後編は明日投稿します。
アタシたちはショッピングモールを一時間程度ぶらぶらした後、繁華街の方へ進んだ。この時間帯になると学生だけでそこらをうろつく人なんていない、だからアタシたちが浮いて見える。
そのせいで警察官に職質されて大変だったわ。一緒に並んで歩く姿が援助交際しているだの悪質なスカウトに遭っているだの思われてたみたい。実際、トレーナーは人相がよさそうな顔つきじゃないし粗暴だしね。
トレーナーもトレーナーで噛みつこうとして大変だった。散歩中に吠え掛かる犬の飼い主の気持ちだわ。
「ねぇ、今度はあそこ行きましょうよ」
「……カラオケじゃと?」
「そうよ。アタシも友達とまあまあ行ってるし」
道中でアタシたちはカラオケを見つけた。さっき職質されたからトレーナーの機嫌が悪い、ちょっとそこらで落ち着かせる必要があった。次、職質されたら揉め事に発展しそう。
アイツはボリボリと面倒くさそうに頭を掻いた。
「どうしたのよ」
「わしはあんまし歌を知らん。つまらんだけじゃき」
「それでもいいの。アンタはアタシの歌を聴いているだけで構わないわ」
「ふん、物好きじゃのう。まあ、足休め目にゃあはなるか」
「さっさと行きましょ。アンタにアタシの歌、いっぱい聴いてもらうんだから」
「手ェ引くな!独りで行けるわ!」
―――――だって手を繋げる理由ができるじゃない。まっ、そんなこと口には出せないけどね。
アタシたちはカラオケに入り、ロビーで部屋を案内された。時間は二時間でドリンクバー付き、ワンドリンクだと歌ってる側はすぐ飲み干しちゃうから。
慣れた手つきで選曲用のリモコンをいじるけど、トレーナーは6畳程度の部屋でソワソワとしている様子で落ち着きがなかった。
「何よ、落ち着きが無いわね」
「……普段通りじゃ」
「へー、いつもの乱暴な態度が嘘みたいね」
「あぁ?」
「もしかしてアンタ、カラオケ初めてなんでしょ」
「はあっ!?なわけあるかァ!」
アイツは図星を当てられて動揺を隠しきれていなかった。そういや桐生院トレーナーがよく独りで行動していたって言ってたわね。あんな気性難な性格しているから友達が少なかったのかもね、あまり面識がない人に煽られるとすぐ怒るし。
それならどうして桐生院トレーナーはアイツに懐いているのかしら。名家出身の箱入り娘だからああいう人が新鮮だったのかしら。うーん、不思議だわ。
「おい、次は何じゃ。こっちをジロジロ見よって」
「……些細なことよ。気にしないでちょうだい」
「ほうか。ならえい、はよう歌えや」
「急かさないで。ちゃんと歌ってあげるから」
それからいくつかの歌を歌った。最近流行している人気曲や人気歌手の歌、やっぱり恋の歌が多くなっちゃったけどトレーナーは黙って相槌を打ちながら聞き入ってくれた。アタシの想いを乗せた歌がトレーナーを魅了していると考えるとすごく嬉しい。もっと聞かせてあげたくなっちゃう。
とある歌を歌い終えたアタシはマイクを差し出す。
「下手でもいいから何か歌ってみない?」
「外で言うたじゃろ、見てるだけでえいって」
「そうなんだけどさ、どうしてもアンタが歌っている姿が見たいなって」
「……しょうがないのう。おんしリモコン貸せ、あれなら歌えるかも知れん」
落ち着きを取り戻したトレーナーはポチポチと選曲リモコンを押して目当ての歌を探す。アタシの操作を傍で見て学んだんだろう。ホント、観察力だけはずば抜けているんだから。
そして目当ての歌が流れた。聞き覚えがあって懐かしみを覚えるメロディー、まさかと思ってスクリーンを見るとアタシが初めてG1レースでライブをした曲だった。最近、ウマ娘のライブで使われた曲がカラオケ入りしている。
予想外の選曲に混乱しているとトレーナーは立ち上がってマイクを構える。
「おまんとトレーニングした曲じゃ。忘れるわけがないき」
「ッ!」
微笑を浮かべながら流し目でこちらを見つめてくる。急に捻くれた子供からクールな大人らしさを含んだ表情に変わるのでそのギャップで胸がキュンとときめいた。
ホントにいけない人、そんなこと言われたら惚れちゃうじゃない。てかアタシと一緒に指導したから覚えているって自分色に染めている感じがするわね……案外いいかも。
