寒空の下、白い雪が地面の塩と混じり、泥を含んだ水溜まりに溶けていくのを私はただずっと見ていた。
おじいちゃんが死んだ。
仕事中、不慮の事故に巻き込まれたということだけを政府の人に聞かされ、詳しいことは何もわからなかった。葬式はなんの支障もなく終わったけれど、そんなの当たり前だ。棺桶の中は空っぽで何も入っていない。遺体は帰ってこなかった。帰ってきたのは中途半端に装填された、たった一丁の銃だけだ。
「おじいちゃん.....」
しばらく口をきいていなかったこともあって、言葉に出すのは久しぶりなような気がした。誰もいない家は慣れているはずなのに、帰る気にはならなかった。
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自衛隊の襲撃前にヨナとニーアを逃がす。比較的安全な九州にセーフティーハウスの確保や現金の調達自体は3日も掛からず滞りなく終えたが、面倒なことに僕に監視がつくようになった。 デスノートに名前を書き込んでやろうか、持ってないけど。
計画が秘密裏に行われるせいか、随分杜撰な監視なので撒こうと思えば幾らでもできるし、そのおかげかニーアとヨナの存在は未だにバレていない。だが確実に2人を逃がすためにこちらが実行するのは監視の目が緩む襲撃当日にやる必要がある。
2人には家から出ないことを常に強めに言い含めていることが幸をなした。あとは誰にも気づかれることのないように、その日のために毎日をいつも通りに過ごすだけだ。
「エリヤ、最近体調悪いの?」
「え゛?」
「二日酔いかなって思ったんだけど...ずっと顔色悪いから大丈夫かなって」
「ずっと二日酔い状態なだけだが」
「.........いい加減今日からお酒禁止にするね」
「嫌だ、やめてくれ。僕から酒を奪ったら何も残らない」
「ダメなものはダメ」
早速勘づかれてた。危ない危ない
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何時間程か歩いた時、物音の方に振り返ってみると、誰かがうずくまっている。背丈からして子供だろうか?
「君、大丈夫? ...具合悪いの?」
前日までの私なら話しかけもしなかっただろう。いや、存在にすら気づかなかったかもしれない。 振り返った少年の顔が涙と土汚れであまりに酷かったから、コートからハンカチを差し出した。
「ところで君、何を埋めてるの?」
言い淀んだ表情を見て、何気無い疑問をすぐに口にしたことを後悔する。
少年が埋めているのは死体だった。
塩を含んで死んだ大地は、細い少年の体では人間を埋めるには過酷すぎる。
無遠慮な言い方に自己嫌悪するが、少年が答える前に気付くことが出来たことはせめてもの成長だった。 つい先日までの私なら寒さに凍える少年が埋めたいものを察せられずどうしようもない愚かさでこの少年を酷く傷つけていただろうから。
つい近くに放置された工事現場があったはずだ。そこなら少しは埋められる道具が見つけられるだろう。 私は立ち上がった
汗をかいた。
少年とふたりで掘った穴は動物が掘り返してしまうにはあまりにも浅すぎたが前の深さを考えれば充分だろう。
気温なんて気にしていなかったが、冷えた空気が少し心地よいと思えるくらいには寒さを自覚している。息切れで点滅する視界を抑えながらそういえば昨日から何も食べていないことを思い出す。自宅には帰りたくない。そうだ、いつもの喫茶店に行こう。思い出のあの場所に。
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「うわあああああああ!?」
「何?バナナでも踏んだ?」
「ふ、踏んでないよ。それは昨日やったゲームじゃないか!」
「すごいきれいなひとだね。お兄ちゃん」
「そうだね、ヨナあんまり近寄らない方が...。エリヤ、誰この人!?」
「これは人じゃくて人形、オートマタね。電池がないから動かないんだ。多分.........オートマタって何で動いてるんだ?」
「一緒におままごと、できる?」
「重いからやめた方がいいな」
「に、人形かあ...なんでこんな物がこの屋敷に......。エリヤが誘拐でもしたんじゃないかってビックリした」
「ニーアの中の僕、どんだけろくでなしなの?」
「サバとアイス食べると腹壊すっていうじゃん」
「いわないと思う」
「だからサバジェラート買ってきたんだ。ほらニーア、食べろよ。ほら」
「嫌だよ。僕はいらないからエリヤが食べなよ 」
「ざ〜んねんでしたぁ〜。2個ありますゥ〜」
「どれだけ僕にそのゲテモノ食べさせたいの?」
「死ぬほど」
「死ぬほど!?」
「あっヨナ、おやつにジェラートがあるぞ。ほら、いちご味」
「わあ、ありがとう!」
「し、釈然としない...」
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時間は瞬きの間に過ぎていく。
襲撃当日の朝、いつもの起床時間より少し早く僕が起こしに来たのを見て目を丸くするニーアに苦笑する。
「ハンカチとちり紙と手袋とカバンとマフラーと地図とハンカチ持った?」
「もったよ!」
