LastStand   作:カニほっち

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「ケンカしたんだ」

「誰とですか?」

「クリークと」

 

 答えると、マチカネフクキタルは意外そうな顔をしながら、口元を手で覆った。

 

「意外ですねえ。あの人、怒ることあるんですか?」

「いや、アイツはそこまで怒ってない……どっちかというと、アタシが」

「……何に怒っちゃったんですか?」

「くだらないよ。アイツがアタシのことを見下してた、それだけの話」

 

 きっと、そこに悪意も自覚もないんだと思う。

 アイツにとって、アタシや他のウマ娘は、甘やかしたり優しくしたりする存在なんだ。

 だから、アタシが無理をしようとしたり、限界に挑戦しようとしたら、止める。

 それがアイツにとっては当然で、自分のやるべきことだとも思ってる。

 ……でも。

 やっぱりそれは、イヤだ。

 優しくしてくれるのはいい。甘やかしてくれるのも、少しウザいけど構わない。

 ただ。

 アタシの限界を決めつけられること、それだけは許せなかった。

 

「アイツにとってアタシは、競い合う相手ですらなかったんだ」

 

 そこからの言葉は続かなかった。吹き抜ける夜風が、頬を荒く撫でる。

 結局、今回もアタシがイラついただけで、向こうは何も思ってないんだろうな。

 アタシがこうやって悩んでいる間も、アイツは呑気に部屋で待ってるんだ。

 苛立ちもせず、憤りもせず、きっとただただ困惑してるだけ。

 そんな想像をしていると、やるせない気持ちがふつふつと湧いてくる。

 

「……どうすれば、よかったんだよ」

 

 思わず溢れたアタシの言葉に、マチカネフクキタルは、

 

「怒らせてあげましょう」

 

 そうやって、返してくれた。

 

「……どういうこと?」

「宣戦布告するんですよ、クリークさんに」

「つまり、アイツとケンカし続けろってこと?」

「言い方が少し荒っぽくなりますが、そうですね」

 

 そんな仰々しい言葉をわざわざ使うことにも、少しイラついたけど。

 何よりも、他人事だと思ってそんなことを言うコイツに、腹が立った。

 

「じゃあ、何さ。アンタはアタシとアイツが、このまま雰囲気悪いままでいいっていうの?」

「そういうわけではありません。もちろん、仲直りした方がいいと思います」

 

 でも、とマチカネフクキタルは間を置いて、

 

「タイシンさんは、それで本当に満足できるんですか?」

 

 告げられたその言葉に、アタシは何も言い返せなかった。

 

「結局、私たちは競い合うことしかできないんです」

「それは……そう、だけど」

「どれだけ仲良くなったとしても、レース場に立てば、私たちは敵同士なんですよ」

「…………」

「でも、だからって悲しむことはありません」

「どうして?」

「戦い合う相手がいること。競い合える仲間がいること。それが、ウマ娘にとっての幸せだって、私は思っていますから」

 

 マチカネフクキタルの言葉には、それ以上の何かが込められていた気がした。

 

「アンタ……」

「あ、もうこんな時間ですか」

 

 当てもなく漏らしたアタシの声を遮るように、アイツが携帯を取り出して呟く。

 

「私はそろそろ行きましょうかね」

「そう」

「タイシンさんはご一緒しますか? それとも……」

「……うん。もう少し、ここにいる」

「そうですか」

 

 笑うと、マチカネフクキタルが立ち上がる。

 

「ではまた、二日後にレース場でお会いしましょう! ナリタタイシンさん!」

 

 

 あれから少し一人で考えて、門限を思い出して寮に帰ったところで。

 

「遅かったじゃないか」

 

 どうしてか玄関で待ち伏せているフジキセキに、捕まった。

 

「……今日は時間通りでしょ」

「ギリギリだけどね」

 

 返ってきた言葉に、面倒くささを感じて手で顔を覆う。

 

「で、何? アタシが遅れるのでも期待してた?」

「まさか。ただ、さっきから君のことを待ってる人が居てね」

「は?」

「ほら、やっと帰ってきたよ」

 

 訳の分からないアタシを置いて、フジキセキが呼びかける。

 するとすぐ隣の部屋で、どたばたと騒がしい音が鳴り響いた。

 けれどそれもすぐ収まって、気持ちの悪い奇妙な沈黙が流れ出す。

 そうして、こっそりと開けられたドアから、ひょっこりと顔を覗かせたのは。

 

「……タイシンちゃん?」

「クリーク」

 

 不安そうにアタシのことを見つめる、クリークだった。

 

