LastStand 作:カニほっち
すまね~~
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「一分五十七……?」
疲れすぎて聞き間違えたんだって、最初はそう思った。
いくら全力で走ったとはいえ、二分を切るタイムが出るなんてあり得ない。
それこそレコードに届きそうな、もしかすると更新できるくらいのタイムなのに。
信じられない。今見ているこの景色が夢なんじゃないか、とすらも考えた。
でも。
痺れるような両脚の疲れは、確かに本物だった。
「……本当なのか?」
「俺が嘘を吐けないということは、君もよく知ってるだろう」
オグリキャップの言葉に、アイツがそうやって答える。
「凄いな」
「……ありがと」
現実味がない。褒められている感覚が無くて、そんな曖昧な答え方になる。
「正直、オグリキャップに勝てるとは思っていなかった」
「そんなの、アタシもだよ」
「……レースの感覚は掴めたか?」
「何となくは」
終盤まで必死に耐えて、ラストのコーナーで全力を引き出す。
試してみたらとんでもなく苦しくて、二度とやりたくない走り方だったけど。
先頭を呑気に走ってる奴を追い抜くあの感覚は、気持ちが良かった。
「長めの休憩を取ったら、二周目にしよう」
「すぐじゃなくていいの?」
「君たちの脚を壊したくない」
……まあ、そうか。
こんなところで脚を壊してレースに出られなくなったら、意味がない。
本当はもっと速く走れるようになって、誰かを追い抜く練習をしたいんだけど。
今は、アイツの言う通りにした方がいいんだ。
「時間があるから、何か飲むものでも買ってこようか」
そうやって声をかけてきたアイツに、最初に答えたのはオグリキャップで、
「カレーがいい」
「残念だが、それは食べものなんだ」
「そうか……」
コイツ、マジで言ってんの?
「タイシンは?」
「……普通のスポドリでいい」
「分かった。オグリもそれでいいな?」
「カレー……」
「それは夜まで待て」
肩を落とすオグリキャップを後にして、アイツが校舎の方へ走っていった。
そうして、二人で地面に座りながらアイツを待っていること、しばらく。
「………………」
「………………」
き、気まずい……。
何か話すにしても、初対面だからどういう話題振ればいいか分かんないし。
かといってこのままってのも、向こうから暗いヤツだと思われるかもしれないし。
あー、もう。こういうのホント苦手だから、勘弁してほしいんだけど。
そもそも、初対面のヤツと二人っきりにすんなっての。
アタシは向こうのこと知ってるけど、向こうは当然知らないだろうし。
というか、私も知ってることと言えば顔と名前くらいだし。
こんな状況で共通の話題だなんて、見つかるはずが……。
……あ。
「ねえ」
「うん?」
「アイツって、アンタのトレーナーだったんだよね?」
思い立って口にした疑問に、オグリキャップはまあ、と一言置いてから、
「ああ。といっても、行く宛のない私の面倒を見てくれていた程度だが」
「さっきアイツから聞いた。大変らしいね」
「そうだな。あの人には感謝してもしきれない」
言いながら、オグリキャップが力なさそうに笑う。
それだけでコイツが、ある程度アイツのことを信頼していることが分かった。
そんなヤツに、こんなことを聞くのはアレかもしれないけど。
でもアタシのトレーナーになるんだから、そこだけはハッキリさせたいというか。
まあ、ここまで話しておいて聞かないのも何だし。
「噂で聞いたんだけどさ」
「うむ」
「アイツ、金のためなら何でもやるって」
アタシの言葉に、オグリキャップは少しだけ考えるような素振りを見せてから、
「確かに、そうかもしれないな」
「……そうなの?」
「私のトレーナーになるのを断ったのも、食費がかかるという理由だった」
直接そのことを伝えるアイツも、どうかと思うけど。
「でも、仕方ないさ」
「割り切れるの?」
「そういった目的というのは、個人の自由だから」
「まあ……確かに、そうかもしれないけど」
正論だ。アイツがどれだけお金にがめつくても、結局は個人の意思なんだから。
それにアタシがどうこう言う方が、きっとおかしいんだ。
でも、なんだろう。アタシが言いたいことは、そういうことじゃなくて。
「……アイツと初めて会った時、アタシの脚は金になる、って言われたんだ」
「そうか」
「嫌って言うより、ビックリしてさ。アタシのこと、そういう目で見るヤツいるんだって」
「うむ」
「でもなんていうか、それじゃ曖昧っていうか……」
言葉が見つからない。アタシはアイツに何をしてほしいんだろう。
お金のためにアタシのトレーナーになるのは、別にいい。
そんなにお金に卑しくなるな、という気持ちもない。
でも、どうしてそんなにお金が必要なのかは、少しだけ気になるのかも。
……あ、そっか。
「なんでアイツ、お金が必要なんだろう」
ふと溢したアタシの言葉に、オグリキャップは、
「私にも分からない」
アイツが帰ってきたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
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「今日はこれくらいにしておこう」
そう言ってから、アイツがストップウォッチを止める。
「タイムは……?」
「二分と九秒。オグリの勝ちだ」
「……そう」
額に浮かぶ汗を拭いつつ、答える。
「連続で走っていた疲れもあるだろう。仕方ない」
「分かってるっつーの」
「それに、最初のタイムは奇跡にも近いから、二度と出ないと思ったほうがいい」
「……は?」
何その言い方。
そんなのまるで、アタシの限界があのタイムだったみたいじゃん。
「悪い意味ではない」
「どういうこと?」
「初めてオグリキャップと走っただろう」
「そうだけど」
「つまり、そういうことだ」
「…………意味が分かんないんだけど」
イラつきも通り越して、だんだん呆れてきた。
初めて一緒に走ったから、何なのさ。
「ナリタタイシン」
「何」
「今日で、私がどんな走り方をするか、ある程度理解できただろう」
「……まあ、そりゃそうだけど」
「だからきっと、君は私に
「えーと……」
頭を抱えながら、少し考える。
最初に走った時が、一番タイムが良かった。
でもコイツと走るうちに、タイムがだんだん遅くなってきた。
つまり、アレか。コイツのペース配分が体に染みついて、それに走り方が合っちゃって。
気づいたら、一番スタミナとスピードの効率がいい走り方になった、みたいな。
そんな感じなのかな。
「……何となく、分かったかも」
「そうか」
「それは良かった」
コイツら、説明が下手くそすぎる。
特にトレーナーの方、説明が下手なのって致命的すぎるでしょ。
……あー、もう。
「アタシ、疲れたからもう帰る……」
「ああ、ご苦労。オグリも今日のところはいいぞ」
なんて最後はユルい感じで各自で解散して、帰る準備をしてから、校舎を出て。
帰りにどこか寄ろうかな、なんて考えたけど、体が疲れを実感したところで。
「……結局、アイツに聞くの忘れたな」
トレセン学園の校門をくぐったところで、ようやくそのことを思い出した。
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