エリヤが冷蔵庫を漁りにキッチンへ行くとヨナが難しい顔をして玉ねぎや野菜をキッチンに並べていた。
「(野菜でおままごとかな)たまねぎさん...やめて!あの人が帰ってきちゃう...!!」
「?」
「やっぱりなんでもないです」
「料理?」
「うん!本当はエリヤさんとお兄ちゃんに作りたかったんだけど......お野菜を使うから、エリヤさんには聞いた方がいいかなとおもって」
「ヨナ......!」
ヨナの笑顔にエリヤの胸が高鳴った。 この胸の高鳴りはヨナの純粋な心遣いによる感動であって、断じてロリコンではない。
エリヤは野菜を手に取る。(玉ねぎでお手玉をしようとしたが手が小さくて失敗した)
野菜なんてニーア達が来るまではエリヤはわざわざ食べないし、買うこともしなかった。栄養管理士が見たらぶちギレていたであろう食生活を送っていたことを思い出す。ついでにニーアもエリヤの自堕落ぶりには3日目ぐらいで半分キレていた。
「あのね、ヨナ。シチューを作りたいの」
「シチューかぁ。うーん、僕も手伝うよ」
まるでダメな大人の代表と称されるエリヤにも、子供を1人で台所に立たせるのはまずいという良識はあるらしい。
「こういう時のために(ニーアが)子供用包丁を買っといたんだ。ほれ」
「ありがとう」
「...シチューってたまねぎの他にどんな具材が入ってたっけ」
「うーん、お兄ちゃんはにんじんや、じゃがいもを入れてたよ!」
「じゃがいも...あった。とりあえず鍋にぶち込んどこ。人参は...........................まだ俺の出る幕ではないと言っている」
「たまねぎ、目がしみるね」
「あとは僕がやるよ。ヨナはシチューのルーを入れてくれ」
「うん!わぁすごい! たまねぎがあっという間に!」
エリヤが玉ねぎを空中に放りあげるとそのまま包丁を振るい刻んだ。決まった、とドヤ顔を晒す
「フフン............うっ......」
「...?エリヤさん、おめめ真っ赤だよ。玉ねぎ、しみちゃったの?」
「やめて!せっかくカッコつけられたと思ったのに!こっちみないで!」
ちなみに刻まれた玉ねぎは形や大きさがバラバラだった。
「せっかくだし、他にもいろいろ入れてみようか」
「うん!」
▲▼
「ヨナとエリヤさんが作った特製シチューだよ。おにいちゃん、めしあがれ!」
「..................あ、ありがとう。ヨナ」
シチューは青かった。
ガガーリンの名言みたいな言葉がエリヤの脳内に浮かぶ。ちなみにその名言はデマであるというのが通説である。
「エリヤ......?」
「いやあ、色々入れてたら......ね?」
「ね?じゃないよ!? 何をどう入れたらシチューが青くなるのさ!」
「カレーだって隠し味に色々入れるじゃん」
「作ってたのはシチューだよね!?」
「.........あっ」
「エリヤぁ!」
「お兄ちゃん?」
「うっ!?」
「ヨナ、はじめて作ったから...もしかして、おいしくない?」
「えっ!?そっ、そんなことないよ!」
ニーアはスプーンを握ると目の前のシチューを見つめる。最後の頼みと言わんばかりにエリヤを見るが本人は顔を背けて口笛を吹いていた。
「(シチュー...?これはシチューなのかな...異様なオーラが出てるよ!)」
せっかく手塩にかけてヨナ(とエリヤ)が自分のために作ってくれたのだ。食べられずに妹を悲しませたくない。例え差し出されたものが劇物であっても。
「(逝けニーア!諦めたらそこで試合終了だぞ!!!漢をみせろ。主人公だろ!!!!)」
「い、いただきます。......ヴっ!?」
シチューを口に入れた瞬間、ニーアの視界はブラックアウトした。
木の枝が地面から跳ね返って、ガツンと音を立てた。 ニーアは歯を食いしばって何とか掘り進めようとするが、果たして固い地盤まで届いてしまったのか、遂に木の枝が地面の硬さに負けてしまい割れてしまう。
──あまり深く掘ることはできなかった。
『おにいちゃん、さっきから何を埋めているの?』
