それと絶対このトレーナーはダイワスカーレットのことダスカって言う。
「あれ。これって」
今朝アタシのもとに届けられた一枚の茶封筒。茶封筒の表には件名と宛先が記載されており、きちんと私の名前がある。見覚えのある宛先にあることを思いだした。
「そういえばアタシ、前に懸賞を送っていたわね」
一か月前にとある化粧品を購入した際、懸賞に送れるほどポイントが貯まった。懸賞の内容は映画の上映チケット、しかもその映画は多くの著名人から高評価を貰うほど有名な作品だった。
ちなみにジャンルは恋愛映画で、不良の青年と恋愛経験なしの少女が恋に落ちる青春ロマンスものだ。
「ねぇ、ウオッカ。アンタこの映画一緒に見に行かない?」
「何だよそれ」
寝ぼけ眼のままウオッカはこのチケットを見る。すると気まずそうにしながら告げてくる。
「わりぃ。テイオーと見ちまった」
「テイオーとなんて珍しいわね。恋愛作品は鼻血が出るから苦手なんじゃなかったの?」
「いやー、レースの罰ゲームで鑑賞することになっちまってな。鼻血が出そうになった展開は多かったけど良い映画だったぜ」
「あらそう。なら誰と見ようかしら」
この映画は人気が高いから多くの友達が見てるらしいし、うーんどうしようかしら。マヤもオペラオーも見てそうだし……。
あっ、そうだ。アイツが居るじゃない。
「ねぇ。今度の金曜日空いてる?」
「なんじゃ、いきなり」
朝食を食べ終えてからアタシはアイツのもとへと向かった。広い校内で人を捜すにはかなりの労力が必要だけどアイツの居場所は基本限定される。コースの土手、トレーナー室、資料室の三つだ。
そして案の定アイツはトレーナー室で新聞を読みながら缶コーヒーを飲んでいた。
「懸賞が当たったのよ。ほら」
「ほにほに『不良少年と純情乙女』か。そういや話題になっちょったなぁ」
「えぇ。上映したのが少し前だから映画館と上映時間が限定されちゃってるけど面白そうよ」
「はっ、なんでわしがこがな映画を見んといけんのじゃ。だいたいわしみたいな男が見る映画じゃなか」
「けどアタシの知り合い全員が見ちゃってるの。期限もそろそろ切れそうだし」
「……友達少ないんがか?」
「そんなことないじゃない!レースと練習で見る機会がなかったの!」
ジュニアとクラシックはほぼレースと練習に明け暮れていて、大変だったけど有意義な期間だった。もちろん休憩期間も挟んでいたけど自分の休日が友達の休日に被ることは少なくて、独りでショッピングに回ることもしばしばあった。
「……ちぃと待てや」
そう言うとアイツはノートパソコンを起動してカタカタと何かを調べ始めた。その時、デスクトップの背景がちらりと見える。高知出身のアイツらしい酒瓶とカツオの刺身を写したもので、高知出身者は酒好きが多いと聞くけど本当だったみたい。
そろそろアイツの誕生日を迎えるそうだから食べ物のプレゼントもありかもしれないわね。流石にお酒は無理だけどカツオを使った食べ物なら調達しやすそうね。
「あー、ダスカ。近場の映画館じゃとナイトショーしかないのう」
「昼間に上映してるのはやっぱりないの?」
「ある分にゃあるが平日の正午じゃ。優等生のおまんが授業を抜け出すとは思えん」
「当たり前でしょ!ずる休みとバックレなんて評価に響くじゃない」
常に一番を目指しているアタシが不良じみた行為をできるわけないじゃない。
アイツは何かを考えたうえで、やれやれとこちらに視線を向けてきた。
「……しゃないのう。わしが一緒に行っちゃる。感謝せい」
「ホント!?この映画見たかったのよね!」
「寮長にもわしが申し込めば許可くれるじゃろ。夜に学生がちょろちょろするんは危ないからのう」
「そういやアンタはどういう学生だったのよ」
「わしか。おまんと違うてただの不良じゃ」
「そういやこの前ケンカには慣れてるって言ってたわね」
「おん。一応剣道部に居たが雑魚しかおらんくてのう、すぐ辞めてやったわ」
「アンタはそういうことしそうよね。想像できるわ」
「たいした才能も無いくせに威張り散らすやつが嫌いじゃ。まあ終いにゃあボコボコにしてやったがのう!」
アイツはゲラゲラと大声をあげて笑う。なんかアイツが人を見下して己の才能を誇示する姿が安易に想像できる。
最初こんな性格に怒りを通り越して呆れが来たけど、笑う姿はどこか悲しい。大人の体を持ちながら子供の器を持ってしまったような空虚さが垣間見えて、いつも胸がキュッとしまる。
「ダスカ、おまん何を考えちょる。そげな顔をして」
「……いいえ、何でもないわ。それでいつ行くの?」
「期限はいつじゃ」
「そうね、残りは……一週間!?どうして期限切れ間近のものを送ってきたのよ!」
「とんだ運営ぜよ。となると今週金曜の夜になるのう」
「ならそれでいきましょう。一応、私からも許可証を申請してみるわ」
こうしてアタシとアイツとで映画を見る約束を交わした。気になっていた映画が見れることに昼間はウキウキで授業を受けたり練習に参加していたが、お風呂を上がり自室のベッドで横になっているとあることに気づいてしまった。
これってもしかしてデートなのでは?
