LastStand   作:カニほっち

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 正直言って、コンディションは最悪だった。

 

「…………っ、くそ……!」

 

 脚が重い。

 思うように前へ進めない。

 肺がひりついて、吸った空気がそのまま胸を通り抜けていくような感覚。

 プレッシャー、という言葉で合ってるのかな。

 そうやって迷うくらいに、この三人が放つ()は重たいものだった。

 レースはオグリキャップが先頭。すぐ後ろにクリーク、少し離れてタマモクロス。

 アタシは最後尾。それもタマモクロスとかなり差の開いたところ。

 位置取りに問題はない。ペースも、そこまで乱れてるわけじゃない。

 ただ。

 この三人を本当に抜けるのか、っていう不安が、纏わりついて離れなかった。

 

「コイツら……!」

 

 オグリキャップは言わずもがな。

 タマモクロスもあれだけの口を叩くから、それなりに覚悟はしてた。

 そうなると、問題はクリークだ。

 同室だから正直、あまり意識してなかったけど。

 アイツ、オグリキャップとタマモクロス並みに強い。

 図体のデカさもそうだけど、何よりペースの乱れがなさすぎる。

 無尽蔵のスタミナ。きっとそれが、アイツの武器なんだ。

 ……ってか、そもそも!

 なんで一番無関係なクリークが、あんなにガチで走ってんのさ!

 

「ああ、もうっ!」

 

 心の中で無駄な愚痴を叩いているうちに、気づけばレースは最終コーナーへ。

 ここまで大きな変動はナシ。あとは、昨日やったみたいに全力を出し切るだけ。

 ……でも、それでコイツらに勝てるのかな。

 アタシとは実力も才能も天と地ほどの差がある、バケモノ。

 そいつらに全力で挑んだとして、果たして届くのかな。

 分からない。真っ暗闇の中を、闇雲に走っているような感覚が襲ってくる。

 そうだ。どれだけ努力したところで、結局アタシは――

 

「なんや自分、レース中に考え事か?」

 

 ……なに?

 

「そんなんじゃいつまでたっても、ウチには追い付けへんで!」

 

 ずどん、と。

 稲妻が落ちたみたいな、そんな衝撃音が、目の前から響いてきた。

 そしてそれは、アタシの中にある不安なんて、簡単に吹き飛ばして。

 ……そうだ。

 そうやって考えるくらいなら、走った方がマシだ!

 

「っ、おおぁぁぁあああッ!」

 

 地面を蹴って、一歩でも前へ。

 降りかかってくる圧を押し退けて、少しでもその先へ。

 まだだ。こんなもんじゃない。アタシの本気は、まだこれから!

 最終直線。コーナーが終わったその直後の一歩で、地面を強く踏みしめる。

 ――風が気持ちいい。

 

「んな、コイツ……!」

 

 そうだ。

 見開いたその目。

 バカみたいに開いた口元。

 本気でアタシのことを睨みつける瞳。

 アタシは、それが見たかったんだ。

 

「だぁッ!!」

 

 気づけばオグリキャップもクリークも、タマモクロスもアタシの後ろにいて。

 目の前に広がるのは、誰もいない寂しさすら感じる光景だった。

 踏みしめる大地も、頬を撫でる風も、全部アタシのもの。

 

 ……ああ。

 やっぱり、走るのは楽しいな。

 

 

「飛ばしすぎだ」

 

 レースを終えて、ターフに仰向けになって息を整えているところで。

 アイツはそんなことを言いながら、アタシのそばに近寄ってきた。

 

「タイムは?」

「二分〇〇秒四八。二身差で君の勝ちだ」

「……そう」

 

 思わず笑みが零れる。隠すつもりもないけど。

 額に張り付いた髪をかき上げて、火照った体をゆっくりと起こす。

 そうして上げた視線の先に、いつの間にかタマモクロスが立っていた。

 

「あんた……」

「…………」

 

 言葉を続けるよりも早く、タマモクロスはアタシの肩へ手を置いて、

 

「ホンマにすまんかった!」

 

 深々と、その頭を下げた。

 

「……どういうこと?」

「いや、正直な話な? オグリがあんだけ強い言うからどんなゴッツいウマ娘かと思ったねん」

「はあ」

「それで来てみたら、シケたツラしたウマ娘がおったから、拍子抜けしてもうて」

「……まだ悪口なんだけど?」

「でもいざ走ってみたら自分、メッチャ強いやんか! いやー、オグリに着いてきてよかったわ!」

 