『ゴミだよ...ゴミだ、ヨナは風の当たらないあっちにいっておいで』
先程のヨナとの会話が頭の中に木霊した。胸が締め付けられて、思わず握った木の枝に力が籠る。
ニーアが埋めていたのは、母親の死体だった。
墓と言うにはあまりにもお粗末なものだったが、子供が掘るにはあまりにも酷な作業であの時の自分ではこれが限界だった。
『ごめんね...あんまり深く、埋められなかった』
ごめんね、とただ呟く。
目を逸らしてヨナの元へ向かおうとするが、どうしても体が動かなかった。 穴はあまりにも浅く、掘り返された土で不自然に盛り上がり一部分が明るい土に覆われている。数日すれば地面から掘り起こされて獣や鳥たちに食い漁られることは簡単に予想出来た。
『クソ...!』
これが母親との最期の別れだと思うと、どうしても諦めることが出来ない。 ニーアは石を持つと地面を削り始めた。涙がぼたぼたと地面に垂れる。
『君、大丈夫? ...具合悪いの?』
『あ......』
誰かに話しかけられて、衝動的に振り返る。たった今埋めているとわかっているのに、何故か無性に母さんと呼びたくなってしまった。
ニーアに話しかけていたのはもちろん母親ではなくニーアよりも幾分は年上だったが、まだ年端のいかない少女だった。
エリヤだとニーアは思う。 ......どうして自分は目の前の女の人をエリヤだと思ったのだろう?
いや、そもそもエリヤとは誰だ?
『だ、大丈夫です。』
『でも、顔が土で汚れてる...。これ、良かったら使って』
差し出されたハンカチは顔を拭くにはあまりにも不釣り合いな刺繍の入った可愛らしいハンカチだった。 ニーアは申し訳なさに思わずに断るが、少女にはんば押し切られる形で顔を拭う。
『あ、ありがとう』
『ううん。いいの、どうせもう使わなくなるものだから 』
『ところで君、何を埋めてるの?』
『....................、そ、れは』
少女の注目が墓に向けられるのを感じて、ニーアはいたたまれなくなって思わず目を逸らす。口に出せば無理やり胸に押し込めたものが溢れる気がして答えることができなかった。
『ああ...............』
少女がその声は少し悲鳴にも似た、ニーアに向けたものでも無いどこかに向けて絞り出した声だった。
その声に何が込められているのかニーアは察することはできない。
『ちょっとまってて』
『...?』
少し後、ニーアの元に戻ってきた少女の手にはスコップが握られていた。
▲▼
「..................」
もう慣れた自室の天井を見て、今のは過去の夢だったとニーアは理解した。
「おっ、起きた?」
「うわぁ!?......エリヤか」
「そんな驚くこと?」
ベットに寝ていた体をニーアは起きあげた。傍らの椅子にはエリヤが座っている。
「何食べてるの?」
「ナポリタン」
手元の時計は午前0時を指していた。 ヨナはもう眠っている頃だろう。
「また変な時間に食べて......」
「お前は僕のお母さんか。 ...たべる?」
「いや、僕はさっきのシチューで......うぇぷ!」
「いやあ〜〜僕の分まで食べてたもんねぇ」
「あれエリヤの分もあったの!?」
「はっはっはっはっはっは」
笑いで誤魔化し始めたエリヤにはもう何を言ってもしょうがないだろう。 その時、ニーアの右手が黒くぼやけた気がした。最近そういったことが多いように感じていた。
「どうしたニーア、具合でも悪いのか?」
「ううん、別にそういうわけじゃないんだけど...最近自分の体が...黒くぼやけることが多い気がするんだ、エリヤと出会ったあの日から。」
原因はなんとなくわかっている。 あの日、ヨナを助けるために黒い本に触った時だ。 自分に親切にしてくれたおばあさんはレギオンとも似つかぬ真っ黒い怪物になってしまった。
ヨナを助けるために、ニーアも怪物に成り果てることを覚悟した。しかし、そうなることなくここにいる。自分の体は一体どうなっているのだろう? 漠然とした不安がニーアを襲った。
