キャロルちゃんは危ない子   作:高町廻ル

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この子の名前はキャロル

 雲一つない澄んだ優しい日差しの日。ある小さな一軒家に新たな命が誕生した。

 

「ねぇあなた……この子の名前…女の子だったら実は決めてたの……」

「へぇ…一体何だい?」

 

 生まれたばかりの愛の結晶を抱く女性は出産の疲労で限界ではあったが優し気な笑みで夫に言う。

 

「この子の名前はキャロル……キャロル・マールス・ディーンハイム……」

 

 妻は愛おしそうに娘の名を呼んだ。

 

 

「あの人の腰に効きそうな薬草は…………」

 

 イザークは定期的に街に行っては触診を行ってその人に効く薬を調合している。

 それなりの評判で休みが取れないほどなのだ。もっとも彼には四六時中休みなど存在しないが。

 

「うああああんっ!!」

 

 仕事中だと言うのに突如として娘の泣き声がする。

 当然イザークは慌てて仕事をほっぽり出して駆け付ける。

 

「大丈夫かキャロル!」

 

 部屋は異臭が立ちこめていた。

 泣きわめいた理由それはつまり生理現象だった。まだ二歳の娘がその辺をコントロール出来るはずもない。

 イザークは娘の前ではしたくはなかったが、うんざりした顔でおしめを変える準備を始める。

 妻は先日先立たれた、新米シングルファーザーは奮闘していた。

 

 

 娘が五歳になったある日。

 

「ねぇぱぱ?」

「何だいキャロル?」

 

 一人娘の問いかけにイザークは薬の調合の手を止めて応える。

 

「なんでうちにはままがいないの?ミリィはいないのへんっていってた」

「ッ!?」

 

 イザークは娘のその一言に固まってしまう。

 彼の妻は娘が二歳の時にはやり病によって亡くなってしまったのだ。

 それ以降イザークはそれまで以上に薬学や錬金術に精を入れるようになった。

 自分と同じように愛するものを失わない世界を、そして多くの人が繋がり幸せと感じる世界を自分なりのやり方で見出すため。

 

「キャロルはどうしてそんな事を聞いたのかな…?」

 

 イザークは何故そんな事を言ったのか、その理由を極力責めてないというのを全面にだして聞いた。

 

 

「いつもすみません……」

「いいってことよ、うちの息子も楽しそうだしね」

「ミリィもキャロルちゃんと会えてうれしそう」

 

 イザークは時間がかかる仕事の際は街中の知り合いにキャロルを預けていた。

 仕事と子育ての両立は錬金術以外は不器用な彼には難しかった。

 

「キャロルちゃんあそぼー」

「うん」

 

 子供らしい普通の光景だ。

 相手の名前は『ミリィ』という二歳年上の少女だ。

 

「…………」

 

 しかしイザークはそれを見て複雑な感情を持ってしまう。

 家の外の世界と娘を触れ合わせるという事は自然と外とのコミュニティを形成させるからだ。

 まだ五歳なため、親元から離れるという事はすぐさま起こるわけではないとはいえ。それでも一時でも愛娘が手元から離れていくという小さな醜い独占欲は止まらないのだ。

 

「イザークもいっぱしに親をやってんねぇ……」

「ふふっ」

「う……」

 

 彼の知り合いの男性が面白いものを見たとニヤニヤしながら言う。

 彼の奥さんもまた同じように口元に手を当ててくすくすと笑っている。

 それに恥ずかしくて彼は唸るしか出来ない。

 

「と、とにかく日が落ちるまでにはお願いします」

「いってらっしゃーい!」

「いってくるよキャロル」

 

 そう言ってイザークは触診の仕事に向かっていった。娘は父親に頑張ってと声をかける。

 

 キャロルとミリィは多くの大人たちの目が届く広場をぶらついていた。多くの目があるそこであれば攫われる危険性が少ないからだ。

 キャロルは歩いているとふと出店の髪飾りに目を奪われた。子どもながらに綺麗なものに目を奪われたのだ。

 

