LastStand 作:カニほっち
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翌日。
「いよいよ明日だね、模擬レース!」
食堂に三人で集まってから、開口一番にチケットが言った。
「二人とも、ちゃんと出走登録した?」
「勿論さ。第一レースだったよ」
「え、ほんと!? アタシも第一レース!」
「……タイシン、君は?」
「アンタらと同じ」
「じゃあ、明日は久しぶりに三人で走れるんだね!」
やったー、なんて両手を上げて喜ぶチケットに、思わずため息が零れた。
久しぶりって言っても、つい三日前まで共同練習で散々走ったくせに。
いつものことだけど、大げさすぎるんだって。
「前にも言ったと思うが、手加減は一切しないからな」
「当たり前でしょ」
そんなことされるくらいだったら、こっちから退学届け出すっての。
「そうだよハヤヒデ! たとえタイシンが退学しちゃうことになっても……!」
「……なっても?」
「なって、も……なっ、ても……うっ……うう……!」
「ちょっと……」
「うわあぁぁああん! やっぱりイヤだよおぉぉぉおおお!!」
耐えきれなくなったのか、大声で泣き始めたチケットに、思わず頭を抱える。
わざわざこっちに飛びついてきて、体を抱きしめられたけど、無視を決め込むことにした。
「タイシン、行っちゃやだよぉぉおおお!」
「……まだ退学するって決まってないでしょ」
「もしもタイシンが行っちゃったら、アタシもトレセン学園やめるから!」
「何それ……関係ないでしょ……」
「だから絶対、アタシたちに勝ってよ! 約束だからね!」
そうしてチケットは、涙を両手で拭いながら、
「きっと、これが三人で走る最後のレースなんだから!」
……何それ。
「どういうこと?」
「だってタイシン、このレースに勝ったらトレーナーさんのところに行くんでしょ?」
「まあ、そういう約束はしてるけど」
「そうしたら、今までみたいに一緒に練習できなくなっちゃうじゃん!」
「いや……」
「それにレースに出るようになったら、いつ一緒に出走できるか分かんないし!」
「…………」
「だから多分、これが最後になっちゃう……」
呆れた。
珍しく尻すぼみになったチケットに、思わずため息が零れる。
そんなセンチになる性格じゃないのに、こういう時に限ってどうして。
……あー、もう。
こういうこと、ちゃんと言わないといけないの、本当にコイツの面倒くさいところだ。
「アンタさ」
「うん」
「レース、出ないの?」
アタシの言葉に、チケットはきょとんとした顔で首を傾げていて。
「そりゃ、出たいけどさ! でも……まだアタシ、チームにも所属してないし」
「だったら見つければいいじゃん。それで色んなレース出れば、走れるんじゃないの」
「でも……」
「なんでそんな弱気になってんのさ」
アンタらしくない。見てるこっちがイラついてくる。
引っ付いたままのチケットを引きはがして、まっすぐその目を見つめて。
「まだ誰にも言ってないけど……アタシ、有馬に出る」
「有馬……?」
「うん。そこで、アンタら二人のこと、待ってるから」
確かに途中で三人と出会うのは、難しいかもしれない。
どんなチームに入って、どんなレースに出るのかもバラバラだし。
でも、アタシが一番上に昇りつめて、そこで二人を待つくらいなら。
この二人のためならそれくらいできるって、そんな気がした。
「……有馬か。また、ずいぶんと大きく出たな」
「でも、それが一番分かりやすい待ち合わせ場所でしょ?」
「かもしれないな」
呆れの混じった笑いと共に、ハヤヒデが呟く。
「じゃあ、まだみんなと走れるの……?」
「そう。もっとも、アンタの頑張り次第だけど」
「……うん、頑張る! アタシ、有馬に出るよ!」
頷くと、チケットはまたいつもみたいにうるさくなった。
本当、単純なんだから。
「有馬記念、絶対に三人で走ろうね!」
「ああ」
「うん」
がんばるぞー、と叫ぶチケットと、そんなアイツを見て笑うハヤヒデを見て。
どうしてか、すごく嬉しい気持ちになった。
なんでだろう。安心できるっていうか、ほっとしたというか。
……そうだ。
アタシ、まだこいつらと走りたいんだ。
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「今日は、ウチの、勝ちやな!」
空も茜色に染まり、烏が遠くで鳴き始めたころ。
大の字になって寝転がるアタシに、タマモクロスが息を切らして言ってきた。
