LastStand   作:カニほっち

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「タイシンちゃん」

 

 あの後、最後の一本を走ってからトレーニングも終わって、寮に帰ろうとしたところ。

 玄関を抜けたところで、アタシを待っていたらしいクリークが声をかけてきた。

 

「何さ」

「同室なんだから、一緒に帰りましょう?」

「……別にいいけど」

 

 答えると、アイツはいつもみたいに笑って、隣を歩き始めた。

 

「やっぱり、オグリちゃんたちと走るのは疲れますね」

「アンタはそう見えないけど」

「そんなことありませんよ。もうヘロヘロです」

 

 ふぅ、なんて息を吐きながら、クリークが顔を手のひらで煽ぐ。

 それでも、だいぶアタシよりは楽そうだし、まだまだ余力が残ってるみたい。

 ……やっぱり体の作りから違うのかな。

 

「タイシンちゃんは、来週の模擬レース出るんですよね?」

「そうだけど」

「一位になったら、このままあの人の元で指導を受けるんですか?」

 

 何か含みのある言い方だった。一抹の不安の残るような、曖昧な問いかけ。

 それに答えるのがどうしてか少しだけ怖くて、無言で首を縦に振る。

 クリークの次に言葉を発したのは、しばらくの時間が経ってからだった。

 

「やっぱり私、賛成できません」

「……は?」

「今からでも遅くないから、他のトレーナーさんを探しましょう?」

 

 思わず立ち止まったアタシに、クリークは振り返って、

 

「あのままじゃタイシンちゃん、いつか倒れちゃうと思うんです」

「…………」

「だから、その前にトレーナーさんに伝えましょう。トレーニングは辞退する、って」

「…………」

「怖かったら私もついていきますから。ね?」

 

 ……ムカつく。

 なんでアンタにそんなこと言われないといけないんだ。

 だって、そんなの。

 お前の限界はその程度なんだって、言われてるようなモンじゃん。

 そりゃ、アンタみたいな強いウマ娘にとっちゃ、アタシなんてのはまだまだで。

 これ以上やったって意味がない、って思えるのかもしれないけどさ。

 ……でも。

 どうしてそこが、アタシの限界だって言えるのさ。

 アンタは、アタシの何を知ってるのさ。

 分かるわけない。アンタみたいな勝てるヤツに、アタシの気持ちなんて分かるはずがない。

 みんなそうだ。どうせアタシは勝てないんだって、出来損ないだって思ってるんだ。

 でも、アイツだけは違う。

 アイツだけはアタシに勝てるって、勝つ方法があるって教えてくれた。

 初めてだったんだ。アタシに、本心からそんな言葉をかけてくれるヤツ。

 そうやって、やっと信じられるヤツを見つけられたのに。

 どうして。

 

「……どうして」

「え?」

「どうしてアンタらは、アタシの道を邪魔してくるんだよ!」

 

 ダメだ。

 これ以上言ったら、後戻りできなくなる。

 ……ああ、でも、ダメだ。止まらない。

 怒りたいの、かな。

 泣きたいのかな。

 それすらも、よく分からなくなっちゃった。

 

「そうやってさ、アタシには無理だって、ここが限界だって決めつけて!」

「ち、違うのよタイシンちゃん……私はあなたが心配で……」

「違わないでしょ!? どうせアンタも、アタシのこと見下して……!」

 

 そこまで言いかけて、喉が詰まるような感覚がして。

 気が付けばクリークは、今にも泣きだしそうな顔になっていて。

 ……バカだ、アタシ。

 こんなことをコイツに言っても、何にもならないのに。

 

「……ごめん」

「タイシンちゃん……?」

「一人に、させて」

 

 それからのことは、あまり覚えていない。

 とにかく走って、走って、走り続けて、気が付けばあたりはすっかり暗くなっていて。

 膝に手をついたまま、荒くなった呼吸を整える。

 霞んだ視界で見上げたその先には、立ち塞がるように連なる、石畳の階段があった。

 

「神社か……」

 

 こんな時間に参拝するようなアホもいないだろうし、ここなら一人になれるかな。

 そう考えて階段を上がってからしばらく、死ぬほど後悔した。

 キツすぎる。

 少なくともトレーニングをした後に昇るようなところじゃない。

 明後日には模擬レースも控えてる、っていうのに。

 ……ああ、もう。

 

「何やってんだろ、私……」

 

 階段の中腹、小さな踊り場になっているところに腰を下ろして。

 そのまま仰向けになると、冷たい風が火照った体を冷やしてくれた。

 

「……言い過ぎた」

 

 きっとアイツのことだ。本気でアタシのことを心配してくれてるんだとは、思う。

 でもやっぱり、見下されてるみたいな、お前じゃ無理だから、って言われてる気がして。

 それが許せなかった。

 たぶん、今日一緒に走ったからなおさら、アイツの言い方にムカついたんだ。

 

「子供かっての、ほんと」

 

 そうして夜空を眺めていること、しばらく。

 ふと、誰かが階段を降りる音が聞こえてきて、仰向けのまま視線を向ける。

 

「おや?」

 