「いいなー」

「そういえばおとうさんがおかあさんのたんじょうびプレゼントをコッソリかうっていってた。これひみつだよー」

「いってるよね」

 

 ミリィはあっさりと秘密を暴露してしまう。

 キャロルはそれに対して若干呆れている。

 秘密は他者に言った瞬間に秘密ではなくなるのだ。

 

「おかあさんかぁ……そういえばパパにはママがいないなー……」

「へ…?…いないの?…へんなのー…」

「そ、そうなのかな……」

 

 キャロルの呟きにミリィはそんな事を言う。

 子どもには決して悪意など無いのだ。複雑な家庭事情など推し量れと言うには無理があった。

 

「おいあっちで始まるってよ!」

 

 街中で二十代ほどの男性が走って何かを言っていた。

 それを聞いた二人はお互いに何か起きるのか分からないといった感じになる。

 

「なんだろ?」

「うーん……?」

 

 お互いに訳が分からなかったが、取りあえず先ほど嬉しそうに叫んでいた男性の方へついて行こうとする。

 そこでミリィの母親が叫び声を耳にしたのか息を切らして二人の元へと走ってくる。

 

「二人とも!行っちゃダメ!」

『…………』

 

 それはあまりにも鬼気迫る言葉で、二人はまるで説教をされたかのような気持ちになって体が硬直してしまう。

 それを言った相手は、まるで怒っているかのようなシチュエーションになってしまったのに気が付いたのか慌てて話題を逸らす。

 

「ッ…!…ほらお菓子を用意しているのよ…食べましょう…?」

 

 これから何が起ころうとしているのか、彼女は真実を口にせずに嘘を言った。

 その一言にげんきんな子供は泣きそうな表情から一変して嬉しそうに脳内がおかし一色になる。

 

 

 そんな事情を聴いてイザークは尋ねる。

 ただし母親の件ではないもう一方の件、ミリィの母親が何を止めたのか分かっていながらもあえてノータッチだったが。

 

「キャロルはママがいないと嫌かな…?」

 

 彼はキャロルの質問にまともに答えられずに、代わりにそんな質問を返してしまう。

 

「う~ん…わかんない…でもわたしパパがいてくれたらうれしい!」

 

 キャロルは笑顔でそう返した。

 空気を読んだわけではないだろうがそれでもイザークが助かる答えを返してくれた。

 だからこそ自分はいつまでもキャロルが一人で立ち上がれるようになるその日まで、誰にも恥じない立派な男でなければいけないと心に誓うのだ。

 

 

 イザークは七歳になった自身の娘の才能に畏怖の念を感じていた。まるで水が一切漏れないスポンジのように自分の教えた事を簡単に吸収してしまうのだ。

 しかもただ基礎を学ぶのが早いだけではない。すぐに基礎同士を組み合わせて応用をしてしまうのだ。

例えるなら足し算と引き算を教えたら次の日には掛け算と割り算を教えなくてもマスターするような感じだ。

 

 親子が住む街は人口が八万人ほどのそれなりの規模の都市だ。

 この都市は山に囲まれた場所にあり長い時間をかけて森や山を開拓してできた都市だ。

 なぜそんな便の悪い場所に無理に街を作ったかと言えば、東西南北に人口が十五万に届きそうな大きな都市が複数存在し、その街のリーダー達がより交易の活発化を図って宿街を欲したために合同出資で開拓された場所なのだ。

 そのため多くの情報や物が集まる都市となり自然と人が集まるようになったのだ。

 

