機動戦士ガンダムSEEDDESTINY リメイク   作:星合ナナ

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リメイクルート プロローグ

 漆黒の宇宙に雲母(うんも)のかけらを落としたかかのように、光るものが一片、きらりと太陽光を反射した。宇宙空間を舞うそれは、二枚の翼を広げた白い機体だ。

 白を基調に、青や黄で塗り分けられた小型の機体は戦闘機だろう。キャノピーの偏光ガラスを通して、ザフト軍エリートパイロットを指し示す赤いスーツが見える。

 パイロットのコンソールとモニター上の各データを読み取りながら、操縦桿を手慣れた様子で操っていた。ヘルメットの奥には、反骨精神がありそうな子供っぽさが残る十五、六歳と思われる少年の顔がある。顔に垂れかかる前髪は黒く、その間に覗く目は血の色を透かしたような深紅だった。

 赤い瞳の先には白銀に輝く砂時計の形をした巨大な建造物が近づく。L5首都アプリリウスとは反対にあるL4に新設された新世代コロニ──-プラントのひとつ、軍事工廠“アーモリーワン”だ。はじめて宇宙に出たときは、対象物との距離感が掴めず戸惑ったものだった。大気のない宇宙では離れたものでもはっきりと見え、巨大なプラントもまるで目の前に置かれた模型であるかのように映る。彼はその人工の大地を回り込んだ。

 とたんに、えもいわれぬ青色が視界に入る。地球──母なる青い惑星。多くのナチュラルとコーディネーターが反発し合いながらも住まう世界。その美しい姿を見るたび、息苦しいような苦痛と郷愁(きょうしゅう)が少年の胸を締めつける。その目が無意識に赤道付近を探り、大洋州連合──オセアニア大陸──にほど近くに浮かぶ小さな宝冠を求めた。

 オーブ連合首長国。それが彼──シン・アスカが第二世代コーディネーターとして生まれ、育った国の名だ。赤道直下に位置する環状群島からなる小国は、さきの大戦のおり、コーディネーターたちにとって地上に残された平和の楽園だった。

 コーディネーターは遺伝子調整によって、知力、体力、容姿など、人間本来もつ遺伝的特質を最大限に高めた、まさに夢の新人類として生み出された。しかしそれゆえに本来もつ能力さえ十全に発揮できぬ遺伝子操作されてない人々──ナチュラルから排斥され、それに耐えかねたコーディネーターは宇宙にその行き場を求めた。やがて“血のバレンタイン”という惨劇によって両者の溝が決定的に深まり、コーディネーターとナチュラルの間に戦端が開かれたときも、中立の理念を謳ったオーブはコーディネーターを差別せず、国内の移住や人権などを保証してくれた。

 しかしその立場ゆえに、オーブという小国は地球連合軍の大艦隊による軍事介入を受けることとなった。シンの耳にはいまでも染みついている。飛来するミサイルや高エネルギーであるビームが着弾する甲高い音、遠くから腹の底に響くような破壊音、鳴りやまない緊急警報──

 

「急げ、シン!」

「マユ! がんばってぇっ!」

 

 やや息を切らせた父の声と、うわずった母の声。それらをかき消す轟音とともに、巨大なモビルスーツの機影が飛来する。上空に舞い降りたのは死の具現化を思わせる、十枚の翼を持った白亜の巨人だった。それは凄まじい速度で飛び回り、浴びせられる砲火を避けて、五つの砲口から光線を迸らせた。シンは一瞬、その光に目を()かれる。

 彼らは近くの港が避難船で満席だったために新たな港へ向けて走っていた。シンたちの一家が住んでいたオノゴロ島は、オーブの国営軍需企業モルゲンレーテや軍施設が集中し、オーブ攻略戦の主たる標的とされたのだ。巨大な機体、そしてビームやミサイルが飛び交う空には、すでに敗戦を匂わせる幾筋もの黒煙が立ちのぼっている。林道を走り続けるシンの目に、木々を透かして港が見えた。港には脱出用の艦艇がまだいくつか横付けされており、軍の誘導員が避難を急がせている。あと少しだ──シンは安堵しかける。

 いまにも泣き出しそうな顔で、母に手を引かれ、走っていた実妹のマユが、そのときふいに声を上げて立ち止まりかけた。

 

「ああん! マユの携帯っ!」

 

 バッグからピンク色の携帯電話が飛び出し、道にそれて斜面を転がり落ちていく。

 

「そんなのいいから!」

 

