LastStand 作:カニほっち
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「なんであんなヤツ連れてきたのよ」
遅れてやって来たオグリキャップの、ウォームアップを眺めながら。
思わず呟いた言葉に、アイツが言葉を返してきた。
「……もしかして、仲が悪かったか?」
「そういうわけじゃなくて」
次元が違うというか、レベルがかけ離れているというか。
上手い言葉が見つからなくて、思わず頭を抱えた。
「知り合いだったの?」
「去年、何回か期間を開けて彼女のトレーナーをしていた」
「……マジで?」
「基礎を見てやったのと、レースに出走する時に名義を貸す程度だったが」
コイツが誰かのトレーナーをやっていたことにも驚きだけど、それよりも。
オグリキャップみたいなヤツに、専属のトレーナーがいないことの方が驚きだった。
「アイツ、自分のチームはないの?」
「ああ。色んなチームを転々としている」
「なるほど、人気者ってワケ」
「逆だ。押し付け合ってる」
返ってきたその意外な言葉に、思わず首を傾げた。
「押し付け合いって……アイツくらいの実力なら、どこも欲しがるでしょ」
「そうだな、でも逆に彼女を勝たせられなかったらどうなると思う?」
「……全員アイツにビビってるってこと?」
「でも、まだそれは本人が自覚しているからいいんだ」
というと。
「食費が」
「ああ……」
ぬるっとした納得と、アイツのウォームアップが終わったのは、ほとんど同時だった。
土を蹴る音と共に、軽く汗を流したオグリキャップがこちらへ近づいてくる。
「すまない、待たせたな」
「調子はどうだ?」
「いつも通り」
そうやって親指を立てたオグリキャップは、ふと私の方へと振り向いて、
「今日からよろしく頼む、ナリタタイシン」
「え? ああ……」
差し出された手に少し戸惑いながら、こちらからも握り返す。
アイツの顔を見ると、少しだけ不器用な笑みが、口元に浮かんでいた。
「では、二人ともスタート位置に」
アイツに言われた通りに、指定の位置へ。
オグリキャップが自分から外の方へ言っていたから、内ラチ側に。
「模擬レースの距離は芝の二〇〇〇の中距離。君の脚質には合っている」
「……後は、走り方?」
「そうだ。オグリ、君は自由に走ってくれ。ペース配分やスパートのタイミングも任せる。ただ、手加減はしないように。手を抜いたと分かった瞬間、日曜の焼肉は無しだ」
「わかった」
声が聞こえたその瞬間、隣からぞわり、と圧がかかってくるのが分かった。
……もしかして、焼肉で? どんだけメシ食うの好きなんだ、コイツ。
「タイシンは昨日教えた通り、とにかく脚を温存すること」
「わかった」
「それと、できればオグリのペースに合わせること。だが、逆に呑み込まれるのも良くない。今回はオグリしかいないが……本番では、先頭のペースを察してレース全体の展開を把握、そこからいつスパートをかけるか意識すること。多くなったが、これらを感覚で掴むことが今日の目標だ。いいな?」
「……うん」
とにかく、昨日の走り方を意識したレースの雰囲気を勘を掴め、って言いたいらしい。
脚の温存の仕方なんて、何にも分からないけど。
でも、ここに立ったなら、やるしかない。
「とりあえず一周、走ってみるか」
アイツがそうやって旗を上げたのを見て、左脚を後ろに。
隣のオグリも同じようにして、体勢を整えていた。
……緊張する。到底、練習ってレベルじゃないくらいの、空気の重さ。
でも、呑まれるわけにはいかない。
こんなところで日和ってたら、本番で勝てるわけないんだから。
息を深く吸い込んで、視点はまっすぐコーナーの先の方へ。
右脚で地面を踏みにじりながら、アイツが旗を振り下ろす、その時を待ち続ける。
――そして、
「行け!」
ずどん、と。
アタシの真隣で、何かが爆発したような音が、聞こえた。
「はっ……!」
速ッ!? 何アレ、どうなってんの!?
もう三バ身くらい開いてるし、意味わかんないんだけど!
そもそもあんなに前に倒れてる姿勢なのに、なんでアレで転ばないのさ!
……ああ、もう!
