他の誰の邪魔も入らない、チームアラウンドのチームルーム。
俺の前を囲うように立って、真剣な表情を浮かべる5人のウマ娘たち。
彼女たちは全員が全員、覚悟を決めた瞳で俺を見ていた。
「……お兄さま」
そんな中、最初に口を開いたのはライスシャワーだ。
「ライス、お兄さまのおかげで、みんなに祝福されるウマ娘になれたよ。これからは、みんなを祝福してあげられるウマ娘になりたいって、そう思ってるの。だから、だからね」
ぎゅっと胸に手を当て、こちらを見上げる視線が俺を射抜く。
「これからも、ライスのお兄さまとして、ずっと一緒にいてください……!」
疑いようのない、告白。
ハッキリと言いきった望みに、心を打たれた。
いつも不安と悲しみを抱えていた少女の成長に、込み上げる物があった。
「次は私の番ですよ、トレーナーさん!」
声をかけられ、その方向を見れば、そこには自信満々サクラバクシンオーの顔があった。
「委員長としてあるべき姿、すべての距離で当然の勝利を果たす。この言葉を叶えてくれたのは、ほかならぬ貴方です! 誰もがスプリンターになれと言う中で貴方だけが、じゃあ勝つためのレースプランを考えよう、と、何の疑いもなく全距離制覇への筋道を立ててくれました」
相も変わらず自信過剰で、けれどどこか愛嬌があって傲慢とは程遠い顔がここにある。
「全距離を制覇したのですから、次は全世界を制覇するのが当然の道! その道をまた全速力で駆け抜けるには、貴方の力を借りた方がいいのは明白です! ですから! これからもずっと一緒に、バクシンしましょう! さぁ、さぁ!!」
望めばどこまでも連れて行ってくれる、共に駆け抜けてくれる王者の風が吹いている。
彼女と一緒に颯爽と世界を駆け抜けるのは、きっと清々しく心地よいだろう。
何も恐れることはない。彼女の手を取れば、それは間違いなく叶うのだから。
「トレーナーちゃん!」
ハツラツとした声が、意識が世界に飛んでいた俺を現実に引き戻した。
マヤノトップガンが上目遣いに、にんまりとした笑顔で俺を見ていた。
「マヤね。トレーナーちゃんにはマヤのこと見ててねって、ずーっと言ってたでしょ?」
言われて彼女との日々を思い起こせば、確かに何度もそう告げられていたことを思い出す。
誰よりも注目を浴びるレディ、キラキラを目指す彼女らしい願いだと思っていた。
「あれね。今も同じ気持ちなんだけど、ほんのちょっとだけ違うんだ~。トレーナーちゃんはきっと、見てなくてもマヤのことを想ってくれてるって知ってるから、見られてなくても大丈夫なの」
それはまるで、自らの手から俺が離れることをよしとする、さっきまでの言動とはちぐはぐな物言いで。
だがそれは俺の勘違いなのだと、彼女の口からすぐに否定される。
「でも! それでもトレーナーちゃんにはマヤのことだけ見てて欲しいの。独占したいの。他の誰が誰を見ててもいいけど、トレーナーちゃんにはマヤだけを見てて欲しい。これからも、ずっと!」
これ以上はないほどの真剣な彼女のまなざしは、言葉以上に俺の心に深く突き立った。
小さな体の内側に秘めた情熱が、その視線を通して俺を内側から燃え上がらせた。
「……よろしくて、トレーナー?」
沸き上がる熱をけん制するように、問いかけるような呼び声があった。
染み入るような、それでいて芯の通った強い呼びかけは、キングヘイローのものだ。
「一流のウマ娘には、一流のトレーナーが必要だった。そして一流同士が出会い高め合ったことで、伝説は新たに塗り替えられたわ。ここまではいい?」
問いかけに頷けば、彼女もまた深く頷き、言葉を続ける。
「これから私の目指す道も、レースと同じく困難で、厳しいものだと理解しているわ。だから私には、私を支える一流が必要なの。そしてそれは、あなただって確信してる」
つまり! そう力強く宣言し、我らがキングは声高に謳い上げる。
「あなたには、これからも一番近くで私を支える権利をあげるわ! 効力は一生分よ! おーっほっほっほ!!」
どこまでも高飛車な物言い。だが俺は、彼女の頬や耳が朱に染まっているのを見逃さなかった。
気高さも、愛らしさも、どれをとっても一流の彼女をそばで支えられるなんて。
そんな栄誉を他の誰かに譲るなんて、考えられるのだろうか。
「ほら、ウララさん。最後はあなたよ」
「うん!!」
最後は笑い終えて沈黙に耐えられなくなったキングに促されてのハルウララ。
もっとも新しい伝説を打ち立てたウマ娘。
「あのね、トレーナー!」
元気に声を張る彼女の瞳は、誰よりも純粋な光に満ちていて。
「有マ記念で勝ちたいってわたしが言った時、本当はとっても難しいのかなぁって、なんとなく分かってたんだ~。だって、砂と違って芝の上は、なんだかぴょんぴょん跳ねちゃって、上手く走れなかったから」
彼女の本来の適性はダート、砂を力強く駆けることに特化していた。
だがそこは徹底した脚質管理と適応トレーニングにより克服し、今日の結果がある。
もうひとつの懸念材料だった長距離への不安も、もともとあった彼女のタフさを基礎とする長期プランの身体強化で乗り越え、名実ともに芝砂選ばぬ真の女王へと覚醒した。
「でもでも、みんなと一緒にいっぱい頑張って、有マ記念で一着だよって教えてもらった時、ほんっと~に嬉しくて、嬉しくて……嬉しくて……!」
瞳に桜を宿した目に、あの時を思い出してか雫が揺れる。
「だからね、もっとも~~~っといっぱい頑張りたいなって、思ったの!」
瞬きひとつで雫を飛ばし、次に彼女が浮かべたのは満開の笑み。
「わたしね、きっともう何でも出来て、一人でも頑張れるって思うけど、でも、マヤちゃんが言ったみたいに、キングちゃんが権利あげたみたいに、ライスちゃんやバクシンオーちゃんもそう思ってるように、わたしも、トレーナーともっともっともーーーっと一緒にいたいって思ってるんだ~」
だからね、トレーナー。
誰よりも明るく純粋な少女が、それでも勝ちを望んだその先で。
「トレーナーがもっとずっと一緒にいてくれるっていうなら、わたし、負けないよ!」
それは、ほかでもないこの場のすべてのウマ娘たちに対する、宣戦布告だった。
全員が、それぞれの瞳に闘志を燃やし、向き合っていた。
「お兄さま!」
「トレーナーさん!」
「トレーナーちゃん!」
「トレーナー!」
「トレーナー!」
交差していた視線が、再び俺を見る。
誰一人として目移りを許さない、情熱的で、希望に満ちて、力強いまなざしが、俺へと向けられている。
全員が「自分を選んで」と、心から願っていた。