目を覚ます。目の前は既に慣れ親しんだ木目の天井だった。
「うげ.........」
血溜まりの中で倒れていたせいで顔だけではなく髪や頬にも少し乾き始めていた血が沢山ついていた。 いくら自分の体内にあったものともいえど気持ち悪いのでさっさと風呂に入ることにする。部屋の掃除は後でするつもりだが、ニーアにはバレないように早めにしておかなければならないだろう。
風呂場でとりあえずシャワーを浴びながら、血が湯に溶けていくのを眺める。今でこそ長い髪を洗うことにうっとおしく思うが、当初は女の体にいちいちどうすれば良いのかわならなくてそれどころじゃなかった。
暫く体を蝕んでいた頭痛も耳鳴りも、まるでなかった事のようにすっかり潜んでいた。しかし原因が消えていないことは直感でわかる。
多分───これはいわば、嵐の前の静けさというやつだ。
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「久しぶりだな。アコール」
「ええ、お久しぶりです。エリヤ」
いつもの喫茶店、ニーアとヨナと出会い頻度こそ減ったものの行くのは惰性と何が他の感情があったのかもしれない。
アコールに連絡をとったわけでは無いが、会えるという確信だけはあった。行けば案の定まるで僕が来ることを知っていたかのようにアコールが居る。
思えばアコールと過ごすこの時間はこの世界に来た当初、唯一の安息の時間だった。でもニーアとヨナ出会って......、.................................。
「無駄話はそこそこに。本日は本当に本当の警告をしに来たんです」
「いや、元々僕たち会話がある方じゃないだろ」
「私の話よく無視してたあなたがいいます? 」
どこからか取りだした紅茶を、優雅に飲んだアコールは、まるで明日の天気を話すように事も無げに言った。
「今から1週間後、表向きは護衛と警備と称して秘密裏に自衛隊によるあなたの誘拐が計画されています。」
「.......................................ぁあ。」
「うーん、相変わらずの反応っぷり。いくら私でも自身の危険ですらその反応なのは驚いちゃいます」
「いや、いつか来るとは思っていた」
『お前たちの秘密を暴いてやるからな』
そう言ったかつての上司の顔が朧気に浮かぶ。 今思えば、彼は財産ではなくクレイエリヤという若い女をみていた節があった。そういった視線は今の僕が女であることを否応がなく思い出させてしまったため、彼の自尊心だのを大いに傷つけたのだろう。男として分からなくはないが、悪いとは全く思わない。その報復というやつで自衛隊あたりにあることない事吹き込んだに違いない。
何を暴くんだ何を。乙女の秘密か?
年甲斐もなく自分勝手なクソ野郎ではあるが、それは僕も同じことだ。
今ならばもう少しにこやかに対応することができたとは思うが...
「連中が狙ってるのは...結局僕というより、僕の祖父がもっていた資産やゲシュタルト計画の情報、そしてコネクションだろう。今までの奴らと何も変わらない。クレイエリヤかいくら元ゲシュタルト計画の要人だとしても祖父が死んだ今、たかが小娘一人 誘拐して...そうだな。 ヤク漬けにするなり強姦するなりにしてどこぞの幹部と無理やり結婚させる気なんだろ。もし抵抗するなり暴れるなら殺せばいいだけだ。」
一歩間違えれば路頭に迷っていた身寄りの無い小娘が、今日まで生きてこられたのは一重に祖父のおかげだ。しかし財産を持つからこその危険性というものもある。
映画で大富豪の孫娘あたりが誘拐されて身代金を要求するというシチュエーションと一緒だ。
「そこまで分かっていて何もしないの、どうかなって思いますけど?」
「うーん...」
どうでもいい、というのが正直な感想だった。正しくはどうでも良くなったというべきか。
全てはもう終わっている、ただそれだけの話である。
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魔法を使うには、魔素という粒子が必要不可欠である。...らしい。
