キングヘイロー怪文書 夢の有馬に涙一つ   作:龍河神音

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続かないつもりでしたが、ふと思いついて、少し筆が進みました。
蛇足。
トレーナー要素はすごく薄いけれど、トレーナーとの馴れ初め。

稍重。


キングヘイロー怪文書 独りでも。二人なら。

 一流のウマ娘でなければならない。ウマ娘としてもデザイナーとしても一流である母の娘なのだから、一流でなければならない。そんな自分とともに歩むのは、当然、一流のトレーナーでなければならない。

 

 そう意気込んで、トレセン学園に入学して、たくさんの選抜レースに出て。中央のトレセンだけあって、優秀なトレーナーばかりだった。けれどもどれも違った。間違いなく一流の彼らだけれども、私の求める一流ではなかった。

 

 当然だ。私の求める一流は、私とともに一流になるトレーナーだ。すなわち私の代で成果を上げるのだという強い意思、私こそが集大成とまで言えるほどの研鑽を要求するものだ。そのような意思を持つトレーナーがいたとして、今この瞬間にフリーであるという奇跡があるのだろうか。

 

 たくさんの選抜レースに出た。幾人かのトレーナーにスカウトされた。それでもこれだというトレーナーに出会うことはできなかった。同期のエルコンドルパサーがチーム・リギルにスカウトされ,グラスワンダーも同様にリギルにスカウトされた。スペシャルウィークはスピカに所属し,セイウンスカイは優秀なトレーナーと専属契約を結んだ。気づけば私だけが取り残されていた。

 

 くだらないプライドなんて捨ててしまえばよかった。

 

 らしくもない考えが一瞬だけ脳裏に過った。弱虫な自分を振り払うように大きく頭を振って前を向く。私はキング。キングヘイローなのだ。世代を牽引する一流のウマ娘なのだ。

 

 私はがむしゃらに走り続けた。朝も昼も夜も、授業が無い時はひたすら走り続けた。すべては一流を証明するため。

 

 

 まだ、トレーナーとは出会えない。

 

 

 

 

 六月が過ぎた。ウマ娘によってはデビュー戦を始める頃合である。私は足踏みしたままだった。

 

 トレセン学園備え付けの模擬レース場を走るウマ娘たちを眺める。

 

 悔しい。悔しい。羨ましい。

 

 学園側が出来る限りすべてのウマ娘たちに活躍の機会を与えようと思っても、施設には限りがある。そうした中で優先されるのは当然チームに所属するウマ娘たち、そしてトレーナーと契約を果たしてレースを控えるウマ娘たちだ。トレーナーと契約しておらずレースに出られないウマ娘は、どうしても後に回されてしまう。

 

 このざまで何が一流か。

 

 俯いてしまいそうな心を叱咤する。

 

 走れ。走れ。走れ。

 

 走るだけなら何処でも出来る。ターフにこだわる必要なんてない。とにかく、とにかく、ひたすらに。

 

 私はキングヘイロー。一流のウマ娘。そう、一流なのだ。諦めるなんて似合わない。顔を上げろ、前を見ろ。走れ、走れ、誰よりも速く、誰よりも力強く。

 

 雨が降る。予想だにしなかったどしゃ降りのにわか雨。髪が濡れる。服がべとつく。雨具なんて持ってない。今日はもう切り上げて帰るべきだ。雨の中で無理をする必要はない。理性では分かっている。そんなことくらい、分かっている。それでも、帰りたくなかった。走ることを諦めたくなかった。

 

 私はキング。王者たるウマ娘。雨がなんだ、逆境がなんだ。高らかに笑い飛ばしてやる。その程度で足を阻めるものか。その程度で諦めてなるものか。

 

 だから、動け。走れ。立ち止まるな。雨に濡れようが、泥に塗れようが構わない。

 

 

 だって私は一流のウマ娘なのだから。

 

 

 

 七月。合宿に出るウマ娘たちもいる中で、キングヘイローはトレセン学園に残っていた。理由は単純、トレーナーと契約できていないからだ。トレセン学園は慈善団体ではない。友人たちは共に切磋琢磨する仲間でありながら、互いに一番を競い合う敵でもある。何も為さずに慈悲を求めるなど出来やしない。

 

 この時期になっても契約を結べないウマ娘は案外多い。そもそも早々にトレーナーと契約しチームに所属できるウマ娘が優秀すぎるのだ。キングヘイローも本来ならそちら側であったのだが、偶然か必然か、まだ出来ていない。

 

 六月は焦っていた。とにかく出遅れたと思って、それを取り戻そうと自棄になって、ひたすら走り続けていた。しかしその状況がひと月も続いて落ち着いて周りを見られるようになって、ようやく現状を正しく把握できた。

 