「聞いたよ。ケンカしたんだって?」

「……そんな大層なモンじゃない。アタシが勝手に嚙みついただけ」

「青春じゃないか」

「うるさい」

 

 からかうようなフジキセキの言葉に、思わず荒い言葉が漏れる。

 それに怯えたのか、クリークはいつもよりかなりおどおどとしながら口を開いて、

 

「た、タイシンちゃん……?」

「……何」

「その、ごめんなさい。私、あの時、タイシンちゃんの言っていることが分からなくて」

「だから、そこでずっと考えてたってこと?」

「そうなの。でも、やっぱり私には……」

「分かるわけないでしょ」

「……ごめんね」

「謝らなくていい。それに、アタシもあんたと仲直りなんてする気、さらさら無いし」

 

 言ってやると、クリークは一瞬だけ目を見開いてから、今にも泣きだしそうな顔になって。

 ……こいつのこんな弱々しい顔、初めて見たかもしれない。

 きっと今までイジメとか、こういうケンカとかしたことなかったんだろうな。

 初めて見つけたコイツの弱みだった。今まで無敵だと思っていたけど、それは間違いだった。

 いい気味、ってわけじゃないけど。まあ、その、何だ。

 コイツもきちんと、アタシと同じウマ娘なんだ。

 

「クリーク」

 

 アタシに呼ばれたアイツは、涙を潤ませたまま頷いて。

 

「アンタから見たアタシは、無理ばっかりする無謀なウマ娘なんだと思う」

「それは……」

「いいよ。実際そうなんだから。今日のトレーニングだって、何度も死ぬかと思ったもん」

「……はい」

「だからアンタの言い分も分かる。その上で、アタシに優しくしてくれてるのも」

「それなら……」

「けどね」

 

 ドアに隠れているクリークの体を引きずり出して、その目をまっすぐと見つめながら。

 

「そうやって油断しているうちに、いつかアンタのこと追い越してやる」

「……タイシンちゃん」

「覚悟してよ。言っとくけど、アタシに優しくしているヒマなんて、ないから」

 

 言い放つと同時に、掴んでいた腕を離す。

 そのまま歩き出そうとして、ふとアイツがぽかんと立ったままのことに気づいた。

 

「……ほら、行かないの?」

「行くって……?」

「夕飯。アンタ、どうせ何も食べてないんでしょ? たまにはアタシが作るからさ」

 

 ぱぁ、と。

 さっきまで本当に泣いてたのか、と疑うほどに、アイツは明るい笑みを浮かべて。

 失敗した、と思うよりも先に抱き着かれたのもつかの間、そのまま体を持ち上げられて。

 

「ええ、ええ! 行きましょう、タイシンちゃん!」

「ちょっ……離せ! あーもうっ、言うんじゃなかった!」

「今日はおいしいもの、たーんと食べさせてあげますからね!」

「アンタ、さっき言ってたこと忘れたの!? 今日はアタシが……」

「フジ先輩! 遅くなりましたが、台所お借りしますね!」

「片付けはちゃんとしておくように」

「ちょっと、おい! アンタも見てるだけじゃなくて助けろって!」

「いいじゃないか、青春で」

「しばくぞ!」

 

 …………結局。

 いつもの三倍は張り切りだしたクリークに、山ほど夕飯を食べさせられて。

 洗い物をやる前に風呂に入れられて、出たら出たでアイスを握らされて。

 洗濯物ももう終わってて、洗い物もほとんど片付いていて。

 気づいたらあとは歯を磨いて、寝るだけになっていて。

 ……アイツ、アタシの話ちゃんと聞いてたのかな。

 

 

「タイシンちゃん」

 

 消灯時間からしばらくして。

 目を閉じてうとうとしていると、隣のベッドからクリークの声が聞こえてきた。

 ……珍しい。いつもなら早く寝ろって言ってるのに。

 

「起きてますか?」

「……起きてるけど。どうしたの?」

「いえ……」

 

 そこで一度会話が途切れて、妙な静寂が続く。

 何か話すなら、早く話してくれないかな。アタシだって今日は疲れて眠いんだし。

 そうやってしばらく待っているけど、やっぱりクリークは話さなくて。

 

 どうしたの、って声をかけようとした、その直前で。

 

 アタシの意識は、ふつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの後、タイシンちゃんを追いかけたんです」

 

「今のタイシンちゃんを一人にするのは危ないと思って、連れ戻そうと思って」

 

「でも私、タイシンちゃんに追いつけなかったんです」

 

「タイシンちゃん、ものすごく速くて。私じゃ追いつけなくて」

 

「…………」

 

「ねえ、タイシンちゃん」

 

「次こそは、あなたを追い抜きますからね」

 

 

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