 彼の住む街には塾のような場所が存在するのだが、キャロルの学力は既にそこの上級生どころか卒業生をも軽々と凌駕していた。

 よく親バカを拗らせてちょっと成長が早いだけで神童扱いをする親がいるが、イザークはそんな無理矢理な贔屓目をしない。

 勿論愛情が無いというわけではない。

 あくまでキャロルはイザークと彼の妻の娘でしかない、凡人でも幸せな身の丈に合ってくれればそれだけでいいと考えている。

 フラットな目線で自分の娘がそれこそ百年に一度クラスの才能を持っている事に気が付いた。

 それどころか言われなくてもイザークが長い時を経て集めた錬金技術や薬学に関する書物を開いて自ら学んでいる。

 

「その本面白いかい?」

「うん、面白いよ!」

 

 イザークは興味深そうに本を読むキャロルに声をかける。

 その本は昔一緒に薬学を共に勉強した友人が借りてきた錬金技術の学術書をイザークが夜なべして手書きで写したものだ。

 当然だが千六百年代は今よりは印刷技術は発達しておらず気楽に本を手にする事など出来ないため、今よりも若くてお金のないイザークは手書きでしか本を手にしにくかった。

 彼は娘の生き方を決めつける気は無いが、もし自分と同じ道を歩む気があるのなら自分の持つすべてを伝えようと思っている。

 

 

 イザークは決して万能ではないのだが、それなりの努力をすればたいていの事は出来た。

 しかしいくら己を研鑽しても上達しない分野があった。

 ある日、親らしいことをしようと苦手な料理に挑戦していた。

そう料理だ。

 街にいるお得意様が大衆食堂を経営しているためレシピを教えてもらったのだ。これがあれば妻の代わりにキャロルを満足させてあげられる。

 彼はそう考える。

 

 ディーンハイム家の食卓は街中で買ったそのまま食べられる惣菜やパンの類ばかりで一週間ずっと同じメニューばかりなのだ。

 決して栄養価が無いわけではないが、子供時代の食生活はその人の価値観に密に直結しやすい。

 様々なものを口にして舌が肥えている子供はやはり感情表現が豊かになりやすいし、小さいときはお金に左右されて物を食べないため素直で揺るがず、そして豊かな価値観を形成しやすいのだ。

 自分の娘にはぜひ多様性というものを理解できる人間に育ってほしい。

 

 そんなわけで家で死蔵空間になっているキッチンに食材片手に突撃するのだが。

 結果は……

 

「うぉわああああっ!!!?」

 

 どかーん!と料理風景には似つかわしくない叫び声と爆発音が炸裂する。

 

 既にキャロルも十歳になっておりそれなりに物事も分かってくる年齢だ。

 自分の父親の仕事も、母親の事もちゃんと理解できている。

 キャロルは本を読んでいた。

 彼女は本を読むのが好きだし、自分の知らない世界に触れるのが大好きだった。

 

「パパ!?」

 

 一人娘のキャロルが黒煙に包まれる父親に不安そうな視線を向ける。

 とにかくツッコミどころが多すぎて何を言ったらいいのか分からないのだ。

 だから結果として手をわなわなと所なさげにするほかない。

 そして音の原因が一言。

 

「ば、くはつ…したぞ…?」

「……ぷっ……あはははっ…!」

 

 普段街中の人達に慕われている誇らしい父親のカッコ悪い姿につい笑ってしまう娘。

 しかし、二人の間に悪い雰囲気は流れずイザークもキャロルにつられてつい微笑んでしまう。

 きっと親子とはこれでいいのだろう、いつも完璧なスーパーマンな一面だけを見せていてはきっとイザークも精神的に疲れてしまう。

 少しはカッコ悪い所見せたくらいがちょうどいいのだ。

 

 いざ実食タイム。

 キャロルの前に置かれた黒焦げの焼く前は肉類だったはずの何かしらが置かれる。

 実はこれは炭を皿に載せてみたというドッキリかもしれないが、イザークはそんなジョークを言うタイプではない。

 

「…………」

「…………」

 

 何とも言えない雰囲気。

 ナイフで切るのだが、その断面を見ると中までしっかりと火が通っていて黒い。

 キャロルは切ったそれをフォークにさしてまじまじと見る。

 

