LastStand 作:カニほっち
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翌朝。
「タイシンちゃん?」
目を覚まして最初に視界に映ったのは、心配そうな顔をしているクリークだった。
「……おはよ?」
「はい、おはようございます」
「今は……」
そうやって時計を見ようと首を動かしたところで、違和感に気づく。
……体が、重い。
関節もどこかぎこちなくて、動かすと少し痛みがあった。
眠気も十分にとれていなくて、放っておいたらひとりでに瞼が降りてきて。
……もしかして、疲れてる?
「珍しいですね、私より後に起きるなんて」
そんなクリークの言葉に、何も返せなかった。
「体、起こしてあげましょうか?」
「……いい」
「服とか持ってきた方がいいですか?」
「いらない」
「じゃあ、目が醒めるようにココア淹れておきますね」
「だからいらないって」
「あ、そうだ! 洗面台まで抱っこしてあげても……」
「いらないって言ってるでしょ!」
コイツより遅く起きるとこうなるから、できるだけ早起きしてたのに。
叫んだ勢いで体の怠さも吹き飛んで、そのままベッドから飛び起きる。
足元はまだ少しふわふわするけど、別に休むほどじゃない。
というか、今のアタシに休んでるヒマなんかないのに。
「昨日のトレーニング、そんなに厳しかったんですか?」
顔を洗っていると、洗濯物を運んでいたクリークからまた話しかけられた。
「別に、そういうわけじゃないけど」
「でも……」
「今までとやり方が変わっただけだから、大丈夫だって」
特に今は、模擬レースに向けての詰め込み期間なんだし。
それに、練習していくうちにアイツのペースにも慣れていくはず。
向こうだって分かってるだろうし、互いに歩み寄っていくしかない。
でも、もしそれでアタシの方が音を上げることになったら……。
……ま、その時はその時か。
「やっぱり心配です」
なんて一人で考えていると、クリークがどこか意を決したように言ってきた。
「タイシンちゃんのトレーナーって、前に言ってたあの人なんですよね?」
「……そうだけど」
「私、あの人のこと信用できません。タイシンちゃんにこんな無理をさせるなんて」
「いや、だから無理とかは……」
「もしかしたら、タイシンちゃんをお金稼ぎの道具にするかもしれないんですよ!?」
別にそれでもいい、というかその上でトレーニングしてるんだけど。
なんて返そうとしたけど、多分今のクリークにアタシの言葉を聞く余裕なんかなさそうだし。
どう納得させようかな、なんて考えながら一度、顔を洗って目を醒ます。
そうやって頭を上げると、鏡の向こうのクリークと目が合って。
「今日、タイシンちゃんのトレーニングについて行ってもいいですか?」
「は?」
は?
「……なんで?」
「確かめたいんです。あのトレーナーさんが、タイシンちゃんに無理をさせていないかどうか」
「いや……てか、そうしたところでアンタに何も関係ないじゃん」
「関係あります!」
「どんな」
「私のかわいいタイシンちゃんをお金稼ぎの道具にするなんて、許せません!」
「アンタに育てられた覚えないんだけど」
「大丈夫ですからね。私はずっと、タイシンちゃんの味方ですから」
「だから……ってかアンタ、今日のトレーニングはどうすんのさ」
「もうお休みの連絡しました」
「早っ」
……まあ、そんなアホらしい理由で休ませてくれるわけないし。
コイツへの言い訳は、トレーニング中に考えればいいか。
何だったらアイツに考えさせればいい。それくらいの責任はあるでしょ。
とにかく今は、学園に遅刻する前に支度しないと。
「お着換え、ここに置いておきますね」
「……ありがと」
そうして。
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「タイシンちゃん、ちゃんとご飯は食べましたか?」
「…………」
「おやつが欲しかったら言ってくださいね。アメ、たくさん用意してありますから」
「…………」
「飲み物もちゃんと……あ、そうだ。冷却スプレーとかも用意しておいた方がよかったかしら?」
「…………」
「とにかく! いくらトレーナーさんに言われても、無理は禁物ですからね? ね?」
「…………」
いや。
「なんでいんの……」
「あれ、朝に話しませんでしたっけ。今日はタイシンちゃんのトレーニングについていくって」
「それはそうなんだけど、そういうことじゃなくて……」
ダメだ。これ以上考えると、知恵熱が出そうになってくる。
ここまで来たら説得も難しいだろうし、今はこの状況を受け入れるしかないみたいだった。
というか、クリークとアイツを会わせても大丈夫なのかな。
クリークはアイツのことをよく思っていないみたいだし。
アイツもアイツで、クリークの嫌っているよくない部分を隠そうともしない性格だし。
もし鉢合わせることになったら、喧嘩にでもなるんじゃないんだろうか。
既にズキズキと痛くなってきた頭を押さえていると、クリークが心配そうにこちらを覗いてきて。
「タイシンちゃん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから」
「それにしても遅いですね……もう、タイシンちゃんの言う集合時間なのに」
頬を膨らませながら、クリークが呟く。
足音が二つ聞こえてきたのは、その直後だった。
「あれ?」
「お?」
続けて、声が二つ。
片方はトレセン学園指定のジャージに着替えてきた、オグリキャップのもの。
そしてもう一つは、見知らぬウマ娘のものだった。
オグリキャップよりも灰に――あるいは、銀に近い色をした、腰まで届く髪。
瞳の色は青。ぽかんと開いた口からは、小さな八重歯が顔を覗かせている。
身長はアタシと同じくらいか、それよりも少し高いくらいかな。
それよりも目を引いたのが、赤と青で彩られた、長い丈の髪飾りだった。
「あら、タマちゃんにオグリちゃん?」
「クリークやないか。アンタもオグリに呼ばれたんか?」
「いえ、私はタイシンちゃんが心配で……」
「タイシン……ああ、コイツがオグリの言ってたおもろいヤツっちゅうワケやな」
またアタシの知らないところで話が進んでいる気がする。
面倒になってきたな、と一人で思っていると、目の前にす、と小さな手が差し出されて。
「ウチはタマモクロス。よろしゅうな」
「……よろしく」
そうやって手のひらを握り返した瞬間、ぐい、と体を強く引き寄せられて。
「なーんや、珍しくオグリが言うモンやから、どんなヤツかと思ったけど」
「はあ」
「期待して損したかもしれんな」
……は?