 からからと笑いながら、タマモクロスがぺらぺらと告げる。

 正直、相槌を打つのも面倒になってきて、どうやって切り抜けようかと考えていた時。

 どこか満足そうな表情をしたオグリキャップがこちらへ近づいてきた。

 

「……気に入ったか、タマ?」

「バッチシや! コイツはウチと同じ、反骨精神の塊やで!」

「同じって……アンタとアタシじゃ、完全に真逆でしょ」

「ほォ~?」

 

 すると、なんだか厭らしそうな笑みを浮かべながら、タマモクロスがアタシの耳元に近づいて、

 

「ウチを抜いた時、あんな顔してまだそんなこと言えるんか?」

「……うるさい」

 

 無性にいらだって、強くその体を突き飛ばす。

 けれどアイツは口元に手を当てたまま、にしし、なんて笑っていた。

 

「でもまあ、ちょうどええわ」

「……何がさ」

 

 うんうん、と腕を組んで頷くタマモクロスは、そのままアタシのことを指でさしながら、

 

「自分、ウチのチーム入らんか?」

 

 ………………。

 

「はぁ?」

「要するにスカウトや。自分、このままなんもせずトレセン学園卒業したくないやろ?」

「いや、それは……」

「そこで、や。ちょうどウチのチーム、一人だけ欠員出てんねん」

「だから……」

「どや、悪い話じゃないやろ? よーし、そうと決まれば早速……」

「残念だが、その話は断るぞ」

 

 そこで口をはさんだのは、オグリキャップでもクリークでも、アタシでもなく。

 ボードへ目を落としたままの、アイツだった。

 

「え、アカンの? なんで?」

「タイシンのトレーナーは俺だからだ。そう約束した」

「ほォ~……? なるほどのォ~?」

 

 ……やめろって、その目。

 

「予約済みならしゃーないな。この話はナシや」

「あっそ」

「ただ、これだけは覚えとき」

「何さ」

 

 するとタマモクロスは片手を腰にやってから、ぐい、と親指を自分の方へ向けて。

 

「ウチはタマモクロス! チーム『センチネル』のエースウマ娘や!」

「……はあ」

「いや反応うっす!」

 

 薄い、って言われても。どう反応していいか分かんないし。

 というか、こういうノリが一番苦手なんだけど。

 

「これから闘り合うことになるかもせえへんやろ? だから宣戦布告したっちゅーのに」

「どうも」

「あーもう、ノリ悪いなあ! アツいのはレースの時だけか!」

 

 タマモクロスが肩をすくめる。そこでようやく、コイツはいったん口を閉じた。

 一度喋りだすと止まらないヤツって、ホントにどうにかならないのかな。

 アタシの近くにも一人いるけど、ソイツとはまた別のタイプだし。

 

「……休憩も済んだようだな」

「なってないけど」

「体力的にはなっただろう」

 

 そう言いながら、アイツが水分の入ったボトルをアタシへと投げ渡す。

 そのままオグリキャップとタマモクロス、すぐ後ろで立っているクリークにも同じように。

 

「水分補給したら二本目、行くぞ」

「……ん」

「分かった」

「ちょ、早ないか!? あれだけ全力疾走したんだから、もうちょい休憩した方が……」

「体力がないなら休んでてもいいぞ」

「……いや、やる。そんな風に言われたらやるしかないやろがい! なあ!」

 

 ちょろ……。

 そうして、タマモクロスがごきゅごきゅとボトルを一気に煽る。

 この時点で既にうるさいのは、もはや才能にさえ思えてきた。

 なんて無駄なことを考えていると、ふとアイツがクリークの方へ振り返っているのが見えて。

 

「君も、辛かったら休んでいていいぞ」

「……いえ、大丈夫です」

「そうか」

 

 短く答えて、クリークもボトルへ口を付けた。

 

「……時間がないんだ」

「え?」

「模擬レースまで。それに、彼女は走り方を変えた。君も分かるだろう?」

「……はい。あんな走り方をするタイシンちゃん、初めて見ました」

「だから、こうして実戦形式で新しい走り方に慣れるしかない。厳しいのは承知の上だ」

「でも、もし脚を故障するような事態になったら、どうされるおつもりですか?」

「そうならないように俺がいるんだ」

「…………」

「…………」

 