「…………」

「…………」

 

 キャロルはチラリとこれを食べなきゃダメか?といった視線を送るが、期待する父の視線に耐えられなくなる。

 

「うぅっ……ぱく……はうっ!?」

 

 口に入れてひと噛みすると彼女から変な汗と目の焦点が合わなくなる。

 口の中でもしかしたら何かの間違いで美味しくなるかもという一縷の望みにかけて咀嚼する。

 しかし何も変わらない。

 しかも一つ一つの動作が明らかに緩慢であり、全身で不味い事を主張している。

 父は相手の反応を見て明らかに気を遣って不味いとは言わないのに気が付いて言う。

 

「不味いなら不味いってハッキリ言っていいんだぞ……?」

「苦いし臭いし美味しくないし、零点としか言いようがないし」

 

 素直な娘に育ったものである。

 これは父だからこそ嫌われる心配がないと分かっているからこそ思い切って言っているのであって、他人ならこんなにバッサリとは言わない。

 

「料理も錬金術もレシピ通りにすれば問題無いはずなんだけどな……上手なお得意さんに教えてもらったのに……どうしてママみたいにいかないのか……」

 

 イザークは貰ったレシピを見てぼやく。

 自分の上達する気配のない料理スキルに嫌気がさすイザーク。

 そう思うとがっくり肩を落とす。

 キャロルはそれをみてふと考える。例の貴族では無いが飯が不味いのなら自分で作ればいいじゃないと。

 

「…………よしっ!明日は私が作る!いや明日からね!そのほうが絶対に美味しいに決まってるっ!」

 

 フォークを掲げて立ち上がりそう宣言するキャロル。もう決定事項のようだ。

 キャロルは自信があった。少なくともイザークよりは上手く作れるはずだと。

 ふと、錬金術師の端くれとして気になった事を娘に質問をする。

 

「美味しく作るコツでもあるのか?」

「なーいしょっ!秘密はパパが解き明かして」

 

 父が聞いてもいたずらに笑うだけ、でも二人には不快な雰囲気など流れない。

 ただそこにあるのは温かい幸せな家庭だ。

 

 

「うんそうそう…ここで調合のさじ加減を間違えないでゆっくりと薬草を混ぜるんだ……」

「ここで素早く混ぜるっと…」

 

 イザークはキャロルに薬品の作り方を実際に手取り足取り教授していた。

 キャロルがイザークに調合をやってみたいと頼み込んできたのだ。

 実際に教えたらメキメキと上達して見せたのだから自分の娘でありながらも嫉妬してしまったほどだ。

 

「凄いねぇキャロルは……もう簡単な調合の仕事なら頼めるよ…キャロルが望むならそのうち触診の仕方も教えるけどどうかな…?」

「いいのっ!?」

 

 キャロルはイザークからの提案に目をキラッキラにして喜んだ。

 

「ど、どうしたんだい?」

「だって一人お留守番で寂しかったんだもん!」

 

 最近はそれなりに物事を考えられるようになったため、お留守番を任せたりしていたがどうやら娘はご立腹だったようだ。

 一応危険ではない方面以外の錬金術の本は自由に読んでいいと言っているが、やはり遊び盛りの子供だけあってそれだけでは暇だったようだ。

 

 そうして技術と知識を蓄えていくうちにキャロルの腕前は相手からお金を取れる最低限のレベルにまで上達をした。

 

「そして……」

「機材を洗うんだよね」

「そう、いつでも整理整頓。命に関わるんだから物はいつでも大切にするんだ」

 

 

 ある日のディーンハイム家の食卓。

 

「美味しいよキャロル!」

「やったーっ!」

 

 父のその言葉を引き出せたことにキャロルは大喜びする。

 最初は料理など簡単だと思ったのだがそう簡単にうまく出来なかったのだ。

 煮込む時間や野菜を切る大きさで味や手間が変わってしまうため慣れるまでに時間がかかったのだ。

 実際にやってみると面白い発見もあるのだ。

 