「そ、そんなことはないわよね。だってアイツよ、あんなずぼらで卑屈なアイツとデートだなんて!」
自分の才能を鼻にかけて下卑た笑い声をあげる姿なんて悪役そのもので、アクション映画とかなら立派な
……でもどうしてここまで想像できるのかしら、普通に接してる人ならこんなこと考えないのに――――ッ!
「~~もうッ!」
なんかすごい意識しちゃってるわ!てか、今思えばこれっていわゆるデートじゃない!映画館のデートだなんてありがちなシナリオだわ!
「おいスカーレット。ベッドの上でパタパタするなよな。ホコリが舞うだろ」
「仕方がないじゃない!こうでもしないと体が落ち着かないの!」
「情けない姿だなー、まったく」
「そういうアンタに言うけど、仮にアンタとトレーナーが映画館に行くことを考えなさいよ」
「別に何でもないんじゃないか?」
「よくよく考えなさいよ。男女が一緒に映画館に行くのよ!」
「……ウワー! そ、そそれってデートじゃんかよぉ!」
ウオッカの顔は一瞬で赤面すると、鼻を抑えながら仰け反る。ウオッカにも担当トレーナーが居るから想像したのだろう。二人とも恋愛感情は持っていなさそうだけど、話を聞く限りいつの間にか恋愛関係へと発展しそうな感じなのよね。
「アタシが動揺するのもわかるでしょ」
「け、けどトレーナーとはそういう関係じゃないし……」
「はいはいそうね。休日一緒にバイクを乗り回す関係なのにね」
「ま、まさかオレとアイツはそういう関係だったのか!?ぐはっ!」
初心なウオッカには恋愛というものはまだ早かったらしくて、興奮のあまりオーバーヒートを起こしてベッドの上で気絶した。念のため鼻血でシーツを汚してしまうかもしれないので鼻栓を突っ込んであげた。
「あまり日数もないから何を着るか考えないと」
まだ数日はあるけど準備をするにこしたことはないわ。やっぱり清潔感を重視していくべきか、それとも可愛さを重視するのか非常に悩むわね。アイツはどういう服装が好きなのかしら、あーもう!全然わかんない!
悶々とした思いを抱えながら約束の日がやってきた。学生である身分上、夜間の外出は本来一人なら許可が下りないのだが大人と同伴という制約で許可された。
夜間に上映ということですでにお風呂とご飯を終えたアタシは待ち合わせ場所の正門前で待つ。服装は結局のところ普段の外出で着ているものとなってしまった。ウオッカはこういうとき役立たないので、エアグルーブ先輩やフジキセキ先輩に聞いてみたところあまり気にするのはよくないとのこと。
「先に来ちょったか」
「ッ!当然ね、アタシは常に一番に待ち合わせ場所に来るよう心掛けているんだから」
数分待っているとトレーナー寮の方からアイツがやって来た。アタシはあんなに服装で熟考したのに、アイツは紺色のインバネスコートに身を包んでローファーを履いたいつものスタイルだ。先輩二人が気にしなくてもいいという指摘は間違いじゃなかった。流石は先輩たちだわ!
