LastStand 作:カニほっち
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翌日。
「またそんなに食べてるのか?」
食堂で昼食を摂っていると、そうやってハヤヒデに声をかけられた。
「アタシの勝手でしょ」
「まあ、そうだな。けれど無理はするなよ」
「うっさい」
本当に、どいつもこいつも。
余計なお世話だって、どうして分かんないかな。
「そういえば、チケットに聴いたぞ。昨日、夜中に走っていたそうじゃないか」
「……アイツ」
「脚にも疲れが溜まってると聞いたが、本当か?」
「別に。大したことじゃないし」
午後のトレーニングにも出れる。気に掛けるようなことじゃない。
しばらく黙って食事をしていると、またハヤヒデが私に喋りかけてきた。
「ああ、それと面白い話を聞いたぞ」
「面白い話?」
「君が昨日の夜、トレーナーと何か話していたと」
……アイツ、口が軽すぎる。
確かに秘密にしろ、とは言っていないけど、こんな筒抜けになるなんて。
「スカウトされたのか?」
「別に。ただ世間話してただけ」
「……あのナリタタイシンが世間話か」
「何」
「いや、珍しいと思っただけさ」
「ウザっ」
ニヤニヤと笑うハヤヒデに、思わずそう言い放った。
確かに他人とはあんまり話はしないのは、認める。
でもそれは、殆どのヤツらが、適当な慰めの言葉しかかけてこないから。
上っ面の誉め言葉なんかかけられても、ダルいし鬱陶しいだけ。
でも、アイツは違う。
勝てるって言ってくれたし、アタシの見返してやりたいって気持ちも汲み取ってくれた。
特別、ってわけでもないけど、そこまで聞いてくれたのは初めてだった。
アイツと話すことなら、私は別に……。
…………。
「なんでこんな話になってんの」
「……ずいぶんとお気に入りみたいだな?」
「だからウザいって」
何も言ってないのに、勝手に判断するな。
「アタシ、食べ終わったしもう行くから」
「これから練習か?」
「そう」
空になった食器とトレーを手に持って、席を離れようとしたその瞬間。
背後から、あまり聞き馴染みのない声が聞こえてきた。
「タイシンさん」
疑問と共に振り返ったその先に立っていたのは――
「ブライアン?」
「ああ、姉貴もいたのか」
ナリタブライアン。生徒会副会長であり、ハヤヒデの妹。
顔は知っているし何度か話したことはあるけど、言ってしまえばそれだけの関係。
だからこうやって直接声をかけられるのは珍しくて、思わず固まった。
「今、時間はよろしいですか?」
「別にいいけど、アタシに何か用?」
「会長がお呼びです」
その言葉に、ハヤヒデと思わず顔を見合わせる。
「どうして」
「あなたの今後について話がある、と」
「……食器は私が戻しておこう」
そうして私の食器を片付け始めるハヤヒデに、感謝の言葉を伝えるのも忘れて。
「こちらです」
前を歩き始めたブライアンの後を、空っぽの頭でついていった。
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「よく来てくれた、ナリタタイシン」
生徒会室に入ると、ソファーに座るルドルフがはじめにそう言った。
「会長命令なんだから、そりゃ来るでしょ」
「……私はそんなに怖いかな?」
「冗談だって」
少し情けなさそうに笑う彼女の向かいに座る。
「で? 話って何?」
「そうだな……変に取り繕っても意味がないから、単刀直入に言おう」
なんて前置きをしてから、ルドルフはため息の後に、
「君に退学の勧告を出すべきだ、との声がある」
………………。
「そう」
「……驚かないのか」
「別に」
驚きというより、ようやくか、という気持ちの方が強かった。
今の自分にここに居る価値がないことくらい、分かってる。
レースでの成績も伸びていないし、校則違反もやらかしてるし。
はっきり言って、今の私はこの学園にとってのノイズだ。
だから、ルドルフの言葉に疑問も湧かないし、どうしたって無駄なことも分かってる。
きっとアタシはここで終わりなんだ。
諦めずにいれば何かあるって、そう思ってたけど、結局は無駄だった。
夢を見続けるのにも、もう飽きた。
肩の荷が下りて楽になった、そんな気さえした。
「君はどうしたい?」
「……何も。退学しろ、って言われたらする」
「そうか……」
今更どうしたって仕方のないことだし、受け入れるしかない。
「まだ、猶予はある」
「猶予?」
「今週末に、模擬レースを開催しよう。そこに君も出るんだ」
「……それで? きっぱり負けてここを出てけ、って話?」
「そうするかどうかは、君次第だろう」
鬱陶しい言い回しだった。
「結果を残せば、皆の君を見る目も変わるはずだ」
「……もし、それでも変わらなかったら?」
「それはない。賭けてもいいぞ」
きっぱりと言い放つルドルフに、思わず溜め息が出た。
「私は君の意見を尊重するよ。ここで諦めがつくというのなら、それでもいい」
「そう」
「でも私は、君が最後まで足掻いてくれると信じているよ」
「……勝手にすれば」
「ああ、勝手にさせてもらう」
自信ありげに笑うルドルフがうざったくて、思わず舌打ちをつきそうになった。
「話は終わりだ。これが君との最後の会話にならないよう、願っている」
そうやって会話が終わって、生徒会室を後にする。
昼休みも終わりごろになっていて、他の生徒の騒ぎ声が、どこか遠くで聞こえていた。
渡り廊下から望むその景色は、どうしようもなく眩しくて。
「……クソ」
ぽつりと漏らした言葉を最初に、ずるずると重たい感情が湧き上がってくる。
元から無理だったんだ。アイツらの環の中に入ることなんて、できるはずがなかった。
頭では理解していたのに。その差を、何度もこの身体で味わったはずなのに。
それなのにどうして、諦めきれなかったんだろう?
選ばれるはずがないのに、適うはずがないのに、どうして走り続けていたんだろう?
……ああ、そうか。
アタシはまだ、夢を見ていたかったんだ。
「……諦めたく、ない」
そうやって、縋るように呟いた自分が、みっともなくて。
気づけば目が熱くなって、涙がこらえきれずにこぼれ始めて。
情けないなあ、こんな子供みたいに泣いちゃうなんて。
でも、さ。
ここまで我慢してたんだから、もういいよね。
「悔しい……!」
自分とは遥かに違う奴らに囲まれながら、がむしゃらに走って。
どれだけ負け続けても、いつか勝てると思い込みながら走り続けて。
笑われようが、後ろから指をさされようが、必死に見えないフリをして。
そしてようやく、アタシの夢を叶えてくれそうな人と出会えたはずなのに。
最初の一歩を踏み出せそうだったのに、ここで終わりなんて。
そんなのは――
「いやだ……!」
その足音に気づかなかったのは、きっと運が良かったからなんだと思う。
「ナリタタイシン?」
唐突にそんな声をかけられて、思わず顔を上げる。
昨日の夜に聴いた、抑揚のない無機質な声。
潤んだ視界の先、見上げたそこに立っていたのは。
「トレーナー……」
驚いた顔でアタシのことを見つめている、アイツだった。
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