魔素は人類に魔法をもたらすだけではなく、様々な分野のテクノロジーにブレイクを起こした重要なものでもある。
皮肉にも、白塩化症候群を引き起こす病原菌そのものが人類の進化を同時に促している、というわけだ。
その中で異世界の存在を裏付ける「多元世界説」は既に科学的に実証されたのだという。
「パラレルワールドはいいんだけどさあ。この世界から世紀末覇者のいない別の世界にパーン!と行けたりすんの」
「それは...少なくとも人の手では難しいでしょうねえ。魔素自体を異世界に送り返すこと自体は可能ですが、それでもかなり特殊で大掛かりな手間を踏まえてやっとですから。トラックにでも引かれてみます?」
「遠慮します」
「小型トラックでも即死には充分ですよ」
「遠慮します」
「異世界は存在する。では、その異世界はどのように分岐が発生するか知っていますか?」
「僕が君に右フックを仕掛けるか左フックを仕掛けるかで世界線が別れるってことだろう」
「そうですね。しかしそのどちらの場合も私がこのいつも持ち歩く旅行鞄であなたを撲殺するので結果は変わらず収束します。」
「すみません謝るから打撃を仕掛ける前に殴ろうとしないで可能性を収束しようとしないで」
アコールはニコリと笑うとスーツケースぐらいはある大きさのカバンを振り下ろした。 僕が言うのもなんだが、彼女も大概怪力である。
「世界は分岐こそすれ、そう簡単に発生するものではありません。しかし稀に特異点...分岐のターニングポイントとなる人物がいる。その特異点こそが」
「ふーん。何、その特異点が僕だと?」
「いえ、違いますけど」
「違うのかよ」
「どちらかといえば、なり損ねたと言いますか。」
「だって、あなたもう手遅れでしょう?」
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目覚めた後、秘密裏に医者に診断されたのは『白塩化症候群』僕の場合、何故か症状が他者と比べて軽いらしいが数週間後には確実に死に至るだろう。ルシフェラーゼは発病を遅らせるものでしかない。
爆弾発言をかましたアコールは薄く微笑んでいる。
何が、とすっとぼけるにはあまりにも確信を含んだ物言いだった。
「そんな今にも死にそうな顔してるか?僕。」
「顔色が悪いくらいですね」
塩化による肌の白さの事だろうか。嫌な美白効果である。
もうすぐ死ぬと言われても現実感が湧かない。自分でも健康体だと錯覚するくらいには体調は良好で、心も満ちている。あれだけ耳を貫いていた鐘の音も今では心地良い。
「あまりに予定外の行動を起こされた時、いつでも対処できるよう特異点兆候を見せる貴方を監視するのが私の役目でしたが...その必要もなくなりました。」
「アコール...君は一体どこまで......」
今になって、ようやくアコールが何者なのかという疑問が湧く。思わず口から溢れた一言はアコールのある行動によって発散した。
「な!?」
いつの間にかアコールによって銃口を向けられていた。そして同時に普段から所持していたはずの祖父の形見がいつの間にか抜き取られていたことに気づく。
「この銃は魔素を破壊する特殊な設計になっている、という話は前にしましたね」
「したっけ」
「しましたよ。マジで撃たれる5秒前なのにホント緊張感がないですね」
アコールは続ける。
「白塩化症候群は魔素によって感染する以上、ゲシュタルト体だけではなく感染者にも有効な攻撃になるわけです」
「特攻があっても現時点で普通に撃たれたら死ぬんですけど。それで、なんで俺は君に銃を向けられているんだ」
「先程も言ったでしょう。もう手遅れだと」
どうやら彼女は『どうせ白塩化症候群でもうすぐ死ぬんだから今ここでぶっ殺されてもそう変わらないだろう』と言いたいらしい。どんだけ可能性を収束させたいんだよ
結局死体を晒すにしても嘘みたいだろ。死んでるんだぜ。それでになるかぐちゃぐちゃな腐乱死体になるかは個人的にかなり変わると思う。生きることへの執着はもう諦念へと達した。
............むしろ、死んだ後なんて、どうでもいい事か。アコールの言う通り、どちらにしろ死ぬことには変わりは無いのかもしれないのか?
