1話「異世界転生主人公になろう」
久礼衿夜は非常に環境に恵まれているものの、本人自身は可もなく不可もない、至ってどこにでもいる一般人の少女だ。
そんなエリヤの祖父は「特別」で、普段から「仕事」で忙しい。 エリヤが小学生の頃までは何とか無理をして常に傍にくれたが、中学生になってからは家を空けることが多くなった。 思春期になるにつれ、ごく普通に交流が少なくなった今でも毎週木曜日は喫茶店で必ず会う。それが久礼家のささやかな家族団欒だ。
暖かな店内で慣れ親しんだメニューを開き、今日はどのケーキを食べようか吟味する。 季節限定のケーキにしようと決心してきたつもりが、結局定番のショートケーキも捨て難い。期末試験の開放感か、エリヤはお馴染みのボックス席に座る祖父の固い表情に気付くことは無かった。
6月29日
おじいちゃんに貰った赤いラジオ、今どきラジオ?なんて思ったけど電池が長持ちするし結構便利〜。
7月1日
テストがやばい...。特に数学
7月3日
化学と数学の定期試験たぶん再試......。 おじいちゃんの理系の才能は私に受け継がれなかったみたい。 仕事しろよ遺伝子〜!
7月5日
今日テスト最終日 試験中で日記あまり書けなかったし眠い...。とりあえず寝る!
7月10日
化学の再試終わった...国立兵器研究所の研究者を目指してるんだってすごい化学が出来る子に教えてもらわなかったら終わってた。応援してる。
7月11日
明日は木曜日だからおじいちゃんといつもの喫茶店の日! 明日こそ気になってた新作のケーキ頼んでみよう
7月13日
今日は
いつも日課として書いている日記を目の前に、私は10分も何も書けずにいた。 普段なら何も考えずに思ったことを書くだけなのに。
「あっ、もう時間かも」
悩みを振り切るように掛け時計を確認すると時刻は午前11時を指している。12時に家を出るんだから、そろそろ着替えなくちゃと日記を閉じて立ち上がった。クローゼットには収納以上の色とりどりの服が詰め込まれて既にパンク状態だ。そこから服の山の1番上に置かれたワンピースを取り出す。
細やかな水色の花柄のワンピースは数ある服の中で私のお気に入りのひとつだった。
「カイネちゃんこんにちは!」
「ええ、いらっしゃい衿夜さん」
カイネは微笑むと、エリヤを玄関に通した。 お邪魔しますと丁寧にお辞儀をしながら入ってきた少女に苦笑する。
「あ、そういえばお菓子を持ってきたの。手作りのと...あとこの前話したおすすめの」
「そうなの? 嬉しいわ。じゃあ早速お茶にしましょう」
「ありがとう」
たとえ豪華な客間で年頃の少女達が飲むにしては些か手に余るフランスの老舗メーカーの紅茶が片手にあろうとも、おしゃべりの内容はキャラメルフラペチーノを飲みながら駄弁る女子高生のそれと変わらないものだ。崇高な議論に熱を出す大人たちが鼻で笑うような会話のほとんどは「やばい」 と「わかる」で回るくだらないものだったが、エリヤにとっては大切な時間だった。
紅茶を口につけて「このお茶、まだ熱いわね」と零すカイネの言葉には一切の思惑もない。
「なんて可愛らしいお嬢さんですこと」「さすが久礼博士のお孫さん、聡明でいらっしゃる」
初めて言われたのは幼い頃祖父に連れられて訪れた誰かの誕生日パーティだったか。もう何万回も言われた意味の無い言葉達を偲ぶ。
「先生をお母さんと呼んでしまう現象」というものはどの世界でもあるらしい。 命名になんの捻りもクソもないが、正式名称がないのだからしょうがない。とりあえず、現象と呼ばれるのだから小学校低学年位までのこどもがあ教師を母親と間違えて読んでしまうのは一定数世界に存在する事実なのだろう。
エリヤがまだ幼い頃、隣の席のクラスメイトが担任を「お母さん」と呼んだ。 もうその担任のことをエリヤはほとんど覚えてはいないが-穏やかでまだ若い女の教師だった。年齢的にも小学生低学年の子供を持つぐらいの見た目だったのもあるだろう。
クラス中に響くクスクスとした笑い声とからかう声、気まずいながらも穏やかな空間でエリヤはぼんやりと思う。「お母さんって何だっけ?」
「エリヤちゃんのおうちには、お父さんもお母さんもいないんだ」
顔が黒く塗りつぶされた「おともだち」の幼い声がする。
父親と母親がいないことは少なからず珍しいらしい。エリヤには「おじいちゃん」だけで、「お母さん」も「お父さん」も気づいた時には既にいなかった。
