LastStand   作:カニほっち

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■

 

「なんであんなヤツ連れてきたのよ」

 

 遅れてやって来たオグリキャップの、ウォームアップを眺めながら。

 思わず呟いた言葉に、アイツが言葉を返してきた。

 

「……もしかして、仲が悪かったか?」

「そういうわけじゃなくて」

 

 次元が違うというか、レベルがかけ離れているというか。

 上手い言葉が見つからなくて、思わず頭を抱えた。

 

「知り合いだったの?」

「去年、何回か期間を開けて彼女のトレーナーをしていた」

「……マジで?」

「基礎を見てやったのと、レースに出走する時に名義を貸す程度だったが」

 

 コイツが誰かのトレーナーをやっていたことにも驚きだけど、それよりも。

 オグリキャップみたいなヤツに、専属のトレーナーがいないことの方が驚きだった。

 

「アイツ、自分のチームはないの?」

「ああ。色んなチームを転々としている」

「なるほど、人気者ってワケ」

「逆だ。押し付け合ってる」

 

 返ってきたその意外な言葉に、思わず首を傾げた。

 

「押し付け合いって……アイツくらいの実力なら、どこも欲しがるでしょ」

「そうだな、でも逆に彼女を勝たせられなかったらどうなると思う?」

「……全員アイツにビビってるってこと?」

「でも、まだそれは本人が自覚しているからいいんだ」

 

 というと。

 

「食費が」

「ああ……」

 

 ぬるっとした納得と、アイツのウォームアップが終わったのは、ほとんど同時だった。

 土を蹴る音と共に、軽く汗を流したオグリキャップがこちらへ近づいてくる。

 

「すまない、待たせたな」

「調子はどうだ?」

「いつも通り」

 

 そうやって親指を立てたオグリキャップは、ふと私の方へと振り向いて、

 

「今日からよろしく頼む、ナリタタイシン」

「え? ああ……」

 

 差し出された手に少し戸惑いながら、こちらからも握り返す。

 アイツの顔を見ると、少しだけ不器用な笑みが、口元に浮かんでいた。

 

「では、二人ともスタート位置に」

 

 アイツに言われた通りに、指定の位置へ。

 オグリキャップが自分から外の方へ言っていたから、内ラチ側に。

 

「模擬レースの距離は芝の二〇〇〇の中距離。君の脚質には合っている」

「……後は、走り方?」

「そうだ。オグリ、君は自由に走ってくれ。ペース配分やスパートのタイミングも任せる。ただ、手加減はしないように。手を抜いたと分かった瞬間、日曜の焼肉は無しだ」

「わかった」

 

 声が聞こえたその瞬間、隣からぞわり、と圧がかかってくるのが分かった。

 ……もしかして、焼肉で? どんだけメシ食うの好きなんだ、コイツ。

 

「タイシンは昨日教えた通り、とにかく脚を温存すること」

「わかった」

「それと、できればオグリのペースに合わせること。だが、逆に呑み込まれるのも良くない。今回はオグリしかいないが……本番では、先頭のペースを察してレース全体の展開を把握、そこからいつスパートをかけるか意識すること。多くなったが、これらを感覚で掴むことが今日の目標だ。いいな?」

「……うん」

 

 とにかく、昨日の走り方を意識したレースの雰囲気を勘を掴め、って言いたいらしい。

 脚の温存の仕方なんて、何にも分からないけど。

 でも、ここに立ったなら、やるしかない。

 

「とりあえず一周、走ってみるか」

 

 アイツがそうやって旗を上げたのを見て、左脚を後ろに。

 隣のオグリも同じようにして、体勢を整えていた。

 ……緊張する。到底、練習ってレベルじゃないくらいの、空気の重さ。

 でも、呑まれるわけにはいかない。

 こんなところで日和ってたら、本番で勝てるわけないんだから。

 息を深く吸い込んで、視点はまっすぐコーナーの先の方へ。

 右脚で地面を踏みにじりながら、アイツが旗を振り下ろす、その時を待ち続ける。

 ――そして、

 

「行け!」

 

 ずどん、と。

 アタシの真隣で、何かが爆発したような音が、聞こえた。

 

「はっ……!」

 

 速ッ!? 何アレ、どうなってんの!?

 もう三バ身くらい開いてるし、意味わかんないんだけど!

 そもそもあんなに前に倒れてる姿勢なのに、なんでアレで転ばないのさ!

 ……ああ、もう!