「げに冷えるのう。おまんもそん薄着じゃ寒いじゃろ。コート着ちょったらえいもんを」
「ふん、乙女心がわかってないわね。オシャレに我慢はつきものよ」
「……まあえい。
「そうね。行きましょ。あとアタシの服を見て言うことってないかしら」
「なんじゃ、わしに褒めてもらいたいがか」
「違うわよ!ほ、ほら一番を目指すアタシが着るものに相応しいか判断してほしいの!」
「そやけんどわしに求めんのは間違いぞ。服のことなぞわからん」
「それでもいいの!率直な感想を言ってみて!」
トレーナーと一緒に遊びに行くのはこのおでかけが初めてだったりする。遊びに行こうと誘うも毎回断られてしまうからだ。その時は仕方なしにウオッカたちと遊びに行くけど、その間アイツは何をしているのかというと呑気に昼寝をしていたりパチンコを打っているとのこと。担当ウマ娘と距離を一定に保とうとするトレーナーは少なくないけどそんな過ごし方を送るなら一緒に遊んだ方がいいじゃない。
ちなみにソースはアイツの後輩である桐生院トレーナーとたづなさん。
「似合ちょるぞ」
アイツは顔を首巻で隠しながら不愛想に告げる。けど赤面をしながら目をどこかへ向けるといった表情を浮かべていて、気恥ずかしさの裏返しなんだということがわかった。ホント、ツンデレなんだから。
「さあ行くわよ!」
「お、おう。そうじゃな」
アタシらは道中でバスに乗り、十数分間車内で適当な話を交わすと映画館についた。そのまま中へ入りカウンターで店員にチケットを見せる。初上映から時間が経ったのとナイトショーということもあってか座席はほとんど空いていた。一番スクリーンが見やすくて迫力のある真ん中の座席を選び、入場時間が来るまでポップコーンとドリンクを買って待つことにした。
自分が買ったものの料金を払おうと財布を取りだしたら代わりに払ってくれた。大人としての意地と男としての威厳を見せたかったのかも。まだまだ子供扱いされてるんじゃないかと思う反面、気を使ってくれて嬉しいと思っちゃった。
入場時刻になりアタシたちは上映するシアターに入る。大きな空間をほぼアタシたちで独占できると考えるとすごい贅沢。
「見いや。デカいベッドじゃのう」
「さっき店員さんが言ってたでしょ、これカップルシートっていうの」
「こんぐらいデカいき、こっちの席にすればよかったのう」
「アタシとアンタがカップルだって言いたいの!? そ、そりゃあ付き合いは長いしさ……」
「冗談じゃ冗談。なんじゃ、優等生いうがは冗談の区別もつかんか」
「ッ!?もー!」
「なんじゃああああ!!」
トレーナーからポップコーンなどを入れたトレイを奪ってから軽めに足を踏んずけてあげた。軽めとはいえウマ娘の脚力で踏まれればどうなるのか、それは言葉にするまでもない。屈んで痛みに悶えているアイツを尻目にアタシは座席に座る。後から痛みが落ち着いたのかひょこひょことやってきた。
「い、痛かったぜよ!」
「あっ、そう。蹄鉄付きのシューズじゃなくてよかったわね」
「けっ、おまんはデカ女だから一撃が痛かったのう」
「へぇー、今何か言いましたか?トレーナーさん?」
「痛いぜよ!手の甲抓るんの止めや!」
デリカシーのなさはホントお墨付きね。見直したと思った途端にすぐこれなんだから。
「にしても映画なんぞ久しぶりじゃ」
「そうなの?」
「わしが最後に見ちょったは六年前じゃのう。ちょうど高校生の時」
「ちなみに何を見たの?」
「『幻のウマ娘』ちゅうもんじゃ」
「あー、それ知ってる!連戦連勝のウマ娘の話よね!アタシもあれを見て心が躍ったわ!」
「そうか!あれは名作じゃし、なんてったってわしに関わりのあるウマ娘じゃ。見ないわけにはいかんぜよ!」
「まさかそれでトレーナーを目指し始めたってわけ?」
「……昔からわしは目指しちょってた。そんトレーナーになるっちゅう想いが強くなったきのう」
語られるトレーナーを志した経緯にアタシは意外だなって思った。トレーナーになるには様々な試験を受けないといけないので難関だ。だから絶対に諦めないという想いを持った人じゃないとなれない。その想いをちゃんとアイツも持っていたんだから嬉しいわね。
そうこうしているうちにシアターの照明が落とされた。辺りは一面真っ暗になり、目の前に大型スクリーンに映像が流れる。もうじき上映するという合図だ。
「一応言うけど寝ないでよね」
「大丈夫じゃ、つまらん映画じゃのうなら起きちょる。酒も飲んでないきのう」
「そう、ならよかったわ。案外、そういうところきちんとしてるのね」
「賭け事じゃないしのう。遊びのマナーを守った方が楽しいからのう」
人を見下す際に見せる下劣な笑みではなく、ただ純粋な笑みをアタシに向けてきた。無精ひげこそ生えているが童顔な顔立ちが見せる笑顔はアタシをときめかせるには十分だった。普段見せるものとは違う一面、いわゆるギャップはすごいって漫画やドラマでは言ってたけどホントにその通りなのね。
「映画、面白かったわね」
「そうじゃのう」
