卑しか女杯さわやかカップ(G2)   作:夏目八尋

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レース、開幕っ!

 そして、レース当日。

 

「ご覧ください! とても1チームによる記念レースとは思えないほどの盛り上がりぶりです!」

 

「ワアアァァァァァァァ......!!」

 

 

 選ばれたのは中山競バ場2500mコース。

 有マ記念とまったく同じ条件のレースは、5人のウマ娘全員が勝利を飾ったコースだ。

 

 直前に行われたチームアラウンドの解散セレモニーから観客の熱気は最高潮。

 記念撮影が終わるころには、すでに感極まって泣き出すファンも多数見かけられた。

 

「さぁ、URA理事長のご挨拶も終わり、いよいよこの時がやって参りました! 各ウマ娘の本バ場入場です!!」

 

 解説役はハルウララが有マを制した時のアナウンサーさんが快諾してくれた。

 淀みなく読み上げられる声に、記念レースはますます本格的なレースの装いを持つ。

 

 俺はいつでもコースに出られる観客席側ゴールそばのスペースに陣取って、彼女たちを見ていた。

 

 

「さぁ最初に入ってきたのは一枠一番、サクラバクシンオー! 2大スプリント制覇、Sステークスにおいては2連覇という大記録のみならず、春秋天皇賞、マイルチャンピオンシップ、そして有マ記念と史上初の全距離G1制覇を成した伝説のウマ娘です!」

 

 誰よりも最初に駆け込んできたバクシンオーに手を振れば、彼女はこちらにちらりと視線を向けただけで、すぐ視線を観客へと戻し、両手を振ってアピールする。

 誰よりも模範的な優等生を自負する彼女らしい、キビキビとした対応だった。

 

 

「続けて来ますは二枠二番、ライスシャワー! 彼女が勝利した重賞レースはここに語りきれるものではありません。URA公式調べ、ファン数100万人の記録は未だ誰にも破られておりません! 今回も推しウマ娘人気1番を引っ提げてターフを踏みます!」

 

 ライスが芝を踏んだその瞬間、大歓声が巻き起こった。

 それは間違いなく彼女のこれから行く未来を祝福する、ヒーローへ向けた声援だった。

 嬉しそうにしているその顔を、俺は一生忘れない。

 

 

「三枠三番、マヤノトップガン! 数多のG1で披露された変幻自在の脚質は、今日はどんな形で披露されるのか! トレーナーとの約束も気になるぞ。出るか、勝利の女神の投げキッス! 彼女がレースにいるだけで、世界はキラキラ輝きだしている!!」

 

 飛行機を模したポージングは彼女お約束のファンサービスだ。

 柔らかでしなやかな足の運びと小柄な体躯の愛らしさに観客が魅了されている中、ほんのわずかな隙を突き、俺に向かってウィンクしてくるその要領の良さに、何度だってしてやられてきた。

 

 

「さぁ、我らのキングの登場だ! 四枠四番キングヘイロー! 的確な状況判断から終盤一気に駆け上り、見事見事の大逆転の差し切りこそが一流の証! 緑のお嬢様は今回も泥くさ……華麗な勝利を刻めるのか!」

「ちょっと! 余計な一言がございませんの!?」

 

 その上品なたたずまいに反して戦い方は死力を尽くした終盤疾走が武器のキング。

 緻密な試合運びとそれを完成させた時の爆発力は、あらゆる者をひれ伏せさせるまさしく王の勝ち方だと俺は疑わない。

 そんな彼女がこちらと目が合って、見てなさい、と不敵に笑った。

 

 

「お待ちかね! 絶対の女王が早くも中山競バ場に戻って参りました! 五枠五番、ハルウララ!! ダートの女王有マの奇跡の大勝利はみなさま記憶に新しいと思います! 同じ条件のこのレース、コースを肌で強く覚えている分彼女が有利かー!?」

 

 最後にぴょんっと飛び跳ねるように本バ場入りしたハルウララ。

 苦手だった芝も今では友達になったんだろう、楽しそうに上を駆け回っている。

 彼女が芝の本当の楽しさを覚えるのは、これからだ。

 

 

「さぁ5つの伝説が無事本バ場入場を果たし、レースはもう間近となりました」

 

 勝負服に身を包んだ俺の愛バたちは、G1レースもかくやという緊張感をもって最後の精神統一に入っている。

 絶対の集中力をもって挑むライスやキングはもちろん、レースのすべてを楽しむことを至上としているウララでさえ、今は観客の声も届かないくらいに集中していた。

 

「さぁ、今日もバクシンバクシーン!」

 

「マヤちん、今日もかわいい♪」

 

 相変わらずな二人が相変わらずで観客たちは笑っていたが、俺には二人がいつも以上に自分を鼓舞しようとしているように見えていた。

 

 

 

「……」

 

 スターターを務めるのは、秋山理事長だ。

 緊張の面持ちだが真剣さがよく感じられるのは、それだけ彼女もこのレースに価値を見出してくれているということか。

 

(確実っ! スタートは成功させる!)

 

 彼女が旗を掲げると、これまた記念レースとは思えない、生演奏でファンファーレが鳴り響く。

 本気の本気のレースにしたいという願いに応えた結果のそれである。

 

 彼女たちの真剣勝負に対する、俺なりの全力だった。

 

「各ウマ娘、淀みなくゲートに入っていきます!」

 

 誰一人調子を乱すことなく、心が焦りすぎるでもなく、最高の仕上がりだった。

 

「今、最後のキングヘイローがゲートインし、一斉に構えを取る!」

 

 5人の伝説のウマ娘の息は、ぴったりと揃っていた。

 

 見届けた係員の合図で、ランプが赤く点灯した、次の瞬間。

 

「……開幕っ!」

 

 寸分違わぬ完璧なタイミングで秋山理事長がゲートレバーを引き。

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 ゲート解放と同時に、ウマ娘たちは一斉に芝を蹴りあげ、駆け出した。

 


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