「あ、アンタもしかして踊れたりもするの?」
「当たり前ぜよ。全て覚えたわ。なんなら踊っちゃろか?」
「そ、それはいいわ!見たいけど部屋が狭いしね!」
「ほうか。んじゃ、始めるぞ」
トレーナーは完璧に歌の特徴を抑えており、声のトーンを上げたりこぶしを効かせたりして器用に歌う。訛りも極限まで抑えて歌うので一瞬別人のように見えた。よく通る声が居心地を良くさせた。
何よ、つまらないって言った割には面白いじゃない。しかも上手いし、アタシと一緒にライブで歌ってほしいわ。トレーナーと担当ウマ娘がデュエットを組んで歌うだなんて前代未聞で一番目立ちそうね。
「おう、どうじゃダスカ。上手く歌えたかのう」
「すっごく上手に歌えたじゃない!いつもの自信で歌えばもっと良くなるわよ」
「わしの歌なんぞ誰も聴きとうないじゃろ。てか誰がわしの歌を聴きたいんじゃ」
「まずは一番はアタシね。その次にたづなさんか桐生院トレーナーが聴きたいんじゃないかしら」
「たづなと葵がわしの歌を、じゃと?」
「そうよ。アンタはいっつも飲み会で騒ぐくせにカラオケ行くことになるとすぐ帰るって二人が」
「……二人は期待しとるんか?わしをバカにする腹じゃないがか?」
「全然っ違うわよ。アンタの実力ならきっと大喜びだわ」
「ほうか、ほうか……」
自分に純粋な期待が寄せられていると知ったトレーナーはしみじみとした顔で呟いた。
「喉休めも終わったしアタシも歌ってあげるわ。うまぴょい伝説でも歌おうかしら」
「あぁ!?あんの頭おかしゅうなる歌を歌うんか!?」
「別にいいじゃない。アンタもイベントで歌ったんでしょ」
「なっ!?どういて知っちょるんがか!?」
「そりゃあうちらの間でその動画が回されたからね」
「……ウマッターとウマスタか」
「そうね」
「くっ……!?」
恥じらいながら歌い踊る姿は見てて飽きないものだった、なんて言ったら怒るわよね。実際、大の大人が頭に手を当てて飛び跳ねる様は話題になったのよね。トレーナーは知らないけど他のウマ娘たちからの好感度が上がってたりするのよね。最初、アイツの担当になった時に弱みを握られて脅されているのかって同級生に訊かれたことあるし。
「じゃあ歌うから見てなさい。ランキング一位を目指して頑張るんだから」
「ふん、出せるもんなら出せや」
「言ったわね。練習して高得点取れてるんだから」
鼻で笑うトレーナーを横目にアタシはうまぴょい伝説を歌う。聴き始めた頃はどうしてこの歌がウマ娘を魅了する歌になったのかわからなかったけど、聴いているうちにその良さがわかってきた。ウマ娘とトレーナーの双方が真剣にトレーニングに打ち込み、それを賞賛する歌であるのを心で理解できた。一部ではコールの時に『俺の愛バが!』と言う者もいるらしい。うちのトレーナーは言ってくれるかしら。
うまぴょい伝説を歌い終えるとかなり喉が渇いてきた。ランキングでは上位層に食い込めたけど一位は残念ながら取れなかった。悔しいけど精一杯歌えたからよしとするわ。そろそろ飲み物でも取りに行こうかしら。
「ダスカもドリンクバー行くんか。わしも行く」
「そうね。今度は何を飲もうかしら」
「そうじゃのう。酒は頼めんからオレンジジュースにしとくか」
「お酒飲み放題ならたくさん飲みそうね」
「当たり前ぜよ。飲まんやつは損しとるわ」
「前々から気になってたんだけどお酒ってそんなに美味しいの?」
「わしは大抵の酒を美味いと感じるからようわからん。そういうのはたづなに訊け」
「たづなさんそんなに飲むの?」
「アイツは涼しい顔してよう飲む。いっつもわしが酔いつぶれて介抱される」
「……うん?ちょっと待って、たづなさんに介抱されたことあるの?それも毎回」
「おん、酔いつぶれたわしを背負ってアイツの部屋に寝かされちょる」
唐突に明かされた事実に慌てふためいた。アルコールで理性を失った大人二人が密室ですることといえばアレしかない。そんな肉体関係にまで発展していると考えると顔が赤くなって心が落ち着かなくなる。
ドラマや漫画とかで酔った女性に惹かれて男の人が狼になって襲うっていうシーンがあるし、きっとそうなっちゃうに違いないわ!