 同室のハルウララだ。

 

 いつも笑顔を崩さない彼女。走ることを誰よりも楽しんでいる彼女。毎日のように誰々と走れて楽しかったと報告する姿に、どこかのチームに所属しているものと勘違いしていた。既にトレーナーに教わりデビュー戦に向けて練習しているものかと思い込んでいた。

 

 違った。

 

 ハルウララもキングヘイローと同じだった。トレーナー無しの根無し草。

 

 それでもなお、キラキラと輝いた桜色の瞳で毎日を楽しんでいた。

 

 許せなかった。こんなにも走ることに全力で、こんなにも輝いている彼女がレースに出られないなんて、そんなことは許せなかった。

 

 自分の現状も切実だ。それでもキングヘイローには彼女を無視するという選択は無かった。

 

「ねえ、ウララさん」

「なあに、キングちゃん」

 

 声をかければきらきらした瞳で見返してくる。彼女に構っている暇なんて無いはずなのに、それでもキングは衝動を抑えられなかった。

 

「一緒に併走トレーニングしましょ」

 

 

 ハルウララは弱いウマ娘だ。中央のトレセン学園に入れたことが奇跡と言ってもいいほどに弱いウマ娘だ。トレーナーとの契約が結べないのもこの実力に端を発している。

 

 地方ならどうだったかは分からない。けれどもここは中央のトレセンだ。誰かと走れば必ずその後塵を拝することになる。走って走って走りきった先にある、誰もいない真っさらな芝の景色の美しさを知らない。誰よりも遅く誰よりも弱いのに、最下位で敗れてもなお笑顔を絶やさないウマ娘、それがハルウララだ。

 

 キングヘイローは知っている。彼女が誰よりも純粋で、誰よりも走ることそのものを楽しんでいることを。

 

 自分の窮状こそ自覚している。けれどもそれは目の前の少女を無視する理由にはならない。報われるべき存在が報われない世界などあってはならない。

 

 走る。走る。ひたすらに走る。

 

 以前と変わらない姿。けれども隣にはハルウララがいた。

 

 キングヘイローはダートが苦手だ。砂煙にどうしても慣れない。ハルウララは芝が苦手だ。芝に足を取られて上手く走れない。

 

 お互いに適正は真逆だ。一緒に練習するなんて非効率的だ。

 

 そんなのは関係ない。

 

 ハルウララがダートがいいと言うならば、砂に慣れるためと嘯いてダートで走ってみせよう。キングちゃんに合わせるよと言ってくれたのならば一緒に芝を走ろう。芝に足を取られずに走るコツ、足を溜めて最後にスパートを掛けるコツを教えた。

 

 七月は二人だけの合宿期間だった。寝食をともにして、一緒にトレーニングをして、たくさん話した。

 

 腑抜けている。弛んでいる。確かにそうかもしれない。けれどもこれがキングヘイローだ。キングヘイローの証明する一流は、誰かを見捨てるなんてあり得ない。

 

 

 

 

 八月。キングヘイローとハルウララの二人は学園に残っていたトレーナーたちに注目されていた。

 

 傲岸不遜で高慢な一流に固執するお嬢様、キングヘイロー。誰よりも弱く、負けても悔しそうな様子を見せない少女、ハルウララ。芝において適正を発揮し、ダートだと力を出し切れないキングヘイロー。ダートにおいて適正を発揮し、芝には足を取られるハルウララ。

 

 一見すれば水と油の二人。交わることなど考えられない二人。

 それが、和気藹々と一緒に練習に励んでいる。レース場を併走し、レース場が使えないときはトレーニング機器を使って筋力の向上に励み、時には一緒にレース映像を見て教本を読んで走り方を検討している。

 

 二人の主戦場は大きく異なる。性格も全く異なる。それで互いに記録が落ちていくなら分かる。

 

 しかし、そうではない。遠目に見て戯れに二人の記録を計測したトレーナーがいた。トレーナー無しに特訓する落ちこぼれ組の二人。侮る気持ちが無かったとはいえなかった。だからこそ、その結果に目を瞠った。四月五月の二人から着実に成長していた。トレーナーがついていないと頭打ちになる傾向がある中で、日を追うごとに二人の足は輝きを見せた。トレーナー無しでは辿り着けない領域に足を踏み入れていた。

 

 特に成長著しいのがハルウララだった。元が低かったのもあるだろうが、それだけでは説明できないデータがあった。

 

 ウマ娘には適正がある。ごく稀に両方に適正を持つ者もいるが、基本的に芝が得意であればダートは苦手で、ダートが得意であれば芝が苦手となる。そしてこの適正は先天的なものであり、後天的に矯正することは基本的にできないとされていた。

 

 ハルウララはダートに適正を持つ。一方で芝への適正は皆無だった。

 

