1話「唐突の死亡フラグ」
「ところで、エリヤとは一体誰のことなのだ?」
月の涙を取りに行ったヨナを石の神殿から連れ戻した後、ついに黒紋病の末期症状がヨナに発症してしまった。
項垂れるニーアに白の書が労わるように話題転換を持ちかける。 石の神殿を抜け出した時や眠る前の一言をきっと聞いていたのだろう。
『ツキノナミダをもちかえって、おかねもちになったら、おにいちゃんも楽になって、エリヤさんもかえってきてくれるよね』
『エリヤさん......』
「エリヤは......なんて言えばいいんだろう。ヨナにとっては母さんみたいな人かな」
ニーアがエリヤに出会ったのは今から6年ほど前、まだヨナは1歳だった。
ニーアの父親が死んで間も無い頃、母親が傷だらけだったエリヤを拾ってきたのだ。そして母親もまた父親の後を追うように直ぐに死んだ。
「母さんも父さんもヨナは覚えてないんだ。小さかったらね。死んだ両親の代わりにエリヤが僕たちの面倒を見ててくれたんだよ」
「ほう。して、どこにいるのだ。お主の妹が大変な時にそのエリヤという輩は」
「エリヤは...帰ってこないんだ。1年前から」
ニーアの村は穏やかで優しい人が多い村だが、人口が少ない分働き口が少ない。ヨナがある程度成長し、ニーアに家の中を任せられるようになるとエリヤも出稼ぎに村の外に行くようになった。...そのまま帰ってこなかったニーアの父親と同じように。
ヨナは泣いてエリヤの服に縋っていた。ニーアも同じようにしたかったが、心のどこかで分かっていた。 あの時の自分では足でまといであったと。
それから、剣を振るうようになった。
エリヤは最初こそ渋ったが、生きる上で必要だと判断したのだろう。空いた時間にニーアに剣術を教え始めた。
そうして2年前からエリヤは家を空けることが多くなった。 家を空けるのは1日や2日、長くても2週間程度だった。いなくなって半年の頃、探しに行こうとしたが、幼いヨナを長期間独りにすることは躊躇われた。そして時が過ぎ、エリヤが失踪して1年の月日が経ってしまった、
ヨナはある程度目を離しても大丈夫な年になったと言えど、離別の寂しさに耐えられるには限界があるだろう。
きっと、それがツキノナミダを取りに行くなんて危険な行動の反動に出たのだ。
「それは......」
「でも、この前ポストに仕送りが入ってたんだ!だから...生きてるよ。手紙の一通でもくれればいいのにね」
ヨナの薬代でニーアが必死に働いても貯金がとてつもないスピードて減っていく中、数ヶ月前、ニーアの家のポストに大金が入っていた。封筒には名前も何も記載されていなかったが、天涯孤独の自分たちに仕送りをしてくれる人なんてエリヤ以外に思いつかなかった。
白の書が何を言おうとしているのか理解して、ニーアは先に遮った。
「そうか」
白の書の気遣いは有難かったが、空の天気と反対に空気は重くなるばかりだった。いたたまれなくなって、ついに歩きだす。
「よう!無事だったのか」
「...デボルさん?」
その後、デボルとポポルから聞いた話は正にニーアにとって目から鱗が落ちるものだった。
「シロがいれば世界を、ヨナを救えるんだ!」
デボルから聞いたイニシエノウタと黒の書、ポポルから聞いた封印されし言葉。
手始めにポポルからマモノが出るという崖の村に向かうためにニーアはまず崖の村に向こうことにした。
訝しむシロの声は聞き流すと、ポポルの声がちょうど頭に反響する。
『エリヤは各地を回っていたようだから、彼女を探すのにもちょうど良いかもしれないわね』
ポポルの言う通り、封印されし言葉の手がかりがあまりない以上各地を回る必要があるだろう。 その過程でエリヤを探す、まさに一石二鳥だ。北平原の朝露がニーアの足元を濡らす。雲の間の太陽の眩しさにニーアは目を細めた。
「......なんなのだ。それは」
「え?イノシシ、とても速いんだよ。シロも早く乗りなよ」
▲▼
「様子がおかしくないか」
「誰のことだ?」
「あいつだ」
カイネが顎をしゃくったのは図書館の村...先程ニーアがくぐり抜けて行った門の方向だった。
カイネの言葉を察した白の書はあるかも分からない口でため息をつく。 カイネの言わんとすること、すなわちニーアのことだ。
