傲慢な天才トレーナーと一番星のアタシ   作:渡邊ユンカース

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フジキセキのあの格好はセーフなのに、どうしてヒシアマ姐さんだけ二度も修正されるんだ。
大変サイゲには遺憾の意を表明する。(馬主のことも考えないといけないけど)


一番のアタシは悪い子になる

 あの日からトレーナーは変わってしまった。それもわかりやすく。

 いつもなら傲慢でありながらも自分に絶対の自信を持って指導してくれるのに、あの日以降目に見えて自信が喪失していた。

 トレーニングの最中、トレーナーはどこか虚ろな目で呆けていたり稀に何かに嫌悪したのか顔を顰めることが多くなった。アタシが自己ベストを更新した時も自分の手柄にしないで「先生の教えを真似した」「わしは何もしていない」と言って寂しい顔で謙遜するのだ。

通常なら「自分は天才だから当然の結果」とか言うのに。

 日に日にやつれていくアイツの姿にアタシは口を出せずにいた。アイツを受け止める覚悟がなかった。

 

 ある日、トレーナーがトレーニングに来なくなった。最初は風邪か二日酔いで寝込んでいるのだと考えたけど、一週間もの間来なかった。一応、トレーニング表を事前に渡されていたからよかったけどこんな日が続けば支障が出る。

 まずは絡みが多いたづなさんと桐生院トレーナーにアイツが今何をしているのか聞いてみた。アタシのトレーニングをサボって遊んでいたら怒るつもりだった。

 

「すみません。最近先輩を見ていないです」

「そういえば見ませんね。どうしたんでしょうか?」

 

 二人から返ってきたのは目撃していないという情報だけ。

 アタシはトレーナーに会いに行くためにたづなさんからマスターキーを借りた。たづなさんもトレーナーのことを気にかけていたらしく、代わりに会ってほしいと快く承諾してくれた。飲み仲間というわりにはそういうことを言うのでちょっと不思議に思ったけど、ひとまずはアイツの部屋に行くことにした。

 

「ちょっと。居るのかしら」

 

 アタシは取り付けられたチャイムを押すも出てこない。室内からチャイムの音が聞こえるので故障はしていない。アタシは何度もチャイムを連打して鳴らすが、一向に出る気配がない。

 仕方なしにマスターキーを使って開錠した。幸いなことにドアチェーンが掛けられていない。もし掛けられていたらチェーンをウマ娘のパワーで破壊しようとしていたからよかった。

 

「……散らかりすぎでしょ」

 

 室内は泥棒でも入ったかのように荒れに荒れていた。至る所に空き瓶や空き缶が転がり、カップ麺やコンビニ弁当の容器が散乱していた。ゴミ箱も最近まで捨てられていないのか、ゴミの山ができている。せっかく掃除したのに台無しになってしまった。

 

 この薄暗くてやや悪臭が漂う部屋から逃げ出したい。でもトレーナーが此処にいるかもしれないという可能性を無視できない。

 

「何処に居るのよトレーナー……!」

 

 アタシはハンカチで鼻を抑えながら暗中で捜す。寝室やリビングにもいない、となると台所に居るのかもと視線を移した。すると台所の壁際で座ったまま俯いた状態のアイツの姿があった。

 よかった。此処に居たのね。

 

「ほら、起きなさい」

「……」

「いつまで寝ているつもり。早く起きないと次のレースに間に合わないんだから」

「……」

「ねぇ。聞いてるの」

「……」

「ちょっと!」

 

 声を掛けても反応を示さない。揺さぶってみても頭がガクガク揺れるだけ。

 その時、最悪の予想が脳裏を横切る。

 

「ちょっと起きなさいってば!お願いだから起きてよ!」

 

 それは孤独死というもの。以前テレビで独身男性は自宅で発作を起こして倒れ、そのまま息を引き取るという例が多いと聞いた。アタシは急いでアイツの脈を測る。まだトクトクと脈が動いているから発作が起きて間もないかもしれない。それなら助かる見込みがある。

 

「死なないでトレーナー!私を一番にするって言ったじゃない!」

 

 声を掛けながらアタシは携帯電話で緊急電話を掛けようとした。保健体育で心臓マッサージや人工呼吸のやり方は習ったばかり。授業通りにこなせば持ちこたえられる!だから生きてよトレーナー!

