

 坂を登るのではなく、跳び上がっていく。

 

 理想的な戦略、理想的なフォーム、ここまでのレース運びが完璧だったが故に出来る、すべてを振り絞った後の、限界を超えたもう一歩。

 

 それは私の、キングヘイローの最も得意とする距離から始まる真の末脚。

 最終1ハロン。200mの絶対速度。

 

 

 Pride of KING.

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「!?」

 

 誰よりも早く坂を駆け上がる。

 大外、観客席に最も近いところで、誰が最強なのかを見せつける。

 

 

 

「キングだ! キングヘイローだ! 我らが王が抜きんでた!!!」

 

 実況の叫び声が聞こえる。

 自然と私の口元に笑みが浮かぶ。

 

(そう、そうよ! 伝えなさい! 世界に向けて、あの人に向けて伝えなさい! このレースを制するのが誰なのか、あなたの一番が誰なのか、高らかに謳い上げなさい!)

 

「うーらーらーーーーー!!」

 

「!?」

 

 その背に、追いすがる声がした。

 

 

 

「まだだ! キングの後ろにハルウララ! その差は一バ身もないぞ!!」

 

 満開の桜は、未だに散っていなかった。

 

 心臓破りの坂をパワーと根性で踏み越えて、最新の有マの覇者が食らいつく。

 

「わたしが、勝つんだ!!」

 

「……!」

 

 勝利への渇望。

 

 誰よりも近くで彼女のことを見ていた私だからこそ、その言葉の持つ意味を理解する。

 

(ウララさん。走ることをただ楽しんでいたあなたも、変わったものですわね)

 

 同室で、同チームで、同じ人を好きになった子。

 世話を焼かされてばかりで、ちょっと妹みたいだとも思っていた子。

 

 そんなウマ娘を、何の疑いもなく好敵手と呼べる日が来るなんて思ってもいなかった。

 

「勝つのはキングか! ウララか! キングヘイローか! ハルウララか!!」

 

 坂が終わる。

 

 もうゴールは目と鼻の先。

 

「うーーーーーららーーーーーーー!!!」

 

 最後の最後のひと搾り。

 

 全部を出し切った者が見せる、命を削り取って踏み出すもう一歩。

 

 

 

「……だからこそ!」

 

 踏み込む足の所作ひとつが、姿勢のひとつが、勝敗を分ける。

 

「!?」

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 最後の最後まで、頭は下げない。

 

 前を見て、勝利に向かって手を伸ばす。

 それこそが王者の、真のキングの勝ち筋だから!

 

(勝つのは私! キングヘイローなんだからっ!!)

 

 風を切り、ゴール板の前を駆け抜ける。

 

「……ッ!!」

 

 大歓声が沸き起こる。勝者は誰だとみんなが着順を確かめる。

 

 でも、私たちはもう知っている。

 

「…………」

 

 私を見る彼女は笑っていた。

 涙を堪えた笑みだった。

 

 

 

「――勝ったのは、キングヘイロー!! チームアラウンド解散記念レースを制したのは、8冠ウマ娘、キングヘイローだぁぁぁぁーーー!!」

 

 勝者(わたし)の名を、客席の誰も彼もが声を上げて叫んでいる。

 

 そんな中、一人だけ黙って私を見ている人がいるものだから、すぐに分かった。

 今のあの人には軽く手を振り返すだけで十分。あとでたっぷり褒めてもらいましょう。

 

「う……ううっ………」

 

 私の背後で、誰かが泣いている。

 だからといって振り返らない。この場からも立ち去らない。

 

 それが勝者の、レースのすべてを背負う者の責務だから。

 

「ご覧なさい! 伝説のレースを制した、最強のウマ娘はここよ!!」

 

 だから、誰よりも視線を集めることで、彼女たちの涙を隠す。

 

 ほんの少し何かが違っていれば、あそこにいたのは私だったかもしれないのだから。

 

 

「そう! 勝ったのはこの私! キングヘイローよ! さぁ! 全員その目に、最高最強の伝説を、焼き付けて帰りなさい!! おーっほっほっほ!!」

 

 

 その日、どんなG1レースにだって負けない勝負に勝った私は。

 

 誰よりも誇らしく胸を張り、喝采を浴びた。

 

 

 

      ※      ※      ※

 

 

 

 俺がチームアラウンドを解散してから、2年が経った。

 