「やってやるよ!」
ずっと遠くにある背中を睨みつけて、地面を蹴る。
その時には既に、第一コーナーに差し掛かっていた。
「くっそ……!」
追いつけない。どうやったって、このまま距離は詰められない。
……いや、それでいいんだ。無理に抜く必要はない。
アイツの走り方を伺いながら、この距離を保てれば……!
「……っ」
肺が干上がるような感覚。息が乱れ始めて、汗が目元を伝う。
思っていたよりもかなりキツい走り方だ、これ。
ただ前に行けば良いわけじゃない。早けりゃ良いってもんじゃない。
足を温存するための体力が必要だし、その上で一定のスピードを出さなきゃダメ。
今はそうじゃないけど、レース本番は位置取りも考えないといけないし。
その上で、常に仕掛けるタイミングを窺わなくちゃいけない。
きっと、レースの中にある全ての要素を把握しないといけないんだ。
難しすぎる。並のウマ娘にできることじゃない。
……でも。
「やらなくちゃ意味ないんだよ……!」
直線を抜けて、第三コーナーへ。
全身にかかってくる遠心力に耐えながら、アイツの背中を追う。
未だそれに追いつくことはないけど、置いていかれることもない。
そうして、いつもより随分と時間をかけてたどり着いた、最終コーナー。
……仕掛けるなら、ここしかない!
「ッ!」
全身の力を脚に込めて、地面を蹴りつける。
吹き抜ける風が頬を強く撫でて、伝う汗を吹き飛ばした。
これで最後だ。もう、ここでしか追い抜くタイミングがない。
だから、どうなっても全力を――
「……あれ?」
おかしい。
普通なら、向こうもここでスパートをかけているはず。
だからアイツの背中が、今までよりずっと遠くなるはずなのに。
スタミナ切れかと思ったけど、アイツに限ってそんなワケがない。
もしかして、手加減されてる? いや、それこそあり得ない。
それなら、どうして。
……ああ、そうか
アタシが速いだけなんだ。
「だあああぁぁぁぁああああ!!」
気づいた時にはすでに、アイツの驚いたような顔が横に見えていた。
丸く見開かれた瞳に、ぽかんと空いた空っぽの口。
そうだ。その腑抜けた顔。アタシは、それが見たくて走ってるんだ。
ああ。
こんなにいい気分のレース、初めてだ!
「っ、うおおおぉぉぉおおお!」
はたと我に帰ったオグリキャップが、アタシに抜かれるその直前で、吠える。
そりゃそうか。こんな名無しのウマ娘に負けられるわけないか。
でも、さ。
負けられないのは、アタシも同じなんだよ!
「だりゃああぁぁぁあああ!!!」
最終直線。旗を持ったアイツが見える。
もう、隣なんて気にしてられない。
地面を強く踏み締めて、一歩でも前へ。
そして――
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「お疲れ様、二人とも」
大の字になって寝転ぶアタシたちに、アイツはそう言いながら近づいてきた。
「どうだ、オグリ」
「……私は、本気だった」
「だろうな」
「だから、焼肉無しだけは勘弁してくれ……」
「ああ」
こんな時にまで、そんなことを気にするのは正直、笑えるけど。
でも、アイツはそれだけ本気だったんだ。
「タイシンは?」
「……この走り方、キッツイんだけど」
「まあ、そうだろうな」
「でも……」
「……でも?」
「今まででいちばん、気持ちよく走れた気がする」
辛いし苦しいし、地獄みたいな走りだけど。
それだけは、確かだった。
「それで?」
「ああ、そうだ」
アタシが聞こうとしたのと同時、アイツも思い出したように呟いて。
トレーナーも、アタシたちが何を言いたいのか分かっているみたいで。
呆れたように、首に吊るしたストップウォッチへ手をかけた。
「元々、タイムを競わせるつもりはなかったんだがな」
「ウマ娘が二人、並んで走るんだ。そうなるに決まってるさ」
「むしろ、ボケっと見てるだけだったら、トレーナー失格でしょ」
「……君たち、気が合いそうだな」
かもしれない。
コイツは、本気でアタシとぶつかってくれたから。
「それで、トレーナー。タイムは?」
「ああ」
オグリキャップの声に、アイツがすぐに答えて、
「一分五七秒八九――タイシン、君の勝ちだ」
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