「やっと心の底からの美味しいを引き出せた」

 

 キャロルは嬉しそうに言った。

 

 

「お、おいイザーク!うちの妻と娘の熱が止まらないんだ!見てくれ!」

 

 何時ものようにキャロルを預けて仕事に行こうと思った矢先に相手の焦った態度にただ事ではないと思った。

 いつも街に来ると決まって挨拶をしている相手だ。キャロルの友達のミリィに会わせるという意図もある。

 

「キャロル家の前で待っていて、決してそこから動いちゃダメだよ」

「うん……」

 

 イザークは娘にそう言って患者の病床に向かう。

 キャロルは不安そうだった、息子の熱が止まらないつまりミリィが危険な状態なのだと分かってしまったからだ。

 イザークは何となくだが危険な気がしたのだ。

 昔妻が亡くなった際も知り合いが同じ症状で亡くなったり、病床に付した事があった。

 何となくだが勘で患者に直接会わせるのは危険だと思ったのだ。

 

 イザークはミリィが寝ている部屋に入る。部屋にいる相手は苦しそうに呻いており意識が朦朧としている。

 

(何だこの熱は顔が赤いしよく見ると体が痙攣している……こんな症状は見たことが無いぞ……)

 

「ど、どうなんだ…?」

「分からない…僕も初めて見る症状だ…取りあえず持ってる熱さましを渡すよ…」

 

 相手に不安を助長する言葉しか返せない事に薬師と錬金術師としてもプライドを傷つけられるが、嘘だけはつきたくなかった。

 

「取りあえず今度来る時には熱やだるさに効く薬をちゃんと用意するよ」

 

 

 家に帰ってからすぐにキャロルは熱に効く薬を作り始めていた。

 

「…………」

 

 キャロルは何か不安に押しつぶされそうになるのを堪えながら作業を続けていた。

 

「キャロル…もう寝なさい…あとはパパがやるから……」

「でも……」

 

 イザークの指示につい口答えをしようとする。

 もう既に真夜中を過ぎている。

 薬は夜なべしても混ぜたり蒸らしたりする工程があるため一日で完成はしない。

 

「キャロルまで倒れたらそれこそミリィが悲しむよ?」

「そ、それは……分かったおやすみなさい……」

 

 イザークの指摘にキャロルは心では納得いかないようだが頭で納得をさせて部屋から出ていく。

 

 

「ぅっ……!」

 

 三日後、キャロルは自分の部屋で泣いていた。

 何故なら高熱を出した親友のミリィが彼女の母親と一緒にが亡くなったからだ。

 薬はちゃんと渡したが、彼女には殆ど効果を示さずに徐々に衰弱をして帰らぬ人になった。

 

「…………」

 

 イザークは部屋の外ですすり泣く声を聞く事しか出来なかった。

 キャロルも当然心配なのだがそれよりも大きな問題が出たのだ。

 それはミリィと同じ症状の人間がまばらではあるが他にも現れ始めたのだ。あれは彼女だけに起きたわけではなく感染症の可能性があった。

 もちろん杞憂で済めばそれでいい。しかしだ、仮に感染症だとしたら大問題だ。

 感染症、それは昔彼の妻の命を奪ったそれだ。

 その悲しさを娘に味合わせてしまった事が彼は悔しかった。

 しかし悔いてばかりではいられない。この被害を止めなければいけない、彼はそのために錬金術と薬師として絶え間なく研鑽をし続けてきたのだから。

 命無くしては人と人は繋がれないのだから。

 

 その日から調合室にこもるイザーク。

 集めた薬草の書籍を開いて感染症に効きそうなものを探していく。

 

 

「これもダメ…これは熱を抑える効果が無い……この薬草は北の街では効果が無かったと聞いた……」

 

 一つ一つ情報を逃さないように目を皿にして打開策を探していく。

 

「パパ…ご飯できたけど…大丈夫……?」

 

