LastStand   作:カニほっち

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05

■

 

 翌日の昼休み。

 

「そう言えば聞いた!? 今週末、模擬レースやるんだって!!」

 

 カレーを口に運んでいたチケットが、突然そんな声を上げた。

 

「ああ。今朝、そんな知らせがあったな」

「うわー、どうしよう! アタシ出ちゃおうかな?! ねえ!」

「いいんじゃないか? 今申し込めば、第一レースには出れるだろうし」

「うん、そうだね! そうしよう! ハヤヒデも出るよね!?」

「もちろん」

「タイシンは!?」

 

 急に話を振られて、ヒレカツを挟んでいた箸を止めた。

 

「アタシは出るよ。第一レース」

「……珍しいな。君がこういうレースに積極的に参加するなんて」

「別に。出なきゃいけない理由ができただけ」

 

 無意識にそう答えてから、失敗したと思った。

 がたん、と大きな音を立てて前のめりになるチケットが見えたから。

 

「え、なになに!? 出なきゃいけない理由って!? タイシン、何かあったの!?」

「うるっさ……」

「教えてよ教えてよー! アタシたちも協力するからさ!」

「別に何も手伝うこととかない……って近いっての! カレーの匂いが移る!」

「カツカレーだね!」

「ほんとに黙れ!」

 

 これまでチケットと会話していた中で、三番目くらいにはイラついた発言だった。

 

「しかし、出なきゃいけない理由というのは気になるな」

「……アンタまでそっち側に回るつもり?」

「言い方からして、随分と差し迫っているようだったからな。友人として聞いておきたい」

 

 本当に言うんじゃなかった、と心の中で後悔した。

 いらない迷惑や心配をかけるのが、アタシは一番嫌なのに。

 ……まあ。

 コイツらになら、話してもいいのかもしれない。

 

「アタシ、このレースに負けたら学園やめるから」

 

 その瞬間、からん、と。

 どちらのかは分からないけど、スプーンが机に落ちる音がした。

 

「う…………」

「あっ」

「うわあぁぁぁあん! タイシン、いなくなっちゃやだよおおぉぉぉおお!」

「ちょっ、やめっ、やめろ! 引っ付いてくんな!」

 

 食事中なんてお構いなしに、席を立ったチケットがアタシの体に抱き着いてくる。

 やっぱり言わなきゃよかった。今度から何があっても絶対に秘密にしてやる。

 

「……昨日の話か?」

「アンタは察しが良くて助かるよ」

「レースに負けたら退学、というのはルドルフに言われたのか?」

「そうだけど、実質アタシが決めたようなもん」

 

 もしかするとあの時、縋っていたのなら、アイツは助けてくれたのかもしれない。

 でも、そんなことをしてまで、この学園に残りたくない。

 ダサいし、カッコ悪いし、惨めだし。

 それに何より、そんなことをしても、アタシが勝てるわけがない。

 

「勝たなくちゃいけないんだよ、自分の力で」

「……だからそんな賭けに走ったのか?」

「賭け?」

 

 その言葉がおかしくて、思わず笑みが零れてしまう。

 

「言っとくけど、負ける気なんてこれっぽっちもないから」

 

 ぴたりと泣き止んだチケットを、ぐい、と押しやって。

 

「引退試合にしようなんて思ってない。むしろ、ここから始めてやる」

「始める? 始めるって、何を?」

「このレースで一位になったら、アタシにトレーナーがついてくれるって」

「……なるほど。本当にこのレースが、君の運命の分かれ道になるというわけか」

「だからって手加減なんてしないでよね。もしやったら、アンタらとは絶交だから」

「まさか。そんなこと、私たちがするわけないだろう?」

 

 呆れたようにハヤヒデが肩をすくめて、チケットがそれにうんうんと頷いた。

 ……それも、そうか。コイツらはそんなヤツらじゃない。

 きっと、どれだけアタシが無茶をしても、コイツらはついてきてくれる。

 それに甘えるわけじゃないけど、でも。

 ちょっとだけ、それが嬉しかった。

 