「黒くぼやける...? 僕にはそうは見えてないが」
エリヤの手がニーアの手に重なる。 形を確かめるように握られた手の細さを感じながら、ニーアはエリヤの顔をぼんやり見つめた。
エリヤはあの少女のようにきちんと綺麗に髪を結い上げていないし、服装も雰囲気も、なにより表情が全然違う。
ニーアを助けてくれたのは同じだけれど、母親の埋葬を手伝ってくれた少女とエリヤはきっと別人なのだろう。
「なんだよ僕の顔じっと見て。あれか、禁断の恋の始まりというやつか」
「口元にケチャップついてる」
「えっ」
左手でエリヤの口元の汚れを拭ったはいいが、部屋にはティッシュなど近くにない。
手持ち無沙汰に何となく指に着いたケチャップを舐める。
「やめろよ女の子になっちゃうだろ!!!」
「エリヤは元々女の子じゃないの?」
「ニーア......恐ろしい子.........!」
エリヤはお蝶夫人のような顔で白目を向いた。 ニーアは今ならあの可愛らしいハンカチもエリヤに似合うだろうなとなんとなく思って、笑った。
▲▼
『最近自分の体が...黒くぼやけることが多い気がするんだ、エリヤと出会ったあの日、黒い本に触ってから』
ニーアのその言葉がどうしても引っかかる。そう思った僕はニーアの体に何が起こっているのか調べることにした。
一応一般市民に開示されているゲシュタルト計画の概要も調べて見たが、やはりこれと言った収穫はない。 詳しく調べるには手間がかかりそうだ。
ニーアの話によれば助けを求めて難民救援支援策に参加したはいいが、食料は渡されず代わりに渡されたのは黒い本だった
という。
黒い本、というのは恐らく黒の書白の書システムに関わる話なのだとは思うが、詳細はぶっちゃけ分からない。
重要なのは黒い本に触った人間は、皆黒い怪物になった、とニーアは言った。黒い怪物は言わずもがな崩壊体であり、ゲシュタルト化した元人間.........
ん?ちょっと待て。
ゲシュタルト化した人間が凶暴化するケースがある、ということは小耳に挟んだので知っている。
でも僕が聞いたのはあくまでそういった事例がある、程度の話だった。 それでも厚生労働省幹部職員によるチャリティーパーティーで知った、国家機密情報に値するレベルの情報のはずだ。 そりゃゲシュタルト計画の安全性に関わってくる話なんだからしょうがない。
しかし実際に僕がニーアに会いに行った時、新宿区のエリコの壁の中はその黒い怪物...崩壊体まみれだった。
待って♡
あっ............今僕はすごく嫌なものを察してしまった気がする。
それって.........それって絶対ゲシュタルト計画にガバが出てるということでは?
いや、人類の滅亡は知っているのだから、ほぼイコールでゲシュタルト計画が挫折すること自体は知っているのだが。
難民救援支援策は国による公的な慈善活動なのだから日本...だけじゃないな。ゲシュタルト計画を行う国連や世界浄化機関の関与もほぼ確定だろう。
エリコの壁だって僕ですらアコールの力を借りなければ侵入することすら危うかった。
絶対壁の中で何かやってる。生活再建プログラムで貧しい人々をおびき出して足がつかないようにしてやべーことしてる。
思い返せば、オートマタに出てくるデボルとポポルはゲシュタルト計画の管理アンドロイドであり、彼女達自身ではない彼女達の暴走によって、計画が頓挫しその罪で迫害を受けていたという話だった。
オートマタをプレイしていた当時、人類の滅亡はデボルポポル達の暴走のせいだとばかし思っていたが、ゲシュタルト計画自体にも何か欠陥があると考えた方が良いだろう。
デボルとポポルはレプリカントでも登場していたというのだから、もしかしたらそこでゲシュタルト計画の顛末が語られたのかもしれない。
そこでひとつの疑問が浮かぶ。
「......でも、それに『主人公』のニーアやヨナがどうやって関わってくるって言うんだ?」
ああ、ずっと頭が痛い。