 

「……騒がしいのう」

「トレーナー!」

「どういて抱き着くんじゃ?何ぞこん部屋におる?」

 

 必死の声掛けにようやく応じたのかトレーナーは気怠そうに眼を覚ます。目覚めてくれたことに安堵したアタシはつい抱き着いてしまった。お風呂に暫く入っていないのかアルコールとタバコの臭いがしたけどそれでも抱き着き続けた。

 よかった生きていたんだ……!心配かけさせてホントにもう……ッ!

 

「ダスカ退け、立てんやろ」

「ご、ごめんなさい。そうよね、邪魔だったよね。すぐに離れるわ」

「ふん、わし抜きでもできるようメニュー渡したじゃろ。それでやればえい」

 

 そうボサボサになった頭を掻いて近場にあった缶ビールを開けようとする。トレーナーの手に渡る前にひょいとそれを取り上げた。

 

「駄目よ。まだ日も沈んでないわよ」

「返せや。酒を飲むは自由じゃ」

「それでもよ。ほら、早くトレーニングしましょう。アンタが残したメニューだけじゃ一番になれないんだから」

「嫌じゃ。わしはもうトレーニングを見んぞ」

「はあっ!?」

 

 唐突に明かされたトレーナーの思いにアタシは驚きを隠せなかった。自分が得意とするトレーニングの指導を投げ捨てるだなんて想定外だった。二週間前まではあんなに才能を鼻にかけていたのにここまでの変わりようは異常だった。

 

「どうしたのよ!面倒くさそうにしてたけど真剣だったじゃない!」

「わしはもうトレーニングを見とうない」

「何よいきなり!アタシの走りが嫌なの!?それともアタシがわがままだから!?」

(ちが)うとる。おまんの走りはえい走りじゃ。これはわしの問題やき、気にすんなや」

「一緒にここまでやってきたじゃない!ウオッカと競り合えるのはアンタのおかげでしょ!」

「違うぜよ!」

 

 声を張り上げてトレーナーは否定した。アイツは日常的に大きな声を出していたが、それ以上に大きく断固とした意志を持っていた。わなわなと体が震え、視線を落とす。顔こそ見ないけど口をギュッと結んでいるのはわかった。

 

「……じゃき、わしはトレーナーを辞める」

「そ、それって本気で言ってるの?」

「あぁ。ダスカが来る前に辞職届をこんまい(小さい)理事長に送った」

「じょ、冗談よね……?笑えないわよ」

 

 衝撃の展開にアタシはこれが現実化わからなくなった。これが夢だったらどれほどよかったことか。

 

「本気じゃ。手続きも終えたし、おまんを引き取ってくれるトレーナーも決めたぜよ。確かな経歴と腕があるトレーナーじゃ、よかったのう」

「あ、アンタはアタシを捨てるの……?」

「そんことは言うてない」

「じゃあ何よ!何か事情があるなら言ってちょうだい!」

「……」

 

 トレーナーは何も言わない。あんなに一心同体となってレースやトレーニングに打ち込んだのに、どうしてそんな非情なことが言えるんだろう。改善しようにもアイツは教えてくれないからわからない。何が正解なのかホントにわからない。

 ……だったら聞くまでアタシはトレーナーに聞き出すことにする。

 

「もう話はえいじゃろ。ほれ、帰れや」

「まだ終わってなんてないから」

「抜かせ。わしのことなんぞ忘れちゃればえい、わしはそん程度のトレーナーじゃ」

「嫌よ。アンタはアタシが一番になるまでトレーナーを務めてもらうんだから」

 

 ガサガサになったアイツの手を掴んだ。今にも崩れ落ちそうなトレーナーとは違い、ゴツゴツしていて自分より大きい手は頼もしさを与える。

 

「今からアタシは悪い子になるわ」

「何を言うとるんじゃ。おまんの願いば優等生じゃろ」

「今はいいの。じゃあ外に行くわよ」

「嫌じゃ。何ぞ外に出ないとならんのじゃ」

「そうね。今のアンタは浮浪者だから先にシャワーを浴びなさい」

「話を聞けや!」

 

 ずるずるとトレーナーを引きずって脱衣所まで連れていく。そしてウマ娘のパワーで強引に衣服を剝ぎ取った。使い込んでいた寝間着であったため、易々と引き千切ることに成功した。後で代わりのやつ買えばいいよね、ボロボロだったしいい機会ね。

 

「何じゃあああああ!?」

「前は見ないから先に入ってなさい。なんなら頭でも洗ってあげようかしら」

「お、おい!自分で洗えるわボケ!」

「なら入っちゃいなさい」

 

