LastStand 作:カニほっち
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翌日の昼休み。
「そう言えば聞いた!? 今週末、模擬レースやるんだって!!」
カレーを口に運んでいたチケットが、突然そんな声を上げた。
「ああ。今朝、そんな知らせがあったな」
「うわー、どうしよう! アタシ出ちゃおうかな?! ねえ!」
「いいんじゃないか? 今申し込めば、第一レースには出れるだろうし」
「うん、そうだね! そうしよう! ハヤヒデも出るよね!?」
「もちろん」
「タイシンは!?」
急に話を振られて、ヒレカツを挟んでいた箸を止めた。
「アタシは出るよ。第一レース」
「……珍しいな。君がこういうレースに積極的に参加するなんて」
「別に。出なきゃいけない理由ができただけ」
無意識にそう答えてから、失敗したと思った。
がたん、と大きな音を立てて前のめりになるチケットが見えたから。
「え、なになに!? 出なきゃいけない理由って!? タイシン、何かあったの!?」
「うるっさ……」
「教えてよ教えてよー! アタシたちも協力するからさ!」
「別に何も手伝うこととかない……って近いっての! カレーの匂いが移る!」
「カツカレーだね!」
「ほんとに黙れ!」
これまでチケットと会話していた中で、三番目くらいにはイラついた発言だった。
「しかし、出なきゃいけない理由というのは気になるな」
「……アンタまでそっち側に回るつもり?」
「言い方からして、随分と差し迫っているようだったからな。友人として聞いておきたい」
本当に言うんじゃなかった、と心の中で後悔した。
いらない迷惑や心配をかけるのが、アタシは一番嫌なのに。
……まあ。
コイツらになら、話してもいいのかもしれない。
「アタシ、このレースに負けたら学園やめるから」
その瞬間、からん、と。
どちらのかは分からないけど、スプーンが机に落ちる音がした。
「う…………」
「あっ」
「うわあぁぁぁあん! タイシン、いなくなっちゃやだよおおぉぉぉおお!」
「ちょっ、やめっ、やめろ! 引っ付いてくんな!」
食事中なんてお構いなしに、席を立ったチケットがアタシの体に抱き着いてくる。
やっぱり言わなきゃよかった。今度から何があっても絶対に秘密にしてやる。
「……昨日の話か?」
「アンタは察しが良くて助かるよ」
「レースに負けたら退学、というのはルドルフに言われたのか?」
「そうだけど、実質アタシが決めたようなもん」
もしかするとあの時、縋っていたのなら、アイツは助けてくれたのかもしれない。
でも、そんなことをしてまで、この学園に残りたくない。
ダサいし、カッコ悪いし、惨めだし。
それに何より、そんなことをしても、アタシが勝てるわけがない。
「勝たなくちゃいけないんだよ、自分の力で」
「……だからそんな賭けに走ったのか?」
「賭け?」
その言葉がおかしくて、思わず笑みが零れてしまう。
「言っとくけど、負ける気なんてこれっぽっちもないから」
ぴたりと泣き止んだチケットを、ぐい、と押しやって。
「引退試合にしようなんて思ってない。むしろ、ここから始めてやる」
「始める? 始めるって、何を?」
「このレースで一位になったら、アタシにトレーナーがついてくれるって」
「……なるほど。本当にこのレースが、君の運命の分かれ道になるというわけか」
「だからって手加減なんてしないでよね。もしやったら、アンタらとは絶交だから」
「まさか。そんなこと、私たちがするわけないだろう?」
呆れたようにハヤヒデが肩をすくめて、チケットがそれにうんうんと頷いた。
……それも、そうか。コイツらはそんなヤツらじゃない。
きっと、どれだけアタシが無茶をしても、コイツらはついてきてくれる。
それに甘えるわけじゃないけど、でも。
ちょっとだけ、それが嬉しかった。
「応援してるよ、タイシン!」
「ああ。友人として、そしてライバルとして、君を見ているからな」
「……ありがと」
改めてそんなことを言われるのは、すごく恥ずかしいけど。
悪い気じゃ、なかった。
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「来たか」
昼食をいつもより早く食べ終えて、レース場へ着いてからのこと。
先にアタシを見つけたアイツが、そうやって声をかけてきた。
「遅れた?」
「いや、俺も今着いたところだ。もう少しゆっくりでもよかった」
「……そんなヒマないでしょ」
「だからといって、焦る必要はない」
なんて会話を交わしながら、アイツがボードへと目を落とす。
「昨日言ったことは覚えているな?」
「……足を休めてコース取りを意識して、最終コーナーで仕掛ける」
「充分だ」
ボールペンの頭をノックして、アイツがそこで初めてアタシと目を合わす。
そこから、どうしてかは分からないけど、アイツがしばらく口を噤む。
……もしかして顔に何かついてた? だったら正直に言ってほしいんだけど。
なんて考えているうちに痺れが切れて、どうしたの、って聞こうとした、その時。
「いつもより調子、いいみたいだな」
「……何それ」
上からの目線が気になって、思わず睨んだけど、結局アイツは何も答えなかった。
「ウォームアップはいつもどうしてる?」
「みんなと同じようにしてるけど」
「具体的には?」
「……柔軟と、体を温めるために少し走るくらい」
「そうか」
短く答えて、またアイツがボードへ目を落とす。
間違ってるなら間違ってるって言ってくれた方が、正直ありがたいんだけど。
「では、今日はいつも通りで頼む」
「……やり方とか、変えたほうがいいんじゃないの?」
「それは確かにそうだが、それこそ今そんな時間はない」
「でも」
「君のトレーナーになったら、また指示する。だから焦るな」
なら別に、いいんだけどさ。
「とにかく、今は適当に体を動かしておいてくれ」
「……わかった」
そうして、腕と脚の基本的な柔軟、それとレース場を二週したところ。
アイツがしきりに腕時計を気にしていることに気が付いた。
「……この後、何かあるの?」
「いや、今日は君だけにしか時間を割いていない」
「あっそ」
言い方もう少し何とかならないのかな。
身を入れてくれてる、ってことは分かるんだけど
「そうだな、実は今日の練習メニューなんだが」
「うん」
「時間もないということで、実戦形式で行おうと予定していた」
「……誰か呼んだの?」
「ああ。そのはずなんだが、どうも少し遅れているみたいで……」
誰かの足音が聞こえてきたのは、その時だった。
純白――というよりは、少し暗みのかかった灰色の葦毛。
佇まいも凛として、細くきりっとした青い瞳が、それを一層際立たせている。
こちらへ歩いてくるその姿にさえも、どこか威厳が垣間見えて。
そうしてアタシとトレーナーの前で立ち止まったソイツは、
「すまない、昼食を摂っていて遅れてしまった」
開口一番、そんなことを言ってきた。
「ちょっ……」
「時間には遅れるなと言っただろう」
「コンディションを整えようと思っていたから、つい」
「……意気込んでくれるのは助かるが」
「少し食べ過ぎてしまった」
「コンディションを整える話はどうしたんだ」
そうやって頭を抱えているトレーナーが、ようやく驚いたままのアタシに気づいた。
「ああ、そういえば紹介するのが遅れていたな」
「いや……紹介も何も、知ってるって……」
「そうなのか。まあでも、改めて紹介させてくれ」
「彼女はオグリキャップ。今日から三日間、君の練習相手になってくれる娘だ」
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