■■■が聞こえる。
目の前の彼女は赤い携帯ラジオの電源をおもむろに切ると、手持ち無沙汰にそれを弄ぶ。
「あなた、最近ずっとぼんやりしていますよね。大丈夫ですか?」
「ああ」
「ずっと思ってたんですけど、酷い寝癖ですよね。きちんと髪とかしてます?というか、寝てます?」
「ああ」
「髪が紅茶に浸りそうですよ?」
「そのメガネ、似合ってるね」
「とりあえずは元気そうで安心しました」
外の天気は本日も曇り、ときとぎ塩。
調査対象である彼女の行動パターンは日によって大きく異なりその規則性を把握することは甚だ面倒だが、決まっていつも同じ曜日の同じ時間帯、窓際のこの席にこの喫茶店にいることを私は知っていた。
こちらの話を聞いていない態度をうかがわせるのを許しているあたり、まずまずの関係を築けているといえるだろう。
他のヒトたちは彼女のこの態度に怒りを覚えるかもしれないけれど、急に押しかけたこちらの行動を踏まえれば彼にしては非常に友好的かつ積極的な態度であると判断する。
「そういえば別の分岐の貴女とも接触したらしいんですけどね。なんと、そちらのあなたは男性だったんです」
「そうなんだ」
「も〜。相変わらず私の話、聞いてないですね。せっかくいつもの『警告』しに来てあげたのに本人がその話を聞いてくれないなら意味がないじゃないですか」
「一応聞いてる」
「本当に?」
「...ああ。」
「警告。」
「はい?」
「君が言ったんだろう。警告とは。」
「せっかく興味を持ってくれたと思ったら、そっちですか? つれないですねぇ〜。..そうそう今日は警告の方ではなくて、これを渡したかったんです!」
.........
アコールがエリヤの目の前に置いたのは一丁の拳銃だった。 ゴツと武器らしい無骨な音を立てたソレに目を向けるが、 銃に明るくないエリヤにとってそれが「銃」であることしかわからない。
「これは」
「この銃は本来貴方のお爺様の物です。なので然るべき持ち主にお返ししようかと。」
「何故君が持ってるんだ?」
「私、武器商人ですから。今回は大サービス! 特別にタダですよ。」
「.........」
いや、本来の持ち主に返すっていう話じゃねえのかよ
エリヤは眉をしかめた。
アコールは一応、この世界において初めてのエリヤの友人と呼べるかもしれない人物のひとりであった。
馴れ初めなんてものは案の定全く覚えていない。
前のエリヤが習慣としていた祖父と通っていた喫茶店の存在を知って、今のエリヤも惰性で通いつめていたうちに出会ったのかもしれない。
いつもと同じ時間にエリヤが訪れると、決まってアコールは先に喫茶店に居座っていて、こちらに手招きするのだ。
初めは困惑したような気がするが窓際のソファ席を取っていてくれるのは便利だし、先に頼んでくれているのか座った瞬間に熱い紅茶が出てくるのも寒さに耐えた体にはとりあえずありがたいことは確かだった。
▲▼
昨日は『ゲームの世界に転生したと思ったら、主人公が生まれる1万年前で、ついでにTSしていた件について』というラノベタイトルのような事実に気づいた時点で匙を投げて20時に小学生さながら早い時間にふて寝した。
しかし目覚めた時そういえば前作のレプリカントがあるじゃん!と、もうひとつ重要な事を思い出したのである。 ちなみに起きた時は既に正午を回っていた。
だが生憎僕はレプリカントの方は全くプレイしたことがない。
公式PVと動画サイトにあげられたゲーム本編のプレイ動画で、少年期の序盤ぐらいまでを見ただけた。あれなんで急に1300年後とか1400年後に飛んだの?