 それがどうだ。今のハルウララは“芝が得意でない”程度の走りを見せている。データ上はダートでしか戦えないはずのハルウララが、芝でも戦える程度の力を見せているのだ。

 

 なぜ。どうして。

 

 ハルウララの走りに疑問を投げかければ、隣には傲岸不遜なお嬢様がいた。一流に固執するだけのお嬢様。光るものはあってもその性格からこの二ヶ月ほど忌避されていたじゃじゃウマ娘。

 

 トレーナーたちはウマ娘の寮には入れない。専属契約を結ばなければウマ娘の私生活と触れることもない。つまり、彼らのキングヘイローへの理解が薄いのは仕方のないことだった。

 

 だから、彼らの認識と目の前の姿の乖離が彼らを戸惑わせた。まさかあのお嬢様が成し遂げたのか。そんなことありえるのか。

 

 そうしてキングヘイローのデータを見れば、ハルウララほどではないにせよ、ダートでの記録が大きく伸びていた。それだけではなく、芝でのラストスパートでの鋭さが増していた。最終コーナーに差し掛かってもなお持久力が衰えることなく、力強く速度を上げる姿は、既にデビューしているウマ娘と比べても遜色ないだろう。

 

 そこまで理解して、トレーナーはかつての色眼鏡を外した。ここまでしっかりと結果を出しているのだから、ちゃんとした理由があるに違いない。少なくとも色眼鏡をつけたままでは気づかない何かがそこにはあるはずだ。

 

 

 キングヘイローは傲岸不遜なウマ娘。一流に固執する高慢なお嬢様。

 

 そんなことはない。

 

 目の前に映るのはひたむきな少女。砂に塗れて泥臭く走りながらも、一流であれと自らを鼓舞する不屈の少女。自分で手一杯のはずなのに、隣の少女(ハルウララ)を気にかけ、勝ちに導いてあげようと努力する親身な少女。

 

 

 ハルウララは弱いウマ娘。勝てなくても悔しさを見せない、最もレースに向いていない少女。

 

 そんなことはない。

 

 誰よりも走ることを楽しむ純粋な少女。負けても鬱屈とせず次の走りを楽しもうとする不屈の少女。誰よりもきらきらと輝いて周り(キングヘイロー)を笑顔にさせ、努力を苦痛と厭わず全力で楽しむ純真無垢な少女。

 

 

 二人(だれか)だったから上手くいったわけではない。二人(キングヘイローとハルウララ)だったからこそ、上手くいったのだ。

 

 そこまで気づいた上で、けれども新しい渇望がトレーナーたちの心に湧き上がる。二人の行く末を見たい。叶うならば一緒にトゥインクルシリーズを走っていきたい。

 

 トレーナーたちは注目していた。落ちこぼれ組とされていた二つの期待の星に。

 

 

 

 

 そうして九月。二人はトレーナーにスカウトされる。この時期まで残っているトレーナーで、複数のウマ娘を担当するだけの実績を持つトレーナーはいないため、それぞれ別のトレーナーにスカウトされた。

 

 キングヘイローをスカウトしようとしたトレーナーはたくさんいた。けれどもキングヘイローは迷うことなく一人を選んだ。

 

 貴女なら三冠も夢じゃない、絶対に貴女を勝たせてみせる。一緒に天皇賞を取ろう。君ならば絶対に出来る。

 

 耳障りのいい言葉ばかりのキングヘイローを持ち上げる形のスカウト文句。その中で一人、異彩を放っていた。

 

 

 キングヘイロー。僕はまだ一流なんかじゃない。怪我をしてしまってずっと療養していた出遅れの落ちこぼれだ。けれど、絶対に一流になってみせる。僕は貴女に魅せられてしまった。貴女の隣に立つのに相応しい一流となって、貴女の走りを一番に見たいんだ。僕にはまだ力不足かもしれない。けれどもこの思いが不足しているとは言わせない。だから、どうか。

 

 

 かつて四月五月の選抜レースの時期には見たことがない顔だった。トレーナー証はしっかりと持っていて、この四月から赴任と記録されていた。

 

 まだ新人の若いトレーナー。他のトレーナーと比べると実力不足に違いないだろうトレーナー。キングヘイローが言うべき言葉は決まっていた。

 

「このキングのトレーナーになるというのなら、自分を下げるような言葉はやめなさい。一流ならば自信を持ちなさい。――そうね、このキングを見て何が一流か学ぶ権利をあげるわ。だからしっかりしなさい、私のトレーナー」

 




なお、ハルウララとキングヘイローの二人のトレーニングは続いています。互いのトレーナーが話し合って、互いにハルウララ、キングヘイローとも話し合って、やめなくてもいいという結論を出した、ということになってます。
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