 キャロルは既にあの日から一週間が経っておりショックはあるが何とか立ち直っている。

 静かにだが仕事部屋を開けて声をかける。

 

「…………」

 

 集中するイザークは声が聞こえていなかった。

 部屋を見ると地面に乱雑に置かれている本とフラスコが無造作に置きっぱなしになっている光景だ。

 キャロルは根を詰め過ぎだと思っているが、街は今そうも言ってられない状況なのを知っている。ミリィと同じ症状の人間が街にあふれ始めている事を。

 彼女は本で読んでおり知っている、今は疎らの感染者数でも一ヶ月も経てば一気に街中に病人が爆発的に溢れかえって大パニックになる事を。

 だからこそ父イザークは寝る間も惜しんで特効薬の調合に勤しんでいる。

 

「ご飯ここに置いておくね……あと服洗っとくね……」

 

 ただ父を応援する事しかキャロルには出来ない。

 

 

 一ヶ月経つと八万人の都市でありながら千人の感染者が現れて街の病院や薬屋に人が溢れかえる。

 また感染していない人間もデマや噂に左右されてパニックを起こし、その手の施設に飛び込んでいくものだから感染がそこから広がり最悪の一歩手前まで来ていた。

 キャロルはイザークからそんな話を聞いた。

 彼女は今街中は危険だと言われ、自分の家から出る事を禁じられている。

 イザークは定期的に街中に足を運んで薬の被験者の健康状態を確認しているのだが、高い効果は今のところは得られていない。

 

「パパ…みんな大丈夫なのかな…死んじゃうのやだよ……」

 

 キャロルはミリィを失ったトラウマがぶり返した。

 ここ一ヶ月で明るい知らせなど全く見えないのだ、それに危険なため家から出る事も出来ない。それは十歳の子供には辛い現実だ。

 イザークはキャロルの頭を撫でながら言う。

 

「大丈夫だよキャロル。そのために僕達錬金術師がいるんだから」

 

 

「パパ?どこまで行くの?」

 

 キャロルはイザークが家に帰ってくるとすぐさま遠出の用意をするように言われてついてきている。

 一人で小さな子供に数日も家の番をさせるのは厳しいという判断だ。

 それに長い期間家の中にいては参ってしまうだろうとも考えている。

 

「この先にあるアルニムという薬草には高い薬効があるらしいんだ。その成分を調べてはやり病の薬にするんだよ」

 

 娘の質問に答えるイザーク。

彼は自身の目的に対して誇らしげだ。

 

「見てごらん?」

「うわあっ……」

 

 父が勧めるとキャロルは奇麗な湖の風景に目を奪われる。

 ここ二ヶ月ほどはまともに人前に出なかったため目の前の力強い大自然が彼女の心を癒すのだ。

 

「パパはね……世界の全てを知りたいんだ……人と人が分かりあうためにはとても大切な事なんだよ……それにはまずは病気を治さないとね……さあもう少しだ行こう、頑張れるかい?」

 

 彼は娘に語る。

 錬金術師とは世界を知りそして人と人が繋がる方法を模索する賢者だ。

 

 

 既に流行り病の確認から三ヶ月が経っている。

患者の総数も五千人を超えている。既に多くの人が亡くなり、そして街から離れていく。

それはパンデミックと言っても差し支えない状態だ。

 

「出来た……」

 

 イザークはアルニムの薬草を分解解析して、何故この薬草には熱を抑えて体の中の毒素を分解できるのか、その薬効成分を一ヶ月以上かけて調べ上げて流行り病に効く特効薬を完成させたのだ。

 

「パパやったんだね…!」

「ああ…!…これで皆助かるんだ……!」

 

 キャロルの言葉にイザークは目に涙を浮かべて抱きしめる。

 それは妻を失ったあの無力さに、そして悲運な運命に抗おうと立ち上がった一人の錬金術師が起こした偶然ではない必然だった。

 




本題に入るのが遅い
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