だが両親の不在を寂しいとか惨めだと思ったことは無い。 祖父は女児が好む可愛らしい文房具や洋服をエリヤに惜しみなく買い与えるだけでなく、エリヤの授業参観には必ず参加し、遠足の前日には手作りの弁当を拵えてくれた。エリヤは祖父に充分に愛情を注いでもらったと胸を張って言えるだろう。
「エリヤには、どうしてお父さんもお母さんもいないの?」
エリヤの純粋な問いに、祖父は抱擁を持って返した。 エリヤのお父さんとお母さんは病気で死んでしまってもういないんだ。でもエリヤのことを天国から見守っている。そしておじいちゃんがエリヤのそばにいるよ...。 違う、と言いかけた口は祖父のあまりに思い詰めた顔を見れば噤む他に無かった。 それから1度も両親のことは聞けていない。
子供の言葉というものはその純粋さ故にタチが悪い。悪気がない分心の壁を破って最も柔い部分を抉りとるナイフのような鋭利さを孕んでいる。
幼い頃からエリヤは祖父が誇らしかった。
ゲシュタルト計画の発案者、人類の救世主 ......そう呼ばれる祖父を誰もが畏敬した。 心の底から偉大な祖父を信じていた。エリヤも同じことだった。 祖父が万能な、まさに神のような存在だと信じていた。
「エリヤちゃんに頼めばお母さんは助かるって言ったのに!!!!嘘つき!」
それは傲慢と言うより、無知ゆえの愚かさだったのかもしれない。
「衿夜?」
「...ご、ごめん!ぼーっとしてた!何?」
「さっきからずっとなにか思い詰めた顔をしていたから」
「ああ......」
とっくのとうに忘れていたはずの過去を思い出すぐらい追い詰められていたのだろうか。
「その、...おじいちゃんと喧嘩しちゃって」
「衿夜のおじい様と?」
『ゲシュタルト計画の順番が回ってきた』
祖父の言葉は唐突だった。
腐っても世界的英雄であるゲシュタルト計画に携わる科学者の孫なのだから、その言葉の意味をエリヤはきちんと理解することが出来ていた。しかし、だからといって感情が追いつくか否かはまた別の話だ。
魔素を用いて魂と体を分け、白塩化症候群の撲滅まで眠りにつく。その期間はなんと1000年だという。途方のない話だとエリヤは思う。 いくら他でもない祖父が関わる計画でなおかつ人類全員が参加するものなのだから心配はないと言えど、やはり不安は残る。
人類が滅びかけているということは知っている。でもその事実はエリヤにとって画面越しの悲劇で、どうしても現実だとは思えない。
だからどうしても今すぐゲシュタルト計画に参加する必要なんてないんじゃないかと思ってしまう。 この曖昧で穏やかな生活がいつまでも続かないことは知っていても、終わるその寸前まで続けたっていいじゃないかと、甘ったれたことを考えてしまうのは罪なのだろうか?
「喧嘩っていうより、ちょっとした言い争いなんだけどね。まあ、それで色々あって。おじいちゃんも仕事が忙しくて...気まずいのもあって、もう2週間も話してないの」
いくら友達といえどもカイネにこのことを相談するのはいくらか憚られて誤魔化す。ゲシュタルト計画の参加権はいまや世界中の人々が喉から手が出るほどに欲しがるものだ。 その権利を身内という特権で手にして、しかも乱用にも等しい望みがあるなんて言えるわけが無い。
それでも、エリヤにはエリヤなりの言い分があった。
ゲシュタルト計画の参加権をあたえられたのは、エリヤだけだと祖父から伝えられたのだ。
「そうなの。」
カイネはお茶を濁したエリヤから深く事情を聞き出そうとはしなかった。
きっとエリヤと彼女の祖父の喧嘩は人に話せない事情だとカイネはエリヤの言葉の節々から察した。
カイネは関係は良好であるものの、常に神経をとがらせている祖母とギスギスとした雰囲気になりやすかった。 エリヤと祖父の関係は聞く限り、至極穏やかなものだと聞くが仕事の忙しさからあまり家に帰れていないのだと言う。 きっと2人は言葉が足りず、入れ違っているだけなのだろう。
それでも悩みの存在を打ち明けてくれたということは、少なくとも自分といる事で彼女の役に立っているのだ。カイネとエリヤの信頼は、そういった形のものだった。
「ずっと悩んでいたけど...こうやってカイネちゃんといると気分転換になって楽しいよ」
「うふふ、全然いいのよ。お茶が美味しくなかったのかって心配になっただけだから」
「そんなことないよ。とても美味し...あちち!」