一時間半の上映を終えてアタシたちはシアターを出た。シアターの出口に設置されたトレイ置き場とゴミ箱に容器を置いた。内容としてはかなり良作で、当初は渋々同行していたアイツもシアターに釘付けになっていた。前のめりになってまで見てくれたんだから誘ってよかったわ。
「恋愛ドラマとミステリーが合わさっている作品かと思ったら迫真の戦闘シーン!役者さんの演技も良かったわね」
「飽きさせない構成じゃった。久しぶりじゃが楽しめたぜよ」
「ホントにそうね!ほら、一緒にでかけるのもいいでしょ」
「まあ今度遊ぶんなら考えてやっても悪くはないきのう」
「素直じゃないわね。こういう時はそうだって一言言えばいいのよ」
「……おまんはまだ学生なんじゃ。ほんなら友達と遊べばえい。学生時代を楽しんじょれ」
トレーナーはアタシのことを気にかけているのかあえて冷たい態度を取った。自分もまた遊びたいって思っているくせにアタシのことを気にする態度は嬉しくもありどこか寂しく感じる。……ホントに素直じゃないんだから。
壁に寄りかかってやれやれと真意を伝える。
「大丈夫よ。アタシ、友達多いんだから」
「ほんなら増やすか親睦を深めちょれ」
「まだわからないの? アンタも関係を深めるべき仲間に入ってるんだからね」
「わしが、じゃと?」
「そうよ。アンタはたくさんアタシに尽くしてくれたんだから」
「……変わった女ぜよ」
「それがダイワスカーレットよ。覚えておいて」
気だるそうに頭を掻きながら口元を首巻で隠した。待ち合わせ場所で見せたように顔に感情が表れやすいタイプなんだから、きっと笑っているのね。
「そういやダスカ、気になっていたことがあるんがはえいか?」
「何よ。言ってみなさい」
「どういても理解できのう仕草があってのう。今から試すぜよ」
「それってどういう――――ッ!?」
一気に距離を詰めたアイツはアタシの顔の壁にドンと片手をついた。壁際に追い込まれたのとずいっと顔を近づけてきた衝撃で驚いたけど、驚きが一瞬にしてときめきに変わった。
ギラギラとした目つきとくせっげな前髪で隠されたオレンジの瞳が僅かに見える。あのレースや他のウマ娘を分析する際に見せるあの真剣な顔でこっちの目を見つめる。
アタシの顔が熱くなり、きっと誰にでもわかるぐらいに赤面しているのを感じる。胸もドキドキと鼓動が早くなり、やや息苦しさを感じる。レースの後みたいだけど苦痛に思わないし、むしろ心地が良かった。
「ダスカ」
「は、はぃ」
空いた片手でアタシの顎を持ち上げる。緊張と鼓動がピークに達してうまく返事ができない。この展開はあの映画の終盤で主人公がヒロインにキスをするシーンそのものだ。アタシもあのヒロインみたいに激しいキスを交わすんだわ!そうじゃなかったらこういうことをしないんだから!
アタシは目を閉じてやや唇を突き出した。ヒロインが劇中でしていたことをそのまま真似したけど、どうしてそうするのかわかった気がする。覚悟を決めてトレーナーのキスを待つ。……これがファーストキスになるなら悪くないわね。
「……ははは!効果てきめんじゃあ!」
「へっ?」
暫く待ってもキスが来ない。目を開けてみるといつの間にか手を放していたトレーナーが腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。緊迫した状況から一転した状況に何も考えることができなかった。
「わしがおまんとキスをするわけないじゃろ!第一、まだ中等部なんじゃから捕もうとしてまうわ!」
「~~ッ!!最低ッ!」
「何度でも言うがえい!映画ちゅうもんは有意義なもんじゃのう!」
「ふん!暫くアンタとの練習に付き合ってあげないし、このことをエアグルーブ先輩たちに言いつけちゃうんだから」
「ははは!エアグルーブが怖くてたまるか!所詮ただの小娘じゃ!」
ホントに信じらんないッ!初体験かと思ったらこんなざまになるなんて!もう一人で帰る!
アタシは純情を弄ばれたことに怒りながら映画館を出る。さっきみたいに足を踏む余裕すらない。後ろではアイツが付いてきているが、帰るところが一緒なんだから当然なんだけどね。
「おいダスカ」
「……何ですかトレーナーさん。まだ要件があるんでしょうか?」
「そん素っ気ない態度は初対面を思い出すのう」
「そろそろバスが来る時刻なんで。何なら暫く喋りかけないでくれますか?」
「次はいつ出掛けるか」
さっきは否定的だったおでかけを肯定してきた。親睦を深めるべき仲間というアタシの言葉で心境が変化したのかも。後ろを振り向くとトレーナーは満足気に笑っていた。
「さあね、けど遠くはないわよ」
「ほんなら楽しみにするぜよ」
バカね、その笑みを浮かべられたら冷たくなれないじゃない。ズルい人なんだから。
岡田以蔵と意外にウマが合うのはナリタブライアン。ちびちゅきで以蔵は葉っぱ咥えてたし、不良ポジションだし、肉食系(食への好み)だし。
あと土佐出身のハルウララが土佐弁を喋る様子とか結構気になる。