 世間では秋川理事長が開催を宣言したURAファイナルズの話題で持ち切りであり、トゥインクルシリーズ界隈はますますの盛り上がりを見せていた。

 

「キングさん! 新しいオーダー入りました!」

 

「社長! このあいだ完成した勝負服着た子、昨日のレースに出てましたよ! 映像確認しましょう!」

 

「ぎゃー! 助けて社長! 針が指に刺さりましたー!」

 

「ちょっと! みんな一度に言い出したら対応できないでしょう! オーダー取ったならお客様のお話の詳細を書類にまとめて提出、映像確認はお昼時間に食べながら見るわよ。あとあなたはすぐに医務室に行って処置してもらってきなさい!!」

 

「「「はーい!」」」

 

 対応できないと言いつつも、しっかりひとつずつに的確な指示を飛ばすキングヘイロー。

 彼女はレース人生を引退後、新しい勝負服ブランドを立ち上げファッション界に殴り込みをかけた。

 

 この界隈で既に名の知れた彼女の母親から、まずはうちの子会社として働いたらといった提案を跳ね除けての、1からのスタート。

 ノウハウの少ない状態からのスタートは決して順風満帆とはいかないものだったが、それでも2年たった今、確かな仕事ぶりが評価され、着々とその名が知られ始めている。

 

 そんな彼女を補佐する社長秘書が、今の俺の仕事だった。

 

 

 

「キング、スケジュールに変更だ。これから急ぎでインタビューを1件こなしてくれ」

 

「ちょっと、どういうこと?」

 

「今度のファッショングランプリでお前のお母さんとかち合うだろう? それを聞きつけた乙名史さんがいっちょ噛みしたいってな」

 

「んもぅ! あの人は! 昔のコネを使うことになんの躊躇もないのね!」

 

「だが、彼女の手腕は確かだ。ここらでひとつ一流なところを見せておくのも悪くない」

 

「…………」

 

「? どうした?」

 

 目を見開いて口をぽかんと開けたキングを見ていると、少ししてやれやれと首を左右に振り、彼女は小さく鼻を鳴らして笑う。

 

「あなたも冗談抜きで躊躇なく一流という言葉を使うようになったわね、って思ったのよ」

 

「そんなのスカウトの時からそうだったろ?」

 

「いいえ、あの時あなたが使っていた一流という言葉は、ただ過去の実績からそう言っていただけだったでしょう? それでも私と共に一流を名乗ってくれる、私を一流だと認めてくれるあなたに、あの時の私は縋りついて、そして誰もが思ってもいなかった伝説を打ち立てた」

 

「そう、だな」

 

「でも、それだけじゃダメ。過去は過去、終わったことなの。本当の一流は、常に自分を高め続けて、新しい事へ挑戦し続ける存在でなくてはならない。……だからあなたが、私と同じニュアンスでその言葉を使いだしたことに、ちょっと思うところがあったのよ」

 

「……なるほどな」

 

 

 

 さすがキングだ。一流という言葉に一家言ある。

 

 と、思っていたら。近くにいたウマ娘の社員が一言。

 

「ようは大好きな彼が自分色に染まってくれて嬉しいってことですよね、社長?」

 

「なっっっっっ!?!?!?」

 

 どうやら図星だったらしい。

 キングの顔が真っ赤に染まった。

 

「あ、あなたねぇ! 私がそんな! いちゃりゅうが……!!」

 

「はいはいストップ。キング、インタビューを受けに行こう」

 

「ちょ、ちょっと! 私はあの子に教育を……!」

 

「はいはい」

 

 ムキになりかけたキングの肩を抱いて、事務所の外へと連れだす。

 一緒に廊下に出た頃には、キングはすっかり大人しくなっていた。

 

「…………」

 

 否、お嬢様はムスッとしていた。

 

 

 

「キング?」

 

「…………」

 

 呼びかけに対してキングが俺の顔を見上げると、手の甲を俺の腰に押し当て、ぐりぐりと擦りつけてくる。

 

「手」

 

 それが何を要求しているのかは、2年の付き合いで理解済みだ。

 

「はい」

 

「……ん」

 

 言われるがまま手に手を重ねて指を絡めれば、キングの尻尾が優雅に揺れる。

 

「いい? 次で一流の仕事ぶりを示して、私たちの実力をお母様に認めさせるの」

 

「ああ」

 

「そのための一流の準備も、一流の根回しも、すべてこなしてきたわ」

 

「そうだな」

 