 トレーナーの裸体をあまり見ないようにお風呂場に押し込んだ。

 衣服越しからでもガッシリした体格だったけどやっぱり生で見るとすごいわね。胸筋と腹筋がバキバキに割れててときめいちゃった。あんな不健康な生活しているのにいつ鍛えているのかしら。……今度触らせてもらおう。

 

「服はアタシが適当に選んで置いとくから」

「……何なんじゃ。別にわしの勝手じゃろ」

「ほーら、ぐだぐだ言ってると扉開けちゃうわよ」

「わかったわ。じゃき開けんなや!」

「きちんと頭と体を洗うのよ。引きこもってたんだから臭いが染みついてるのよ」

 

 トレーナーが入浴している合間に服を選ぶ。タンス代わりに使っている衣装ケースにはヨレヨレのシャツやしわだらけのズボン、穴あき靴下がたくさんあった。その中から比較的マシな物を選別して、ダサくない程度のコーディネートをしてあげた。

 いつもヨレヨレなシャツばかり着ていると思ったらまったくアイロンをかけてないじゃない。ローファーばかり履いているからわからなかったけどこんなに靴下に穴開けちゃって。爪を切りなさい爪を、なんなら切ってあげようかしら。

 

「おい、あがったぞ」

「そう。なら服置いてあるから着ちゃって」

「で、おまんは今何しとる?」

「何ってゴミの分別よ。見てない間にこんなに溜めちゃって」

「構わんじゃろ。此処を去る前に片付けようとしただけぜよ」

「まあいいわ。それとアンタってタバコ吸うのね。前はタバコの臭いが薄かったからわかんなかったわ」

「昔から吸うとる。ただウマ娘は鼻がえいからのう、気ぃ散らさんよう消臭しとっただけじゃき」

「あら。気配りしてくれたのね」

「ほざけ、トレーニング教本に則っただけじゃ」

「タバコは体に良くないから制限してよね。一日一箱は辞めて」

「ふんっ、知るか」

 

 不貞腐れた顔で脱衣所の扉を開ける。お湯で血色が良くなって赤みがかった肌は若干の色気を感じる。やっぱりヒモの才能あるわね。アタシはそのまま寝室で寝ようとするトレーナーの腕を掴み、玄関に引きずる。

 

「さあ遊ぶわよ!ショッピングモール巡りよ!」

「はあっ!?」

「この前、リニューアルオープンしたから楽しみなのよね」

「お、おまん外出許可証は貰おうたか……?」

「言ったじゃない。悪い子になるって」

「はあっ!?おまんが目指しとうていた優等生はどうすんがか!」

「明日から元に戻せばいいの。今日だけ悪い子でいるわ」

「い、嫌じゃ!わしはこん場所におる!」

「駄々こねないの。無理やりにでも行かせるわ」

「何じゃあああああ!?」

 

 いつも身に着けている首巻とローファーを着けてあげて、アタシたちは外に出た。道中で寮長のフジキセキ先輩が通り過ぎたけど、何も言わずに見過ごしてくれた。頭が良くてセンスが良い先輩だからこっちの事情を察してくれたんだろう。

 

 アタシらはできたてのショッピングモールに到着した。無理やり連れて来られたので終始ムスッとした顔を浮かべるトレーナー、その機嫌を直すためにアタシはテイオーがよく飲みに行っているドリンク屋に行った。

 

「タピオカ飲みましょうよ!」

「タピオカじゃと?どういてわしが女子の飲み物飲まならんのじゃ」

「いいじゃない、スイーツを食べるのに男女も無いわよ」

「けっ、わしは土佐の男じゃき。飲まんぞ。それにカエルの卵みたいじゃのう」

「そんなこと言わない。すみませーん、タピオカ二個くださーい」

「おい勝手に決めんなや」

 

 文句垂れるトレーナーを放置してアタシはタピオカを注文した。アタシはいつもテイオーが頼んでいるハチミー多め固め、アイツには初心者にも優しいアッサムミルクティーを注文する。

 財布を開いてアタシの分も払おうとするアイツに静止させて先に払う。

 やっぱり飲み物ということあってか調理する速度が速い、待ちぼうけが苦手な人にも優しいわね。

 