カイネの提案で黒紋病を研究しているという仮面の街を目指す前に、かねてよりお使いを頼まれていたため何度か海岸の街に寄り、そして今はヨナの様子を見に村に帰っているニーアを待つ最中だった。「すぐ戻るよ」というニーアの言葉に白の書はカイネと共に門前で待っている。
その海岸の街から帰る時からニーアの様子は明らかにおかしくなった。普段通りに振舞おうと頑張ってはいるが、出会って間もなかったカイネにも分かるほど明らかに口数は少なく顔色も悪かった。
「彼奴がああなったのは、正確にはお主と崖の村でマモノを倒す前、ロボット山からだ」
「ロボット山?」
「うむ」
ロボット山には鍛治を営む2人の兄弟がいた。 ニーアが山に入ってから帰らない兄弟の母親を探しに行ったはいいが、見つけた時には既に帰らぬ人になっていた。
残酷なのは母親はただ行方不明になったのではなく兄弟たちを捨て、恋人と夜逃げしていた事だ。
幼さ故にまだ何も分からず母親を求めて泣く弟と、自身も辛いだろうに全てを知りながら弟を諌める兄。 その光景を見ながらニーアは佇んでいた。自分たちと重ね合わさずにはいられなかった。
「それがどう繋がるんだ」
「.........『エリヤ』だ」
「エリヤ?」
「2人の育て親とも言うべき存在をお主も聞いておろう。どうやらエリヤは傭兵家業という中々危険な職についていたせいか、どこの街でも噂程度は聞くが依然に行方は掴めぬ」
「ああ」
街に入らないカイネは中でエリヤについて聞く機会は無かったものの、ニーアから封印の言葉を探すと同時に探している人物がいることは聞いていた。
「母親ともいうべき存在の不在を、いくら兄がいようとも幼き子供には耐え難き苦痛だろう。ましてやヨナは病の痛みもあるのだ。そしてその痛みは兄である彼奴も同じく味わっているだろうよ。ロボット山の兄弟と母親を見て、自身とヨナに重ね合わせてしまったことで、彼奴自身の不安も膨れ上がってしまったという訳だ」
「あいつは家に仕送りが届いたと言っていたぞ」
「...その仕送りが入った封筒が問題なのだ」
『カカカカッ!!!!その女、どうせもう死んでるよ!!』
白の書が何か言っているが聞こえるが、テュランの喚き声にかき消されて聞こえない。
『仮に生きてきたとしても血の繋がってないガキ共なんて捨てて、どこかで男でも作ってるんじゃねえのか?』
「(うるさい。黙れ)」
「聞いておるのか、下着女」
「.........」
『しかし...エリヤね。どこかで聞いたことがあるような......』
テュランの言い方は酷く癪に障るが、カイネも同じことを思わなかったといえば嘘になる。それを態々ニーアに言う必要も感じない。それよりもカイネはエリヤという人物に何か引っかかるものがあった。
「お兄ちゃん...エリヤさん、どこにいったかわかった?」
「うん...。この前ね! 海岸の街でエリヤっぽい人の話を聞いたんだ。まだどこにいるかまでは分からないけど次はそっちで探してみようと思ってる」
震える声を何とか押し込めて、明るい声を出す。ヨナは弱音も何も言わないが、エリヤの事をニーアに尋ねる頻度が増えている。その度に何も収穫が無いことを報告することが心苦しく、希望を混ぜた嘘をつくようになっていた。
ロボット山の兄弟、そして灯台守りの老婆、ふたつの出来事は確実に心に大きな影を落としている。
『なぜ老婆への手紙だけは消印がないのだ?』
図書館に向かう道すがら、海岸の街で白の書の疑問が頭に蘇る。手の中の封筒がぐしゃりと潰れた。
「あれ、シロ。カイネと一緒に待つんじゃなかったの?」
「お主があまりにも遅いから様子を見に来たのだ。その様子では、まだのようだな」
「今から図書館に向かうよ」
「わかった」
「ポポルさん」
「あら、帰ってきてたのね。お帰りなさい」
「うん。ただいま」
「エリヤの行方はどう?」
「どの街でも噂ぐらいは聞くんです。大きな剣を背負った傭兵がいたって。でも、どこに行ったのかはまだ全く分からない」
「そう......でもきっと無事よ。エリヤは強いもの。昔だって村をマモノから守ってくれたのよ。今もどこかで」
普段なら安心するポポルの慰めも、今ばかりは届かない。ニーアは持っていた封筒をポポルの前に差し出した。
「これは.........」
「2ヶ月前、僕の家のポストに入っていた封筒です。中には、沢山お金が入ってました」
