LastStand 作:カニほっち
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「まさか焼肉をご馳走していただけるなんて思いませんでしたよ! これもシラオキ様のお導きですね!」
なんて、自分の分の肉を箸でよそいながら、隣のフクキタルは喜んでいた。
「本当はオグリへの報酬だったんだが、チーム新設祝いも兼ねて丁度いいだろう」
「ああ。ご飯は皆で食べた方が旨いからな」
「それもそうですね! あ、タイシンさんこの焼けてるヤツもらってもいいですか?」
「……取ってから聴かないでよ」
自分の分は確保してるから、別にいいっちゃいいんだけどさ。
というより、もっと気になるのは。
「しかしトレーナー、本当に私がここに来てもよかったのか?」
「食べ放題らしいからな。好きに食うといい」
「……わかった。ありがとう」
一つ離れた席に座っているオグリが、嬉しそうに頷いた。
特例らしい。席へ通された時に、トレーナーが諦め半分で説明していた。
まあ、一緒の席に居たら、きっと私たちが食べる分が無くなるだろうから、助かるんだけど。
目の高さまで盛られた白米を口へ運ぶアイツを置いて、トレーナーが水の入ったグラスを握る。
「ひとまず、模擬レース優勝だ。おめでとう、ナリタタイシン」
「……ありがと」
「それに、マチカネフクキタルとオグリキャップも。チームへの加入、心から歓迎する」
「こちらこそありがとうございます、ですよ! タイシンさん、オグリさん、よろしくお願いしますね!」
「よろしく」
箸を握ったまま親指を立てるオグリに、フクキタルも笑顔で返していた。
……この二人とアタシが、初期メンバーか。イロモノしかいないから少し不安だけど。
でも、ここから始まるって考えるのなら、それも悪くないって、そう思えた。
グラスを煽る。干上がっていた喉が、潤いを取り戻した。
「でも、本当にいいんでしょうか」
「何がだ?」
「他のチームはみんな練習しているのに……それこそ、今日の私の結果なんて散々でしたし」
「よそはよそ、うちはうちだ」
フクキタルの言葉に、アイツがそう答えながら、運ばれてきたカレーに手を付け始めた。
……焼肉屋でカレー頼むなよ。同席してるこっちが恥ずかしいんだけど。
「それに、メンバーのことも考える必要がある」
「ああ、それってどうするの?」
「最低で五人は必要になる。タイシンのメイクデビュー戦までには揃えて置きたい」
「……となると、二週間後か?」
「そうなるな」
オグリの言葉に、アイツが頷く。
そうか、オグリはもう出走経験があるから、レースのスケジュールはある程度把握してるのか。
というか、アタシのデビュー戦って二週間後なんだ。思っていたよりも早かった。
……本当にレースへ出られるんだ、アタシ。
「こちらもないわけではない、が……誰か、知り合いか友人にアテはいるか?」
「アタシはさっきのでほぼ全滅してる。みんなバラバラ」
「私の同期も殆ど出走経験があるから、既にチームには所属しているな」
「うーん……私には何人かいるんですが……聴いてみないと分からないですねえ」
「……まずは、そこから始めるか」
サラダを咀嚼してから、アイツは特に差し迫ったような表情も見せずに言った。
まあ、コイツにもアテはあるって言ってたし。それに最悪、名前を借りるだけでも何とかなりそうだし。
アタシとしては、オグリやフクキタルに比べて、もう少しマトモな感性のヤツが入ってくれると助かるんだけど。
それも実際になってみないと分からない、か。
「とりあえず、三人には明日からチームとして活動を行ってもらう」
「手続きなどはどうすれば?」
「このあと、こちらで行っておく。そうした事務作業は俺の仕事だからな」
そうしてカレーを食べ終えると、アイツは水を一度飲んでから、急に席を立った。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「一服してくる」
振り向かずに答えて、そのまま店の外へ出ていったアイツに、フクキタルと顔を見合わせた。
いや、ヤニの匂いはしてたから、驚きはしないし、別に吸うなとも言わないけどさ。
もっとこう……なんというか。
「
「……なんて?」
「ほら、掴もうとしても掴めないじゃないですか」
困り顔だったフクキタルは、けれど肉を口に入れるとすぐに、明るい表情になった。
「とにかく、メンバー集め頑張りましょうね! オグリさん、タイシンさん!」
「ああ」
「……そうだね」
アタシとオグリへ交互に視線を向けながら、フクキタルが拳をぐっ、と握る。