「……今の、何本目?」
「二十三本目」
呟いた言葉に、トレーナーが短く返す。
「オグリが九勝、タマモクロスが七勝、タイシンが六勝、クリークが一勝か」
「なんやクリーク、今日は調子悪いんか?」
「いえ、そうじゃありませんけど……」
言葉を濁しながら、クリークはちらちらとこちらへ視線を向けていた。
……まあ、アイツは勝ち負けとか関係ないみたいだし、手を抜いてるんだろう。
それよりも。
「もう一本、いくよ」
「な……自分、まだ走るつもりなんか?」
「当然」
確かにいつもなら終わるくらいの時間だけど、今日はそうもいかない。
だって。
「明日は模擬レースだからだろう」
「……ああ、そういえばそうやったわ。何や、タイシンが出るんか?」
「そういうこと」
知らなかったのか。
いや、でもまあ、そうか。チームに所属してるウマ娘には、あんまり関係ないのか。
なんて考えていると、タマモクロスは大きくため息を吐いてから、
「しゃーないな。どうせ明日はヒマやし見に行くか」
「……別にいいって」
「アホ。お前やのうて他のウマ娘や。ま、応援はしたるけどな」
「他の……?」
「この前、自分にも言ったやろ。ウチ、欠員が出てるって」
「……ああ、なるほど。スカウト?」
「せや」
納得すると同時に、また新たな疑問が湧いてくる。
「そういったことって、トレーナーがするんじゃないの?」
「他のところはな。でも、ウチはウマ娘側が主導してそういうのをやるようにしとる」
「あんまり、そういうチームは聞いたことないけど」
「それが『センチネル』のやり方や。ま、その分、合わんヤツはとことん合わんけどな」
そのせいで欠員も出てるし、なんて言いながら、タマモクロスが笑う。
「前みたいにオグリが来てくれたら、話は変わるんやけどな」
「……申し訳ないが、できない相談だ」
「分かっとる。こっちにもオグリを賄えるほどの金はないしなあ」
「すまない」
「ええて。そうや、クリークはどうや? 自分、まだ未所属やろ」
「私は……実は、前々から声がかかっているところがあって」
「え」
クリークの言葉に、アタシを含めた三人の言葉が詰まる。
ただトレーナーは何でもないように、ボードへの記入を続けていた。
「そうなん?」
「今は仮メンバーとして所属してます。トレーニングとかは皆と同じですけど」
「……オグリ、知っとった?」
「全く」
「タイシンは?」
「聞いたことないけど……」
「だって、今まで聞かれたことなかったんですもん」
「……自分、そういうところやぞ」
うんうんと悩み始めるタマモクロスと、ごめんなさいね、と謝るクリーク。
そんな光景をいつものように眺めているオグリキャップに、置いて行かれている感覚がして。
「トレーナー」
「なんだ」
「アタシたちは、どうするの?」
「チームの話か?」
ボードに目を落としながらも会話には耳を傾けていたらしい。
そうして一度、アタシと目を合わせたかと思うと、少し考えるようにしてから口を開いて、
「新設するつもりだ。手続きの書類ももう完成している」
「……それ、大丈夫なの? どっかのチームに入れさせてもらった方が……」
「それでは君の走りではなく、そのチームの走りになるだろう」
告げられたその言葉に、思わず首を傾げた。
「どこかに所属するよりも、君は君の出たいレースで、好きなように走ればいい」
「そんなユルい考えでいいの?」
「自然体、と言えばいい。その方が勝てる。それに、何より」
「……何より?」
「新設すると予算が出る」
「ブレへんなあ、自分」
そんなトレーナーの呟きに返ってきたのは、タマモクロスの笑い声だった。
「でも、新設するっちゅうことはメンバーが必要やろ。どうするんや」
「なるようになるだろう」
「……そういうところは曖昧なんですね」
「無論、努力はする」
とにかく、とそこで一度間を置いて、
「チームのことはこちらで何とかする。だからタイシン、君は自分の走りができるように」
「……分かった」
自分の、走り。
それは何なんだろう、って考えようとしたところで、すぐに頭にそれが浮かんできた。
有馬記念。三人で決めた、待ち合わせ場所。
きっとアタシの走りってのは、そこまで行くまでの道のりなんだ。
「もう一本、行くぞ」
聞こえたその声に、ゆっくりと立ち上がる。
そうして、そこまでの道のりの、小さな一歩を踏み出した。
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