 逆さまになった視界に映っていたのは、石段を下りてくる一人のウマ娘だった。

 トレセン学園指定の赤いジャージに、肩口まで伸びた明るい茶色の癖毛。

 耳にあるのは青と白の飾りで、もう片方には小さな達磨。

 そして何よりも目を引いたのが、こちらを覗きこむ星のような瞳で。

 

「どうされたんですか、こんなところで」

 

 まだ誰かがいることに驚いて、そうやってかけられた声に答えられなかった。

 そのまま黙り込んでいると、ソイツは何かに気づいたように声を上げて、

 

「やや、もしかして行き倒れ!? ちょっと、大丈夫ですか!?」

「だ……大丈夫、だけど」

「そんなナリで言われても信用できません! じっとして、そこからあまり動かないで!」

「いや、だから大丈夫だって……」

「とにかくまずは救急車を呼びましょう! えっとケータイケータイ……」

「大事すぎるでしょ!」

 

 じゃら、なんてこれでもかとストラップがついた携帯を取り出したソイツに、思わず叫ぶ。

 

「……心配、いらないから。走りすぎてちょっと疲れただけ」

「そ、そうですか……それならよかったです」

 

 にんまり、なんて言葉が似合いそうなほどの笑顔を浮かべて、ソイツが携帯を仕舞う。

 

「でも、どうしてここまで?」

「……別に。適当に走ってたら、ここに」

「適当に?」

「ってか、それ言うならアンタもそうでしょ。こんな時間に何してんのさ」

 

 それ以上踏み込まれるのが嫌で、言葉を遮って問いかける。

 するとアイツは、ふふん、なんて得意げな顔で胸を張り始めて。

 直感で、面倒くさいことになった、なんてことをアタシは思っていた。

 

「よくぞ聞いてくれました、名も知らぬウマ娘さん!」

「どんな呼び方なのさ」

「私がここに来た理由、それはズバリ! シラオキ様のお告げを賜りに来たのです!」

「はあ……」

 

 チケットとはまた別のタイプかな、なんて考えながら、適当に言葉を聞き流す。

 

「私はてんでダメなウマ娘。何をするにも上手くいかない、出来損ないなのです」

「ふぅん」

「ですが、そんな私でも唯一、レースに勝てる方法があるのです!」

「……あっそ」

「その方法、普段はヒミツなのですが……あなたには特別に教えちゃいますよ!」

「…………」

「あの、すいません。聞いてます?」

「聞いてる」

「そうですか!」

 

 短く答えると、アイツはまた得意げな顔になってベラベラと喋り始めた。

 ……扱いはラクそうだな。面倒なのは変わりないけど。

 

「して、その方法なのですが……この神社のお御籤で、大吉を引くんです!」

「はぁ」

「大吉が出れば全て順調! どんなレースも勝てるというシラオキ様のお告げなのです!」

「へぇ」

「そしてさっき私が引いたお御籤は、まごうことなき大吉!」

「ふーん」

「ありがとうございます、シラオキ様! あなたはまだ、私を見捨てないでくださるのですね!」

「そうなんだ」

「これで二日後に控えた模擬レースも、悔いなく走れますよ!」

「……え?」

 

 そこでソイツが口にした言葉に、思わず体を起こす。

 

「アンタ、模擬レース出るの?」

「え? はい、大吉が出たから出ますよ」

「何回目?」

「第一レースです!」

「…………」

 

 マジか。

 何だってこんな、トンチキなウマ娘と……。

 

「もしかして、あなたも第一レースに出るんですか!?」

「まあ……」

「何たる巡り逢わせ! これもきっと、シラオキ様のお告げなのでしょう!」

 

 そうやって両手を合わせながら、ソイツは明後日の方を向いて祈り始めた。

 本気で面倒なヤツに捕まった。今すぐこの場から逃げ出したい。

 そう考えるよりも先に、脚の方が動いていた。

 後ろを向いたままのアイツを置いて、階段を下る。

 

「ああ、ちょっと待ってくださいよ~!」

 

 一段目に脚をつけた時点で、呼び止められる。

 思わず舌打ちが出るところだった。

 

「……何」

「せっかくシラオキ様のおかげで会えたんですから、もう少しお話しましょうよ!」

「話って……大体、アンタに話すようなことなんて何も……」

「では、どうしてこんな時間に一人でいらっしゃったんですか?」

 

 ぴたり、と。

 じっとアタシのことを見つめながら、ソイツは動かなくて。

 星みたいに輝いている瞳が、アタシのことを掴んで離さなかった。

 風が吹く。

 流れる静寂はやがて、アタシのため息で消えて行って。

 

「……ナリタタイシン」

「え?」

「名前。名も知らぬウマ娘、なんて変な名前で呼ばないで」

 

 諦めながら呟いて、石段へと腰を下ろす。

 

「それで、アンタは?」

「私ですか?」

「……名前、まだ聞いてなかったでしょ」

「ああ、そういえばそうでした! 私としたことがすっかり!」

 

 そうしてソイツは、アタシの隣へ腰を下ろしてから、

 

「私、マチカネフクキタルです! どうぞよしなに!」

 

 

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