卑しか女杯さわやかカップ(G2)   作:夏目八尋

7 / 14
競い合う伝説

「さぁ各ウマ娘いっせいに綺麗なスタートを切りました!」

 

 誰一人として出遅れはいない。

 

 だがその中でも抜きんでて美しいスタートダッシュを決めたウマ娘がいた。

 

 

 

「さっそく出てきました1番サクラバクシンオー! 今回も見事なスタートダッシュです!」

 

 サクラバクシンオー。

 逃げと先行を使い分けて数多のレースを駆け抜けた彼女は、5人のウマ娘の中で最もスタートが上手いウマ娘だ。

 

「バクシンバクシーン!!」

 

 見る人をうっとりさせる美しいフォームで駆け出した彼女は、内枠という有利を存分に使ってスタートから他者を圧倒する走りを見せる。

 まるで短距離を走っているようだと言われる全力疾走こそが、彼女が3200mすらも走り切る最強の委員長スタイルである。

 

(最初から最後まで、誰にも私の前は走らせません! 絶対的な勝利! それこそがあの人と私が積み上げてきた、模範的委員長のあるべき姿なのですから!)

 

 積み上げてきた勝利の数だけ、広げてきた可能性の幅だけ、足は大きく前に出る。

 

 冬の中山に、疾風の桜が咲き誇る。

 

 

 

「さぁレースのペースを握るのはやはり彼女かサクラバクシンオー、最初からバクシンが止まらな……おおっと!! いや、違う。スタートダッシュで爆走しているのはもう一人いるぞ!」

 

 実況の叫びに観客たちもその姿を確かめる。

 

「サクラバクシンオーのすぐ後ろ! あの小柄な弾丸はマヤノトップガン!! マヤノトップガンです!!」

 

 王者サクラバクシンオーの背後にぴったりとくっついて、マヤノトップガンも逃げペースについてきていた。

 ちゃっかりバクシンオーの長身を風除けにするクレバーさも、彼女は示していた。

 

「ナ、ナンデストー!?」

「へっへーん! バクシンオーちゃん一人で走らせると怖いもんねー。だから、マヤがピッタリ、ついてってあ・げ・る♪」

「ぬぁー!!」

 

 背後からのプレッシャーに、バクシンオーが無理矢理ペースを上げる。

 だがしかし、マヤはぴったり張りついて離れずに、彼女の左後ろにマークする。

 

 彼女の天性の勝負勘は、今日も冴え渡っていた。

 

 

 

「これは苦しいサクラバクシンオー。マヤノトップガンは今日は逃げで勝負のようです。そんな二人の1バ身半後ろ、静かに先行ペースを取るのはライスシャワー。得意の領域で今回も最前列をマークしているぞ!」

 

 ターゲッティングした相手を徹底マークし、最後には仕留めて勝つ。

 

 ライスシャワーが得意とする必中必勝のパターンは今日も見事に決まっていた。

 

「バクシンオーさんに、ついてく、ついてく……!!」

 

 彼女がマークしたのは今日もバクシンを、逃げを選ぶだろうと予想したバクシンオーだ。

 今、ライスの前に立つ二つの影は、彼女が勝利の薔薇を手にするための誘導灯だった。

 

(ライス、がんばるからねっ! お兄さま……!)

 

 

 

「――まったく! 3人ともペースが速すぎるのよっ!」

 

 前を走る3人のウマ娘に対して、だいぶん距離を取って後を追うウマ娘が一人。

 

「さぁ、ペースの早そうなこのレース、適切な位置取りは出来ているのか4番キングヘイロー! 彼女の得意とする距離を維持できるかが勝負の分かれ目だ!」

 

(そんなこと、このキングが分かってないわけないじゃない!!)