オグリの茶碗に盛られている白米が、また目線の高さまで戻ってるのは、気にしないことにした。
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結局、あの後は普通に焼肉を食べて、適当な話をしてから、解散になって。
学園に荷物を置いておいたままだったのを思い出して、アタシだけ三人と離れることになって。
荷物を持って寮まで戻ろうとしたところで、三女神の像の前を通ることになって。
そこでふと、誰かが像の前に立っていることに気が付いて。
「ナリタタイシン」
それが、沈んでいく夕陽を背にしたシンボリルドルフだということに気づいたのは、言葉をかけられるのと同時だった。
「今日は素晴らしかったよ。久しぶりに心が躍るレースだった」
「それは、どうも」
「やはり君を信じて正解だった。私の目に狂いはなかったな」
「……何が言いたいのさ」
「まあ、座ってくれ」
遠まわしな言いぐさにイライラしながら問いかけると、シンボリルドルフはくすりと笑ってから、噴水の淵に腰を下ろす。一瞬、コイツを無視してそのまま帰ろうとしたけど、向けられた視線がどうも、いつもの彼女とは違うように見えて、気が付けばアタシはシンボリルドルフの隣に座っていた。
しばらくの沈黙のあと、シンボリルドルフはどこか懐かしむような表情を浮かべながら、口を開いた。
「私はね、ナリタタイシン。全てのウマ娘に幸せになってほしいんだ」
「……アンタらしいと思うよ」
「無謀だと言ってくれて構わないさ。現に、私はその道のりの半ばにも達していないのだから」
やれやれと首を振りながら、シンボリルドルフが息を吐く。
……ため息を吐いている姿なんて、初めて見たかもしれない。
「だが私は今日、その道のりの一歩を進めることができた」
「どういうこと?」
「君が私の背中を押してくれたんだよ、ナリタタイシン」
よく、分からない。
首を傾げるアタシに、シンボリルドルフは笑いながらその先を続けた。
「正直に言おう。君に渡された退学の勧告を、私にはどうすることもできなかったんだ。確かに私はこの学園の生徒会長だ。けれども、やはり一端の生徒に過ぎないからね。多少の融通は利くときもあるが、やはりどうしようもないときは、どうしようもないんだ。君を取り巻いていた状況も、そのどうしようもないときの一つだった」
「……そう」
「だが君は、自らに降りかかってきた障害を、自らの走りで打ち破ってくれた。君は、自分の力で運命変えたのさ。私は……そんな君が羨ましく思える。許されることなら、君に私の夢を叶える手伝いをしてほしいとも、思った。君を見ていれば、私たちに不可能なことなど何もないと思えるような、そんな勇気が得られた」
「買いかぶりすぎだって」
どんどん壮大になってくる話に、呆れてそう返してしまう。
アタシはただ、ここに残ってまだ夢の続きが見たいって思っていただけなのに。
「買いかぶってなんかないさ。今の言葉は、本心からのものだ」
「ちょっと、そんな変な冗談……」
「私は、本気だ」
まっすぐとしたアイツの視線に、思わず言葉を呑んでしまう。
「私の夢に着いてきてくれ、とは言わない。まして、君の背中を追わせてくれ、とも言わない。君には君の道、私には私の道がある。私たちは……ウマ娘というのは、それぞれの道を走らなくてはならない」
「それは……」
「だが、もし……もし、君が苦難に陥っているのなら。君が、誰かの力を必要とするのであれば」
そうして、シンボリルドルフは立ち上がると、私の頭へと手を置いて。
「私が、君に力を貸そう」
優しく笑いながら、そう告げた。
「……何のつもり?」
「特段、意味はない。ただのおまじないさ」
「おまじない、って……フクキタルみたいなこと言わないでよ」
「それくらいの方が、親しみやすいと思ったんだが」
困ったような笑みを浮かべながら、シンボリルドルフが言った。
「さて、私はもう行くよ」
「……結局、何が言いたかったの?」
「君と少し話がしたかっただけ、と言えばそうかもしれない」
「あっそ」
「そういう包み隠さないところが、君の良いところだな」
隠したって何もいいことなかったし。だったら、正直に言えばいいって思うようになっただけ。
そんなことを返す気力すらなくて、アタシは重たく息を吐いた。
「……アタシも帰る」
「そうか。それでは、また」
立ち上がって帰路に着くアタシに、アイツは和やかな顔で手を振りながら、
「今度はターフの上で会おう。チーム『ラストスタンド』のエース」
振り返った先に、もうアイツの姿はなかった。
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