「お待たせしました。タピオカです」

「ありがとうございます。ほらトレーナー」

「わしが出しちゃろうと思ったんじゃが」

「いいのいいの。ママからお小遣い貰ってるし、レースの賞金があるわ」

「そんでもわしは大人の男ぜよ。年下の女子に払わすなんぞ恥じゃ恥」

「人の厚意ぐらいいただきなさい。いいから受け取って」

「……おん」

 

 変なところだけしっかりしているトレーナーを言いくるめてタピオカを渡す。初めて飲むタピオカに苦戦しながらも、スポポポポと音を立ててタピオカを吸う。ただただ無心にタピオカを吸っている姿がシュールで笑っちゃう。

 人に笑われるのを嫌うトレーナーはすぐこちらに気づき、眼光を光らせた。

 

「おい、わしを笑うたか」

「だってアンタがひたすらにタピオカを吸うのがシュールなのよ。顔色ひとつ変えないし」

「仕方ないじゃろ。どう飲めばえいかわからん」

「どう飲めばいいかなんて無いわよ。けど一つ言うならタピオカばかり吸っているとミルクティーがアンバランスに残るわよ」

「ほうか」

 

 素直に忠告を受け入れたトレーナーはタピオカとミルクティーのバランスを考えながら飲んでいく。タピオカとは本来飲み歩きをするための食べ物、アタシはトレーナーの腕を引いてショッピングモールに入っていく。リニューアルオープンしたてということで混雑していた。

 

「ダスカ、おまんは何がしたいんじゃ。こん場所にわしを連れ込んで」

「いいじゃない。ぶらぶら歩くのも面白いでしょ」

「わしと絡んでもつまらんだけじゃき。ウオッカかテイオーたちと行けばえいがじゃ。とぎ(友人)は大事にせえ」

「ならアンタと行ってもいいわよね」

「ダスカとわしが友達じゃと?抜かせ、そん関係なんぞ知らんわ」

「一緒にご飯を食べたり、映画館に行ってもそんなこと言うの?」

「……ありゃあ(ちご)うとる。大人の責務を果たしただけじゃき」

 

 トレーナーは今までアタシがトレーナー、もしくはトレーナーがアタシにしたことに言い訳をする。苦し紛れな言い訳は次第にトレーナーの顔に影が差してくる。見ているこっちがつらくなってくる。

 

「あっ、あれアンタに似合いそうなマフラーがあるわよ。ねぇ、見ましょう!」

 

 耐えきれずにすぐ話題を逸らす。ちょうど目の前に服屋があって、棚には複数のマフラーが陳列されていた。

 ……アタシってバカね、自分がトレーナーをそんな顔にさせたのに逃げるだなんて。

 

「これアンタに似合うんじゃないの?この紫色とか」

「おん、そうか」

「あとはこれとかも良いわね。黒色とか」

「おん、そうか」

「やっぱこの色もいいかも」

「おん」

「……アタシのセンス悪いかしら?」

 

 生返事ばかり返すトレーナーに少し不安になった。どれも良いと思って選んだんだけど、アイツが良いと思わなかったら無意味なのよね……。

 

「そういうことじゃなか。わしはこん首巻しか着けん」

「……どういうこと?」

「……これはわしの大切な物なんじゃ。よく使われちょってボロボロじゃがの」

「アタシのティアラみたいなものなのね。それって」

「そうじゃ。やき(だから)、これは譲れんがじゃ」

 

 アイツはギュッと自身の首巻を握りしめる。愛おしそうに、絶対に手放さないという意思を持って。

 本当に大切な人から貰ったのね、アタシもティアラがあるからその気持ちがわかる。ママからこのティアラを貰ったけどアイツは誰から貰ったのかしら。たぶんだけど度々漏らしていた先生かも。

 

「なら大事にしないとね」

「まっこと大切な宝物ぜと」

「それじゃあ散策続行ね。外にも店舗はあるから行きましょうよ!」

「そうじゃのう」

 

 少しだけ心に余裕が生まれてきたのかトレーナーの表情も柔らかくなってきた。アタシは大口を開けてゲラゲラ笑うアイツの姿の方が大好き。だからもっと楽しませないといけない。頑張って心変わりをさせて、アタシの担当トレーナーを続けてもらわないと!

 

――――そうしてくれないとすごく困っちゃうんだから。




タピオカを吸う岡田以蔵は実際にlack大先生がお書きになられています。
トレーナーがタピオカを吸う光景はその絵の通りとなっていますので是非ともご覧ください。

ちなみにテイオーが頼むハチミーは値段が高い。
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