 

 離され過ぎないように、近づき過ぎないように。

 己が知識と勘のすべてを使って適切な距離を測りながら、キングヘイローが行く。

 

「このペース、間違いなく終盤に影響する。焦っちゃダメよ、冷静に、冷静に……」

 

 自分に言い聞かせながらテンポを刻み、ここぞという呼吸を得たところで息を入れ、カーブへと突入する。

 

「……いける!」

 

 キングの描いた弧線は、美しい軌道をなぞって紡がれていた。

 

 

 

「さぁさぁここまで来ましてハルウララ、最後尾のスタートとなったがどうでしょう? 解説のネイチャさん」

 

「はいはーい。ナイスネイチャでーす。これは、追い込みを得意とする彼女の脚質に合った位置取りですねぇ。うんうん、悪くない悪くない」

 

「いい勝負が期待できますか?」

 

「商店街の応援団も来てるみたいなんで、ウララちゃんには頑張って欲しいところかなぁ」

 

「愛されてますからねぇ。解説ありがとうございました!」

 

 ハルウララは一番後ろ。とはいえ、走りについてこれていないわけではない。

 

「えへへ、やっぱりみんな、すーっごく早い。わたしはまだまだかも。……でも!」

 

 芝を蹴る彼女の足は軽やかで、決して速度を落とさない。

 

(前の方はすごく早いけど、キングちゃんがそんなに速度を上げてない。だったらわたしは、キングちゃんの走りを信じて、タイミングを、合わせる!)

 

 勝つための貪欲さ、そして計算高さは彼女も鍛え上げている。

 最新の有マを制したウマ娘は、誰よりも知っているコースの癖を読み切って、虎視眈々と最後尾から勝利の瞬間を狙っていた。

 

 

      ※      ※      ※

 

 

 勝負は4コーナーを越えて、直線。そして坂を上って中盤戦へと差し掛かる。

 

「ふっ……ふっ……ふっ……!!」

 

「えへへっ、バクシンオーちゃん疲れちゃった?」

 

「なんの! まだまだ!! バクシンシーン!!」

 

 全速力で坂を上った影響か、息のあがった様子を見せるサクラバクシンオーに、まだまだ余裕の表情のマヤノトップガンが煽りを利かせ、かく乱する。

 

「???」

 

 その動きに混乱したのは、バクシンオーではなく少し後ろのライスシャワーだった。

 一見無駄にしか見えない左右移動に、彼女のマークしていた目が逸らされたのである。

 

「……♪」

 

 そして、それを見逃す天才マヤではなかった。

 

 彼女はとんってんったんっとコーナーを回る際にワザと速度を落とし、ライスシャワーにその背を近づける。

 

「!?」

 

 目を逸らした隙に自分が速度を出し過ぎていた、と咄嗟に思った彼女がペースを落とせば、直後、マヤは再加速してバクシンオーの背に再び食らいつく。

 

「あっ……!!」

 

 ペースを落とすタイミングが悪い。

 カーブによる減速に加えて幻惑による減速を重ねてしまったライスは、次の直線の入りで大きく距離を離されてしまう。

 

「バァクシンバクシンッ!!」

「ビューンッ!」

 

 明らかにペースを落としたライスを残し、下り坂でも構わず大爆走するバクシンオーの背後にぴったりとマークし圧をかけ続ける。

 踏み込みどころを絶対に間違えないマヤの脚質自在の走法が、レースをかき乱していた。

 

(このレース、絶対に負けられないんだもん。マヤの全力、ちゃーんと受け止めてよね、みんな!)

 

 揺れる琥珀色の瞳から、バチッと心の稲光が走った。

 

 

 

(状況が変わった? ライスさんが減速、これは……!)