「ケンカ売ってんの?」
「ウチは見たまんまを言ってるだけや」
「へえ」
何コイツ。初対面でいきなりコレ? 腹立つんだけど。
そのまま苛立ちに任せて手を強く握り返すと、同じくらいの力で握り返される。
……あっそ。アタシくらいの力なら簡単にひねり返せるってワケ。
いい度胸してるじゃん。
「チビなのは変わんないくせに、態度は大きいじゃん」
「ほォ、一回もレースに出たことないヤツがよく言うわ」
「タマ? どうしたんだ?」
「タイシンちゃん?」
困惑する二人を無視して、目の前のコイツ――タマモクロスと睨みあうこと、しばらく。
遠くから聞こえてきた足音に、二人で同時に振り返った。
「すまない、会議で少し遅れて……」
そこでアイツは一度、言葉を止めたかと思うと、アタシたち四人のことを眺めてから、
「……保護者同伴?」
「違う!」
「ちがわいっ!」
叫ぶと同時、アイツが握っていたアタシの手を放す。
赤くなった右手をポケットに突っ込みながら、トレーナーに話しかけた。
「今日はどうすんのさ」
「昨日と同じメニューをしようと思っていたが……」
「トレーナーさん、少しいいですか?」
「君は……スーパークリークか。どうした?」
す、と静かに手を上げるクリークに、アイツが少し驚きながら答えた。
「今日のトレーニング、私も参加させてください」
「……どういう理由で?」
「トレーナーさんがどのようなトレーニングをなさっているのか気になったんです」
「これといって特別なことはしていないが」
「でしたら、タイシンちゃんが昨日あんなに疲れているとは思えないんです」
「……疲れていたのか?」
「そうかもしれないけど、気にするほどじゃないって」
なんだか気恥ずかしくなってきた。これじゃほんとに保護者同伴じゃん。
「許可は」
「もちろん、とってきました」
「なら、いい。タイシンと一緒に走ってくれ」
「それならウチも当然オッケーやろな?」
ずい、と急にアタシの肩に腕を回しながら、タマモクロスが言ってくる。
「タマモクロス、君はどういう理由で?」
「なーに、オグリが言ってたんや。自分と同じくらい強いウマ娘がおるってな」
「……腕試しか?」
「ま、そういうこっちゃな。どうや? 走るヤツが増えるに越したことはないんちゃうか?」
「そうだな」
アイツが頷いたと同時、隣のタマモクロスがにやりと笑いながらこっちのことを睨んでいた。
……苦手なタイプかもしれない。あるいは、同族嫌悪かも。
とにかく、一緒に走れるなら丁度いい。
ヘラヘラしているコイツを見返してやれば、もうこんな態度を取ってこないだろうし。
「今日は昨日と同じコース……芝の二〇〇〇、中距離だ。全員、脚質は合っているな」
「ええで、全員ブチ抜いたるわ」
「構いませんよ」
「それでは、各自ウォームアップ後にスタート位置へ……」
「あー、いらんいらん。ウチな、今すぐ走りたい気分やねん」
手をひらひらと振りながら、アイツがトレーナーへ言い放つ。
「走りたい気持ちはわかるが、怪我を防ぐためだ」
「今更そんなヘマするかっちゅうの。それに」
「……それに?」
「アイツも、ウチと同じ気分みたいやで」
ぎらり、と蒼に染まった瞳がこちらへ向けられる。
挑発のつもり? いいよ、受けてやる。
「……ちゃんとスタート位置で手足の柔軟だけはすること」
「はいはい、心配性やな」
「他もそれでいいか?」
頷くアタシと、驚いたままの二人の顔を確認してから、アイツがボードへ目を落とす。
「では内側にオグリ、そのままタマモクロス、タイシン、スーパークリークの順で」
「はいよー」
そうやって並んだタマモクロスの隣へ立ってから、脚をできるだけ広く伸ばす。
足首をある程度動かしてから、膝の関節の確認。調子は悪くない。むしろ、いい感じ。
首を何度か動かしていると、隣から声が聞こえてきて。
「ま、正直一回走らんと分かるモンも分からんかもな」
「…………」
「オグリが言ったようにホンマに強いのか、あるいは何か小細工してるか分からんけど」
「何さ」
「いずれにせよ化けの皮、ひん剥いてやるから覚悟しとき」
「……勝手にしたら」
もう隣には目を向けない。見るのは、自分のコースだけ。
左脚をゆっくり後ろに構えて、アイツの合図を待つ。
そして。
「行け!」
レースが、始まった。
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