「ちょ、ちょっと!ハレンチよ淫らよ!」
「お、おいどういてそんな慌てちょる」
「そ、そりゃあアレしちゃってんでしょ。二人はあんなに仲が良いし」
「アレじゃと?……あぁセックスのことか」
「そんな堂々と言わないでよ!まだ中等部なのよ!」
「……はははッ!するわけないぜよ!」
ゲラゲラとトレーナーは笑う。捧腹絶倒という四字熟語が相応しいほどに笑い、勘違いしたこっちはやってしまったと顔を両手で抑える。邪推してしまったのを記憶から消したい。
アタシってホントにそういうところあるんだから……ッ!もー!
「はぁー、久しゅう笑わんかったから疲れたわ」
「へ、変な誤解させないでよ!」
「知るか。てか、おまんも割とむっつりなんじゃのう」
「は、はあっ!?」
「たづなはわしのことそんな目で見とらん。ただの男友達として見てるんじゃろ」
「こ、根拠は何よ!」
「わしと毎度食いに行くときあの緑の事務服じゃぞ。意中の相手じゃったら服変えちょるだろうし、なんなら毎度ラーメン屋なんぞに行かんわ」
「ら、ラーメン食べてるの?」
「おん、アイツは餃子とチャーハンとラーメンとビールをよく頼んどる。どれも大盛じゃぞ」
「そんなに食べるんだ、たづなさん……」
あんなにスタイルが良くて綺麗なたづなさんがそういうところに行くのね、意外だわ。どうやったらその体型をキープできるのかしら?そういやたづなさんが校門を駆け抜けたスペシャルウィーク先輩に追いついたって聞いたわ、もしかしたらたづなさんも……。
「ちなみに葵は酒飲めん。低いアルコールの酒で酔いつぶれるからのう」
「……まあ想像できるわね」
「前回の飲み会でわしの背中に吐きおって大変だったぜよ」
「そ、それは災難だったわね。……うん?背中?」
「わしが背負って寮まで運ぼうとしての」
「アンタ、女性の部屋に入りすぎよ!プライバシーを守りなさい!」
「流石に放置はマズいじゃろ。それにわしは何もしちょらん」
「本当でしょうね」
「わしが強姦紛いなことしゆうと思うか?」
「……一見そう見えるけどそんなことしないわ」
「気に食わんがまあえい。翌日、葵が謝りおってアイツの実家からお詫び品が送られたぜよ」
「まあ服汚した上に介抱されたからね。で、中身は?」
「最高級の日本酒じゃ! 贅沢に
幸せな時間を思い出したトレーナーは満面の笑みを見せる。よほど気にいったのね。そういや桐生院トレーナーは代々トレーナー業をしている名家だし最高級の日本酒が送られてもおかしくはないわ。
「気にするなと言ったんじゃが葵は未だにそんこと引きずってのう。誘っても一緒に飯食いに行かんきに」
「そりゃあ人に向けて吐いちゃったんだから罪悪感とか羞恥心で行けなくなるでしょ」
「そうかのう。わざとじゃのうならえい」
「少し時間を空けて誘った方がいいわね」
「ほうじゃのう」
「それじゃあドリンクバーに行きましょう。喉が渇いたわ」
「おん」
一通り話し終えたアタシたちはドリンクバーに向かうためドアを開ける。ドリンクバーの位置とアタシたちの部屋は結構近くて便利だ。なのでちょうどドリンクバーで飲み物を注ぎながら雑談をしている二人の男性を見ることができた。
ちょうど近辺の部屋に使用者がいないのか音漏れが少なく、自然とその二人の会話を盗み聞きすることができた。
「なあなあ去年の秋華賞見たか?」
「当たり前だぜ。めっちゃくちゃ熾烈な一位争いだったな!」
「そうそう。ウオッカとダイワスカーレッとの接戦は名レースにふさわしいぜ」
「マジでマジで」
