LastStand   作:カニほっち

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何も考えてないです


01

 

「君のその脚は金になる」

 

 それが、最初に言い渡された言葉だった。

 

「……色々言われたことはあるけど、金づるは初めてかもね」

「取り繕うのは苦手でな」

「人付き合い苦手そうな見た目してるもん、あんた」

「……よく分かったな」

 

 思えば、初対面の好感度は最悪だったと思う。

 睨むだけで人を殺せそうな、目つきの悪さ。

 常に気味の悪い薄ら笑いを浮かべている口元。

 鼻につく煙草と珈琲の嫌な匂い。

 身長がやけに高いのは……まあ、私怨っちゃ私怨だけど。

 それでも。

 痩せぎすになったその体と合わせると、まるで骸骨みたいで。

 

「何の用?」

「消灯時間はとっくに過ぎてるから、注意を」

「あっそ」

 

 鬱陶しい。私に関わるな。アンタには関係ない。

 色々言葉はあったけど、それを口に出す時間すら惜しかった。

 今の私に、そんな時間はない。

 だから。

 

「おい」

「何」

「これ以上やると、壊れるぞ」

「……アンタ、アタシの何なのさ」

「そうだな、確かに何でもない」

「じゃあ……」

「だが、金の生る木をむやみに枯らすわけにもいかない」

 

 呆れた。

 コイツは本気で、金のことしか考えてないんだ。

 そういうトレーナーがいるとは思ってたけど、ここまで露骨だなんて。

 はっきり言って軽蔑した。ロクなトレーナーじゃない、って思った。

 でも、まあ。

 いつもみたいな、変に気遣ったうざったい言葉よりは、遥かにマシだった。

 

「……もう、いい」

「うん?」

「今日はもうやめる、って言ってんの」

 

 全身から力が抜けて、思わずその場に座り込む。

 地面に放り出した足が棒みたいになって、しばらくは立てそうにもなかった。

 ほんとにムカつくけど、コイツの言葉は正しかったらしい。

 腐ってもトレーナーなのか、なんてことを考えていた、その時。

 

「先日の選抜レースで君を見た」

 

 何の前フリもなく、ソイツがそんなことを言ってきた。

 

「……それで?」

「勿体なかったな」

「何が」

「あんな連中、君の脚なら全員ねじ伏せられた」

 

 ウソだ。

 あそこまで叩きのめされたのに、そんなことあるはずがない。

 どうせ中身のない慰めの言葉だと思った。聞く価値すらも無い。

 そうやって、叶いもしない夢を見せるのは、もう――

 

「俺は噓を言わない」

 

 まっすぐと顔を見つめて言われたその言葉に、思わず息を呑む。

 本気なんだ。コイツ、本気でアタシが勝てたって思ってる。

 嬉しい、とは感じなかった。そこまでアタシは素直じゃないから。

 ただそれよりも、アタシをそういう目で見てる驚きの方が強かった。

 

「あの、さ」

「うん」

 

 絆された、って言うと情けないけど、そうなんだと思う。

 でも、コイツの言葉なら信じられるって、そんな気がした。

 だから。

 

「アタシの脚が金になるって、本気で言ってるの?」

「ああ」

 

 返答に淀みはない。すんなりと肯定が帰ってくる。

 

「……ってことは、アタシの脚はレースに通用するってこと?」

「そうだ」

「クラシックの三冠は?」

「余裕だ」

「天皇賞は」

「春と秋、好きな方……もしくは、どちらも」

「……有は」

「充分、狙える」

 

 次々と返ってくる言葉に、思わず呆れた笑みを浮かべてしまう。

 よくもまあ、そこまで無責任にアタシの脚を信じられるって。

 バカらしいというか、夢を見すぎというか。

 でも。

 コイツの目は、本気だった。

 

「……アタシの」

「うん」

「アタシのことをバカにしてた連中のこと、見返せるかな」

 

 きっとそれが、アタシの本心だったんだと、思う。

 今までアタシのことを見下してきたヤツ。

 トレセン学園に進学することを、バカにしてきたヤツ。

 レースはもう無理だって、残念そうにアタシを見てきたヤツ。

 そいつらのことを全員、見返してやりたかった。

 ああ、そうだ。

 アタシが走るのは、栄光でも名誉でも、金のためでもない。

 ざまあみろって言葉を、ウィナーズサークルで叫ぶために、アタシは走るんだ!

 

「バカにしてた連中が誰を指すのか、俺には分からないが」

 

 しばらくの時間があってから、ソイツは口を開いて。

 

「君が走れば、それは叶うだろう」

 

 ――聞き覚えのある声が耳に入ってきたのは、その直後だった。

 

「あー! タイシン、ここにいたの!?」

「チケット……」

 

 夜だってのにとてつもない大声を発しながら、チケットがこっちに駆け寄ってくる。

 すると彼女は、アタシとソイツのことを何度も交互に見やってから、

 

「もしかして……タイシンのトレーナーさん!?」

「違う」

「え、じゃあ誰!?」

「トレーナーだ」

「だったら、タイシンのトレーナーさん!?」

「違う」

「だとすると……やっぱり誰!?」

「トレーナーだ」

「漫才するのやめてくれる?」

 

 絶望的にチケットとの相性が悪い。

 二人ともバカみたいに正直だからなのかもしれない。

 

「タイシン、この人は?」

「……ただの喋り相手」

 

 そうやって言うには、少し喋りすぎたかもしれないけど。

 結局、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから、もしかしたら、なんて期待を寄せることもこれ以上、しない。

 この世界がそんなに上手くいかないことくらい、痛いくらい理解してるから。

 

「彼女を寮まで送ってくれるか? 少し足に疲れがあるみたいだから」

「えー! もしかしてタイシン、また遅くまで走ってたの!?」

 

 ……余計なことを。

 

「ほらタイシン、早く帰ろうよ! 明日も授業あるんだから!」

「うっさい……いやほんと、耳元で叫ぶの……」

「あ、うるさかった!? そうだよね、ごめんねタイシン!」

「だから叫ぶな! というかもう喋らないで!」

 

 どこからそんな元気が湧いてくるのか、本当に不思議になる。

 良い所だとは思うけど、時と場合を考えてほしいというか。

 

「タイシン」

「……何」

「また、会おう」

 

 その言葉に、どういう意味があったのかは分からないけど。

 でも確かなのは、アイツは嘘をつかないということ。

 だったら。

 まだ、少しだけ期待しても、いいのかもしれない。

 

 そうして、アタシとアイツの初めての会話は終わった。

 十五分にも満たないような、決して長いとは言えない時間。

 でも。

 その十五分がアタシの運命を変えるなんて、この時は思いもしなかった。

 

 




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