「ニーア、ハンカチ持った?」
「なんでそんなにハンカチを推すのさ」
「時間が少し押してるな...。裏口から行ってくれ」
表玄関はまだ片付けが済んでいないため、最もらしい理由をつけてニーアとヨナを裏口から追い出すことにした。
「それじゃあ行ってくるね」
「いってきます!」
「ああ」
手を繋いで歩いていくヨナとニーアの後ろ姿をみて、視界が一瞬ぶれる。
夕暮れの公園、塗装のはげたブランコ、5時のチャイム。手を引かれる子供と、母親の影に手を伸ばして..........................................。
「エリヤさん」
「............うん?」
その手を掴まれた。
「あのね。こんどね、お兄ちゃんといっしょにクッキー焼こうと思ってるの」
「うん」
「エリヤさんのすきな、お酒の入ったおとなのクッキーだよ」
「そうか」
「禁酒の代わりじゃないけど、それ食べて我慢しなよ」
「ああ......そうか、そうだな。いい加減、禁酒しなきゃな.........」
ヨナの前に跪き、解けかけたマフラーを結び直してやる。 満面の笑みを浮かべたヨナの髪にはいつしかニーアと選んで贈った子供用のヘアピンが付けられている。
自分が愛されるに足る存在だと一端も疑わない無邪気な笑顔だった。
「ありがとう」
「........................?」
「行ってらっしゃい。ヨナ、ニーア」
「うん!」
「行ってくる」
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外が騒がしい。大方監視の死体にでも気づいたのだろう。玄関を蹴破られた音がする。
あれはいわば、契約だ。しかも一方的に押しつけられるたぐいの。
クレイエリヤの遺品と言ってもいい赤いラジオは周りの全てを遮断するのにとても助かった。
ふと、思い浮かんだ。
―――本当の久礼衿夜がどこに行ってしまったのだろうか
少し、申し訳ないことをしたな。
屋敷内に響いていた足音が、僕のいる居間の前で止まった。
視界の端に花弁が散る。目を閉じて鐘の音に頷いた。
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その男は兵士だった。
任務は危険で給料は安く、毎日上司から怒鳴られる日々に辟易していたが、自分はまだ恵まれていることは知っていた。
その日の任務は、上司と部隊の仲間の少人数で行う極秘任務だった。
極秘任務と言っても、上司が出世の功を焦った末の独断行動だということは誰しも知るところだった。しかし、男には上司に従う以外の術はない。
任務はとある令嬢の保護だいう。 たかが少女1人を保護するならば武装する必要も無い。どう見ても保護という名目では無い。そう考えながら、男は口に出すことは許されていないので黙っていた。ただ、くだらない権力争いに巻き込まれたことは可哀想だと思った。
何事もなく終わるはずだった任務は、屋敷の前で仲間が惨殺されていた事で状況が一変する。
逆上する仲間達を尻目に、男はなんとも言えぬ不安感に襲われた。
屋敷のメインホールの扉をぶち破ると件の少女がいる。
上司が怒鳴り声を上げながら装備のアサルトライフルを少女に突きつけるが────その腕がライフルごと吹っ飛ばされた。
一瞬の静寂、そして悲鳴。
「うわあぁああ゛!!!!」
上司の絶叫を合図に隣の同期が少女を撃とうとして、触手のようなものに吹っ飛ばされる。 叩きつけられた体は潰れたトマトのようになった。
「ぎゃあああああああ!!!」
「こんなの聞いてないぞ!!......ぐが...あああ゛ぁ゛!!!!」
叫び声がこだまする。
上司だった死体は逃げ惑う仲間に踏まれてもう原型をとどめてない。
男が固まっているうちに、男以外の全員が殺された。
部屋は仲間だった臓物で彩られる。
「あ.........が..................」
頭蓋骨を叩き割られ、生きながら脳髄を啜られていた兵士がゴミのように捨てられると、怪物の目線が男に向き、赤い瞳とかち合う。
「ヒィ!」
抵抗する間もなく男の右腕と左腕を引きちぎられる。男は骨が砕ける音に絶叫した。
「う゛ぁぁ゛っ!!!!ごめん゛なさいごめんなさい゛!!!!!!!!」
滲む視界で何とか目の前の赤い怪物から逃げようと虫のようにもがく。 その時、男以外全員殺されたはずの部屋にまだひとり立ち上がっているのを見つけた。年端のいかない少年がいる。
「た゛す゛け............」
藁にもすがる思いで無い右腕を伸ばし助けを求める。次の瞬間には男の頭は上半身ごと宙を待った。
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一面が死に至る赤だった。
その中でワタシはおや、と思う。
まだ生きているヒトが いる。
よし、殺そう。
尻もちをついた少年のそばに近づき、その顔をのぞき込む。
瞳の青には見覚えがある。はて、どこで見たん だっ け
首を 絞めて殺そうと思ったが、既に血で酷く濡れている。これでは■◼️アの服が 汚れて しま...............、?