 

 前方の変化は後方の動きにも影響を与える。

 前を行くウマ娘たちを広い視野で追っていたキングヘイローは、状況の変化から大きな選択を迫られていた。

 

(ここでペースを上げてライスさんを抜くか、あえて抜かず、追いすがるだろう彼女の背に張りつくか)

 

 これからの展開を大きく左右する選択である。

 差しとはこうした小さな変化から最善の答えを探り、仕掛け所を掴む作戦。

 

 8冠を掴んだその聡明な思考が、取るべき答えを瞬時に叩き出す。

 

「……普通なら、ここで加速するんでしょうけど、ね!」

 

 キングはペースを上げなかった。

 速度を落とすライスシャワーの背後について、彼女の再加速にペースを合わせていく。

 

(私が相手をしているのは普通ではない人たち、全員があの人と共に時代を駆け抜けた伝説たち。私が認めなくても誰もが認める超一流のウマ娘。定石通りに動いていては、負ける!)

 

 果たして、キングの予想は正しかった。

 

 速度を大きく落としたライスシャワーは、しかし、驚くほどの再加速をしたのである。

 

 

 

(悪戯されてもライスは変わらない。前の人に、バクシンオーさんに、ついてく、ついてく!)

 

 青い炎が灯る。

 遠く遥かに見える小さな影を追って、黒い刺客と称された少女が行く!

 

(お兄さまが隣にいる未来を、ライスは絶対に、諦めない……!!)

 

 段々と黒いオーラを纏い始めるライスシャワー。

 

 強烈な追い上げは、減速を許されない先行作戦にあるまじき奇跡の足のなせる技だった。

 そして今まさに突入する下りの直線こそ、彼女の得意な道筋だった。

 

(本当、とんでもないライバルたちがいたものだわ)

 

 己の作戦が功を奏したのを確信し、キングは内心で感嘆のため息を吐いた。

 追い抜くためにペースを上げていたら、差し返されてそれをまた追うという無理に無理を重ねる展開になるところだった。

 

 じわじわとペースを上げつつも確かに溜められている足に勝利への確信を強めながら、彼女は自らの後方を走るウマ娘のことを少しだけ考える。

 

(さぁ、あの子はついてこれているかしら。この伝説の領域に――)

 

 振り返ろうとして、やめた。

 

 振り返る必要はないのだと、背後に迫る気配から察したからだ。

 

(あぁ、もう! 一流のトレーナーというのは本当に厄介ね!)

 

 心の中で悪態をつくキングの少し後ろから、ハルウララは笑顔で腕を振っていた。

 

 

 

(た、た、たっのし~~~~~~!!)

 

 どんどん溜まる疲労が気持ちいい。

 速度が上がるたび、強く感じる風が気持ちいい。

 前を行く仲間でライバルなみんなの、本気の全力をビリビリ感じて気持ちいい。

 

 今まさに、ハルウララは芝のレースを最大限に満喫していた。

 

(どこで仕掛けたらいいんだろ? 今かな? まだかな? えへへ、考えるのが楽しい!)

 

 最初はダートでこの気持ちを教えてもらった。

 真剣にレースをするという楽しさを、真剣に勝負をすることの楽しさを。

 

 それを芝でもやってみたいと、憧れの舞台でもやりたいと願ったら、叶えてもらった。

 まるで魔法使いみたいな人だと、ウララはトレーナーのことを想う。

 

「……うんっ!」

 

 そんな彼と、出来ればトレーナーとその担当ウマ娘という関係で、もっと走り続けたい。

 そのためにはこの勝負、負けるわけにはいかない。

 

「行くならやっぱり、ここ、だよね! トレーナー!!」

 

 それは彼女が最高の勝利を飾った有マ記念で、スパートを始めた場所と同じ場所。

 体力と根性任せの超ロングスパート。

 

 最後尾からすべてのウマ娘をぶっちぎって差し切った、伝家の宝刀。

 お友達からそれを名乗ることを許された、必殺技。

 

「不沈かぁぁぁん! ばっつびょおーーーーーっっ!!」

 

 気合の声を上げ、ハルウララが加速を開始する。

 

 

 伝説たちのレースは半ばを越え、終盤へと差し掛かろうとしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。