LastStand 作:カニほっち
■
「ケンカしたんだ」
「誰とですか?」
「クリークと」
答えると、マチカネフクキタルは意外そうな顔をしながら、口元を手で覆った。
「意外ですねえ。あの人、怒ることあるんですか?」
「いや、アイツはそこまで怒ってない……どっちかというと、アタシが」
「……何に怒っちゃったんですか?」
「くだらないよ。アイツがアタシのことを見下してた、それだけの話」
きっと、そこに悪意も自覚もないんだと思う。
アイツにとって、アタシや他のウマ娘は、甘やかしたり優しくしたりする存在なんだ。
だから、アタシが無理をしようとしたり、限界に挑戦しようとしたら、止める。
それがアイツにとっては当然で、自分のやるべきことだとも思ってる。
……でも。
やっぱりそれは、イヤだ。
優しくしてくれるのはいい。甘やかしてくれるのも、少しウザいけど構わない。
ただ。
アタシの限界を決めつけられること、それだけは許せなかった。
「アイツにとってアタシは、競い合う相手ですらなかったんだ」
そこからの言葉は続かなかった。吹き抜ける夜風が、頬を荒く撫でる。
結局、今回もアタシがイラついただけで、向こうは何も思ってないんだろうな。
アタシがこうやって悩んでいる間も、アイツは呑気に部屋で待ってるんだ。
苛立ちもせず、憤りもせず、きっとただただ困惑してるだけ。
そんな想像をしていると、やるせない気持ちがふつふつと湧いてくる。
「……どうすれば、よかったんだよ」
思わず溢れたアタシの言葉に、マチカネフクキタルは、
「怒らせてあげましょう」
そうやって、返してくれた。
「……どういうこと?」
「宣戦布告するんですよ、クリークさんに」
「つまり、アイツとケンカし続けろってこと?」
「言い方が少し荒っぽくなりますが、そうですね」
そんな仰々しい言葉をわざわざ使うことにも、少しイラついたけど。
何よりも、他人事だと思ってそんなことを言うコイツに、腹が立った。
「じゃあ、何さ。アンタはアタシとアイツが、このまま雰囲気悪いままでいいっていうの?」
「そういうわけではありません。もちろん、仲直りした方がいいと思います」
でも、とマチカネフクキタルは間を置いて、
「タイシンさんは、それで本当に満足できるんですか?」
告げられたその言葉に、アタシは何も言い返せなかった。
「結局、私たちは競い合うことしかできないんです」
「それは……そう、だけど」
「どれだけ仲良くなったとしても、レース場に立てば、私たちは敵同士なんですよ」
「…………」
「でも、だからって悲しむことはありません」
「どうして?」
「戦い合う相手がいること。競い合える仲間がいること。それが、ウマ娘にとっての幸せだって、私は思っていますから」
マチカネフクキタルの言葉には、それ以上の何かが込められていた気がした。
「アンタ……」
「あ、もうこんな時間ですか」
当てもなく漏らしたアタシの声を遮るように、アイツが携帯を取り出して呟く。
「私はそろそろ行きましょうかね」
「そう」
「タイシンさんはご一緒しますか? それとも……」
「……うん。もう少し、ここにいる」
「そうですか」
笑うと、マチカネフクキタルが立ち上がる。
「ではまた、二日後にレース場でお会いしましょう! ナリタタイシンさん!」
■
あれから少し一人で考えて、門限を思い出して寮に帰ったところで。
「遅かったじゃないか」
どうしてか玄関で待ち伏せているフジキセキに、捕まった。
「……今日は時間通りでしょ」
「ギリギリだけどね」
返ってきた言葉に、面倒くささを感じて手で顔を覆う。
「で、何? アタシが遅れるのでも期待してた?」
「まさか。ただ、さっきから君のことを待ってる人が居てね」
「は?」
「ほら、やっと帰ってきたよ」
訳の分からないアタシを置いて、フジキセキが呼びかける。
するとすぐ隣の部屋で、どたばたと騒がしい音が鳴り響いた。
けれどそれもすぐ収まって、気持ちの悪い奇妙な沈黙が流れ出す。
そうして、こっそりと開けられたドアから、ひょっこりと顔を覗かせたのは。
「……タイシンちゃん?」
「クリーク」
不安そうにアタシのことを見つめる、クリークだった。
「聞いたよ。ケンカしたんだって?」