「応援してるよ、タイシン!」

「ああ。友人として、そしてライバルとして、君を見ているからな」

「……ありがと」

 

 改めてそんなことを言われるのは、すごく恥ずかしいけど。

 悪い気じゃ、なかった。

 

■

 

「来たか」

 

 昼食をいつもより早く食べ終えて、レース場へ着いてからのこと。

 先にアタシを見つけたアイツが、そうやって声をかけてきた。

 

「遅れた?」

「いや、俺も今着いたところだ。もう少しゆっくりでもよかった」

「……そんなヒマないでしょ」

「だからといって、焦る必要はない」

 

 なんて会話を交わしながら、アイツがボードへと目を落とす。

 

「昨日言ったことは覚えているな?」

「……足を休めてコース取りを意識して、最終コーナーで仕掛ける」

「充分だ」

 

 ボールペンの頭をノックして、アイツがそこで初めてアタシと目を合わす。

 そこから、どうしてかは分からないけど、アイツがしばらく口を噤む。

 ……もしかして顔に何かついてた? だったら正直に言ってほしいんだけど。

 なんて考えているうちに痺れが切れて、どうしたの、って聞こうとした、その時。

 

「いつもより調子、いいみたいだな」

「……何それ」

 

 上からの目線が気になって、思わず睨んだけど、結局アイツは何も答えなかった。

 

「ウォームアップはいつもどうしてる?」

「みんなと同じようにしてるけど」

「具体的には?」

「……柔軟と、体を温めるために少し走るくらい」

「そうか」

 

 短く答えて、またアイツがボードへ目を落とす。

 間違ってるなら間違ってるって言ってくれた方が、正直ありがたいんだけど。

 

「では、今日はいつも通りで頼む」

「……やり方とか、変えたほうがいいんじゃないの?」

「それは確かにそうだが、それこそ今そんな時間はない」

「でも」

「君のトレーナーになったら、また指示する。だから焦るな」

 

 なら別に、いいんだけどさ。

 

「とにかく、今は適当に体を動かしておいてくれ」

「……わかった」

 

 そうして、腕と脚の基本的な柔軟、それとレース場を二週したところ。

 アイツがしきりに腕時計を気にしていることに気が付いた。

 

「……この後、何かあるの?」

「いや、今日は君だけにしか時間を割いていない」

「あっそ」

 

 言い方もう少し何とかならないのかな。

 身を入れてくれてる、ってことは分かるんだけど

 

「そうだな、実は今日の練習メニューなんだが」

「うん」

「時間もないということで、実戦形式で行おうと予定していた」

「……誰か呼んだの?」

「ああ。そのはずなんだが、どうも少し遅れているみたいで……」

 

 誰かの足音が聞こえてきたのは、その時だった。

 純白――というよりは、少し暗みのかかった灰色の葦毛。

 佇まいも凛として、細くきりっとした青い瞳が、それを一層際立たせている。

 こちらへ歩いてくるその姿にさえも、どこか威厳が垣間見えて。

 そうしてアタシとトレーナーの前で立ち止まったソイツは、

 

「すまない、昼食を摂っていて遅れてしまった」

 

 開口一番、そんなことを言ってきた。

 

「ちょっ……」

「時間には遅れるなと言っただろう」

「コンディションを整えようと思っていたから、つい」

「……意気込んでくれるのは助かるが」

「少し食べ過ぎてしまった」

「コンディションを整える話はどうしたんだ」

 

 そうやって頭を抱えているトレーナーが、ようやく驚いたままのアタシに気づいた。

 

「ああ、そういえば紹介するのが遅れていたな」

「いや……紹介も何も、知ってるって……」

「そうなのか。まあでも、改めて紹介させてくれ」

 

 

「彼女はオグリキャップ。今日から三日間、君の練習相手になってくれる娘だ」

 

 

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