LastStand 作:カニほっち
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「君のその脚は金になる」
それが、最初に言い渡された言葉だった。
「……色々言われたことはあるけど、金づるは初めてかもね」
「取り繕うのは苦手でな」
「人付き合い苦手そうな見た目してるもん、あんた」
「……よく分かったな」
思えば、初対面の好感度は最悪だったと思う。
睨むだけで人を殺せそうな、目つきの悪さ。
常に気味の悪い薄ら笑いを浮かべている口元。
鼻につく煙草と珈琲の嫌な匂い。
身長がやけに高いのは……まあ、私怨っちゃ私怨だけど。
それでも。
痩せぎすになったその体と合わせると、まるで骸骨みたいで。
「何の用?」
「消灯時間はとっくに過ぎてるから、注意を」
「あっそ」
鬱陶しい。私に関わるな。アンタには関係ない。
色々言葉はあったけど、それを口に出す時間すら惜しかった。
今の私に、そんな時間はない。
だから。
「おい」
「何」
「これ以上やると、壊れるぞ」
「……アンタ、アタシの何なのさ」
「そうだな、確かに何でもない」
「じゃあ……」
「だが、金の生る木をむやみに枯らすわけにもいかない」
呆れた。
コイツは本気で、金のことしか考えてないんだ。
そういうトレーナーがいるとは思ってたけど、ここまで露骨だなんて。
はっきり言って軽蔑した。ロクなトレーナーじゃない、って思った。
でも、まあ。
いつもみたいな、変に気遣ったうざったい言葉よりは、遥かにマシだった。
「……もう、いい」
「うん?」
「今日はもうやめる、って言ってんの」
全身から力が抜けて、思わずその場に座り込む。
地面に放り出した足が棒みたいになって、しばらくは立てそうにもなかった。
ほんとにムカつくけど、コイツの言葉は正しかったらしい。
腐ってもトレーナーなのか、なんてことを考えていた、その時。
「先日の選抜レースで君を見た」
何の前フリもなく、ソイツがそんなことを言ってきた。
「……それで?」
「勿体なかったな」
「何が」
「あんな連中、君の脚なら全員ねじ伏せられた」
ウソだ。
あそこまで叩きのめされたのに、そんなことあるはずがない。
どうせ中身のない慰めの言葉だと思った。聞く価値すらも無い。
そうやって、叶いもしない夢を見せるのは、もう――
「俺は噓を言わない」
まっすぐと顔を見つめて言われたその言葉に、思わず息を呑む。
本気なんだ。コイツ、本気でアタシが勝てたって思ってる。
嬉しい、とは感じなかった。そこまでアタシは素直じゃないから。
ただそれよりも、アタシをそういう目で見てる驚きの方が強かった。
「あの、さ」
「うん」
絆された、って言うと情けないけど、そうなんだと思う。
でも、コイツの言葉なら信じられるって、そんな気がした。
だから。
「アタシの脚が金になるって、本気で言ってるの?」
「ああ」
返答に淀みはない。すんなりと肯定が帰ってくる。
「……ってことは、アタシの脚はレースに通用するってこと?」
「そうだ」
「クラシックの三冠は?」
「余裕だ」
「天皇賞は」
「春と秋、好きな方……もしくは、どちらも」
「……有馬は」
「充分、狙える」
次々と返ってくる言葉に、思わず呆れた笑みを浮かべてしまう。
よくもまあ、そこまで無責任にアタシの脚を信じられるって。
バカらしいというか、夢を見すぎというか。
でも。
コイツの目は、本気だった。
「……アタシの」
「うん」
「アタシのことをバカにしてた連中のこと、見返せるかな」
きっとそれが、アタシの本心だったんだと、思う。
今までアタシのことを見下してきたヤツ。
トレセン学園に進学することを、バカにしてきたヤツ。
レースはもう無理だって、残念そうにアタシを見てきたヤツ。
そいつらのことを全員、見返してやりたかった。
ああ、そうだ。
アタシが走るのは、栄光でも名誉でも、金のためでもない。
ざまあみろって言葉を、ウィナーズサークルで叫ぶために、アタシは走るんだ!
「バカにしてた連中が誰を指すのか、俺には分からないが」
しばらくの時間があってから、ソイツは口を開いて。
「君が走れば、それは叶うだろう」
――聞き覚えのある声が耳に入ってきたのは、その直後だった。
「あー! タイシン、ここにいたの!?」
「チケット……」
夜だってのにとてつもない大声を発しながら、チケットがこっちに駆け寄ってくる。
すると彼女は、アタシとソイツのことを何度も交互に見やってから、
「もしかして……タイシンのトレーナーさん!?」
「違う」
「え、じゃあ誰!?」
「トレーナーだ」
「だったら、タイシンのトレーナーさん!?」
「違う」
「だとすると……やっぱり誰!?」
「トレーナーだ」
「漫才するのやめてくれる?」
絶望的にチケットとの相性が悪い。
二人ともバカみたいに正直だからなのかもしれない。
「タイシン、この人は?」
「……ただの喋り相手」
そうやって言うには、少し喋りすぎたかもしれないけど。
結局、それ以上でもそれ以下でもない。
だから、もしかしたら、なんて期待を寄せることもこれ以上、しない。
この世界がそんなに上手くいかないことくらい、痛いくらい理解してるから。
「彼女を寮まで送ってくれるか? 少し足に疲れがあるみたいだから」
「えー! もしかしてタイシン、また遅くまで走ってたの!?」
……余計なことを。
「ほらタイシン、早く帰ろうよ! 明日も授業あるんだから!」
「うっさい……いやほんと、耳元で叫ぶの……」
「あ、うるさかった!? そうだよね、ごめんねタイシン!」
「だから叫ぶな! というかもう喋らないで!」
どこからそんな元気が湧いてくるのか、本当に不思議になる。
良い所だとは思うけど、時と場合を考えてほしいというか。
「タイシン」
「……何」
「また、会おう」
その言葉に、どういう意味があったのかは分からないけど。
でも確かなのは、アイツは嘘をつかないということ。
だったら。
まだ、少しだけ期待しても、いいのかもしれない。
そうして、アタシとアイツの初めての会話は終わった。
十五分にも満たないような、決して長いとは言えない時間。
でも。
その十五分がアタシの運命を変えるなんて、この時は思いもしなかった。
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不定期更新になると思います