 拾いに行こうとするマユを、母が必死に引き戻した。それでもマユはなおも思い切れずに、斜面の下方を目で追う。ニュートロン・ジャマーの影響下で民間人は遠距離通話ができなくなったものの、国内でなら問題なく使える携帯電話をやっと買ってもらったマユはとても気に入っていた。大戦にともない、使用制限がかかり三時間程度になっても、片時も手放そうとしないくらいに。

 

「俺が取ってくる」

 

 それを知っていたシンは言うや否や、転がり落ちる携帯電話を追って斜面を駆け下りた。自分なら身軽だし、拾ってすぐ追いつける。

 ピンクの携帯電話は木の根に当たって止まった。シンは腰をかがめ、それを拾い上げマユの方へと視線を向けようとした瞬間、耳を聾する轟音が全身を殴りつけた。

 世界が回った。

 気がついたとき、シンは斜面の一番下まで転がり落ち、港そばのアスファルトに叩きつけられていた。

 シンは唖然として周囲を見回した。まるで背景がすげ替えられた舞台のように、あたりは一瞬にして様相が変わっていた。斜面は大きくえぐられて赤茶けた土が露出し、木々は倒れ、あるものは炭化してぶすぶすと煙を上げている。それがビーム砲の直撃によるものだと、そのときのシンには理解できなかった。当惑しながら起き上がった彼に、避難民の誘導に当たっていた軍人が駆け寄り、気遣わしげに声をかけてくる。だが爆発の衝撃をまともに食らった耳には、その声もぼんやりとしか届かない。呆然としていたシンは、軍人に肩を抱えられ、その場から引き離されそうになってはじめて我に返った。

 マユは……両親は!? 

 シンはそのときになって、自分が目にしている光景の意味に気づいた。さっきまで彼と家族が懸命にたどっていた道路は、砲撃により大きく切り取られ、(ひさし)のように突き出したアスファルトの下から、いまもパラパラと土砂が崩れ落ちている。木々がなぎ倒され、大きくえぐられた穴の中心──そこが、ついさっきまでシン自身のいた場所だった。爆発の衝撃で、道から離れていたシンだけが、運良く斜面の下まで吹き飛ばされたのだ。

 全身の血が一気に冷たくなったように感じた。シンは軍人の手を振り払い、よろよろと駆け出す。

 

「父さん……母さん……!? それにマユは……!?」

 

 穴の周囲に動くものの影はない。シンは積み重なった土砂の向こうに、力なく放り出された手を見つけて声を上げる。

 

「マユ!」

 

 妹の姿を求めて駆け寄ったシンは、しかしそこで凝然(ぎょうぜん)と立ちつくす。見覚えのある服の袖口から、小さな手が覗いている。だが、《それだけ》だ。

 妹の体に続くはずの腕は中途で断ち切られ、その先にはなにもない。

 シンはぎくしゃくと視線を前に向ける。すると、えぐられた大地のあちこちに、掘り返された土塊の一部のように転がるものが目に入った。無造作に地に投げ出された塊──焼け焦げた衣服の残骸をまとわりつかせ、ねじくれた形で横たわるそれらが、家族の変わり果てた姿だった。ついさっきまで自分に触れ、話し、動いていた者たちが、一瞬にして物言わぬ塊と化していた。シンは痺れたように小さな手のかたわらに座り込む。

 まるで自分に向けてさしのべられたような手に、彼は震えながら手を伸ばしかける。そこで、自分がまだピンクの携帯電話を無意識にかたく握りしめていたことに気づいた。喉元にら何かがこみあげる。悲しみ、恨み、憤り──そんな言葉では言い尽くせないほどの感情。それは彼のちっぽけな体を内側から食い破りそうなほど大きかった。彼は天を仰いで(けだもの)のように吠えた。

 上空を飛び交う死の具現化たちが、戦場を蹂躙するミサイルやビームが、その赤い瞳に焼きつけられる。圧倒的な理不尽な力を前に、漠然とした平和を望む十四歳のシンはあまりに無力だった。

 

 青く輝く惑星を見つめ、苦い思いに身を浸していたシンは、スピーカーから入ってきた上司の声で我に返った。

 

<シン、そろそろ時間よ。帰投して>

「了解! これよりコアスプレンダー、ミネルバへ帰投します」

 

 艦長との通信を終えたシンは素早く気持ちを切り替え、機首を巡らし“アーモリーワン”へ向けた。まるで体の一部であるかのように、思いのまま動く戦闘機に、彼はひそかな満足を感じる。

 ──おれは力を手に入れた。

 目の前で家族を殺されるまま、なにもできずにただ座り込んだ十四歳の子供。

 あれから二年──いまの自分は、あの無力な子供ではない。

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