「こう...腐乱死体になって野菜の栄養になるか塩になって誰かの食卓に届けられるかで結構変わると思わない?」
「何の話です?」
アコールは話には乗ってくれるが銃口を下ろしてはくれない。むしろ先程から5分は経過しているのに照準には一切の狂いもない。
「感染者の末路が塩になるだけだとは限りませんよ」
「は?白塩化症候群の致死率は100%......いや、そういう意味じゃないか。───僕がレギオンになるって言う意味?」
その言葉はおかしい。確かにレギオンは白塩化症候群感染者から発生する化け物だ。しかし詳しくは忘れてしまってしまったがレギオンは約30年も前に既に駆逐されているはずだった。
だがそれでも未だに撃たれそうになっている状況を見るに、どうやら僕はレギオンになると彼女に思われているらしい。
「正直、今の段階ではまだわかりませんけどね」
「どんだけ僕のこと殺したいんだアンタ」
まさかの疑わしきは殺せのスタンスである。
「それだけあなたがレギオンに成り果てれば危険だということです。ではお喋りはここまで。さて、───死んで貰いましょうか。エリヤ」
「──────...............」
アコールが引き金に指をかける。
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「───ちょっと待ってくれ、アコール。」
「はい」
「命乞いをさせてくれ」
「はい?」
「まだ............まだ、やり残したことがある。」
ここで死ぬこと自体は正直良い。 でも死ぬ前にやることがある。自衛隊のヤツらが来る前に、ニーアとヨナを逃がす準備が整うまでは死ぬ訳にはいかない。
「この前話しただろ。引き取った親戚の子を、遠くに疎開させたい。その準備が整うまでは死ぬ訳には...」
もっと早くから気づいて準備しておけばよかったな、と今更思う。
「どうせもう死ぬんだ、逃げないし事が済んだらきちんと君に殺されるなりなんなりするよ。だから...............」
「わかりました。この銃はお返ししますね」
「だから猶予を...............あ゛???」
「ていうか安全装置外しっぱなし...危なァ!どう足掻いても殺すと思ったら急に諦めるし何?なんなの?」
「別に?うーん、少し感心しただけです。」
アコールは銃をこちらに投げてよこす。それ...一応祖父の形見が...。
銃を向けられるというよく分からないシチュエーションが終わったあとは、いつもと変わらないティータイムの時間だった。我ながらどうかとは思う。
「ゲシュタルト体に効くのは知ってたけど、レギオンにも通用するんだな、この銃」
「元は対レギオンのための武器ですから。材料が希少な竜の遺骸だったため実用されなかったみたいですが。」
「へえ...竜...竜って...ドラゴン??。いるのかよそんなの」
「魔法があるんだからドラゴンだっているでしょう」
「パラレルワールドはいいけどドラゴンはファンタジーすぎるだろ。もうドラクエだよドラゴンだけに...ドラクエやったことないけど。」
「ドラゴンに乗っているあなたもどこかの世界にいるかもしれないですよ?」
「食べるならまだしも、乗るのは嫌だ......」
回収できるか分からない微妙な伏線と小ネタ
・1話の頃のアコールとと比べて主人公の会話が饒舌になったのはニーアとヨナのおかげで感情が出てくるようになったから
・白塩化症候群は人類を滅ぼそうとする神の呪いを受け入れるとレギオンになり、断ると塩になって死ぬDEAD or DIEという裏設定が存在するが、主人公はこの神と相性が良いのである程度契約に融通が効く(※死なないとは言ってない)
・主人公の祖父はゲシュタルト計画の破綻を目論んでいたプログラマーに企みを気づかれてしまったので消された。Aエンドの書類で不審死って言ってたのはこのせいです。
もうすぐレプリカント本編行けるはず、多分。