嬉しいこと去年の十月にあった秋華賞について話していた。そのレースではライバルであるウオッカやG2とG3で好成績を出したウマ娘が出走して、どの娘も強かった。
最後の直線で逃げと先行の娘を追い抜いて一位になった。その後ろでウオッカの気迫がこっちに迫ってきているのを肌身で感じ、ひどく焦った。肺と足と喉がつらくてうまく息も吸えない、またあの時みたいに負けちゃうんじゃないかって思った。
だけど、だけどトレーナーの応援が無数の歓声の中から聞こえた。
『スカーレット!行けェ!』
その言葉で魂を震えて、気力が湧いた。苦しかったけどもう少しだけ頑張ってみようって粘ることができた。必死に懸命に走って一着を獲ることができた。後からトレーナーのもとに向かってありがとうって伝えたら顔を首巻で隠して忘れろって言った。応援するのは恥ずかしい事じゃないのに。
―――――絶対に忘れないんだから。
「そうそう、映画館で今『幻のウマ娘』が再上映されてるんだって」
「おおっ!もう一度あの大画面で見たいな」
「だろだろ。でさチケット二枚貰ったから一緒に行こうぜ」
「いいのか!助かる!」
「レースを全勝して、ケガを負っても勝利。トキノミノルは名ウマ娘だよな!」
「だよなぁ。いやー、しかし早々に引退しちまったのが悔やまれる」
「ホントホント。もう少しトレーナーが優秀だったらなぁ……」
「彼女の才能を活かしきれたのに。残念だ」
そんな他愛のない会話だった。別段アタシはなんの感情と想いも抱かないでただただ聞いていた。
けど突然、背中がゾクリと冷えた。レース中の他ウマ娘の気迫と圧力に似ているが、そんな闘志からくるものじゃない。不気味で恐ろしくて嫌だった。
「ト、トレーナー……?」
「……ッ!」
この不快にさせたものの正体はトレーナーだった。
丸めた紙を開いたかのように顔には無数のしわが寄り、目を鋭くさせて犬歯を剥き出している。くせっけの髪も逆立っていて、とにかく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。ピリピリと空気が揺れる。
過去に大声を出して怒る様子は何度も見たけど、こんな激情するトレーナーの姿は初めてだった。
「ど、どうしたのよ?アンタらしくないわよ」
「……」
「ねぇてば!」
「……殺しちゃる」
「ッ!?」
やっと口を開いたと思ったら物騒な言葉を吐き捨てた。言葉の端々から本気なのがわかった。
アタシを押しのけてトレーナーはあの二人のもとへ向かう。一歩、また一歩と離れていくのに対し体が動かなかった。
今すぐにでも止めないときっと後悔する。でも体が気圧されて動かないし、止めたとしても何をされるかわからず怖かった。もしかしたら取り返しのつかないことになるかもしれない。
嫌だ、いやだ。こんな終わりを迎えたくはない。あんな顔のトレーナーを見たくもない。
あの時、一緒に一番になるって決めたんだ!
「来なさいッ」
「ッ!?」
勇気を振り絞ってトレーナーの腕を掴んだ。血眼がこちらを睨みつけてすぐ振りほどこうとする。やられっぱなしだった時とは違って、こちらが気を抜いてしまえば手放してしまうほど強かった。
でも放してしまえば終わり、そんなのは避けないといけなかった。
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それとトレーナーのうまぴょい動画が流行する前は「うわっ、柄悪すぎ。あの子弱みでも握られてんのかな可哀想」から「へー、意外とキレキレに踊るんだ。面白い人なんだ」という印象に変わってます。
まあ人相が悪いといえばトレセン学園には堂島の龍もいるし……
黒沼トレーナー「……」