旧校舎のトレセン学園に残る記憶 作:にへにへ
「今日も誰か来たのか? ここに」
「ええ。肝試し……だったかしら。すっかり幽霊スポットですね」
新校舎に移った際にそのまま閉鎖となった旧校舎の夜に、二人の声がこだまする。どちらも女の子の声だ。
一人は和風の衣装を身に纏いながら、花が咲き誇る花壇に水をまく美しき黒髪のウマ娘、そしてもう一人は少しパンクな衣装を身に纏った栗髪のウマ娘だ。
栗髪のウマ娘はここが幽霊スポットとして扱われるのが気に入らないようで、彼女の返答を聞くなり強く舌打ちをする。
「幽霊スポット、か。気に入らねぇなぁ~、私達の憩い場だって言うのにさ、クリフジ」
「時代の流れです、慣れて行かないと身がもたないですよ、クモハタさん」
クリフジにクモハタ。どちらもこの世界に名を刻んだ名誉あるウマ娘だ。ウマ娘の界隈に長年入り浸っている人間からしたら、その名を聞いただけで興奮するような存在だろう。
憩いの場。それもそのはず、彼女たち二人は、この旧校舎の生徒であった。卒業から数年後そのまま廃校となり廃れてしまったが、2人のような一部卒業生はいまだにここを憩いの場として住み着いたり入り浸ったりしている様だ。
クモハタは深いため息をつきつつも、彼女の返答には何も言い返さなかった。気にくわないが、言っている事は正論の為、反論する事が出来ないのだろう。
彼女はそのまま気を紛らわせるかのように小さな旧練習コートを走る。
「こうしてるとさ、またあの芝を走りたくならないか?」
「それには同意しますけど、もう走ったの数年前ですし、そもそも無理な話だと思いますよ?」
「だよな。はぁ~、今の子たちが羨ましいぜ、全くよ」
遠い現トレセン学園の方を見ながら、今のウマ娘たちに対しての明らかな愚痴を漏らす。到底許しがたい行為ではあるものの、彼女は本心を隠すのが苦手のようだった。
その様にクリフジは困惑するものの何も言い返さず、ただただ首を下に振るだけであった。彼女にもどこか、思い当たる節があるのかもしれない。
しかし彼女達にはどうしようもできない。今地を駆ける事が出来るのは新時代のウマ娘たちだけだ。なら今彼女達にできる事は、そのウマ娘たちの背中を先人らしく押してやる事ぐらいだった。
「……時期に東京優駿か。セントライトでも呼んで観戦に行くか?」
「私は構いませんけど、彼女来るのでしょうか? 私は卒業後会ってないのですが、あの威厳は少しトラウマといいますか……」
「大丈夫っしょ。時間がたちすぎて、ヨボヨボになってるって」
「言い過ぎですよ。私達だってまだまだ良い方なんですから」
「はっ、自分で言うかねぇ」
水まきを終えたクリフジはそっと立ち上がり、そのまま旧校舎の中へと戻ろうとする。
「そういえばここに住みついてんだっけ。お前」
「住めば都って言いますか。長年生活を共にしていた場所ですし、中々離れられないと言いますか。鍵を中からかけとけば、外部からバレずに過ごせますし」
「策士だな、お前。そだ、私も今日泊ってっていいか? 狭いわけじゃないだろ? 生活部屋は2人部屋の筈だし」
「ふふ、勿論構いませんよ」
クモハタは『良し』とガッツポーズし、一足先に旧校舎内部へと走っていった。彼女は昔と何も変わらない。走る事が大好きで、常に誰かへ闘争心を露わにしていた。
その姿を見て、クリフジはどこか愛おしく感じてしまった。彼女は一度信頼していたトレーナーと別れなければならなかった時期があった。そのためか、常に誰かを想う事の出来るクモハタに対してどこか思い当たる事があったのかもしれない。
同じウマ娘なのに一度、小さな恋をしてしまった程に。今となっては懐かしい思い出話だが。
「おーい、早くこいよっ!」
「……はいはい、分かってますよ」
戦ぐ風にこめかみを一度靡かせ、クリフジもまたクモハタの後を追い、旧校舎の中へと入っていった。
***
「肝試し?」
「そうそう、根性鍛えるのには最適だよね~!」
「なんでボクまで誘うのさッ!」
トレセン学園の昼下がり、オグリとテイオーが二人で食事をとっていると、タンホイザが意気揚々と駆け寄りそう提案する。
態々トレーナーがいないこのタイミングを狙ったという事は、聞かれちゃ不味い場所にでも行くつもりなのだろう。誰でも分かる魂胆だ。
「二人とも、旧校舎って知ってる?」
「何それ……知らないよ」
「確かここから少し離れた所にある鉄柵の奥にある建物だったような。それがどうかしたか?」
「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれました」
むんっ! と可愛らしい顔をした後、オグリの横に何食わぬ顔で座る。ごく自然な流れであり、誰一人としてツッコム事は無かった。
口に手をやり、周囲には聞こえないような声量で二人に語り掛ける。
「噂があるんです。夜な夜なグラウンドを走ったり、花を育てたりするウマ娘の幽霊がいるとかなんとか」
「花に至っては誰かが世話でもしてるんじゃないか? 鉄柵周囲の草木に花は咲いているが」
「それが誰も理由がわからないんだって。気にならない? あ、テイオーは逃げないでね」
「バレたっ!!」
勿論学園側もこの噂を認知しており、先日会長が周囲の人へ聞き込み調査を行ったが、誰一人として世話するウマ娘及び人間の情報を持っている人はいなかった。
故に当然育てている人は不明。それなのに、花は最近でも育てられているみたいで、毎日花弁には水が滴っている様子。監視カメラをつけようにも、余計な資産は払えないとのことで、提案はお蔵入りとなってしまった。
その結果長年の不思議としてトレセン学園では語り継がれており、今となっては立派な都市伝説の一つである。興味をそそられないという方が無理な話である。
「今日の夜、少し行ってみない? 抜け道を見つけたんだ~」
「怒られないか?」
「そ、そうだよ……」
「バレなきゃ大丈夫だって、監視カメラないし。テイオーもしかして怖い?」
「こ、怖くないし~ッ!」
オグリはもちろん二つ返事で、テイオーは渋々ながらもそれに承諾する。なんやかんやいって二人も噂自体は気になっていたらしかった。
旧校舎、確かにこの3人はまだ見たことがなかった。というのも見た事があるウマ娘自体が少ないだろう。なにせ、当時の生徒だったウマ娘は全員卒業してしまったのだから。
つまりこれが初めて旧校舎を拝める機会ということだ。そういうことなら、みすみすと逃す手はないだろう。ウマ娘は基本勝利と好奇心で生きている存在だ。
「良し、決まりだね。じゃあ夜の21:00! 鉄柵前に集合ね」
「ああ。バレないように出ないとな……」
「オグリの後ろについていくよぉ」
「うんうん、それじゃあまた後でね」