10の瞳に見つめられ、俺は、答えを出せずにいた。
(正直に言って、全員が魅力的すぎて選びようがない)
ライスシャワーと一緒に絵本を作り、子供たちに祝福を与え続ける日々。
サクラバクシンオーと共に世界中を駆け巡り、委員長としての規範を示し続ける日々。
マヤノトップガンを支え、多くのウマ娘たちのキラキラを育み続ける日々。
キングヘイローと肩を並べ、ウマ娘界の服飾でも一流を究めんとする日々。
ハルウララの背中を押して、レースを自由に駆け回る彼女を見守る日々。
そのどれもが光に満ちていて、どれもが俺にとって最高の未来だった。
きっとこの世界で俺以上に幸福な男はいないだろう。
「俺は……」
だからこそ、選べない。この5つの未来を選別することが出来ない。
(俺は、俺は一体どうすればいいんだ……!!)
世界最大の贅沢な悩みを前に、俺は煩悶する。
(せめてあとひとつ、あとひとつでも判断する材料があれば……!)
首を掻きむしりそうなくらいに悩み続ける俺を見て、5人のウマ娘は互いに顔を向き合わせると、まるでこれすらも予想通りだったとばかりに呆れたため息を零す。
「ま、トレーナーちゃんはそうだよね」
「わかります! わかりますとも! それだけ真剣に、平等に、誠実でしたから」
「それでこそ、ライスのお兄さまだから……」
「トレーナーがみーんな大好きだって、わたしたちは知ってるもんね」
「ええ、ええ。だからこそ、私たちも私たちらしく、あなたにアピールするつもりよ」
「え?」
何のことだか分かってない俺に、彼女たちは声を合わせてこう言った。
「「「「「
それは俺と彼女たちとを今日まで繋いだ絆の形。
夢を叶えた彼女たちが、もっとも自信をもって魅力だと言いきれる力。
「私たちでレースを行ない、勝ったウマ娘と共に未来を歩む! 実に模範的ですね!」
「マヤたちみんなが平等に、全力で勝ち負けを決めるには、これしかないよね」
「ええ、それにトレーナーを魅了する一番の方法は、勝利を捧げることだもの」
「うっららー! 全身全霊! ぜーったいに負けないよ!」
「ライスも、ライスも叶えたい夢のために全力を尽くすこと、お兄さまに教わったから!」
「……そうか、そうだな」
彼女たちは勝ち負けを残酷に示す世界を勝ち抜いてきたんだ。
だからこそその世界が持つ誠実さも、魅力も、俺以上に知り尽くしている。
そんな彼女たちからの最上級のアピールを受ければ。
(俺の心も、きっと決まる)
見届けよう。彼女たちの本気の戦いを。
そしてその競争の果てに、俺も俺の進むべき道を選び取る。
「チームアラウンド、最初で最後の大レースだ! 距離はもちろん……」
「「「「「長距離で!!!」」」」」
こうして5つの伝説を打ち立てた5人のウマ娘たちによる、長距離レースが開催と相成った。
俺はこのことをあくまでチーム解散の記念レースと位置付けて、理事長たちに伝えた。
「歓迎っ!」
伝説のウマ娘たちによる競争ということで、レース開催は即承認。
大々的な解散セレモニーと共に行われることが約束された。
「期待っ!! 最後の最後までみなを楽しませようというその気概、感服する!」
「引退した後は、いっそURA運営委員会に所属してみませんか? トレーナーさん」
年相応にワクワクした様子の理事長と、その隣で割と真剣に勧誘してくる敏腕秘書さん。
「それも魅力的ですけど、俺が選ぶ道はもう示されているんです」
秘書さんのお誘いを丁重にお断りして、俺は力強く拳を握ってみせる。
「次のレース。きっと最高のものにしましょう。彼女たちのために!」
トレーナーとしての最後の晴れ舞台でもあるそこで。
俺は全力で彼女たちと向き合うんだ!
※ ※ ※
そこからレースの日までは目まぐるしい日々が続いた。
レース場の確保に始まり、セレモニーの段取り、世間への周知、それに関連する各社マスコミへの顔出しと、チームメンバー総出で動き回った。
「次のレース、ただの余興で終わらせるつもりはないわ。見てなさい、真の一流とは何か、示してあげる! おーっほっほっほ!」
「うっらら~! みんなで競争、とーっても楽しみ。でもでも、ぜ~ったいに負けられないんだ~! いっしょうけんめい頑張るから、応援よろしくお願いします!」
「マヤねマヤね。次のレースでトレーナーちゃんと大事な約束してるんだ! だからね、ぜ~ったい、マヤが勝つよ!!」
「ライス、おに…トレーナーさんに夢を叶えてもらったから、恩返しをしたいんです。だから、今度のレースは、ライスが勝ちますっ!」
「次のレースは完璧委員長が世界完璧委員長へとステップアップする大事なレースです! ゴール板を誰よりも早く駆け抜けてみせます! バクシンバクシーン!」
各ウマ娘が別々の広告主へ出したコメントが、それぞれの見せた勝気と相まって支持を得、応援合戦を呼ぶ。
レースの勝者は誰になるのか、伝説の中の伝説となるのは誰なのかと、ファンのあいだでも大盛り上がりすることになった。
『チームアラウンド解散記念レース』という名の炉に入れられた火は、決戦の日に向かい、確実にその熱を増していくのだった。