「……そんな大層なモンじゃない。アタシが勝手に嚙みついただけ」
「青春じゃないか」
「うるさい」
からかうようなフジキセキの言葉に、思わず荒い言葉が漏れる。
それに怯えたのか、クリークはいつもよりかなりおどおどとしながら口を開いて、
「た、タイシンちゃん……?」
「……何」
「その、ごめんなさい。私、あの時、タイシンちゃんの言っていることが分からなくて」
「だから、そこでずっと考えてたってこと?」
「そうなの。でも、やっぱり私には……」
「分かるわけないでしょ」
「……ごめんね」
「謝らなくていい。それに、アタシもあんたと仲直りなんてする気、さらさら無いし」
言ってやると、クリークは一瞬だけ目を見開いてから、今にも泣きだしそうな顔になって。
……こいつのこんな弱々しい顔、初めて見たかもしれない。
きっと今までイジメとか、こういうケンカとかしたことなかったんだろうな。
初めて見つけたコイツの弱みだった。今まで無敵だと思っていたけど、それは間違いだった。
いい気味、ってわけじゃないけど。まあ、その、何だ。
コイツもきちんと、アタシと同じウマ娘なんだ。
「クリーク」
アタシに呼ばれたアイツは、涙を潤ませたまま頷いて。
「アンタから見たアタシは、無理ばっかりする無謀なウマ娘なんだと思う」
「それは……」
「いいよ。実際そうなんだから。今日のトレーニングだって、何度も死ぬかと思ったもん」
「……はい」
「だからアンタの言い分も分かる。その上で、アタシに優しくしてくれてるのも」
「それなら……」
「けどね」
ドアに隠れているクリークの体を引きずり出して、その目をまっすぐと見つめながら。
「そうやって油断しているうちに、いつかアンタのこと追い越してやる」
「……タイシンちゃん」
「覚悟してよ。言っとくけど、アタシに優しくしているヒマなんて、ないから」
言い放つと同時に、掴んでいた腕を離す。
そのまま歩き出そうとして、ふとアイツがぽかんと立ったままのことに気づいた。
「……ほら、行かないの?」
「行くって……?」
「夕飯。アンタ、どうせ何も食べてないんでしょ? たまにはアタシが作るからさ」
ぱぁ、と。
さっきまで本当に泣いてたのか、と疑うほどに、アイツは明るい笑みを浮かべて。
失敗した、と思うよりも先に抱き着かれたのもつかの間、そのまま体を持ち上げられて。
「ええ、ええ! 行きましょう、タイシンちゃん!」
「ちょっ……離せ! あーもうっ、言うんじゃなかった!」
「今日はおいしいもの、たーんと食べさせてあげますからね!」
「アンタ、さっき言ってたこと忘れたの!? 今日はアタシが……」
「フジ先輩! 遅くなりましたが、台所お借りしますね!」
「片付けはちゃんとしておくように」
「ちょっと、おい! アンタも見てるだけじゃなくて助けろって!」
「いいじゃないか、青春で」
「しばくぞ!」
…………結局。
いつもの三倍は張り切りだしたクリークに、山ほど夕飯を食べさせられて。
洗い物をやる前に風呂に入れられて、出たら出たでアイスを握らされて。
洗濯物ももう終わってて、洗い物もほとんど片付いていて。
気づいたらあとは歯を磨いて、寝るだけになっていて。
……アイツ、アタシの話ちゃんと聞いてたのかな。
■
「タイシンちゃん」
消灯時間からしばらくして。
目を閉じてうとうとしていると、隣のベッドからクリークの声が聞こえてきた。
……珍しい。いつもなら早く寝ろって言ってるのに。
「起きてますか?」
「……起きてるけど。どうしたの?」
「いえ……」
そこで一度会話が途切れて、妙な静寂が続く。
何か話すなら、早く話してくれないかな。アタシだって今日は疲れて眠いんだし。
そうやってしばらく待っているけど、やっぱりクリークは話さなくて。
どうしたの、って声をかけようとした、その直前で。
アタシの意識は、ふつりと途切れた。
■
「あの後、タイシンちゃんを追いかけたんです」
「今のタイシンちゃんを一人にするのは危ないと思って、連れ戻そうと思って」
「でも私、タイシンちゃんに追いつけなかったんです」
「タイシンちゃん、ものすごく速くて。私じゃ追いつけなくて」
「…………」
「ねえ、タイシンちゃん」
「次こそは、あなたを追い抜きますからね」
■