目の前で慌てふためくエリヤにカイネは優しく微笑みかける。
「このお菓子、この前のパーティーで出てきたやつと同じなんだよね。美味しかったから取り寄せちゃった」
「そうだったの?」
「ええ〜、カイネちゃんもいたよ。覚えてないの?」
「そうね ...。パーティーで出てくる食事って、とても美味しいのだけれどマナーや作法に気を取られて味になかなか集中できないことが多いわ」
「ああ...。カイネちゃんは挨拶だけじゃなくてお見合いも兼ねてるもんね。カーリーさん、凄い張り切ってたなあ」
「衿夜のお祖父様はあまりそういうことにうるさくなさそうだもの。少し羨ましいわ」
「そうかな」
「お祖母様が私のためだっていうのはわかっているのだけれど、こればっかりはね。」
「......どこの家庭も大変だねえ。よ〜し、今日は2人でお菓子を思う存分食べ尽くしちゃおう!」
「太らないかしら」
「そ、それは禁句で......」
カイネの祖母と祖父は最後のレギオン討伐の英雄だった。軍人として異例の地位や財産を手に入れたとしても、戦争で心に大きな傷を負った祖母は今度は社交界で軍人成り上がりの家として家格が見劣ると心を病ませるようになる。
祖母の意向によって令嬢として多くの見合い相手に値踏みされることの多いカイネにとって、エリヤは心置き無く話が出来る唯一の友人だった。
同じ愚痴を共有できることはもちろん、コロコロと変わるエリヤの表情を眺めることは楽しかった。 だから、曇ったエリヤの顔を見るとその悩みが解決できるように力になれなくてもせめて応援をしてあげたいと思う。
「衿夜」
「なあに?」
帰り道、玄関まで見送るカイネは迎えのタクシーに乗り込むエリヤに神妙な顔で話しかけた。
「衿夜と衿夜のおじい様が何故喧嘩してしまったのかは分からないけれど...2週間も顔を合わせていないのは、ダメだと思うわ」
「う。で、でも...おじいちゃんが私の話、聞いてくれないんだよ」
「ほら、いくらおじい様が穏やかな人でも男の人ってプライドが高いでしょう? このまあまじゃ意見を曲げられずに意固地になってしまうだけよ。そこはエリヤが下手に出てあげて」
「でもカイネちゃんのおじいちゃん、カーリーさんにいつも下手で敷かれてるじゃん」
「うちはうち、よそはよそよ」
「えぇ」
「おじい様はきっと、衿夜のことを思ってなのでしょう? なら早く話し合って、さっさと仲直りしちゃえばいいのよ。」
「うん、そうだね......わかった、ちゃんとおじいちゃんと話をしてみる。」
「きっとそれがいいわ」
「ありがとうカイネちゃん、おかげで決心できた。次はうちに遊びに来てね」
「ええ、是非」
▲▼
カイネちゃんは車が角を曲がる瞬間まで私に手を振ってくれていた。
後ろの車窓から振り返り、暗い窓の外を見つめる。
『おじいちゃんがゲシュタルト計画に一緒に参加してくれないなら、私もやらない』
そういった私におじいちゃんはただ首を振るだけだった。
おじいちゃんが現段階で計画に参加しない理由はわかる。 おじいちゃんはゲシュタルト計画の科学者で、政府の要人だ。 計画の完遂のために...ゲシュタルト化はギリギリまで後回しになるのだろう。そして私のことを想ってくれていることも、わかる。
でも、もしおじいちゃんに何かあったら...わたしはどうなるのだろう。計画が成功したとしても1000年後に目が覚めた時、たった独りになることが私は何よりも恐ろしい。
カイネちゃんの言う通りこのまま互いにすれ違っているのは最も良くないことだ。
私自身も答えを見いだせていないし、話はきっとまた平行線を辿るだろう。
それでもきちんとおじいちゃんと話し合おっておこう。家に帰ったら、おじいちゃんに電話をしよう。
気まずさで先延ばしにしていたものに、きちんと向き合わなければならない。
祖父の死の連絡が入ったのは、そう決心した日の夜遅くのことだった。
オリンピックでイニシエノウタが流れた...........言っていることが分からない.......イカれているのか? この状況で.......?
ガバガバ登場人物解説
カイネ(ゲシュタルト)
めちゃんこお嬢様
たとえ祖父母が殺されても放送禁止用語は使わない
カーリー
カイネの祖母 レッドアイを倒した第13次十字軍に所属していたため世界的英雄になる。 レプリカントのカイネの祖母と違ってヒステリック
オリ主(前世)
実はゲシュタルト・カイネとおともだち