「我も此奴もこの仕送りはエリヤのものだと思った、しかし気づいたのだ。この封筒には消印が無い。つまり直接ポストに入れられたことになる。村の住人が入れたと考えるのが自然だ」
「あのお金、ポポルさん、もしくはデボルさんがくれたものじゃないんですか?」
「...............」
ヨナの薬代を2,3ヶ月も賄えるだけの金額をいくら優しくてもこの村の住人が他人に払えるだけの余裕があるとは思えない。それだけの代金を払えるのはエリヤ以外ならば、ポポルとデボル。彼女達だとニーアは考えた。
ポポルは答えない。 しかし、その沈黙と伏せられた目がもはや肯定と同義だった。
「エリヤが居なくなってしまって、その上にヨナちゃんまで病気になって...。私とデボルでなにか出来ないかって考えたのだけれど、特定の誰かに肩入れすることは村長としていけないことだったの。でもそのせいであなたに要らない勘違いをかけてしまったわね。ごめんなさい」
「ち、ちがうよ!ポポルさん。僕こそごめんなさい。あんなに良くしてくれたのに責めるようなこと言っちゃって...」
「良いのか。ニーア」
「いいんだ。僕が勘違いしたのが悪いんだから」
「本当にごめんなさい。でも、あのお金は私たちが出したんじゃないわ。 多分エリヤのものだと思う」
「えっ?」
「詳しいことはデボルが知っていると思うから...聞いてみて」
「結局、あの封筒の送り主は村の双子だったとはな」
「......本当はね、嫌な予感はしてたんだ。封筒の送り主はエリヤじゃないんじゃないかって」
「しっかりしろ。事態はまだ何も変わっておらぬ。お主が探さなければ誰がエリヤの行方を突き止めるのだ」
「うん...............」
暗い不安の海に浸かるような気持ちを抱えながら商店街を通り抜け、デボルがいるがいる酒場の扉を開けた。
「デボルさん」
「おっ、ニーアか。なんだ?依頼の相談か?」
「いえ、違うんです。今日はこれについて聞きにきました」
クシャクシャになった封筒をデボルの前に差し出す。 視線をこちらによこしたデボルは弦を引いていた指を完全に止めると、小さくため息をついた。
「ポポルから聞いたんだな」
「はい。ポポルさんから詳しいことはデボルさんから聞けって」
「半年前、あの金が入った封筒が図書館に届けられてたんだ。あたし達がお前に渡したのとは別だけど、その封筒にも何も記されてはいなかった。その時村に来ていた来ていた商人が置いていったものだと思ったんだが...。運んだ商人には心当たりがないって言われてな」
「その封筒の送り主が、エリヤだと?」
「この村で出稼ぎに出る連中は多いけど、こんな大金を一気に送れるなんて傭兵の仕事をしているエリヤ以外には考えられないからな。宛先もなかったし、それにエリヤの奴、結構適当なところがあるだろ」
「でも...僕が貰ってよかったのかな」
「その宛先の無い封筒は図書館に届けられた。ならばその後の判断は村の双子が決めるが道理。従っておけ」
「そういうこった。エリヤきっと生きてるよ。そうでなきゃあたし達が困るさ。アイツはお前が思っているよりもずっと強いし、何よりお前達を捨てるなんて有り得ない。今もどこかで落とし穴にハマってギャン泣きでもしてるんじゃないか?」
「村の双子もこう言っておる。落ち込んでいる暇はないぞ」
「うん。僕頑張るよ」
「その意気だ」
「ちなみにその商人は砂漠の方から来たから...お前達、これから仮面の街に行くんだろ?何かわかるかもしれないな」
「ありがとうございます。デボルさん!」
「カイネごめん!遅くなった!」
「
「シロが急かしたんだじゃないか」
今日は風が強い。急いで走ったせいで、ニーアの白い髪は風によって乱れていた。
「何かわかったのか」
双子の励ましと白の書の激励によって少なからず元気を取り戻したニーアに、カイネは少し驚く素振りを見せる。事のあらましをニーアが伝えると考えるような仕草をしたまま黙り込んだ。
「カイネ?どうしたの? 寒い?」
「よく考えろ。此奴は下着姿で出歩く下着女であるぞ。寒さの感覚が鈍りまくっておるに違いない」
「破るぞ*◎✕☆本。..................私はそのエリヤという奴に会ったことがある」
「...............カイネが、エリヤに?」