 

「やってやるよ!」

 

 ずっと遠くにある背中を睨みつけて、地面を蹴る。

 その時には既に、第一コーナーに差し掛かっていた。

 

「くっそ……!」

 

 追いつけない。どうやったって、このまま距離は詰められない。

 ……いや、それでいいんだ。無理に抜く必要はない。

 アイツの走り方を伺いながら、この距離を保てれば……!

 

「……っ」

 

 肺が干上がるような感覚。息が乱れ始めて、汗が目元を伝う。

 思っていたよりもかなりキツい走り方だ、これ。

 ただ前に行けば良いわけじゃない。早けりゃ良いってもんじゃない。

 足を温存するための体力が必要だし、その上で一定のスピードを出さなきゃダメ。

 今はそうじゃないけど、レース本番は位置取りも考えないといけないし。

 その上で、常に仕掛けるタイミングを窺わなくちゃいけない。

 きっと、レースの中にある全ての要素を把握しないといけないんだ。

 難しすぎる。並のウマ娘にできることじゃない。

 ……でも。

 

「やらなくちゃ意味ないんだよ……!」

 

 直線を抜けて、第三コーナーへ。

 全身にかかってくる遠心力に耐えながら、アイツの背中を追う。

 未だそれに追いつくことはないけど、置いていかれることもない。

 そうして、いつもより随分と時間をかけてたどり着いた、最終コーナー。

 ……仕掛けるなら、ここしかない!

 

「ッ!」

 

 全身の力を脚に込めて、地面を蹴りつける。

 吹き抜ける風が頬を強く撫でて、伝う汗を吹き飛ばした。

 これで最後だ。もう、ここでしか追い抜くタイミングがない。

 だから、どうなっても全力を――

 

「……あれ?」

 

 おかしい。

 普通なら、向こうもここでスパートをかけているはず。

 だからアイツの背中が、今までよりずっと遠くなるはずなのに。

 スタミナ切れかと思ったけど、アイツに限ってそんなワケがない。

 もしかして、手加減されてる? いや、それこそあり得ない。

 それなら、どうして。

 

 ……ああ、そうか

 アタシが速いだけなんだ。

 

「だあああぁぁぁぁああああ!!」

 

 気づいた時にはすでに、アイツの驚いたような顔が横に見えていた。

 丸く見開かれた瞳に、ぽかんと空いた空っぽの口。

 そうだ。その腑抜けた顔。アタシは、それが見たくて走ってるんだ。

 

 ああ。

 こんなにいい気分のレース、初めてだ!

 

「っ、うおおおぉぉぉおおお!」

 

 はたと我に帰ったオグリキャップが、アタシに抜かれるその直前で、吠える。

 そりゃそうか。こんな名無しのウマ娘に負けられるわけないか。

 でも、さ。

 負けられないのは、アタシも同じなんだよ!

 

「だりゃああぁぁぁあああ!!!」

 

 最終直線。旗を持ったアイツが見える。

 もう、隣なんて気にしてられない。

 地面を強く踏み締めて、一歩でも前へ。

 そして――

 

■

 

「お疲れ様、二人とも」

 

 大の字になって寝転ぶアタシたちに、アイツはそう言いながら近づいてきた。

 

「どうだ、オグリ」

「……私は、本気だった」

「だろうな」

「だから、焼肉無しだけは勘弁してくれ……」

「ああ」

 

 こんな時にまで、そんなことを気にするのは正直、笑えるけど。

 でも、アイツはそれだけ本気だったんだ。

 

「タイシンは?」

「……この走り方、キッツイんだけど」

「まあ、そうだろうな」

「でも……」

「……でも?」

「今まででいちばん、気持ちよく走れた気がする」

 

 辛いし苦しいし、地獄みたいな走りだけど。

 それだけは、確かだった。

 

「それで?」

「ああ、そうだ」

 

 アタシが聞こうとしたのと同時、アイツも思い出したように呟いて。

 トレーナーも、アタシたちが何を言いたいのか分かっているみたいで。

 呆れたように、首に吊るしたストップウォッチへ手をかけた。

 

「元々、タイムを競わせるつもりはなかったんだがな」

「ウマ娘が二人、並んで走るんだ。そうなるに決まってるさ」

「むしろ、ボケっと見てるだけだったら、トレーナー失格でしょ」

「……君たち、気が合いそうだな」

 

 かもしれない。

 コイツは、本気でアタシとぶつかってくれたから。

 

「それで、トレーナー。タイムは?」

「ああ」

 

 オグリキャップの声に、アイツがすぐに答えて、

 

「一分五七秒八九――タイシン、君の勝ちだ」

 

■

 

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