そういえば、懐 に武器があ ることを思い出した。 まだ銃弾は最 後の一発が残っていたはずだ。ワタ シは懐から 拳 銃を取り出して、目の前の
「エリ、ヤ...............」
「.........」
エリヤ、それは...誰の名前。ワタシの、いや違う。ならば誰? 私? 私と......俺、そして、僕?
..................。
「ハハ」
息を吐いた口から出たのは短い笑い声だった。
ヨナの笑顔と同じくらい、ニーアのこの驚いた顔が好きだった。 なんやかんやこいつはとても驚かせがいのある奴だったからだ。
意識が再び赤く染まり始める。
今度こそ終わらせなければ。
思い出の喫茶店は既に閉店していた
あかりの消えた店内は暗く、酷く寒々しい。 構わずいつも待ち合わせに使っていたボックス席に座る。目の前に座る人はもう居ない。思い出が死んでいく。 形見の銃を手に取る。古びた砲身が鈍く光に反射していた。
銃口を私は自分の頭に向けた。
銃口を僕は自分の頭に向けた。
────パン!
「B分岐観測終了、と」
アコール、とサインする。
記録を記した本を思いっきり閉じると、ペンを置いて思いっきり体を伸ばす。 書き作業というものは体が固くなるというものだ。
「さてさて、最後のひと踏ん張り」
記録の推敲に取り掛かる。机の端に乱雑に束ねた紙を引き寄せた。
今回の分岐はきちんと記録しているはずなのに何故かどんなに探しても微妙に抜けている抜けているところがあったり、不明確な記述にどうしてもなってしまう。仕事サボっていると怒られて割を食うのは私なのに。 嫌がらせにエリヤのかっこつけて滑ったシーンの記述の詳細を追加しておこう。
「ええと、あー。ウェポンストーリーが抜けてる。これは私の不備ですね、てへ。」
彼女...いや、もしかしたら彼かもしれない。
とにかく、エリヤが見せた特異点兆候は今までのものとは何かが違っている。だからこそそれなりに監視警戒度を上げていたのだ。
しかし、西暦2053年に突如発生した分岐を発生させる特異点反応はクレイエリヤの死亡をもって収束した。 かといって、クレイエリヤが特異点であるかどうかは今のところ一応不明というのが現時点での判断だ。ほぼ黒だとは思うんですけどね。
特異点兆候を見せておきながら、世界の分岐の発生が発生する前に対象が死亡してしまうのは今までにないパターンだった。
「う〜ん、過程が大きく変わる分、結末が変わる可能性も無きにしも非ずなので監視の打ち切りの判断に困るんですよねぇ......。」
エリヤが引き起こすルートはほとんどが『過程異なるものの、結末は既存の分岐と変わらない』と他の観測者は記すだろう。
つまり、エリヤともう1人の重要観測対象、通称『魔王』とその妹『ヨナ』はB分岐において生存が確定したものの...... いや、この話は今はやめておこう。
それでもあの最後の悪あがきはエリヤにとってきっと意味があるものだと、私はそう思います。
【ちょっとした補足】 アコールが書き忘れたウェポンストーリー
竜骸ノ銃
Lv1
その銃は世界でたった6発しかない魔弾が込められた特別な銃だった。
戦争の実用化は難しいため、とある研究者に発明の報酬として贈られた。
Lv2
男は研究者だった。ヒトを救う発明をしても当初は研究が認められなかったが、男にはどうでも良い事だった。なぜならこれで娘を救えると思ったから。
Lv3
男には不治の病の娘がいた。研究が完成した夜、男が帰宅すると怪物となった娘夫婦が生まれたばかりの子供を喰らおうとする寸前だった。男は一発目で娘を、二発目で娘の夫を殺した。
Lv4
男が救世主と呼ばれるようになって久しい頃、男の部下が恐ろしい陰謀を企んでいることに気づく。 揉み合いになった後、老いた男は娘夫婦を撃った銃で殺された。