 ……なんであんな険悪な雰囲気になってんの、あの二人は。

 自分のことじゃないのに、どうしてそこまで入れ込めるのさ。

 

「……全員、準備はできたか?」

「ああ、いつでもいける」

「では二周目、行くぞ」

 

 一人で勝手に答えたオグリキャップに続いて、仕方なくターフへ。

 未だに収まらない心臓の鼓動を感じながら、アイツの合図を待った。

 

 

「はあ……ッ、くぁ……!」

 

 仰向けになって眺めた空は、いつの間にか茜色になっていて。

 ボトルに入った水分を浴びるように飲むと、焼け付いた喉が潤いを取り戻した。

 ……何周目だったっけ、今の。

 途中から数えてない。というか、そんなのを気にしてる余裕なんてない。

 全員、ガチだ。

 オグリキャップもタマモクロスも、クリークも。

 というか、多分クリークが一番ガチなんじゃないかな。

 理由は分かんないけど、いつもの腑抜けた雰囲気が抜けて、完全に勝負の空気になってる。

 ホント、どうしてあんなに頑張ってるんだろう。

 自分のトレーナーでもないのに、そんな……。

 

「ゼェーーッッ……お、ゲッホ! オエ……フゥ……」

「うるっさ……」

 

 何しててもやかましいな、こいつ。

 

「タマ、大丈夫か?」

「そういうオグリは……大丈夫そうやな」

「息一つ乱れてないじゃん……」

 

 昨日も思ったけど、そもそもの基礎能力が違いすぎる。

 こうやって差を見せつけられると、あの一回の勝利がなんだか、嘘みたいに思えてきた。

 ……もう二度と勝てない、ってアイツが言ってたから、奇跡みたいなモンなんだろうけど。

 なんて考えていると、ふと視界に逆さまになったクリークの顔が映って、

 

「タイシンちゃん、あーんしてください」

「……は?」

 

 口にした瞬間、クリークがアタシの口に何かを落とす。

 

「……しょっぱい」

「塩分もちゃんと補給しなくちゃ、ですからね。ほら、タマちゃんも」

「んあー」

 

 口のなかでころころと飴を転がしながら、ふとクリークを見つめる。

 ……コイツも息、乱れてないな。やっぱりスタミナが違うんだ。

 アタシもこの走り方を続けるなら、それ相応のスタミナがないとダメだし。

 今度、ペースキープのコツでも聞いてみようかな。

 

「二人とも、満身創痍だな」

 

 未だに落ち着かない息を吐いていると、アイツがそんなことを言いながら近づいてきた。

 

「タイシン」

「何さ」

「レースの基礎はもう殆ど掴めたな。タイムも安定してきている」

「そう……」

「本番もこの調子で走れば、何も問題はないだろう」

 

 そこでアイツはボードから目を離して、アタシらのことをざっと眺めたあと、

 

「本当は時間も余ってるし、もう一本だけやろうと思っていたが……」

「……やるよ」

「そうか」

 

 答えて、重たくなった体を無理やり持ち上げる。

 そうしてすぐ、開始位置に着こうと足を踏み出したところで。

 後ろから、クリークに肩を掴まれた。

 

「タイシンちゃん?」

「……なにさ」

「私、言いましたよね? 無理は禁物、って」

「そういえば、そうだったかもね」

「だったら……」

「でも、このままじゃアンタらに一生、勝てないから」

 

 限界を超えないと。アタシの最大限よりも、もっと先を目指さないと。

 そうじゃけりゃこの先、オグリやアンタみたいなバケモノに勝てないんだから。

 バケモノに勝つには、アタシもバケモノになるしかないんだ。

 

「タイシンちゃん……」

 

 肩に置かれた手を振りほどいて、開始位置に。

 しばらくすれば、タマモクロスも、オグリキャップもクリークも並んでいて。

 既に落ち着いた呼吸を今一度整えてから、今日何度目か分からないアイツの合図を待った。

 

 




「センチネル」

 基礎ダメージ70 装弾数4/5/6/7
 Apexに存在する二つのコッキング式スナイパーライフルのうちの一つ。シールドセルを消費することで、基礎ダメージを70から88へ増加させることができる。またホップアップ「デッドアイズテンポ」を装着することによりレートを上昇させることが可能であり、コッキング式のデメリットをカバーできる。

 その意味は「立ち塞がる者」。
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