肝心の僕がプレイしたオートマタは時系列的に見ても1万年後の話だし、そもそも前作を知らなくても楽しめるよう作られていたはずだったので、その知識がフルに活用される機会はない。
しかし、限られた情報の中でもそれなりのことはわかる。
2053年夏の新宿の崩壊したスーパーがレプリカントの序盤の舞台だったことは覚えている。
ゲームの動画みた時はちんぷんかんぷんでだったが、今の僕ならばその状態をある程度推測することは可能である。
夏なのに主人公達はコートを着込んで雪が降っているのは地軸が変わって世界中の四季がめちゃくちゃになったからだし、雪だと思っていたのは塩のことだ。よくニュースで言ってた。
何だこの崩壊した街はと思っていたらと次の瞬間映し出された東京タワーに日本かよ!とツッコミを入れた覚えがある。
さらに現在はそのディストピアは現実だ。
ニーアは神ゲーだけど現実はなんてクソゲーなんだろう。
後、多分主人公が倒していた黒い怪物は崩壊体と呼ばれるゲシュタルト化した元人間達だと思う。僕は幸いと言うべきか実際に目撃したことはまだないけど。
詳細は忘れたが、政府関係者やお偉いさんやらが参加するパーティーで難民を利用した実験だのなんだのを小耳に挟んだ記憶がある。というかあの時はドレスを着ていて羞恥心でそれどころではなかった。
多分、主人公...ニーアと妹のヨナは難民や民間人を利用したろくでもないゲシュタルト関連の計画の実験の何かに巻き込まれて新宿のスーパーに逃げ込み、そこで崩壊体に襲われたのだろう。
国立兵器研究所もやばいって聞くし、日本はなんでこんなにブラックな国になってやがるんだろう......。
そもそも、主人公のニーア達をどうやって見つければいいのかわからない。
人類の数は前の僕の世界よりも圧倒的に減っているけれど、オートマタの時点ほど人間の存在は希少になってはいない。
1万年後には実装をやめた幻の人類のレアリティも、まだレア程度にはいるのだからその中からたった2人を見つけるにはどうしたって難しい。
この世界SNSもあんまり発達していないし...。もし彼らが難民だったらさらに大変だ、家が分からないんだから。
畜生......たった1人の人類になって2B達にチヤホヤされたいだけの人生だった。
「なあアコール、どこにいるかわからない知り合いがいるんだが、どうやって探せばいいんだ」
「会いたい人ですか?無難に携帯や電話で連絡取るとかどうでしょう」
「電話番号は知らない。」
「じゃあ、手紙を送る」
「住所は知らない。」
「...その方のお名前は?」
「名前.........は多分わかる...いや曖昧かも。」
「............その方、本当にお知り合いですか?」
「子供の身寄りのない兄妹。見た目はわかるぞ見た目は」
「本当に親戚ですかその方?どうして会いたいんですか。遠い親戚の方とか?」
「ああいいねそれ、そう親戚を探しているんだ。爺さんが死んで独り身になってしまって寂しいから探してる。」
アコールは呆れた顔をしている。
(画面越しに)長年会ってない(一方的な)知り合いは苦しい言い訳だったかもしれないが、これ以上の表現は僕の残念な脳みそでは捻出不可能の話である。
主人公の名前もプレイヤーが任意に決めるものだから曖昧であるが、多分ニーアだろうと適当に当たりをつけていた。
根拠? そんなもの、ないよ......。
まあ妹の名前はヨナで固定なんだから、これ以上考えても意味は無いだろう。オートマタでも名前が出てきた覚えがあるし。
「そもそも、貴女ならお爺様のツテでなんとでもなりそうなのでは? 警察に頼むに然り色々あるでしょう。まあちょっとお気持ちを添えなきゃいけないかもしれませんけど。」
「あっ?...ああー、そうだな。その手があるな......。」
アコールの提案は(僕にとって)寝耳に水であった。
世界浄化機関だのハーメルン機関だの...そこら辺の国際的な組織の協力を得ることは何か嫌な予感がするが、警察や自衛隊にニコニコしながら山吹色のお菓子を渡せば向こうは喜んで手を貸してくれる...気がする。いや、せっかく女になったんだからハニトラでも仕掛けるべきなのか。
気分は正に悪代官に貢ぐ悪徳商人のソレだが、やろうとしていることはただの人探しなので「お主も悪よのう〜」と言われる筋合いはない。
「エリヤ」
「...、?」
「貴女はそのお知り合いと会って、どうするつもりなんです?」
「.........、君は今日僕に質問ばかりしているな」
「そうですね、まあ私の仕事にも関わってくるかもしれないので聞いておきたいんです。休暇中なのに急用の案件で働きたくないので。」
「そうだな......。僕は............」
そうだ、実際に主人公達に会ってどうするんだろう。
そもそも何度でも強調したいのは僕が思入れがあるのはオートマタの方であって、レプリカントではない。 そのオートマタだって今から1万年後の話であり、1万年後に世界がどうなろうが僕の知ったことではない。
創造主たるヒトを愛してくれる人形達を好ましく思ってはいるが、その人形達が愛したものがどうなるかはどうでもいい事だ。
もし知っているゲームの世界に転生したら、誰しも原作知識を活用してチートだのなんだのするかもしれないが、今の僕に一体何が出来るというのだろう。
胸を占めるのは諦めにも似た泥のような闇で、この闇が消えることがないことを、心の奥底で見ない振りをした。
なにか湿ったことをウジウジと考えていた気がしたが、『とりあえずヨルハのアンドロイド達に会えないなら、知識もち転生オリ主らしく前作主人公に会おう!』というふわっとした理由を思いついた。
それでも、僕がこの世界で初めて抱いた明確な「目的」だった。
アコールと喫茶店前にて別れた時、時刻は既に午後9時半と遅いというのに空が暗くなる兆しは全く見えない。
空は薄暗く濁り、白き呪いが地に降り注いでいる。
満天の星の夜空をもう二度と見れないこの違和感もきっといつか無くなるのだろうが、一瞬だけ星に詳しくない己の学の浅さに感謝した。
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......
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報告。
対象αが多元世界を発生させる原因である特異点であるか否かは現時点では判断できず。 本案件は引き続きこの分岐と対象の監視の実行を提言。