LastStand   作:カニほっち

4 / 15
04

 

 部屋に入って最初に見えたのは、机を埋め尽くす書類の山だった。

 

「適当に座ってくれ」

 

 戸惑うアタシなんか気にも留めずに、アイツがそうやって声をかける。

 一瞬、それについて何か言ってやろうか迷ったけど、無駄そうだからやめておいた。

 観念して長テーブルの傍にあるパイプ椅子へと腰を下ろす。

 アイツは電気を点けるかスイッチの前で悩んでから、結局何もせずにアタシの正面へ座った。

 

「少し散らかっているが、まあ気にするな」

「……少しどころじゃないでしょ、これ」

「そうか?」

 

 ……後で掃除しよう。絶対に。

 

「まず、決めておこう」

「何を?」

「今週末のレースで君が一位になったら、俺は君のトレーナーになる」

 

 つまり、アタシが負けたらそこで何もかも終わり。

 改めて考えると、相当な綱渡りだった。

 

「レースにも出てもらう」

「……そういえば、チームはどうすんの?」

「デビュー戦までにこちらで考えておこう。最終目標もな」

 

 きっと、どこかのチームに入れてもらうことになるんだろう。

 まさか一から作るなんて、そんな手間のかかることをするわけないし。

 そういう話をするためにも、とにかく模擬レースに勝たないと。

 

「今の君が勝つために必要なことだが」

 

 書類の山を荒く整理しながら、アイツがそうやって話し始めた。

 

「脚質、って言ってたけど」

「そうだな。今の走り方では、無駄に脚を疲れさせるだけだ」

「じゃあどうすればいいの?」

「作戦を立てる」

 

 取り出した何かの書類の裏へ、アイツがペンを走らせた。

 

「まず、君は順位争いに加わるタイプじゃない」

「……どういうこと?」

「真面目なレースをしなくてもいい、ということだ」

 

 適当な楕円とそこにいくつかの小さな丸を描いて、アイツが続ける。

 

「序盤から中盤にかけては正直、最後方でも問題ない」

「本当に?」

「ああ。最低でも、脚を温めることに集中できればそれで充分だ」

 

 第一コーナーから第二コーナーと、そのままぐるぐると線が引かれていく。

 

「終盤から……まあ、最終コーナーに入る前くらいからだな。コース取りに専念したい」

「どんな風に?」

「外に出られればそれでいい。さっき最低って言ったのはここだな。序盤と中盤にかけて脚を温めること、それとできれば、ここのコース取りのために常にバ群の様子を伺うこと」

 

 そして最終直線になったところで、アイツが一回ペンを置いて、

 

「以上だ」

「……え?」

「これだけ守れば、勝てる」

 

 いやいやいやいや。

 

「最後はどうするのさ」

「何も考えなくていい。好きなように走ればいい」

「好きなようにって……」

「いいか」

 

 まっすぐと見つめられて、思わず続けようとした言葉を呑み込んでしまう。

 

「君の武器はその末脚だ」

「……アタシの武器?」

「ああ。スパートさえかければ、誰も君に追い付けないだろう」

 

 信じられない話だけど、アイツの目は本物だった。

 とにかく序盤と中盤は脚を溜めて、出来る限り位置も確認。

 終盤はスパ―トのために位置取りに専念。

 そして最終直線にかかったところで、一気にスパートをかける。

 ……本当にこれで勝てるのかな。

 

「不安か?」

「うん」

 

 頷くと、アイツは少しだけ顎に手をあてて考える素振りを見せてから、

 

「少しだけ考え方を変えてみるといい」

「考え方?」

「ああ」

 

 首を傾げていると、アイツの言葉が耳に入ってきた。

 

「抜かれても問題ない。最後尾になっても、何も気にしない。行儀よくレースをしている奴らを愚かだと思え。虎視眈々と一位を狙っている奴らを浅はかだと思え。最後に勝つのは君だ。最後に笑うのは、君だ。腑抜けた顔で走っている奴らを全員、君が追い抜いてやれ。勝ちを確信して笑っている奴らを全員、君の脚でねじ伏せてやれ」

 

 何それ。

 そんな漫画みたいセリフ、どっから持ってきたの。

 仰々しすぎて、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるし。

 大体、そんなことできるヤツなんて、そうそういるわけないでしょ。

 ……でも。

 コイツは嘘を言わないってことは、多分アタシが誰よりも分かってる。

 本気で勝てるって、アタシならやれるって、思ってくれてるんだ。

 不安は拭えない。

 けど。

 少しだけ、自信はついた。

 

「……分かった」

「そうか」

 

 頷くと、アイツはそれだけ応えてから、紙をぐしゃぐしゃに丸めた。

 

「一応、作戦だからな。誰にも見せないし、言わない。君もだ」

「……うん」

「それと、練習は明日から始める」

「え?」

 

 その言葉が意外だったから、思わずすぐに聞き返した。

 

「今から体に覚えさせた方がいいんじゃないの?」

「それは勿論だが、今は心身のコンディションを安定させておく」

「……アタシは大丈夫だから」

「俺はそうは思わん」

 

 はっきりと告げられて、思わず口を噤んでしまう。

 多分これ以上何を言っても、今日はグラウンドにすら出させてくれないだろう。

 ここはアイツの言う通り、大人しくしておくことにした。

 正直なところ、そうやって気遣われるのは癪だけど。

 

「明日の午後、いつもの共同練習の時間に着替えてここで」

「……わかった」

「じゃあ、今日は終わろう」

 

 そう言って、アイツが席を立つ。

 扉の前で何かの書類をまとめたかと思うと、それを腋に挟んで、

 

「では、また明日に」

 

 がらり、と扉が閉まる。

 しばらくの時間が経ってから、アタシも扉に手をかけた。

 

 

「あら、タイシンちゃん」

 

 部屋に戻ってからスマホをしばらく弄って、そろそろ眠くなってきたころ。

 練習から戻ってきたクリークが、アタシを見るなりそうやって声をかけてきた。

 

「お疲れ」

「はい。そちらも大丈夫でしたか?」

「……何が?」

「呼び出しされた、って聞きましたけど」

「ああ……いや、別に。適当に話しただけ」

「もし何かあったら、遠慮なく話してくださいね」

 

 そこでふと気づいたことがあって、クリークに問いかける。

 

「……アンタ、アタシが誰と話してたか知ってるの?」

「えっと、あの痩せ気味のトレーナーさんじゃないんですか?」

 

 どこで知ったのかとかは、きっと欠席したときに教官から連絡が回ったんだろう。

 それは別にいい。というか、あんまり関係ない。

 重要なのは。

 

「アイツのこと、知ってるの?」

「はい。あまりいい噂を聞かなくて、少し心配したんですよ」

「え?」

 

 その言葉に、思わず詰め寄った。

 

「どんなヤツなの」

「そうですねえ……色々と話はあるんですけど……」

 

 うんうんと唸るクリークは、やがて一つ思いついたのか、手をぽんと叩いて、

 

「あの人はお金のためならなんでもする、って聞きました」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。