「私たちに負けはない。あるのは絶対的な勝利のみよ」

 

「その通りだ」

 

 今からファッショングランプリ当日のことを考えているのだろう。

 重ねた彼女の手の平から、緊張しているのが感じ取れた。

 

 

 

 実際のところ、実力、実績、すべてにおいて次の舞台でデザイン部門のグランプリ候補なのは間違いない。

 レースに対して一切の妥協を許さなかったように、ファッションにおいても彼女は一流を貫いている。

 

 それに根回しに関しても……グランプリとは別件で、彼女のお母さんからとっくにお墨付きを貰っていた。

 

『あの子のこと、末永くお願いね』

 

 それの意味することが分からないわけがない。

 

 そして俺の答えも、あのレースの日から一切変化していなかった。

 

「勝つわ。勝って、ファッション界でも一流を証明して……そうしたら」

 

 キングがゆっくりと俺に身を寄せる。

 いつもの半分以下の速度で廊下を進みながら、記者の待つ応接室へと向かう。

 

「ねぇ、その時は……」

 

 応接室の前まで来て再び口を開いたキングが、俺を上目遣いに見つめてきた。

 

 潤んだ瞳、しっとりとした唇。

 

 彼女のすべてが俺を魅了する。

 

「…………」

 

 彼女が今、何を望んでいるのか。

 

 俺には手に取るように分かっていた。

 

 

「ねぇ……」

 

 

 

 催促する声に応え、ゆっくりと顔を近づけ……そして――。

 

 

 

 

 パシャッ

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 シャッターを切る音で、俺たちは我に返った。

 

 見れば、応接室の中ではなく、廊下の先に乙名史記者が立っていた。

 

「ちょっとお手洗いをお借りして戻ってきたんですが……これはスクープですね!」

 

 とうに俺たちの関係を知っている彼女のわざとらしい言葉に。

 

「なっ、なっ、なななな……!!」

 

 それでもキングは顔を真っ赤にすると、俺と繋いでいた手を払い、声を張る。

 

「何をやっているのよ、あなたはーーーーーー!!!」

 

「きゃー!」

 

 そして始まる追いかけっこを眺めながら、俺は場に流されかけたことを反省した。

 

 一流のウマ娘のそばにいる一流の相棒として、何度でも彼女が一流であることを証明し続ける。

 それはどんなに自分と彼女の関係性が変わったとしても、変わらない使命だった。

 

「キング! ランチ食べながらレース見るんだろ! 乙名史記者とじゃれ合ってないで仕事するぞ!」

 

「ちょっと! じゃれ合ってなんてないでしょ!」

 

「トレーナーさーん」

 

「こら! どさくさに紛れて触ろうとしない! あの人は私の物なんだから!!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「……あっ」

 

「……今の、記録しておきますね」

 

「~~~~~~!! インタビューはなしよ! なしにするわよ! なしにするんだからー!!」

 

 

 そんな愉快なやり取りも交わしつつ、日々は短距離スプリントの如く過ぎ去って。

 

 あくる日。ウマ娘たちの活躍を報じる記事の中に、彼女のことが記された。

 

 

 

『伝説の8冠ウマ娘、ファッショングランプリにおいても一流であることを証明する。そのウマ娘の名は、キングヘイロー』

 

 記事の執筆者である乙名史記者は、その締めくくりをこう綴る。

 

『あの人の娘と呼ばれていたお嬢様は、いつか彼女が言った通り、自らの母親をこそ、あのお嬢様の母と呼ばせようとしていた』

 

 一枚の写真と共に。

 

『そんな彼女の隣には、長年彼女を支え、これからも永遠とそれを行なうと誓った、彼女の最愛の、一流のパートナーの姿があった』

 

 




ここまで読んでくださり圧倒的感謝っ!
当初予定していた物語は「ここまで」でしたが、あと一話の追加をもって締めとさせてもらいます。アンケの結果が圧倒的なんだよなぁ……!

ってことで、最後までよろしく!

【謝辞】
感想、評価、ここすき、ありがとうございます!
おかげでなんか日刊ランク載ったとかでやべぇな…ってウマ娘パワーに戦慄しました。
重ねてもっといろんな人に読んでもらえたら嬉しいんで、さらなる応援、感想、気軽に高評価バシバシ叩きつけてもらえると幸せです。
ほめられて伸びます。縦に。

幻の「みんな一緒」ルート

  • 開放して!
  • そんなものはない
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